WEB『小説』

転校生

『「僕の名前は、佐藤優さとうゆうです」


 転校初日のホームルーム。


 担任の先生が黒板に僕の名前を書き、僕はクラスの皆に自己紹介。適当に趣味や好きな音楽を話て、空いてる席へ座るように言われる。


 窓際の最後列だった。僕はゆっくりとそこへ向けて移動する。


 席の隣は女の子。けっこうかわいい。そして、ホームルームが終わると質問の集中砲火。


 なんて典型的な転校初日なんだろうか。そこに少し安心を覚えつつも、退屈を感じる。


 田舎の中学校なんて、こんなもんなのかな。


「佐藤くん。佐藤くんって東京から来たんでしょう? 東京のお話聞かせてよ!」


「東京って、芸能人に会ったりするの?」


「秋葉原は行ったことあんの?」


「ザギンでシースーとか、するの?」


「そんな。僕が住んでたのは、東京でも田舎のほうだから……」


 注目されるってのは、悪い気分じゃない。まるで、僕を中心に世界が回っているような気分になる。


 とはいっても、この状態が続くのはせいぜい数日か。それまでは、じっくり堪能させてもらおう。


「…………」


「ん?」


 ふと、隣の席から視線を感じた。


 隣の席の子だな。人間、第一印象は大事だ。クラス内の人間関係を円滑に進める為にも、営業スマイルでもしとくか。


「えっと。塩山さん、だっけ? 僕の教科書、まだ届いてないんだ。ちょっと迷惑かもしれないけど、見せてくれないかな? ごめんね」


 なるべく自然に。笑いすぎないように、微笑む。


「……うん。いいよ……」


 だが、彼女は視線を合わせてくれない。


 お隣さんの塩山優衣子しおやまゆいこは、髪を後ろで結ったポニーテール。見た目は地味ですごく気が弱そうだし、ぱっと見いじめられてそう。けど、地味な中に光り輝くモノがある。けっこう僕のツボだ。


 しかし、担任のハゲめ。予備の教科書くらい用意しとけよ。


 男子と女子が席なんかくっ付けたら、冷やかされるに決まってるだろうに。使えない奴だな、空気読めっての。まーでも、塩山さんがかわいいから、よしとするか。


「佐藤くん」


「え? ああ、何?」


「……よろしくね……」


 彼女なりに精一杯勇気を振り絞った結果だったのだろう。視線はうつむいたまま、声も多少上ずっているが、顔を真っ赤にしてそう言ってきた。


「ああ、こちらこそ。隣が塩山さんみたいな優しそうな人でよかったよ。迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね」


「……え? あ、ありがとう……佐藤くん……」


「え? あ、あー。いや、どういたしまして?」


 そのありがとうは何だ? 今のは何を意図した発言だ。理解不能。


 塩山さんはなおも顔をゆでだこみたいに真っ赤にしたまま、うつむいている。


「1時間目、始めるぞー、日直。号令」


 1時間目の担当教師がやってきて、教壇に立った。


「きりーつ」


 席を立つ。塩山さんは皆が完全に立ち上がったタイミングで、ようやく立ち上がった。明らかにワンテンポ遅れている。


「ちゃくりく!」


 途端に教室がどっと笑いで包まれた。着席を着陸と言うのが、ウケたらしい。


 僕も周りに合わせて、笑っておいた。

 

 くだらねえ。サムイんだよ。


 その日の授業は、5時間目まであったが、特に何の問題もなく終了した。ホームルームが終わると、僕は荷物をまとめて席を立ち、昇降口へ向う。が、それは教室の扉の前ですぐに遮られた。


「佐藤っち。前の学校部活とかやってなかったの? 佐藤っちってさあ。バスケ興味ね?」


 クラスの男子だった。確か、木村とかいう奴でわいわい騒いでいるお調子者だ。さっきの『ちゃくりく』も、彼の発言である。


 クラスのムードメーカーである彼は、女子との繋がりも、クラス全体に与える影響も大きい。仲良くなっておいて損は無いな。……しかし、タイミング読めよ、ボケ。


「いや、僕。部活は特に考えてないんだ。それに、引越してきたばかりで、まだぜんぜん片付いてないし。今日はこれで帰るよ、ごめんね」


「佐藤っちはいい奴だよなー。謙虚で優しいし。あー、そうだ。メルアド教えてよ。赤外線しようぜ」


 木村は学校指定のカバンから携帯を取り出すと、僕にも取り出すように目で合図を送ってきた。


「ああ、いいよ。でも僕、携帯は持ってきてないんだ。確か、持込み禁止だったでしょ?」


「まっじかー。皆持って来てるぜ? バレなきゃ問題ないって」


「いけないよ。校則は守らないと。とりあえず、木村くんのメルアド教えてよ。後でメール送るからさ」


「おっけー!」


 僕がカバンから筆記用具を取り出したときだった。


「うをって!? んだよー。塩山」


「……あ、ごめんなさい」


 塩山優衣子がうつむき加減で僕の横を通り過ぎ、背中を向けていた木村に直撃した。


「大丈夫?」


「オレなら大丈夫さ! 毎日かあちゃんに殴られなれてるし!」


「いや、君じゃなくて」


 塩山優衣子に向けて手を差し伸べる。


 ヤロウの心配なんかするか。


「……あの、大丈夫です。ごめんなさい!」


 しかし、彼女は一目散に教室から逃げ去った。


「佐藤っち。ひどいよー。てか、塩山にほれた?」


「いや、そういうのじゃなくて」


「佐藤っち、まじやさしー! でもさ、塩山に関わるのは、やめたほうがいいよ」


「どうして?」


「あいつ、いじめられてんだ。友達もいねーし。オレ、小学校の時一緒のクラスになったことあんだけど、授業参観に一度も親が来た事無いんだよね。ぜってー何かあるよ、あいつん家」


「ふーん」


 塩山優衣子に対して、特別な感情を抱いていたわけではなかった。ただ、隣の席になった以上交友関係を円滑にするため、点数を稼いでおきたいだけで。


「それじゃ僕。かえるね」


「おう! また明日な、佐藤っち!」


 木村に別れを告げ、今度こそ帰宅する。昇降口に到着し靴を取り出すと、上履きから下靴に履き替えようとした。


「……あの」


 後から声。女の子の声。振り向けば、そこにいたのは――。


「塩山さん」


「ありがとう」


 ぼそり、と。それこそ、蚊の鳴くような声で。それだけ言うと、塩山は僕の目の前から消えてしまった。


「だから、何が言いたいんだよ」

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