最効率化された『人』類

最効率化された『人』類

 今日も最下位だった。試験でも、体育でも、登校時間でも、何もかもが。


 何故、順位というものがあるのだろうか。何故、人には優劣があるのだろうか。何故、他人と比べられなければならないのだろうか。


 答えは誰も持ち合わせていない。


 平成と呼ばれる大昔の時代には、そんな心配が存在していたのだろうか……ぼくはふと、教室の窓の外を見てそう思った。


 自由と平等。そして効率とスピード重視の世の中になって、すでに2世紀半。


 人類はあらゆる物をオートメーション化して、代わりに自分の時間を手に入れた。


 いわゆる、毎日が日曜日というやつだ。


 全てが機械任せになって、スーパーは巨大な自動販売機になり、車は目的地を伝えるだけで勝手に走ってくれる。ドライブスルーにいけば好きなバーガーがすぐに出てきて時間もかからない。


 ――便利を極めた世界。


 すべてが最効率化されていったけど……最効率化されていないものが1つだけあった。


 それは、人類そのもの。


 人類自体存在することが非効率的なのでは? という議論が出た。


 しかし、効率化は人類にとってのものであり、人類そのものに効率化を求めるのはナンセンスであると、誰かが言った。


 そこで、人類はある結論を出した。それは人類最効率化計画。


 増えすぎた人類を処分し、優秀かつ容姿端麗な人間ただ1人が存在する世界へと変えること。


 人類そのものを効率化かつ平等にさせるというとんでもないこの方策は、あっという間に実行されてしまった。


 外敵の存在も無く、繁栄に繁栄を重ねた人類にとって、地球は狭すぎたらしい。


 毎日何をするともなく、肥え太った体で眠り続ける人類。働く必要が無い、勉強の必要もない。それはユートピアの皮をかぶったディストピアであった。


 食う、寝る、遊ぶ。その三つにすら飽きてしまった人類は……最終的に生きることにすら、飽きてしまったのだ。


 だから、人類最効率化計画は誰の抵抗もなく、すんなり受け入れられた。


 堕落に堕落を重ねた人類にとって、それは粛清だったのかもしれない。


 たった1人の優秀な遺伝子を持つ人間が世界に残り、さらに彼は効率化のため、自分のクローンを作り出したのだ。


 そして、さらに1世紀が過ぎて……人類は数を増やしつつあった。


 ただ……。


「山田。お前、マジで頭悪いのな」


 僕と同じ顔をした鈴木くんが、机を蹴ってきた。


「山田ー。おまえ太りすぎ。死ねよキモい」


 今度は頭を殴られる。小林くんだった。彼もまた僕と同じ顔をしている。


「同じ遺伝子なのに、何で山田はダメなのかしらねー」


 スカートをはいたロングヘアの女子、澤田さんがせせら笑う。彼女もまた、僕と同じ顔。


 人類は繁栄していた。1人の人間のクローン集団が、人類と呼べるのかどうかは解らないけど。


 優秀で容姿端麗な遺伝子を持つ同じ人間であるのに、育った環境によって性格も能力も個体差があるらしい。


「席に着いてー。ホームルーム、はじめるわよ」


 赤木先生が教壇に立つと、みんな僕をいじめるのをやめて、さっさと席に戻る。


 仕事のばりばりできる女性。そういうイメージの赤木先生は、メガネをかけた20代後半の女性である。といってもやはり、僕と同じ顔をした僕と同じ遺伝子を持つクローンなんだけど。


「今日は、転校生を紹介しまーす。女子の中山さんです」


 そういえば、マンガで読んだ事がある。平成の昔は、転校生の女の子にクラスメイトがざわめきたてたりするシーンがあった。


 けど、今の時代。ときめいたりしない。皆同じ顔なんだから、当然だ。


 鏡に映る自分の顔を見て、性的な興奮をする人はいないだろう。つまりはそういうことだ。


 だから僕は、大昔にあった恋愛というものに興味を持っている。けれど、今はすべてが効率化された時代。恋愛は非効率という結論がくだされている。


 ではどうやって人類はその数を増やしているのかというと、クローンを生産し続けているのだ。満20歳以上の国民には、子供を養育する義務がある。


 20歳になると同時、役所から子供が送られてきて、その子供が20歳になるまで面倒をみなければならない。


 けれど……けれど。


 本当にこれが、平等なんだろうか? 効率的なのだろうか?


 答えは誰も持ち合わせていない。


「隣、いい?」


「あ、うん」


 中山さんの席は、僕の隣に決まったようだ。


「山田くんって、なんだか不思議な感じがするね」


「そう?」


「うん。なんていうのかな……一目見て君のこと、気に入っちゃったかも」


「え?」


 同じ顔だ。ただ遺伝子上、染色体がXXとXYの違いだけで、他はすべて同じはず……なのに。


 なぜ、こうも彼女のことが気になるのだろうか。


「どうしたの? 私の顔、なんか付いてる?」


「ううん、きれいな顔だなって……」


「もう、同じ顔じゃない私たち。へんなこと言うのね、山田くんて」


 僕にはこの感情が何なのかわかっていた。でも、それは非効率的なことだ。


 けれど……それでいいのか?


 人類すべてが効率化される中に一人だけ非効率な奴がいても、いいんじゃないかな。


 誰も答えを持ち合わせていないというのなら……僕がみつけてやる。


 ~終~

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