ご褒美

 その日を境に、私達は幼馴染から、恋人になった。


「試合、頑張ってね。りょうちゃん!」


 インターハイ初日。試合に向うりょうちゃんを私は家の前まで見送りにきていた。


「おう。俺が出るんだぜ? もう、勝ったも同然さ。負けるわけねーよ。それに――」


 りょうちゃんはにこっと笑うと、私の頭の上に手を乗せてさする。


「お前がいるんだもん。こんな可愛い勝利の女神が、俺についてるんだ。負けないよ、絶対」


「りょうちゃん……え、へへ……。あ、そうだ! じゃあさじゃあさ。試合に勝ったら、りょうちゃんに何かご褒美あげる! 何がいい?」


「ご褒美?」


「うん! りょうちゃんの好きなアップルパイ、つくってあげようか?」


「キス」


「え?」


「ご褒美は、お前のキス。じゃ、そういうことで!」


「あ! ちょっと、りょうちゃーん!!」


 りょうちゃんは振り返らずにさっさと行ってしまった。その大きな背中が朝日を受けて、小さく遠ざかっていく。


「キス……かあ。なんだか、恋人みたい……って、そっか。恋人だったよね、私達」


 まだあまり実感がなかった。私とりょうちゃんが、付き合っているっていうこと。恋人だってこと。


 お互いのことを良く知りすぎているせいなのかも。近付いてみて初めてわかるクセとか、好きな物、嫌いな物。趣味も家族のことも全部知っている。


 でも。もしかしたら、今日は……新しい一歩を踏み出せるかもしれない。


 私は急いで家に戻ると、応援に行くために準備をして、家を出た。


 そして、会場に到着し、試合が始まる。


「いけー! 須山!」


「はい!」


 いきなりりょうちゃんにボールが渡った。


 大きな体に似合わず、すごい速さでドリブルして、パスをして、シュートして、リバウンドをして……一言でいうなら、かっこいい。


 コートの上で動く大きなりょうちゃんの体は、ライトのせいかいつもより輝いて見える。


「須山、ナイシュ!」


「須山、ナイスパス!」


「須山、ナイスフォロー!」


 なんだか、誇らしい気持ちになってくる。コート上の一年生はりょうちゃん一人。


「あいつ、ダンク決めたぞ!」


「マジかよ、あれで一年か?」


 りょうちゃんは、すでにヒーローだった。会場の誰もがりょうちゃんのプレイに驚き、見惚れ、賞賛する。


 なんだか私は自分のように誇らしくなって……いや、誇らしかった。りょうちゃんの彼女であることが。


「りょうちゃん、がんばれー!」


 コートに向けて思い切り叫ぶ。


 すると、りょうちゃんが私に気が付いて、振り返り、親指を立ててくれた。


「須山、誰だよあの子。かわいいじゃン!」


「彼女っす」


「死ね、須山」


「爆発しろ、先輩を差し置いて!」


「え、何この空気……」


 りょうちゃんは試合前半、縦横無尽の大活躍だった。


 そして、後半。それは突然やってきた。


「須山、ナイスリバン!」


 ゴールから零れ落ちたボールを誰よりも高く飛び、がっちりとキャッチしたりょうちゃん。


 そこから反撃に転じる――はずだった。


「おい、須山!?」


 りょうちゃんは、ジャンプから着地した瞬間、うずくまってその場に倒れた。


「須山、しっかりしろ!」


「あ、足が……足が、いてえ……」


 それは、りょうちゃんが二度とバスケができない体になった瞬間だった。

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