死『刑』

 あれから一月が経った。


 りょうちゃんの足は、少しずつだが回復している。とはいえ、外出には車椅子を使わなくちゃいけないし、リハビリだって、たくさんこなさなきゃならない。


 それを乗り越えても……バスケができないという現実は変わらないけど、新しい目標を見つけて欲しい。


 私は車椅子を押しながら、彼の背中を見守っていた。


「沙希。ありがとな。本当……」


「何言ってるの? 遠慮とか、りょうちゃんらしくないし」


「俺だって、遠慮の一つも覚えるさ。迷惑かけっぱなしだからな……あ、そうだ。お前、明日空いているか? ……まさか。忘れてないだろうな」


「ん? んー、確か、空いてるよ。あれ、なんか、あったっけ?」


 車椅子に腰掛けたまま、りょうちゃんの首がぐるっと回った。


「9月1日。誕生日だろ、お前の」


「あ、そっか。すっかり忘れてた」


「忘れるなよ……自分の誕生日くらい。まあいいや。明日、学校終わったら……どこか二人で出かけようぜ。お礼も兼ねて何か買ってやるよ。大したもんは買ってやれねーけど……」


「そんなことない! 嬉しいよ、りょうちゃん!」


 私は思わずりょうちゃんに抱きついた。


「うお!? 首絞まってる! やめろ」


「嬉しいんだもん、離さないよーだ!」


「ギブギブギブギブ! マジでギブ!!」


 そして、次の日の放課後。


 夏休み明けの登校初日なので、午後からはフリーだ。


 私はりょうちゃんと待ち合わせをして、学校の最寄り駅から一緒に電車に乗って街に出た。


「何買ってもらおっかなーへへ。あ、あそこのお店のケーキおいしいって、評判なんだよね! あ、たこやきおいしそう! りょうちゃん、たこやき買って! 私、誕生日プレゼント、たこやきでいい!」


 車椅子の上で、りょうちゃんはがっくりうなだれた。


「お前な……どんだけお手軽なんだよ。それに何だ、たこやきって……ロマンのカケラもねーな。誕生日プレゼントにたこやきもらって喜ぶ女子高生って、日本中でお前ぐらいだろーよ」


「ええ? そっかなー。たこやきおいしいし、二人で仲良くはんぶんこできるし。熱かったら私がフーフーして、あーんしてあげれるよ?」


「――いいな、それ。よし、たこやきだ」


 そして、私とりょうちゃんは、仲良く駅前のベンチでたこやきを食べた。


「いや、ちげーだろ、これ。もっとこう……なんていうのかな、付き合いはじめたカップルが、微笑ましく……。ああ、なんかちげーわ」


「んーそう? ほら、りょうちゃん、あーん」


「あーん」


「どう? おいしい?」


「うん。めちゃくちゃ。……いやいや! こんなんで満足してんじゃねーぞ、沙希! いいか。あっちのオシャレな店、のぞいてみようぜ」


「うん。のぞくだけならタダだもんね」


 りょうちゃんは首をこちらに向けると、親指を立ててイタズラ小僧のように笑った。


「タダじゃすまさねーさ。とっびきりをお見舞いしてやるぜ、覚悟しろよ沙希」


「うん、覚悟する!」


 駅前のメインストリートにあるお店。色んな感じの表現があるけど、一言でいえばやはり、オシャレだ。


 オシャレな店内。オシャレな店員さん。オシャレな商品。オシャレなお客さん。


 気後れする……なんだか眩暈もしてきた。


「いらっしゃいませ」


「あ、須山です。例のヤツ、お願いします」


「須山様ですね? 少々お待ちください」


 りょうちゃんは店員さんに声をかけると、店員さんはカウンターから何かを取り出した。


「沙希。俺さ。お前にすっげー感謝してるんだ。今俺がこういう風にまっすぐ生きてるのは、お前がいてくれたからだよ、ありがとう」


「え?」


「今はまだ高校生だし、まだまだガキで、責任とかそういうのわかんねーけど。俺、お前と一生ずっといたい。いつか、いつかさ。けっこ――」


「けっこ?」


「ああ、いや。とにかく、俺はこれからもお前を大事にする。その誓いと感謝の印だ、受け取ってくれ」


 りょうちゃんが店員さんから受け取った小箱を私に差し出した。


 私はそれを恐る恐る開けると――。


「わあ。指輪だ!」


「ペアリングだよ、沙希。16歳の誕生日、おめでとう」


「うん、ありがとう!」


 私はそれを右の薬指にはめてみた。


「へへ、嬉しいなー。でもこれ……本当にもらちゃっていいの?」


「いいに決まってんだろ。それはお前のもんだ」


 素直に嬉しい。けれど、こんな高い物買うお金、りょうちゃんにあったのかな。


「お前、俺のこと疑ってるだろ? まあ、そうかもな、実はな……バッシュ買うはずだった金なんだ、それ」


「え?」


「言ったろ、夢見るバスケ少年は死んだんだ。これからは、お前を幸せにしてやるのが、俺の夢だよ。……って、我ながらなんてくせーんだよ、恥ずい! 死ぬ! マジで俺死ぬ!」


 りょうちゃんは顔を真っ赤にして急いでお店を出てしまった。


 私は外に出ると、先を歩いていたりょうちゃんの車椅子に後ろから抱きついて叫んだ。


「りょうちゃん大好き! りょうちゃんは私が幸せにしてあげるね!」


 周りの人たちが私達を見ていたけど、そんなこと全然気にならかった。だって、すっごく幸せだったから。


「おら、帰るぞ」


「はーい」


 駅に向う。そして、切符を買おうと財布を取り出そうとしたとき、嫌な視線を感じた。


「沙希、どうした?」


「ねえ、りょうちゃん。あの人……ずっと私達のこと見てる……」


「え?」


 背後に男がいた。不精ヒゲと、汚らしいボロ布のようなジーンズと、黒いTシャツに身を包み、焦点の定まらない瞳でこちらを見ている。


「やだ、何……あれ?」


「行こう、沙希。放っておけばいい。大丈夫、何かあったら俺が守るから」


「うん……」


 私達はエレベーターでホームにおりると、タイミングよくやってきた電車に乗り込んだ。


「あ、そうだ。りょうちゃん。今日家でごはん食べていきなよ」


「おう。沙希の手料理、楽しみだな」


「ふふ。おかずはね――」


 エビフライと、ハンバーグ。と言いかけたところで、悲鳴が起こった。


「あいつ、さっきの!? 逃げろ、沙希!」


「え、え?」


 男だった。さっき見かけた、あの男が……包丁を手にして佇んでいた。


 男は私たちの側までやってきて――包丁を、振りかざした。


「うあ!?」


「りょうちゃん!?」


 包丁はりょうちゃんの胸を一薙ぎして、周囲に赤い飛沫を撒き散らす。


「逃げろ、沙希。はやく、はや、く」


 りょうちゃんは車椅子から転げ落ちると、男にしがみつき、動きを封じようとする。


 しかし、もう一度包丁が振り下ろされ――りょうちゃんは動かなくなった。


 動かなく、なった。


 動かなくなった?


「りょうちゃん……りょう、ちゃ、ん」


 さっき買ってもらったばかりのペアリングは赤く染まり、幸せが音を立てて壊れていく。


「いや! 来ないで……助けて! 誰か、助けて!!」


 逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。


 しかし、うまく体を動かすことができず、私は髪をつかまれ引き寄せられた。


「来ないでよお! あんたみたいな男、死んじゃえ!」


 男は黄色い歯を口からのぞかせると、異臭とともに気味の悪い笑い声を出した。


 そして、包丁が――。


 私の首筋に。


 何度も、何度も。


 刺さって……痛くて、悲しくて、怖くて……でも、それ以上にりょうちゃんのことが心配だった。


 りょうちゃん……もっと一緒に、色んな思い出作りたかったね。


 ……もっといっぱい色んな所に行きたかったね。


 もっと、もっと……。


 私の意識は、そこで途切れた。


 そして、次に目覚めたのはどこかの病室のベッドだった。


 ……助かった、んだ?


 天井を見上げながら、少しづつ意識を覚醒させる。


 体がまったく動かない。ケガがまだなおっていないのかな。


 ううん、それよりも!


 りょうちゃんは? りょうちゃんはどこ? 会いたい。早く無事を確認したい。


 しかし、どうあがいても体は動かない。


 ナースコールらしきものも見当たらない。これじゃまるで囚人だ。


 なんとかしてこの状況を抜け出そうと考えていると、突然扉が開いて、白衣の男の人ともう一人……りょうちゃんがやってきた。


 よかった。無事だったんだ! よかった。


「お目覚めのようですね。……うん、脳波に以上は認められないようだ。このまま続けてもよさそうです、が。あなた、須山さんに何か言いたいことがあるんじゃないですか? 少し拘束を解きましょうか」


 白衣の男の人は、ベッドに近付くとリモコンを操作した。途端に体が軽くなって、動きやすくなる。


「……よう、久しぶりだな」


 りょうちゃんは、車椅子なしで歩いて私の側までやってきた。


 もうそんなに回復したんだ、すごい。


 でも、なぜかりょうちゃんの声は怒りに満ちていた。おまけに、私を見る目が怖い。まるで、これから殺してやるとばかりの形相だ。


 でもそんなことはいい。私は嬉しくなって、りょうちゃんに抱きつこうとした。


「気持ちわりーんだよ! この人殺しが!」


 衝撃だった。文字通り。私はりょうちゃんに顔を殴られ、ベッドに叩きつけられてしまった。


「須山さん。ダメです。落ち着いてください……まだ刑の途中なので」


「……ち、おいててめえ。沙希の気持ちがちょっとわかったか?」


 え? 何言ってるのりょうちゃん?


「……どうやら、まだ少し混乱しているようですね。ふむ。次の被害者の番までまだ少しありますし……少し落ち着く必要がありそうです」


 白衣の男の人はそう言うと、写真を何枚か持ってきた。


 その中には、私のもある。さらに、私を殺そうとしたあの男の写真もあった。


「今から半年前……K県のとある電車内で、殺人事件が発生しました。犯人は古河省吾37歳。そして、この方達はその被害者です。彼らは必死の治療の甲斐もむなしくこの世を去りました」


 え? え? え?


「福本沙希さんも、その一人です」


 私は、死んでいる? じゃあ、私は、誰?


「犯人には死刑が宣告されましたが……ちょうどその頃、わが国の死刑制度が見直され、新しい刑罰を試験的に導入しようと極秘に決められたのです」


 死刑って、この人何を言ってるの?


「それは、被害者の脳から直接生前の記憶を取り出し、加害者……犯人に、被害者の無念や苦痛、これから描くはずだった夢を直接見せ、悔い改めさせるというものです」


 意味が、わからない。


「さて。もうここまでお話すればご理解いただけると思いますが……どうでしょう。思い出しましたか、古河省吾さん」


 古河省吾。


 白衣の男は私をじっと見つめたまま、微動だにしない。


「ち、違う! 私は、福本沙希――!?」


 喉から出た太い声。自分の声じゃない。こんなの、自分じゃない。


「混乱なさっているようですね。まあ、無理もありません……では、そこの鏡をご覧ください」


 白衣の男が指差した方角には、鏡があって……そこには。


「う、そ」


 不精ヒゲのあの男が、信じられないようなものを見る目で、私を見ていた。


~終~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る