人『体』模型

人体模型に込められたモノ

 赤く充血した肝臓が目の前にあった。そこから目を逸らすと、白くうねった大腸とピンク色の肺。


「うわ、きも!!」


 人体模型っていうのは、どうしてこうグロくてきもいんだろ。この露出した内臓とか、マジきもい。


 放課後、理科準備室の掃除していると、普段見慣れないこいつと目が合った。マジ最悪。


「明日菜ー。そっちの掃除、終わったー?」


「あ、真由利。うん、終わったよー」


 親友の田島真由利がほうきを肩にかついでやってくる。


「そいつさ、夜になったら動くらしいよ」


「ああ、七不思議とかいうやつ?」


 私がそう聞いてみると、真由利は待っていましたとばかりに顔をほこらばせ、頼んでもいないのに解説を始める。


「そそ。昔死んだ生徒の霊がそいつに宿ってるんだって話。部活で遅くなって、夜の校舎を歩いてるの見た奴がいるってウワサ」


「ふーん? バカらし。幽霊とか存在するわけないじゃん」


 私が鼻で笑うと、真由利があきれた様子でため息を吐いた。


「明日菜って本当、怖い物知らずだよねー。なんつーかさ、そういうのつまんないよ、もっとファンタジー信じようよ」


「現実主義なだけだって。幽霊の存在なんて信じるほうがバカらしいよ。それより私が怖いのは、中間の結果だし」


 私、三田明日菜は超現実的な高2女子である。基本、非科学的な話は信じないし、ウワサなんてあいまいなものに踊らされたりしない。


「真由利はいいよねー、勉強できるし」


 真由利は見た目校則違反の塊でアホそうに見えるけど、中身はかなりの勉強家だ。


「まーね。あたし、弁護士目指してるし」


 短いスカートとピアスしているいかにもなギャルの口から、法律に関する知識がガトリングガンのように出てくる様子は、なかなかシュールだ。なんでも、国選弁護士ってのを目指してるとか。


「それじゃあたし、塾あるから先に帰るねー。戸締りよろしく」


「うん、おつかれー」


 真由利はあくびをかみ殺しながら、部屋を出て行った。


「さて。そろそろ私も行かなきゃ」


 ふいに視線を感じた。そう、それは悪意に満ちた……邪な意思。おっさんとかにエロい目で見られている時と同じだ。


 振り返ると目が合った。うつろな瞳でこちらを見ているそれは、人体模型のプラスチックでできた瞳。


 そう、プラスチックでできた作り物の瞳、なのに。その瞳から、つーっと……赤い雫がこぼれ落ちた。


「うそ、きもい! 血?」


 いや、違う。よくよく見れば、暑さのせいで塗料が溶け落ちただけだった。


「はー……だよね、あるわけないし。驚かせるなっての」


 私は急に腹が立ってきて、持っていた雑巾を人体模型の顔面に投げつける。


「すとらーいく!」


 ぼふっと音がして、雑巾はみごと顔面にクリティカルヒット。少し嫌な気持ちが晴れたのだった。


 ――翌日。


 昼休みになって、真由利と2人で弁当を食べようとした時のことだ。


「田島、ちょっといいか?」


 教室で2人机を並べていたら、生活指導の澤田が真由利に声をかけてきた。


「何すか、先生?」


「お前、いつになったら生活態度を改めるんだ? 前から注意しているが、その短いスカートとピアス。いい加減直せ」


 澤田は低い声で脅すようにそう言った。


「別に、あたしの自由だし」


 対して真由利はそれを意に介さぬ様子で、先生を一瞥するとすぐ弁当に視線を戻し、食べ始める。


 澤田は怖い顔のまま真由利を睨んでいた。


 真由利は頑固な子で、人の言うことをあまり聞かない。それプラス、澤田のことは完全にナメていた。生活指導に注意されたのもこれが初めてじゃないし、最悪呼び出しとか食らうこともあるんじゃないかな……。


「ちょっと、真由利。まずいって……」


「そうか……わかった。なら、仕方がないな。俺は再三注意したからな? どうなっても知らんぞ」


「は、何それ脅し? 知ってる先生? それって脅迫罪だよ。2年以下の懲役または30万円以下の罰金になるんだから」


 澤田を挑発するように笑う真由利に、私はそれ以上何も言えなくなった。


 ただ、その時の澤田の言葉は意外なものだった。


「……かわいそうに」


 まるで哀れむようにそう言い残し、澤田は教室を出て行った。


「何あれ? バカにしてんのかな」


「さあ……」


「とにかく、弁当食べようよ。今日さー、兄貴が勝手にあたしの部屋はいってきて――」


 その時は深く考えなかったけれど、今を思えば……あれが真由利とまともに交わした最後の言葉だったのかもしれない。


『2年3組、田島真由利。今すぐ職員室に来なさい』


 放課後になって、真由利が呼び出された。きっと、昼休みのアレだ。澤田の口ぶりからすると、厄介なことになるのかもしれない。


 胸騒ぎがする。何でか解らないけれど、嫌な予感がする。もう二度と、真由利に会えなくなる。ふとそんな気がして……。


「真由利!」


 名前を呼んだときにはすでに、真由利の姿は教室になかった。


 急いで職員室に向かうと、澤田と真由利が出てきてどこか移動するところだった。


 どこへいくのかと思って後を追いかけると、2人は何故か理科準備室へ入っていく。


 え、何でこんな所に?


 中の様子をうかがおうと思って扉に手をかけてみるけど、鍵がかけられているのか、びくともしなかった。


 もしかして、真由利……澤田にへんなことされたりとか……。いやでも、生活指導がそんなことしないだろうし……まさか、体罰、とか?


 私は中の様子に耳をすませ、何か異変が起こったらいつでも声を出せるようにスタンバイしていたのだけど、急にお腹が痛くなって、少しの間だけ離れることにした。


 そして戻ってくると、中から澤田と真由利が出てきたところだった。


「ん、どうした三田。こんな所で」


「あ、いえ。ちょっと……気になって」


「ああ。なに、たいしたことはないさ。少し田島と話をしていただけだ。へんなことはひとつもないよ。なあ、そうだろう?」


「はい。先生の話、感動しました。私、これからは心を入れ替えます」


 理科準備室から出てきた真由利に、特別おかしなところはない。衣服の乱れもなければ、どこかぶたれたとかそんな感じもない。


 ただ……何かおかしい。そんな感じがする。


「うん。わかってくれてよかったよ。じゃあ、先生は仕事があるから。今日はもう帰りなさい」


「はい。失礼します」


 職員室へ戻っていく澤田に頭を下げる真由利。


 真由利は勉強はできる子だけど、あまり礼儀正しくない子だ。まさか本当に心を入れ替えたとかいうの?


「ちょっと、真由利!」


 声をかけ呼び止めようとしたけど、真由利は私のことなんか無視して、ずかずかと歩いて行ってしまった。


 真由利、本当はやっぱり何かあったの?


 真由利がおかしい。その疑問が確信に変わったのは、次の日の体育の着替えの時だった。


 更衣室で着替えているクラスメイトの女子を、食い入るようにして見ているのだ。まるで……欲情した男のように。


「ね、ねえ。真由利。どうしたの?」


「あ、ううん。何でもない。それより、三田さん」


「え? 急にどうしちゃったの、真由利。いつもなら下の名前で呼ぶのに」


「あ、あはは。そうだっけ? なんか、ド忘れしちゃったみたい。それよりさ、三田さん」


「な。なに?」


 急に真由利が近づいてきて、ハアハアと荒い息で私の胸を凝視する。


「君、おっぱい大きいよね」


「は? さっきから何なの、真由利……おかしいよ、まるで、男みたい……」


「じょ、冗談だよ! それより私、お腹痛いから今日はもう帰るね! それじゃ!」


 私がそう言ったとたん、真由利はまるでいたずらが見つかったときの子供のような顔をして、どこかへ行ってしまった。


「真由利……」


 早退した真由利が気になって、授業が終わったあと携帯にかけてみたけど、つながらない。メールを送っても返信はいっこうにこなかった。


 一体、真由利に何が起こっているのか。その謎を探る答えは、どこにあるのか。


「そうだ。理科準備室……あそこに入ってから、真由利はまるで別人のように変わってしまったんだ」


 私は昼休みになると、一直線に理科準備室へ向かった。


 中に入ってみると、相変わらず人体模型がきもち悪いこと以外、特別おかしなところはない。


 ここで昨日、何があったんだろう?


「タス、ケテ」


「え?」


 何か聞こえる。


「タスケテ」


 気のせいじゃない。何かが……ここにいる。


「誰か、いるの?」


 思い切って一歩を踏み出し、人体模型の前まで来る。


「アスナ、タスケテ」


「え?」


 右手を誰かにつかまれた。驚くほど冷たくて、固くて……気色の悪い感覚だ。一言でいえば、おぞましい。


 そのおぞましさを発する右手をつかむ何かを目で追うと……目の前の人体模型の腕だった。


「い、いや……」


「アスナ」


 目が合ったとたん。私は後悔した。


「チョウダイ」


 人体模型が、口の筋肉を収縮させて……ニヤリと笑ったのだ。


「アナタノカラダ、チョウダイ」


「いやああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアア!!」


 人体模型を押して理科準備室を脱出する私。


 きもいきもいきもいきもいきもいきもい!! 何なのあれ生きてた動いてたしゃべってた笑ってた!


 チョウダイって何? 何で私の名前知ってるの?


 地球上の酸素を全て吸い尽くすぐらい私は肺にいっぱい酸素を送り込み、教室まで戻った。


 そして、カバンをひっつかむと誰にも何も言わずに学校を早退した。


 一分一秒でも早く、一メートルでも遠く、この場所を離れたい。それしか頭になかったのだ。


 怖い、怖いよ。何であれが動くの? 何であれがしゃべるの? 何で……笑ったの?


「いやああ!!」


 頭の中でさっきの風景がフラッシュバックする。


 幽霊なんて、いないのに。怖くなんて、ないのに。


 自宅へ帰り着くと、自分の部屋のベッドに潜り込み、自分を取り囲む世界をシャットアウトする。


 大丈夫。大丈夫。あれは夢。そう、夢。単なる私の思い込み。


 あの声も、何かの雑音。


 私は瞳を閉じると、ゆっくりと夢の中に落ちていった。


 ……。


 …………。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。


 ドアをノックする音で意識を取り戻した私は、スマホを取り出して時間を確かめた。


「20時、10分か……」


 ドアをノックする音はやまない。


 お母さんかな? 晩ご飯できたよーって、呼びにきてくれたのかも。


「はーい、今行きまーす」


 そういえば、お腹すいた。あわてて早退したから、お昼も食べてないんだっけ。


 ドンドンドンドン!!!!


 と、返事をしたにもかかわらずノックの音はやまない。


「もう、わかってるってば! うるさいよ!」


 それでもドアをノックする音はやまない。


 いい加減、頭にきた。


「ちょっと!! さっきから何なの!! マジうざいんだけど!」


「アスナ、チョウダイ」


 ドアを開けてノックしていた相手に向けて私はキレた。が、そこにいたのは私のお母さんじゃなかった。


「な、なんで……」


「チョウダイ」


 暗闇の中でも、はっきりとそれが見える。赤く充血した肝臓、白くうねった大腸、ピンク色の肺。


「アスナノカラダ、チョウダイ」


「じ、人体模型……何で、家に!?」


 闇の中でそいつは確かに笑った。そして、床に数滴の赤い涙をこぼした。


「いや! くるな! こないで!!」


 両手で押してやると、人体模型は二階の廊下を転がり、そのままの勢いで階段をまっさかさまだ。


 二階から階段を見下ろすと、人体模型はバラバラになって動かなくなっていた。


「何なの、これ……。ねえ? お母さん! いないの?」


 一階に向けて大声を出してみるけれど、返事はない。


「お父さん! お姉ちゃん!!」


 返事はない。仕方がない……とにかく、この気持ち悪い人体模型を家の外に放り出そう。


 ゆっくりと階段を降り、そして、おそるおそる人体模型に手を伸ばす。


 足をひっつかみ、ベランダの窓から外へ放り投げ……次に左手を――。


「あれ? 手が……」


 ――ない。


 どこへいったの? と口に出す暇もなく、私の足首に何かが絡みついた。


「アスナ……ヒドイ」


 足首に絡み付いていたのは、人体模型の左手だった。


「え?」


 間髪いれず、ころころと目の前にプラスチックの塊が転がってくる。


 何、これ?


「イタイヨ、アスナ」


 あれ、そういえば……頭はどこ? どうしてさっきまであった場所に……ないの?


 答えはすぐに出た。そのプラスチックの塊がくるんと回転し、こちらを見たからだ。


 目が合った瞬間、私は絶叫した。


「いやあああああああああああああああああああああああ!!」


 怖いと思った瞬間、私の体はすぐに動いていた。動いてくれた。


 無我夢中で走り出し、あてもなく夜の住宅街をさまよう。


 一番安全で、安心できる場所だと思っていた自分の家。その聖域にいとも簡単に侵入された。つまり、どこにも安心できる場所なんてない、ってことだ。


 走って移動している最中でさえも気が気じゃない。


「どうしたらのいいの……どうして私が、こんな怖い思いしなくちゃいけないの……ひどいよ……どうして」


 頭の中で何度もどうして、どうして、と呟いていると、いつのまにかそのどうしてが口からも出ていた。


 そうだ。学校にいけば……何か解決策があるかも。


 親がいなくて頼れないなら……先生に守ってもらうしか、ないのかも。


 私は一直線に学校へ向かった。


 夜の学校ほど不気味な物はないと思う。けれど……今は仕方がない。


 恐怖を振り払うように、めいっぱい握りこぶしを作り自分を奮い立たせる。大丈夫、なんとかなる……はず。


 学校に入ってすぐ立ち寄ったのは職員室だ。けれど、誰もいない。


 職員室を出て、私は理科準備室に向かうことにした。先生がいないのなら……最悪、自分の手で解決してやるまでだ。 


 あそこに行けば、謎が明かされる。そんな気がしたから。


『いや、助かったよ先生。ようやく俺、あそこから出れた』


『そうか、よかったな。これに懲りたらもう校則はちゃんと守れよ』


 理科準備室の前まで来て、話し声がした。


 1人は生活指導の澤田。もう1人は……真由利?


『へーい。にしてもさあ先生。この体……なんとかなんねー? できれば男の体にして欲しかったんだけど』


 確かにこれは真由利の声だけど……まるで別人みたい。


『我慢しろ。それとももう一度、人体模型の中に魂を移すか? 次は何年後か解らんぞ』


 え、人体模型? 魂を移す? どういう、こと?


 疑問符が頭に浮かびかけていた時、私のスマホが空気を読まず、着信音を静かな廊下にわめき散らした。


 画面を見ると、お母さんからだ。何でこんなときに!


『そこにいるの、誰だ!』


 逃げる間もなく扉は開かれ、中にいた先生が私の腕をつかむ。


「お前……三田か? そうか……今の話、聞いたんだな」


「は、はい……あの。真由利はいったいどうしたんです? それに、人体模型って!」


「入りなさい」


 先生は静かにため息を吐くと、私を理科準備室の中へ招き入れた。


 中には……あの、人体模型もある。


「やっほー、三田明日菜ちゃん!」


「真由利……じゃない。あなた、誰?」


 室内には、真由利が大またを開いてイスに座っていた。違う。あれは真由利じゃない。真由利の姿をしているけど、別の誰かだ。


「俺? 真由利だけど?」


「よさないか、須山。俺が説明するから、お前は黙っていろ」


「へーい」


 須山、と呼ばれた真由利の姿をしたそいつは、あくびをしながら返事をする。


「これは罰なんだよ」


「罰?」


 先生はイスに腰掛け、人体模型に視線を移す。


「校則違反を一定数犯した生徒に与えられる罰なんだ。田島真由利はその罰を受け、魂を人体模型に移されている」


「あの……本気で言ってます?」


 先生は表情を変えず私を見て、力強く頷いた。


「本当だ。魂を人体模型に移された生徒は、次の校則違反者が出るまで、人体模型の中で生きなければならない。逆に言えば、次の校則違反者さえ出れば、魂は開放され新しい肉体を得ることができる、というわけだ。今、田島真由利の肉体には、去年暴力事件を起こした須山という男子生徒の魂が宿っている」


「須山悟でーす」


 真由利は手を挙げると、自らを須山悟と名乗った。


「じゃあ……その須山悟の体には?」


「5年前にカンニングをした林という男子生徒の魂が宿っているよ。……先生もそうだ。20年前、この学校で校則違反を犯し、魂を人体模型に移された。前の体は今どうしてるかわからないが……」


「先生、まで? でも、何でそんなことするんです!」


「……」


 先生はしばらく下を向いて黙っていたが、やがて口を開いた。


「始まりは、1人の男子生徒の自殺だった」


「え?」


「その生徒は校長の息子でね。イジメを苦にして屋上から飛び降りたんだ。けれど……魂はあの世に行かず、そこの人体模型に宿ってしまった。そこで当時の校長は、閃いてしまったのさ。我が子を生き返らせる手段を。校則違反を犯した生徒から魂を抜き取り、その肉体に我が子の魂を移したんだ……それが、始まりなんだよ」


「そんな……じゃあ、真由利は……」


 人体模型の瞳から、赤い雫が零れ落ちている。自分の体に戻りたい、そう主張しているのだろう。 


「次の違反者が出るまではあのままだな。もっとも、違反者が出たとしても……彼女は永久に、田島真由利に戻る事はできない。別の誰かの体で一生を終えるんだ」


「そんなの、ひどすぎます!! ちょっとあんた! 真由利の体から出て行きなさいよ!」


「あ? やなこった。これはもう俺の体だ」


 真由利は床につばを吐くと、怖い目で私を睨んでくる。


「大丈夫だ。安心しろ、三田。田島はすぐに解放されるよ。新しい校則違反者が出たからな」


「え? それ本当、ですか?」


 先生は無表情だった顔をほこらばせ、笑顔で私を指差した。


「こんな時間に出歩いて、無断で学校に侵入……お前は悪い生徒だよ、三田」


「え? それって……」


 突然目の前に人体模型が……真由利が来て……プラスチックの顔を近づけてきた。


「アスナ、チョウダイ」


「え? ウソでしょ……」


 アスナノカラダ、チョウダイ。


 それが自分の耳で最後に聞いた言葉だった。


 気が付くと私は……理科準備室に1人残されていた。そう、私は肉体を奪われ、人体模型になってしまったのだ。


 息が苦しい。体中が裂けるように痛い。顔がかゆい。


 何なの、これ。こんなの嫌だ。元に戻りたい。元に戻して!


「ねー、知ってる? 昔死んだ生徒の霊がそいつに宿ってるんだってー」


 放課後になって、2人の女子生徒が掃除にやってきた。


「ああ、七不思議のあれでしょ? 夜中に動き出すってやつ」


「そうそう!」


 2人の女子生徒は楽しそうにおしゃべりしながら、私を見ている。


 ――うらやましい。


 どうして、どうして私がこんな目に……。


「そういや最近さ。3組の三田明日菜、感じ悪いよねー。なんか人が変わったみたい」


「だよねー。田島だっけ? あいつもなんかヘン」


 今、私の体には真由利が宿っている。


 そうか、真由利も……こんな風に苦しんでいたのか。そう考えたら、何かがこみあげてくる。須山が、真由利が、新しい体を欲しがった気持ちがわかる。


「ねえ。なんかあの人体模型……涙流してない?」


 気が付くと、私は赤い涙を流していたようだ。


 それを見た女子生徒たちは、気味悪がってこちらを見ている。


「え? あ、ああ。暑さで塗料が落ちたんだよ。きのせいだって」


 欲しい。早くここから出たい。


「チョウダイ」


 そう強く念じていると、自然と声が出た。


 体が欲しい。ねえ、誰でもいいの、お願い。早く私に――。


「アナタノカラダ、ワタシニチョウダイ」



 ~終~

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