『リアル』PK
とある狩り場にて
気合いと共に男の放った斬撃が、巨大な昆虫を真っ二つにした。昆虫はそれが致命傷となり、命の器は大地へ還る。
そこは四方八方何も無い、見渡す限りの砂と、砕けた岩の残骸ばかりの砂漠。
男は巨大な剣を担ぎ、次の獲物を探す。無骨な鎧と顔を横断するかのような傷は、歴戦の猛者を思わせた。やがて岩陰に一つの気配を察知し、再び戦闘態勢に入った。
巨大なアリの様なバケモノが、眼前の岩を乗り越え、こちらに向かってくる。
――気付かれた。
だが男は構うことなく、攻撃に移る。この程度の相手ならば、多少の無茶はできる。
しかし次の瞬間、男は巨大な炎に包まれ地面に倒れた。それは、アリのバケモノの仕業ではない。男の遥か後方――岩場の上に一つの小さな影があった。
ファンタジー世界において、長い耳と美しい容姿を持つ種族『エルフ』だ。きらびやかなローブを身に纏ったエルフの少女は、砂漠に咲いた可憐な花の様だった。巨大な火の塊、『フレイムバースト』を放ったのは彼女である。
男を襲った『フレイムバースト』は、全身を燃やし尽くしたはずなのだが、火傷の様な外傷はどこにもない。
代わりにHPバーは0になっており、画面には4ケタを超えるおびただしい数字のダメージが、ログとして残っていた。
『シャイニングエッジオンライン』。通称『エッジ』。純国産MMORPGでサービス開始から3年を過ぎた今でも、その人気は衰えていない。その醍醐味はなんといっても、プレイヤーVSプレイヤーの対人戦だった。
だが、正々堂々とした対戦ばかりではなく、こうしたPK。いわゆるプレイヤーキラー行為も、仕様の一つとして認められている。そのPKも最近では悪質化してきており、高レベルプレイヤーが10にも満たないレベルの初心者を、一方的に虐殺する光景も日常茶飯事となりつつあった。目の前の光景もまさしくそれである。
「PK出ました! 付近の皆さん注意してください!!」
倒れた戦士の男から吹き出しが飛び出て、その中に文章が表示された。チャットをシャウトモードで使用したのだろう。シャウトモードなら、エリア一帯のプレイヤーに自分のメッセージが届くのだ。
(PKって誰? 名前言えよ。やれそうだったらPKKするから)
今度は一対一で会話するウィスパーモードで、誰かが語りかけてきた。
戦士もそれに合わせ、ウィスパーモードでメッセージを送り返す。
(ろなっていうエルフです。かなり高レベルっぽいキャラです)
返信はすぐに来た。たった一言だけ。
(無理www)
『ろな』は古参プレイヤーなら誰もが知っているPKだ。サービス開始当初からPK行為を繰り返しており、中堅プレイヤーなら、皆必ず一度はPKされた経験を持っている。
古参プレイヤーの中にはPKK(PKをキルする行為)を試みた者もおり、見事倒した人間もいるようだが、ろなからソロ、PT狩りを問わず執拗に狙われ続け、引退したという噂があった。
このまま助けを待っても誰も来ない事を戦士の男は悟り、近くの町に帰還する事にした。だが、意外な事に蘇生魔法『リザレクション』がかけられたのだ。
こんな時に一体誰が――。
彼が画面の向きを変えるとすぐにその答えは出た。
――ろなだ。
実はろなは、本当は皆が言うほど悪いプレイヤーではないのではないか? 今のも、誤射で狙われただけでは? 悪い噂だけが一人歩きしてしまっているだけではないのか?
戦士の男は蘇生される。
「ありがとう^^」
そうタイピングするつもりだったが、氷の槍に体を貫かれ、再び戦闘不能状態になった。
ろなが放った『アイスニードル』……それは初期の段階で覚えることのできるスキルで、威力は先ほどの『フレイムバースト』の10分の1にも満たない。
にもかかわらず、最大HPの倍のダメージを食らい即死であった。
「弱すぎワロタ。乙www」
ろなはそれだけ言い残すと次の獲物を求め、砂漠の奥へと消えていった。
後に残されたのは戦士の男と、吹き出しに表示された『ありが』の三文字だった。
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