手に入れた力
五時間目。授業が始まって三十分。陽一は真面目に机に向っていた。
机の上に世界史の教科書を広げ、膝の上で携帯を操作しながら、机に向っていた。真面目に。
教壇の上では、世界史の教師、三谷葵(みたにあおい)が必死にプトレマイオス朝最後の女王、クレオパトラについて語っていた。
「これらは、紀元前千年頃の出来事で――ちょっと、崎本くん。あなた、授業中に何してるの?」
「え? あ、いや――」
見つかった。陽一は携帯を操作している手を止めると、顔を上げた。
そこには二十代前半の、多少キツメの顔をしているが、美しい女の顔があり、思わず見入ってしまう。
「先生はクレオパトラについて語っていたんだけど……崎本くんは、クレオパトラをどう思うかしら?」
どうやら、三谷教諭には陽一の行動は筒抜けだったらしい。戒めるような視線を受けながら席を立つと、今度はクラスメイトの好奇の視線が、周りから突き刺さる。
「クレオパトラについて、どう思う?」
「クレオパトラっすか……」
一瞬、教室の空気が静まり返った。
「イイ女だったら、ヤりたいっすね」
そして、息を吹き返したように教室は笑いで包まれる。もっとも、嘲笑であるが。
「さ、崎本くん! 授業が終わったら、先生のところに来なさい!」
三谷教諭は顔を真っ赤にすると、ヒステリックに叫びだした。
「げ。マジすか?」
「マジです!」
やっちまったな。と、陽一は意気消沈し、机の上で突っ伏した。
そして、授業が終わって――。
放課後。
陽一は、生徒指導室の前に立っていた。
クソが。と毒づく。
本来なら、バックれてしまってもよかった。しかし、ホームルームが終わると同時に憎たらしいクラス委員長がやってきて、突き出されてしまった。
まあ、いい。適当に聞き流せば、すぐに終わるだろ。楽勝楽勝。
そう考えて、扉に手をかけ、中に入った。
「崎本くん」
「へい」
中に入ってすぐ、三谷教諭の説教が超電磁砲よりも速く飛んでくる。
「どういうつもりですか!? 授業中に、あんな……ハレンチな……」
「そーっすか?」
「あなたね!」
三谷教諭が激昂した瞬間、電子音が鳴った。それは、陽一の携帯に新しいメールが着信したことを知らせる音だった。
「崎本くん、携帯なんか切りなさい!」
頭に血が昇った三谷教諭は陽一に詰め寄ると、ぶんどるようにして携帯をさらった。
そして、携帯の画面を見た瞬間、陽一が叫ぶ。
「返せよ! 俺んだぞ!」
陽一のその言葉と同時、三谷教諭は一瞬背筋を伸ばして固まった。そして、生気の抜けた瞳で陽一の目を見る。
「はい、返すわ」
「は? え、いや。いいの、かよ?」
有無を言わさず三谷教諭は携帯を陽一の手に渡すと、元の場所に戻った。
「な、なんだよ。あれだけ怒ってたのに……気持ち悪ーな」
悪態を付きながら携帯を見る。すると、そこには先ほど着信したメールが開かれており、『祝! あなたは選ばれました。いますぐ試してみましょう、あなたの願いは何でもかないます』、と書かれたうさんくさいタイトルがあった。
「はあ? これって」
そこでふと、思い出す。凪がカツ丼をよこしてきたことに。
普段の凪ならば、ありえない行動だ。そして、あの時もこのメールを開いていた。
まさか。と一瞬疑うが、次の瞬間、陽一の唇は邪悪に歪んでいた。
「試してみるか。なあ、先生。俺さ、お小遣いほしーんだけど?」
再び背筋を伸ばす三谷教諭。そして、財布を取り出すとそこから千円札を一枚取り出し、陽一に手渡した。
「あん? 千円? 中坊じゃねーんだぞ、全部だよ。ぜ・ん・ぶ」
「はい、わかりました」
三谷教諭は背を伸ばすと、財布ごと陽一に手渡し、無表情なまま元の場所に戻った。
「は! ひゃはははははははははは!!!! ナニコレ!? マジで!? マジで言うこと聞いてくれんの!?」
「はい。そのクーポンを提示されたら、誰にも逆らう事はできません」
機械的に、はっきりと。三谷教諭はそう言った。
その言葉を聞くと、陽一は部屋の扉を厳重に締め、誰にも入って来れないようにして振り向いた。
「じゃあさ、先生。ヤらせてよ?」
「はい、わかりました」
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