今は『ムカシ』

今は『ムカシ』

 ぼくは、信じられない気持ちでいっぱいだった。


 祖母から昔話を聞くのが好きで、いつも肩を叩きながら平成時代の話を聞いている。


 その度に、今の時代との差に驚き、密かに優越感を抱いている。


「ねえ? おばあちゃん、それ本当なの? 昔の人がスマートフォンなんか使ってたなんて……冗談だよね? パソコンって……押入れの奥にあったガラクタのこと?」


 祖母はいつも柔和な笑みで、答えを返してくれる。


「そうだよ。昔はパソコンでゲームしたり、メールをしたり文章を作っていたんだよ」


「ふーん。昔の人って、不便だったんだねえ」


「それでも昔の人にとっては、それが普通だったんだよ。今が、便利になっただけだよ」


 今の時代、メールもゲームも、パソコンなんて使わない。スマートフォンで電話するなんて、おじいちゃんおばあちゃんか、レトロ趣味の人だけだ。


 だって今はみんな、メールもゲームも全部頭の中……頭脳に埋め込まれたインプラント内でできてしまうのだから。


 人間のパソコン化。今ではみんな、頭脳に機器を埋め込んでいて、それでネットワークにアクセスしたり、メールを作成している。


 ゲームなんか、フルダイブ型の物がほとんどだ。エロゲーなんて、現実に女の子を抱いているのと変わらないレベル。


「太郎ちゃん。そろそろお仕事の時間じゃないのかね?」


「あ! そうだった! いけない、部長に怒られちゃう」


 危ない危ない。13歳にもなって会社に遅刻したらいい笑い者だ。


「そういえばさ、昔は二十歳で成人だったんだよね? どうしてなの?」


「昔は皆、大学で勉強して、それから働いていたんだけどね」


「え? ベンキョー……って何?」


「ああ、太郎ちゃんはインストール技術が発達してから生まれた世代だからねえ。昔はね、皆学校に行って朝から晩まで勉強して……知識を身に付けたんだよ」


「そんなの、非効率だよ。必要な知識があれば、メモリーカードを頭のスロットに入れればいいのに」


「昔はそんな技術がなかったからねえ。教科書を鞄に入れて、電車に乗って学校に行ってたんだよ。おじいちゃんと出会ったのも、高校生の時だったねえ。そのとき、おばあちゃんはギャルだったんだよ。スカートも、こう……短くてねえ……うーん、今を思えば、本当若いねえ」


「ふーん。昔の人って、不便だったんだね。信じられないよ。今はみんな勉強なんてしなくていい時代なのに」


 勉強なんて、時間の無駄だ。今は必要な知識があればそれを脳にダウンロードして、身に付ける時代なのに。


 英語、フランス語、中国語、スワヒリ語……世界中の言語がデータになって、一枚のメモリーカードに収められている。


 今は学習といえば、知識のダウンロードである。数学も英語も社会も家庭科も、それで全てが身に付いてしまう。


 これによって、学校という教育機関は無くなり、少子化の影響も相まって、成人年齢は12歳になり、社会に出るのは十代前半というのが当たり前になった。


「あ、もう行くね。おばあちゃん。また平成の昔話、いっぱい聞かせてね!」


「はいよ。太郎ちゃん、お仕事頑張るんだよ」


 ぼくは、おばあちゃんの電源を切ると部屋を出た。


 本当のおばちゃんは、去年なくなっている。あれはおばあちゃんの人格と記憶を移植したHITOプログラムを内蔵したロボット。


 死んだ人間といつでも会える、今はそんな時代。


 ~終~

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