殺人『クーポン』
少年の欲望
「何だこりゃ?」
崎本陽一(さきもとよういち)は、携帯の画面を見つめてそう呟いた。
昼休み真っ只中の教室は、騒がしいを通り越して鬱陶しい。男子の腕相撲大会の歓声も、女子のコイバナの黄色い笑い声も、全てが騒音として陽一の耳を貫くが、携帯に着信したメールが、その時ばかりは気にならなくなった。
先日機種変した真新しいスマートフォン。流行に乗り遅れまいと、二年契約を途中で打ち切り、親に頼み込んで手に入れた一品であるが、操作がまったくわからず持て余しているところに、そのメールがきた。
『祝! あなたは選ばれました。いますぐ試してみましょう、あなたの願いは何でもかないます』、そんなうさんくさいタイトルが4.7インチの液晶画面に踊っている。
クソが。それが第一印象だった。
機種変したメール第一号が迷惑メール。気分を大いに害された陽一は、携帯をポケットにねじ込むと教室を出て、学食へ向った。
崎本陽一高校二年生、十六歳。
欲しい物は、金と何でも言うことを聞いてくれて、ヤらせてくれる可愛い女。あと、天才的な頭脳と、青い猫型ロボットの持ってるポケット。
将来の夢は、胸がでかくて、何でも言うことを聞いてくれて、ヤらせてくれる可愛い女のヒモ。もしくは、海賊王。
崎本陽一は、欲望のままに生きる少年であった。
食堂の入り口付近で陽一は立ち止まった。目の前には一つ上の学年で、美人の生徒会長、赤羽(あかはね)ゆりあが、自販機で買ったジュースを取り出そうと腰をかがめたところだ。
見えそうだな。てか、見せろよ。陽一は邪な視線でゆりあの下半身を凝視した。誰にも悟られないように。
だが、残念なことにゆりあのスカートは彼の期待を裏切り、きっちりと乙女の聖域をガードする。
クソが。陽一は毒づいた。
そして食堂に足を踏み入れて、さらに毒づく。
クソが。何だよ、この人数。ふざけるなよ、メシが食えねーじゃんか。
食堂は多数の生徒でごったがえし、まるで人で海ができているようだった。しかし、腹が減っている。メシを食わねば体がもたない。それでも五時間目は昼寝に充てるから耐えようと思えば、耐えれるが。
あきらめて陽一は列に並ぶと、ひたすら時を待った。そして、待っている間に携帯でもいじっていようと考えて、メール画面を開いた時だった。
「さっきー!」
「おう、なぎ」
陽一の目の前に、同じ中学出身の佐伯凪(さえきなぎさ)が、大盛りのカツ丼をトレイに載せてやってきた。
凪は小さな体をめいっぱい背伸びして、陽一を見上げる。
「さっきー、学食?」
「おう。つーか、お前。なんだよそれ。色気のねー昼飯だな。女なら可愛らしくサンドイッチでも頬張れよ」
「それ、性差別ー! なぎはこれくらい体に入れないと、体が動かないんだよ!」
「そんな小さな体のどこにそんなに入るんだよ、バカか」
凪は身長百四十数センチの体を無理矢理伸ばして、胸を張った。
「バカじゃないもん! いっぱい食べれば、なぎだって大きくなるんだもんっ! さっきー、本当女子に対してデモクラシーがないよね。あれ? デモクラシーだっけ? そだ! デリバリーだ! 本当女子に対してデリバリーがないよね、さっきー!」
「デリカシーだろ、バカ」
「バカって言ったほうがバカなんだよーだっ! バカさっきー! バカの王様!」
「四回もバカ言うんじゃねえ、バカの神様」
「ううー。あ! でも、バカの神様のほうが、バカの王様よりエライよね! さっきー、マイッタか!」
凪は落ち込んでいた顔を朝日のように輝かせると、陽一に向ってピースサインをした。ご覧のように佐伯凪はとてもいい子なのである。
「まいらねえよ」
陽一は鼻で笑うと、携帯の画面に視線を戻した。そして、メール画面に移行すると友達にでもメールを送ろうと操作する。
「あ! さっきー。携帯変えたんだあ、いいなあ」
「おう。ま、ぜんぜん使い方わからねーけどな」
「へー、ほー、はー。いいなあ! いいなあ! なぎも欲しい! それ、ちょうだい!」
「やだよ、バカ。それよりお前のそのカツ丼、俺によこせよ」
陽一のその言葉と同時、凪は一瞬背筋を伸ばして固まった。そして、生気の抜けた瞳で陽一の目を見る。
「うん。さっきーにあげる」
「は? いや、じょーだんだよ。お前からメシふんだくっても――」
陽一は拒否しようとするが、凪は強引に陽一の手にトレイを乗せると、食堂を去ってしまった。
「何だよ、あいつ……いつもなら、たくあん一つでも大騒ぎするクセに……」
陽一はカツ丼を頬張りながら、『ま、いいか』と考え直し、食堂の天井を見上げた。
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