クエストクリアー

 翌日、修学旅行二日目の朝。


 けたたましく携帯のアラームが鳴り響き、小森たちは目を覚ました。


「げ。集合時間まであと1分しかねーぞ!? おい、みんな起きろ!」


「ん、もう食べれないよ……かーちゃん……」


「てこら! 何ベタベタな寝言いってんだ! 遅刻だぞ! ……いや、待てよ。そうだ!」


 小森は、寝ぼけたままの親友に抱きつかれながら昨日の夜、いや。正確には、今日の朝手に入れた力を、試してみようと思った。


「シェイリーたん。出ておいで」


 ゲーム機の電源を入れる。すると、画面の向こう側からシェイリーがやってきて、小森のジャージに包まれたお腹に抱きついた。


「お兄ちゃん、大好き!」


「はは、ありがとうシェイリーたん。じゃあまず、スキル『スピードアップ』をこの部屋のむさい男どもに使用して」


「は~い!」


 シェイリーの足元が光り輝くと、小森の視界に映るもの全てがスローモーションになった。時を刻む音が遠のき、時間が圧縮される。


「あ、あとさ。俺達を除くこのホテルの人全員に、スキル『スロウダウン』発動」


「は~い!」


「よし、これでいいだろ。おいお前ら、急ぐぞ!」


 小森は通常の倍のスピードで動き、一瞬で支度を済ませ部屋を出た。途中、まるでコマ送りのように動くクラスメイト達を見て、ニヤリと笑う。


「こりゃいいや。へへへ。そうだ。こいつ、普段からムカついてたんだよなあ。俺のことロリコンのキモオタとか言いやがって。一発殴っとこ」


 小森は目の前の男子の頭を一発殴った。すると、その男子は走っていた体勢のまま横に倒れる。


「ついでだ。顔に落書きでもしてやるか。へへ。『ロリコン大魔王』、と。じゃーな! 後でめいっぱい恥かけよ!」


 そして、小森は廊下を走り、集合場所のロビーに到着するが、周りには誰もいない。


「よし、シェイリーたん。スキル解除。元に戻して」


「は~い!」


 圧縮されていた時間が元に戻る。時計の秒針の速度が一瞬倍になったように感じ、空気が張り詰めていくように感じた。


「おい、こいつ。ロリコン大魔王らしいぜ! 恥ずかしい~」


「お、俺はしらねーよ! 俺は人妻が好みなんだよ!」


 さきほど小森が落書きした男子は、周囲からさっそくバカにされていた。


「へへ、いい気味だ。じゃあ、シェイリーたんは戻ってもいいよ」


「は~い! またね、お兄ちゃん!」


 数時間前に手に入れた可愛くて便利な力、シェイリー。


 真壁教師を蘇生した後、呆けている彼を廊下に放り出して事なきを得た彼らは、シェイリーのスキルを一通り試し(といっても、攻撃系以外のスキルであるが)、効果を再確認していた。


 まず、シェイリーはゲーム機の電源が入っていないとこの世界に存在できない。つまり、ゲーム機の電源が切れるとシェイリーは消えてしまうのだ。


 もう一つ。シェイリーに触れることができるのは、プレイヤーである小森本人だけであること。本人曰く、『当たり判定があるのはお兄ちゃんだけ』。といっても、シェイリーの発動したスキルは、小森以外の人間にも判定があるようだが。


 小森は今日の自由時間で、シェイリーとデートを楽しみつつ、スキルや魔法でイタズラしてやろうと考えていた。


「おーし。全員そろったな? じゃあ、今日は班ごとの自由行動だ。いいか、お前ら。自由行動といってもだな。本校の生徒として、恥ずかしくない行動をとり、全国の高校生の規範となるような――」


「うぜー。真壁の話、クソなげーんだよ。ここでシェイリーたん呼び出すわけにもいかないし……耐えるか」


 真壁教師の話が終わると、小森たち4人は、京都の街へ繰り出した。


 京都見学である。といっても、小森たちは提出したプラン通りに行動する気などさらさらなく、どこか適当な喫茶店で4人そろってゲームでもして過ごすつもりだった。


 だが、小森はすでにゲームができない。というのも、シェイリーを実態化させてからというもの、シェイリー実態化装置と化し、他のゲームを起動することも、音楽を聞くこともできなくなってしまった。


「ま、いいか。新しいの買えばいいし。なにより、シェイリーたんがいれば、それでいいし」


 小森はシェイリーと二人で京都の街を歩いていた。他の3人にはトイレに行くと言って別れ、単独行動だ。


「お兄ちゃん、大好き!」


「俺もだよ、シェイリーたん。だから、俺のお願い、いっぱい聞いてもらおうかな。……へへへへ」


 小森は溢れ出る衝動を抑えきれずにいた。


 シェイリーを独り占めしたい。シェイリーは俺の物だ。便利なスキルも、可愛いい笑顔も。


「シェイリーかわいいよシェイリー」


 そして、体も。全て。


 小森の視線は、シェイリーのミニスカートの下に注がれていた。


 もしも。もしも、である。


 装備を解除したら、どうなるのだろう。


 ソーシャルアクション、ハグを実行したら? ソーシャルアクション、キスを実行したら?


 一人で行動したのには、当然ながらワケがある。


 それは、一人でしかできないことをやるため。


「お兄ちゃん、どこに行くの~?」


「とってもいい所だよ」


 シェイリーは相変らず無垢な笑顔のまま、可愛らしく引っ付いてくる。


「おい、お前」


「え?」


「お前や。お前。ちょいツラかせや」


「え? いや、俺、俺は……」


 浮かれていた小森は、不良にからまれてしまった。


 相手は2人。いつもなら、ビビって財布を差し出すところだが、今は違う。


「シェイリーたん。目の前のモブにアイスグレイブ」


「は~い!」


 シェイリーの足元が光る。同時に、少女の小さな掌から大きな氷の刃が生まれ出た。


「殺して」


 小森の言葉が引き金となり、氷の刃が不良の一人をギロチンのように文字通り、真っ二つにした。


「ひ!? おい、タカシ! ぅ。お、ぉぇ……」


 体から胴体がバイバイした友人を見て、もう一人の不良は戦意を喪失し、腰を抜かす。


「ねえ? どうされたい?」


 小森は友好的に、穏やかに笑った。


「へ?」


「今の人みたいに、氷の刃で真っ二つ? それとも、人間チャーシューになる? 人間レールガンなんてのも、いいかもね。へへへへ」


「ゆ、ゆして……」


「はあ?」


「ゆるじて……ゆゆるして、ください、さい。お金なら、あげます、から。お願い、死にたく、ないです」


「じゃあさ。初めて萌えたアニメキャラの名前、教えてよ」


「え?」


「俺と同じキャラだったら、許してやってもいいよ」


「いや、俺。アニメとか、見ないし……そんなの、きもいオタクじゃん? あ、彼女が、男と男が恋愛する漫画持ってたような……あ、あれ。なんつったっけな」


 涙を流しながら足にしがみ付いてきた不良を見下ろして、小森は笑った。


「シェイリーたん。グラビティーボム」


「はーい!」


 シェイリーの足元が光る。不良は黒い球体の中へ閉じ込められた。


「ぅ、うわあああああああああああああ」


「はじけろリア充」


 風船が割れるように黒い球体は弾け、中にいた不良も一緒に弾けた。


「おっと、いけないいけない。シェイリーたん。リザレクション。お願い」


 小森はゲームパッドを操作し、不良を蘇生させようとするが、シェイリーは反応しなかった。


「シェイリーたん? リザレクションだよ、リザレクション」


「もう、MPがないよー」


「え?」


「MPがね、なくなっちゃったー。ごめんね、お兄ちゃん!」


「おいおいおい。冗談だろ、シェイリーたん。これ、どうすん、だよ……」


 その時、ピコンと軽快な音が鳴った。同時にシェイリーがその場で飛びはね、無邪気な笑顔で笑う。


「やったー! お兄ちゃん、シェイリーね! クエストクリアーしたよ!」


「え? あ、あそう。よかったね、それは。そんなことどうでもいいんだけどさ、早くなんとかしてよ!」


 小森はシェイリーを操作しようとゲームパッドを叩こうとした。


「え? どうして……」


 今まで自分の操作でしか動かなかったシェイリーが、なぜか勝手に歩き始めていた。


「自由だー。やったー! これでシェイリー! いっぱいいっぱいお兄ちゃんと遊べるね!」


 振り向き、笑顔で駆け寄るシェイリー。


「じゃあこれからは、シェイリーがお兄ちゃんを操作するね!」

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