殺人『アニメ』
新時代のフィギュア
今は、あらゆる物が進歩した時代だ。家電もゲームも車も医療も。
平成の世からとりわけ進歩したのは、娯楽の部分。
アニメなんて、実際に画面の中へ入り込んで、主人公として物語を体験できるのだ。
五感にも作用するので、アニメの中で主人公が経験したヒロイン達との思い出も、現実のものとして記憶に残る。
ヒロインの女の子に、ラッキースケベで胸を触ってしまった時の生々しい感触も、主人公の妹の手料理の味も、超能力や魔法を使う快感も、全てが。
あまりにリアル過ぎて、現実と虚構の区別が付かなくなって、犯罪者になってしまった若者が出てくるくらいリアルなのだ。バカな奴だよ、ほんと。
大人はみんな頭ごなしにサブカルチャーやオタクを悪者にするけど、全部が全部そうじゃない。少なくとも僕はね。
それはどうでもいいとして、今は誰もが主人公になれる時代。そんな時代において、画期的な商品が開発された。
それは、等身大のフィギュアである。アニメのヒロインが現実に生きているように、動き、しゃべる。血の通った本物の人間のように感情を持ち、人間と同じ様に生活する本物に近いフィギュア。
僕はさっそく、注文してみた。そして、今。目の前に大きな箱がある。
この中に彼女がいる。僕がはまったアニメのヒロイン。十河ルリちゃんが。
ルリは主人公の幼馴染の女の子という、けっこうありがちな設定だが、そのビジュアルがたまらなく僕のツボだった。一目惚れ、と言っていい。
キレイな黒髪ロングの清楚な女子高生。汚れを知らない綺麗な素肌。永遠の17歳。
わくわくする。早く、彼女に会いたい。
ダンボール箱を興奮しながら開けると、まるで棺みたいなカプセルが入っていて、その中に眠り姫のような彼女がいた。
「すごい。まるで、本物の人間みたいだ……」
カプセルの扉を開けると、彼女は目を覚ましてむくりと起き上がる。が、その姿に僕は鼻血を噴出しそうになった。
全裸じゃん!!
僕は慌てて付属品の衣装を探すが、その衣装を見て頭に血が昇った。
「み、見事なしまパンだ……」
衣装は本物だ。下着類、私服、制服、スク水、ブルマと色々そろっている。メーカーのホームページにいけば、追加コスチュームが別料金で発注できるらしかった。
「こうちゃん」
「へ?」
名前を呼ばれてどきりとする。気が付くと、彼女は動いていた。そして、僕の名前を呼んだのだ。
「こうちゃん」
まるで人間のように、あどけない笑顔で僕を見つめる。
が、その前に。
「服を着て!」
僕はなんとか彼女を着替えさせると、電子マニュアルを読んだ。
「デフォルトで購入者の名前を入力してあるのか。呼び方は好きに変えられるんだな。ふーん」
「こうちゃん。お腹空いてない? ルリがご飯作ってあげる!」
「え?」
マニュアルには、ルリは家事スキルが万能で、料理も洗濯も裁縫も完璧にこなします。と、書いてある。
今後のシリーズでは、妹タイプ、姉タイプ、委員長タイプ、関西人タイプ、不思議タイプなど様々なキャラのフィギュアが発売されるらしいことも書いてあった。
「今日は、おみそ汁とハンバーグだよ。期待して待っててね~」
「あ、うん」
最新のフィギュアはすごいな。こんなこともできるのか。
それから僕はルリの作ったご飯を食べた。味はアニメで体験したのと同じでめちゃくちゃうまい。
アニメのは単なる『体験』で、実際に食べたわけじゃなかったけど……これはすごい。
他にもルリは洗濯や掃除もやってくれたので、1人暮らしの僕は大助かりだ。
「あれ? そういえば……このフィギュア、どうやって動いているんだ?」
マニュアルに再び目を通すと、動力は『あなたの愛』です。と、書かれていた。
毎日毎日一緒に寝ることで、あなたの愛がフィギュアに充電され、より美しく活き活きするでしょう。
「バカバカしい……寒いだろ、このマニュアル」
「こうちゃん。こうちゃん」
「あ、は、はい!」
「お風呂、入っていい?」
「あ、あー。どうぞ」
るんるん、とルリは楽しそうに風呂場に向って歩いて行った。
「あ」
だが、途中で振り返り、顔を真っ赤にして僕を睨んでくる。
「絶対……のぞかないでね?」
「う、うん」
そして、風呂場に消えるルリ。
僕は……立ち上がると、そっと気配を殺しながら風呂場に向った。
「のぞかないワケないじゃないか」
いいよ、このシチュエーション! 僕はこれを望んでいたんだ!
1人暮らしの僕の家の、汚い風呂場に美少女がいる。それだけでなんとこう、心ときめくのか……!
僕はうきうきしながら脱衣所に潜入した。そこには、脱ぎたての衣類がきれいにたたまれて置いてあった。
まさしく宝の山だ。そして……この先は聖域。
僕は、気付かれない様にそっと扉を開けた。
「こ、こうちゃん!?」
扉を空けた途端、ルリと目があった。
目があったとたん、憤怒の光が瞳に宿り、顔が真っ赤に染まって……あれ?
「ル、ルリちゃん?」
ルリは、表情をなくした人形のように湯船に沈んで行った。
「え?」
僕は急いでルリを風呂から救出すると、パジャマに着替えさせ、万年床になっている自分の布団に寝かせた。
その間ずっとルリは瞬き1つせず黙ったままだ。
もしかして……充電しないといけないのか? それって、この布団で一緒に寝るって……こと?
僕は気恥ずかしさ半分、興奮半分、布団に潜り込んだ。
すぐ真横に、ルリの体があった。フィギュアとはとても思えない、艶かしい唇と、濡れた髪。
僕と同じシャンプーを使っているはずなのに、まったく次元の違う香りがする。
寝れない。意識がないとはいえ、フィギュアとはいえ……緊張する。
そして、布団に入って5時間。僕の意識は闇へと沈んで行った。
「こうちゃん。起きて、こうちゃん」
「ん?」
「朝だよ。学校、遅刻しちゃうよ?」
僕は目覚まし時計ではなく、美少女に優しく揺すられ目を覚ました。
「ルリ……よかった。充電……できたんだ」
「朝ごはん、できてるから一緒に食べよう?」
こうして僕と、ルリの生活が始まったのだ。
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