『自』殺
「愛姫! どうしたんだよ? 急に飛び出したりして……」
怒りで頭に血が昇っていた私は、背後に立っていた兄にまったく気が付かなかった。
「さっきの子……お友達かな? 彼も愛姫の誕生会にお誘いすればよかったのに」
「あ、ううん。気にしないで、お兄ちゃん。帰ろう。お父さんとお母さんが心配するといけないし」
「ん、そうか。じゃあ、帰るとするか」
その後、お兄ちゃんの車で家に帰ると、親戚やらを呼んで盛大な誕生パーティーが開かれた。
しかし、偶然とは怖い。
「愛姫、17歳おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
私は今日、17歳になる。
それは、前の私……葉山萌花も、今日で17歳。つまり、私と彼女の誕生日は偶然同じだった。
しかし、それよりも、だ。
彼にできた恋人……いったい、どんな女なのか。
私を裏切って別の女と結ばれるなんて、許せない。
許せない。
ゆるせないゆるせないゆるせないゆるせないゆるせないゆるせないゆるせない。
絶対に。
パーティーを終えた後、私は気分が悪いからと言って、早々に自分のお部屋に戻り、ベッドで横になった。
途端に全身を疲労と睡魔が襲ってくる。
時計を見ればまだ8時半……寝るには早いけれど、もう休もう。
そう思ってまぶたを閉じかけたとき――。
「愛姫」
「え? お兄ちゃん!?」
いつの間にか、兄がすぐ側に……ベッドの傍らに突っ立っていた。
「さあ、起きて。月に一回のお楽しみの日だ」
「え? お楽しみって……何?」
私はベッドから這い出ると、思わず数歩後退した。壁に背中が当り、偶然照明のスイッチが入る。
「愛姫。愛しているよ」
「や、何!?」
暗闇だったからわからなかったが、今の兄は一糸まとわぬ、生まれたままの姿であった。
なにこれ、きもい。
それも、昼間と同じように微笑みながら、両手を広げ私に近付いてくる。
「ちょ、来ないで! 何なの!」
「どうしたの、愛姫。おいで。毎月この日は、お兄ちゃんと遊んでくれる日じゃないか」
一歩、一歩。
「来ないでよ、きもい! 死ね!」
無我夢中になって、周りの物を投げつける。
「痛いじゃないか。やめておくれ。いつもの優しい愛姫はどうしたんだい?」
あくまで穏やかに。それでいて優しく。ゆっくりと私に迫ってくる。
「怖がらないでおくれ、愛姫」
ドアを開けて部屋の外に出ようとするが、何故か開かない。
「捕まえた、あははは」
後から抱きつかれた。生暖かい吐息が私の頬に触れ、悪寒が背中を走る。
「いやあ!!」
ワケが解らない。なんなの、こいつ。実はとんでもない変態だったとかいうの!?
「ハッピーバースデー愛姫」
迫るおにい……いや、正輝の顔。私はそこに思い切り拳を叩き込むと、無防備だった股間を、膝で思い切り蹴り上げた。
これまたヘンな生ぬるさと柔らかい感触が膝に残って気持ちが悪い。
「ぅ……あ。何をするんだ、愛姫」
「あんたこそ、実の妹に何するのよ!? きもいんだよ、死ね!」
そこから先は無我夢中だった。何か武器になりそうな物を思い切り振りかざし、動けなくなるまで頭を殴り続けた。
「うげ」
一撃。
「ぎぃ」
もう一撃。
「ぁ」
さらにもう一撃。
「……」
気がつけば、それはもう人の形をしていなかった。
赤い液体が絨毯を侵食し、私の足元に押し寄せる。
「お……お兄ちゃん?」
返事はない。いや、この状態で返事があってはたまらない。
殺して……しまった。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫する。何がなんだか解らない。
いや、まて。まて。
そうか。小田原愛姫は、これを恐れていたんだ。
一月に一度。兄に無理矢理迫られて……そうか。あの日、自殺しようとしたのも、ちょうど一月前。
逃げなきゃ。でも、どこへ?
いや……そうだ。元に戻ればいいんだ。殺したのは、『小田原愛姫』だ。
私が『葉山萌花』に戻れば、あの女が殺したことになる。
急げ。早く電話をして、あの屋上に呼び出せなければ。
急げ!
「急に呼び出したりして、どうしたの?」
「うん、ちょっと話がしたくて」
私は電話で彼女を屋上に呼び出した。
久しぶりに見る元の私。なんだか、別人のように……いや、まるで別人だった。
確かに、私の体なのに……可愛らしく、なっている?
「ねえ、あなたのお兄さんなんだけど……」
「あ、私ね。彼氏できたの! あなたに報告しようと思ってたんだけど遅れちゃって……ごめんなさい」
「え?」
困惑する私をよそに、能天気な着メロが夜中の屋上に響いた。
「彼氏からだ。ちょっと待っててね。こうくん、どうしたの? え、私の声、聞きたかった? 私もだよ。うん、うん。今日のお誕生会、お父さんもお母さんも、こうくんのこと、気に入ってくれたみたい。あ、そうだ! 今友達が側にいるんだけどね……こうくんに紹介してあげる。すっごくキレイな子だから、浮気しちゃダメだよ?」
彼女はにっこり笑うと、私に電話をよこしてきた。
出ろ、というのか。
「もしもし?」
『えっと……初めまして? 河合コウです』
え。
『いつもモカがお世話になって……もしもし? もしもーし?』
電話に出たのは……あの日、私をフッた彼、だった。
「どうして?」
呆けている私から無理矢理携帯を奪い取り、私の顔をしたあの女……小田原愛姫がにっこり笑う。
「新しい人生、楽しんでる?」
「う、うん」
「よかったあ。私も楽しんでるよ。彼氏もできたし、家族はみんな仲良しだし。あなたはどう? 家族とうまくいってる? 特に、お兄ちゃんと……」
「!!」
小田原愛姫が、私の顔でおぞましく笑った。
こいつ。全部、解ってて……。
「こうくんってさ。優しいよね。でも、こまったことにかなり不器用さん。あの日だって、自分の気持ちに正直になれなかったみたいだよ?」
「え」
「次の日、急に謝られちゃってさあ。まあ、顔もまあまあだし、お試し感覚で付き合ってみたんだけど、わりかしいい感じ? でも、そろそろ飽きてきたから捨てようかな~」
「なに、いってるのよ」
「フフ。あなたってさ。自分にあんまり関心なかったんじゃない? 地は悪くないんだから、磨けば光るのに。ほんと、もったいない」
「返して……」
「ん~? 何を?」
「『私』を、返してよ!!」
思わず駆け出した。
「嫌よ。これはもう、私の物。あなたはもう、小田原愛姫。私は葉山萌花。お互い新しい人生を頑張りましょう?」
「嫌だ! わたし、聞いてない! あんたの兄貴が、あんな変態だなんて!」
「その代わり、いい思いはちゃんとしたでしょ? ホラさっさと自分の家に帰りなさい。愛しいお兄ちゃんが待ってるわよ? 今日は何をされるのかしらね。ああ、愛姫ちゃんかわいそう~」
「こ、この!」
もう限界だった。
「や。何するのよ!」
「元に戻るのよ! あんたは私に! 私はあんたに!」
「ふざけないでよ! これはもう私なのよ!」
もみ合っているうちに……私たちはフェンスの外……落下まで数センチのところまで来ていた。
そして、あの時と同じ様に風が吹く。
またしても勇気ある一歩を踏み出したのは……小田原愛姫……の体に入った葉山萌花。私だった。
まずい。落ちる。背中から落下するかっこうになっているので、地面がどうなっているのかわからない。
「ばいばい、私」
葉山萌花の体に……私の体に入ったあの女が、気持ち良すぎて気持ちの悪い笑みを浮べ、手を振っていた。
落ちる。落ちていく。
そして、数秒後……一瞬で私の視界は真っ暗になり、葉山萌花の魂が宿った小田原愛姫の肉体は、壊れた。
私は、自分に殺されたのだった。
~終~
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