『ストーカー』
『ストーカー』
青葉コウはベットから飛び起きると、彼女の寝姿を確認するべく、盗撮した動画を確認した。
ノートパソコンの画面には、アパートの隣の部屋に住む篠田ミユリが、スヤスヤと寝息を立て、幸せそうに寝ている。
「ミユリちゃん、おはよう。今日も可愛いよ。うふふ」
コウはノートパソコンの画面にキスをすると、いやらしく笑う。この男、ストーカーであった。
元々内気な性格のコウであったが、女性を相手にすると目を合わせることもできず、まともに会話する事もできない。
大学を卒業して三年。定職に付かず、日雇いの派遣アルバイトで日銭を稼ぎ、日々を生きていた。つまらなく、クソみたいな人生。そんな時、となりの部屋に天使のような女性が越してくる。
それが、最大の転機だった。最初は話しかけようと微笑ましい努力を繰り返していたコウだったが、幾度も失敗して空回り。その内に好意は狂気に変わり、彼女を人ではなく物に捉えるようになった。
キレイなお人形さん。僕だけの、篠田ミユリ。僕だけの。でも、どうすれば僕のモノにできる? まずは彼女のことをもっと知らなければ。
そして、思い立ったのが、彼女の部屋にカメラを仕込むこと。その日の内にピッキング技術を調べて習得し、盗撮に必要な物資を買い揃えるべく、アルバイトに日々打ち込んだ。
その行動力のベクトルさえ間違わなければ、コウは彼女のハートを射止めることができたのかもしれない。しかし、産まれてこの方友人と呼べる存在すらなかったコウにとっては、他人と目を合わせるだけでも相当な苦痛であった。
その行動の果てが、犯罪となってしまったのである。
「今日は、派遣の日だ……そろそろ行かないと」
コウは名残惜しそうにノートパソコンのモニターを見ていたが、やがて支度を整え部屋を出た。
「あら、青葉さん。おはようございます!」
「あ、ああ。お、おおはよう、ざい、ます」
ドアを開けた瞬間、隣の部屋の松井ユウコが目の前に現れコウは驚いた。至近距離である。女子の唇が、鼻が、目が、コウの視界を独占する。
「お仕事ですか? 行ってらっしゃい!」
「あ、ああ。ど、どどうも」
松井ユウコは明るい笑顔で頭を下げると、さっさと行ってしまった。
「おい、邪魔すんなよドチビ。ツブすぞ」
「ひ!?」
今度は松井ユウコの隣の部屋の住人、小野寺ダイキが殺人を犯しそうな目付きでコウを睨んでいた。
「チ」
コウを無理矢理払いのけ、乱暴な足取りで去っていく。
「く、くそう。ゴミの分際で、僕をツブすだなんて……許せない」
コウは視線を下に落としたまま、呪った。
それからその日の仕事を終え、部屋に戻ったコウは微かな違和感を覚えた。
「あれ? ゴミ箱の向き、こっちだっけ?」
ゴミ箱の向きが外出前と違う。些細なことだが、何かが妙にコウの中でひっかかった。
「まあいいや。ミユリちゃん、どうしてるかなあ」
早速愛しいミユリの様子を窺おうと、モニターを覗き込んだ。
「僕のとっても可愛いミユリちゃん……」
瞬間、にやけていたコウの顔が蒼白になる。
「え? え? え? 何だこれ」
モニターの中のミユリの部屋は荒らされていて、ベッドは血にまみれていた。そこには……。
「小野寺、ダイキ?」
頭から血を流し、虚ろになった瞳で宙を見つめる小野寺ダイキ。おそらく、死んでいる。
「う、わわ……」
さらに、死体となった小野寺の体を愛しそうにミユリ抱きしめていた。
『ダイキさんは、私のモノ。フフフ。ウフフ……キャハハハハ! 愛してる、愛してる!』
異常。いじょう。イジョウ。IJYOU。
『顔も好き。体も好き。声も好き。でも……一番大好きなのは、あなたの
異常な光景とセリフがカメラから聞こえてくる。
コウは、すぐ警察に電話しようと決めた。
あんな異常な女だとは思わなかった。僕の愛したミユリちゃんはあんな化け物じゃない!
頭の中で響く恐怖を押さえ込みながら、携帯を操作しようと手を伸ばした時。
『ねえ? 見てるんでしょ?』
モニターの中の彼女と目が合った。
「え?」
『私とダイキさん。お似合いでしょ? ねえ? そう思うでしょ?』
気付かれない様に設置したはずのカメラに向って、血塗れの女が擦り寄ってくる。右手には小野寺ダイキの……人間にとってもっとも重要な臓器を持って。
コウは、言葉が出てこなかった。
『青葉さんにも見せてあげる。私のダイキさん』
「ひ!?」
U時型におぞましく唇を曲げると、ミユリは包丁を手にしてカメラの前から姿を消した。
そして、すぐに扉が開き――ミユリが現れた。
「あ、あの。あの!?」
「青葉さん。ずっと私のこと見てたんでしょ? 私ずっと知ってた。いけない人ね。これって犯罪よ?」
ミユリは血塗れのスカートを揺らし、包丁を握りながらクククと笑う。
「でもお~。私も人のこと、いえないかな?」
一歩、一歩と。殺人鬼が殺意を引きつれ部屋に入ってくる。
「青葉さんのも、欲しいな。私。ダイキさんと一緒に愛してあげる」
意中の女性から愛を告白されたコウであったが、まったく嬉しくなかった。
「い、嫌だ!!」
包丁がコウに向って振り下ろされる。
「やめなさい!」
「ち」
開け放たれた扉から隣の家の松井ユウコがやってきて、ミユリの逃げ道をふさぐ。
「もう警察に通報したわ! 青葉さんに手を出さないで!」
「余計なことしてんじゃねーよ、このドブスが!」
ミユリは怒りを露にして叫ぶと、コウの部屋の窓をぶち破りそこから外へ逃げた。
「大丈夫、青葉さん?」
「う、うん……」
完全に腰が抜けたコウに優しく背中に手をやり、さするユウコ。
「私の部屋で警察を待ちましょう。ここにいては危険だわ」
普段のコウならば、異性の部屋に上がりこむなど不可能な芸当だったが、今は完全に頭が真っ白になっておりユウコにされるがままであった。
「そこに座って待ってて。お茶いれてくるね」
「は……はぃ」
ユウコの部屋に通され、小さなテーブルの前に座ると、コウは何気なく部屋を見た。
彼女のことはまったく知らない。おそらく自分と同じ年頃だろうが、普段何をしているのか、何一つ知らなかった。
別に興味はなかったが、ユウコがいつまでも帰ってこなかったのでいたたまれなくなり、コウは立ち上がり、部屋の奥へと足を踏み入れた。そして、一台のデスクトップパソコンを見つける。
「僕の、部屋?」
モニターには、コウの部屋の様子が四画面に分かれて映し出されていた。四画面、つまり四台のカメラから、である。
その時、カチャリと金属音がしてユウコが笑顔でやってきた。
「完全に施錠したので、もう大丈夫ですよ」
「え、あ、ああ」
何かを後に隠し、ユウコはコウに擦り寄った。
「ああ。見ちゃいました? ごめんなさい。実は私ずっと……青葉さんのこと気になってたんです。青葉さんのことが知りたくて知りたくて……でも私、男性と話すの苦手だから……」
「そ、そうなんですか」
「でも。ようやく青葉さんとお話できるきっかけができた! 嬉しいなあ。もう二度と離しませんよ、青葉さん。そう、二度と……ウフフ」
ユウコの背後から出てきたのは、ノコギリと金槌だった。
「さあ、はじめましょうね」
~終~
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