アニメは終わらない
「こうちゃん。こうちゃん」
「何?」
「今日も一緒に寝よう?」
「う、うん……」
生きた美少女フィギュア、ルリと生活を始めてはや一週間。
毎日同じ布団で寝る。それが、習慣として定着しつつあった。
「こうちゃんの手、あったかいね」
「ルリの手は、柔らかいよ」
僕らは見詰め合ったまま、目を閉じて寝た。
ルリは僕の物だ。人工物とは思えない艶やかな髪も、瑞々しい唇も、柔らかい素肌も。
もっと……もっと、欲しい。
僕の中で、ある考えが生まれつつあった。
「ルリ、寝た?」
「……こうちゃん……大好き……」
「寝たのか、よし」
寝ていることを確認すると、布団から抜け出し、ルリを作ったメーカーのホームページをパソコンで開いた。
「新商品のお知らせだ」
美少女フィギュアシリーズ第二弾! 待望の妹登場! 渡会マホ! 細部まで完全再現。
「今度はマホちゃんのフィギュア……買いだな」
渡会マホちゃんは、ルリと同じアニメのヒロインで、主人公の妹の小学5年生だ。
僕は即、購入した。
ルリだけでは満足できない。このメーカーのフィギュアシリーズ、全部買いそろえてやる。
そうすれば、アニメと同じハーレムじゃないか! 僕の部屋に勢ぞろいする美少女達……素晴らしいよ。
お金なら、親が腐るほど持ってる。クレジットカードも使い放題だし、そこは心配ない。
それに、ルリだって仲間が増えたほうが喜ぶに決まってる。
僕は、わくわくしながら布団に戻った。
「初めまして、おにいちゃん」
「ほ、本物のマホちゃんだ……」
翌日、すぐにマホちゃんのフィギュアが届いた。
ルリと同じ様に動いてしゃべる。なにより、僕に引っ付いて離れようとしない。
「おにーちゃん。すりすり……」
マホは頬を僕の体にすりつけて、猫みたいにじゃれついてきた。金色のツインテールが動き合わせて揺れる。
「な、なんだかくすぐったいな」
本当に、可愛い妹ができたみたいだった。
「なによ、デレデレしちゃって……」
「え? ルリ、どうしたの」
「なんでもない! お買い物に行って来る」
ルリはツンツンして、家を飛び出してしまった。
何だよ、急に。せっかくマホちゃんが家の一員になったんだから、もっと喜べばいいのに。
それから、第三弾も発売されて僕は購入した。
第三弾は、主人公の姉。渡会ミナミ。
大人の色香漂う18歳の高校三年生。ただし、どこか抜けており、ほんわかした天然お姉さんである。
「こうちゃん。一緒にお風呂入ろうか」
「ええ!?」
さらに、とんでもないブラコンという設定だったりする。その設定が忠実に再現され、僕が入浴中に乱入してきたのだった。
「お姉ちゃんばっかりずるーい。私もはいるー!」
マホも乱入してきて、狭い風呂場で姉妹ケンカが始まる。
それを止めたのは、ルリの雷だった。
「いい加減にしなさい!!」
ルリは、怒らせたらかなり怖いらしい。地震、雷、火事、十河ルリ。アニメでも主人公にそう言われるくらい、ルリはキレると手が付けられなくなる。
とにもかくにも、僕らの生活は楽しくも騒がしく、暖かいものだった。
もちろん、僕の欲はまだ尽きていない。
第四弾、第五弾も即購入。
クラスメイトの関西弁をしゃべる美少女と、無口系不思議美少女2人も我が家の一員となった。
毎日僕は、5人の美少女と同じ布団で寝て、毎日彼女達の騒動に巻き込まれている。
まるで、夢のようだった。
「おやすみ、こうちゃん」
「おやすみ、おにいちゃん」
今日も1日が終わり、5人の美少女と布団で寝る。さすがに1つの布団では全員が納まらないので、3つ布団を並べてそこに全員が僕に群がってくるという構図だ。
意識が沈んでいく。今日も楽しかった。明日も……楽しいかな。
そして、僕は目覚める。
「あれ? ここ、どこだっけ?」
殺伐とした空間に、僕はいた。隣には誰もいない。
「ルリ? マホ? ミナミさん?」
誰もいない。その上、ここは僕の家じゃ……なかった。
どこだ。どこだ。どこなんだここは?
「おはよう、佐藤コウタくん」
「え」
部屋の中に、立体映像で制服姿の男が現れた。姿から察するに、警官か、何か。
「アニメは楽しかったかな?」
「アニ、メ?」
「そうだよ。ほら、君が大好きだったアニメさ。生きた美少女フィギュア達とラブコメを繰り広げる、『らぶらぶドールズ』だよ」
「らぶらぶ……ドール、ズ?」
呆然と立ち上がると、僕の頭からヘッドセットが外れ、床に落ちた。
それを拾い上げると、小さな画面の中に美少女が5人。
ルリ、マホ、ミナミ、アイナ、ユウコ。
今までの出来事は……アニメ?
「せめて刑が執行される前に、最後に一度でいいから観たい……我々としては最大限君のお願いを聞いてあげたつもりだ」
「刑を執行って……僕が何をしたんです!」
男は一瞬、口をつぐむと苦い顔をして語りだした。
「君はね……現実と虚構の区別が付かなくなってしまった悲しい人間なんだよ。発達しすぎた娯楽は……新しい問題をたくさん生み出した。その1つが、君のような人間なのかもしれない。昔はゲームといえば、血しぶきが飛び散る程度の可愛いものだったのに、今や剣で斬った感触も、銃を撃った衝撃も、すべてがリアルに再現されてしまっている」
一区切りおいて、男は再び語り出す。
「現実さながらのリアリティーは、若者を大いに刺激した。最後にはゲームだけでは飽き足らず……本物に手を出してしまう若者もいてね……ここまで言えば、それが誰の事かは解るね? 佐藤コウタ受刑囚」
「僕が……人を」
殺した?
「安心しなさい。別に命をとろうというわけじゃない。今は、あらゆる物が進歩した時代だ。家電もゲームも車も医療も、刑罰もね」
男がそう言うと、僕の体は機械によって拘束され、ヘッドセットが無理矢理被せられた。
「我々が作成した刑罰用アニメ、虐殺ガールズ……最後まで楽しんでくれたまえ」
景色が暗転して、しばらくするとアニメ本編が始まって……僕は岩場にいた。何の役かと思えば、僕の体は巨大なドラゴンになっていて……5人の少女に囲まれていた。
鋭い輝きを放つ剣で、少女が僕に向かってくる。
僕は体を斬られ、翼を切断され、前足を突かれる。
五感すべてを再現する最新のアニメは、痛覚すらも再現した。
文字通りの身を裂かれるような激痛に耐える間もなく、今度は炎の魔法が僕に襲い掛かった。
顔を焼かれ、内臓が生焼けになる。
それでも僕に対する攻撃の嵐は終わらない。無数の弓矢が目に突き刺さり、片目を奪われた。
最後には斧で首を落とされ……巨大なドラゴンになった僕は少女たちによって討伐されたのだ。
「はあ……はあ……はあ……」
アニメが終わって、現実の世界に戻っても……痛みが残っている。どこにも傷はないのに。痛みだけが現実に残ってしまっている。
だけど……これで刑罰は終わりなんだろう? たった数分激痛を我慢するだけなら――。
「さあ、第二クールを始めよう」
それから僕は、色んなアニメで殺される役を演じることとなった。現代異能、ファンタジー、ミリタリー、サスペンス……ラブコメはないのかよ。
~終~
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