リアル『クエスト』

リアルな二次元妹

「罰ゲームは何にする?」


「あー、テキトーでいいんじゃね? 小森、テキトーなのをテキトーに考えて、おね」


「メンドくさ」


「ちょおい! そのアイテム俺んのだぞ! 横取りすんなって!」


「早い者勝ちに決まってんだろ、ばーか。トロい奴が悪いんだよ、マヌケが!」


 修学旅行の夜といえば、枕投げ……というのは、一昔前の定番なのかもしれない。


 高校二年生の彼らからしてみれば、恋の話をするよりも、将来の夢を語るよりも、ゲームを夜通し寝不足になるまでやりこむほうが、面白い。


「いてーなこのタコ! モブのくせに生意気なんだよ、死ね!」


「ハッハッハッハ。華麗なる俺の双剣さばき! しかと目に焼きつけよ!」


 彼らが夢中になっているのは、携帯ゲーム機で4人同時に遊べるゲームで、1マップをビリでクリアした者に、罰ゲームを行うという決まりを作っていた。


 すでに行われた罰ゲームは、デコピン。初めて萌えたアニメキャラの名前を窓から叫ぶ。先生の部屋の前で、おならをこいで帰ってくる。などなど。


「お、閃いた! 女子の部屋に忍び込むってのは?」


「いいねいいね」


「ついでに、何か盗んでくるとか」


「んじゃあ、パンツ……とか?」


「バカ、犯罪だよそれ」


「そーだなあ。じゃあ、ブラジャー……とか?」


「かわらねーだろ、バカ! あ、レアアイテムゲット!」


「あー! マジかよ、いいなあ」


 時刻はすでに午前二時半を回っていた。だが、ゲームに火が付いた彼らにとって、夜はまだまだ長く、朝は遠い。


「よっしゃあ! SSランククエスト、ファーストでクリア!」


「お! いいなあ。ていうか、そのクエストってさあ。まだ日本中でクリアした奴、いないんじゃね?」


「マジ!? 小森すげー。報酬アイテム、なんだろな」


「へへへ。待ってろよ。今、確認する」


 小森たち4人が夢中になっているのは、近日発売したばかりのMMORPG。エレメンタルブレイズと呼ばれる宇宙を舞台にしたSFで、老舗ゲームメーカーの物だ。


 宇宙から侵略してくる敵異星人を撃破していくというもので、中高生から大人まで幅広い層に購入され、支持されている。


 宇宙居住空間コロニーが、RPGでいうところの、いわゆる村であり、武器屋や、防具屋、討伐クエストが受注できるギルドハウスが存在している。


 小森が操作しているのは、ヒューマン種族の女性。シェイリー。


 小森の頭の中の設定では、11歳の少女で、ツインテールの妹属性。お兄ちゃん子で、ツンデレ。胸は控えめだが、将来は巨乳の美女になる……らしい。


「シェイリーたんに似合うコスとかだったらいいなあ、へへ」


 さっそくシェイリーを操作し、ギルドハウスへ向う。


 待ちに待った報酬を受け取ると、中身を確認してみた。


「現実実態化権……って、なんぞこれ」


「さあ? 使ってみれば?」


「えー? 期待してたのになあ……消費アイテムみたいだし、アイテムのレア度もクソだよ、これ。いいや、使っちゃうか」


 小森は、深く考えずに現実実態化権というアイテムを使用してみた。


「あれ? ……何も起きないぞ」


「もしかして、バグ?」


 次の瞬間、それが起こった。


「うわ!?」


 小森の手が捕まれたのだ。他の3人はそれぞれ自分のゲーム機をつかんでいる状態なのに、手をつかまれた。


 しかも、その手はゲーム画面から生え出ていた。


「う、うあわあああああああ!?」


『お兄ちゃん』


 むさくるしいオタク野郎の部屋に響いたのは、可愛らしい女の子の声。


「え?」


『今、そっちに行くね』


 小森をつかんでいた腕。さらに、その先の本体が、画面から文字通り飛び出してきた。


「シェ、シェイリー、たん?」


「初めましてお兄ちゃん! シェイリーだよ! いつも操作してくれてありがとう!」


 少女は、小森が先ほどまで操作していたキャラクター、シェイリーそのものだった。


「な、何だよ、これ?」


「おい、小森。お前に妹とか、いたっけ?」


「いや、うちは兄貴と弟と俺の三人兄弟……」


 こんな可愛い妹が欲しい。そう考えて設定し、作り出したキャラクター。シェイリー。


 それが、何故か目の前にいる。


「本当に君? シェイリー、なの?」


「うん! お兄ちゃんのおかげで、ゲームから出てくることができたんだよ! ありがとう!」


「ほ、本当。かよ」


 むさくるしい男部屋に、一輪の可憐な花が咲いた。


 ミニスカートを羽のようにフリフリ舞わせ、柔らかいシルクのようなツインテールが踊る。


「お兄ちゃん、シェイリーを操作してみて?」


「え?」


「ゲームと一緒だよ。シェイリーは、お兄ちゃんの操作でしか動けないから」


「わ、わかった」


 小森は、さっそくシェイリーを操作してみた。


 歩行。


「おお」


 ジャンプ。


「あ、今ちらっと何か見えた」


 ソーシャルアクション、ダンス。


「か、かわえええ」


「えへ」


『おいお前ら! 今一体何時だと思ってるんだ!』


 シェイリーに癒されていた小森たちは、一瞬で現実に引き戻された。


 そして、すぐさまドアがノックもなく開かれ、担任の真壁教師が流れ込んでくる。


「あ」


「んん~? おい、小森。なんだその子は? 地元の子か? にしては……なんだか、奇抜なかっこうだが」


 エレメンタルブレイズはSFの世界だ。その住人であるシェイリーもまた、現代日本とは文化が違う。


 真壁教師はシェイリーのカラフルで短すぎるスカートを見て、怪訝な顔をしていた。


「いえ、この子は……」


「いや、そんなことよりだ。こんな小さな子を部屋に連れ込んで何をしていた!? 返答次第じゃタダでは済まさんぞ!」


 小森は焦った。


「そうだ、シェイリーたん。スキルも使えるの?」


「うん!」


 シェイリーのスキルの中に、対象を眠らせる魔法があったはず。それを目の前の教師に使って黙らせてやろう。小森はそう考えた。


「おい、小森。何をこそこそやってる!?」


「シェイリー、スキルアイコンショートカットの3番目。スリープクラウドだ!」


 小森が急いでゲーム機のパッドを操作すると、シェイリーの足元が光り輝いた。


 そして……教師が一瞬で火に包まれ、人間キャンプファイアーになる。


「あ、あ、あ、あ、おああああああ!? は、早く火を、消し。けし、けして」


 文字通り火だるまになった真壁教師は、床をのたうち回りながら助けを求めた。


「あ。そういや、スキルアイコン編集したんだっけ。やべ。じゃあ今使ったの、バーンブラストか……」


「うわあ。マジで燃えてる。バーンブラストて、リアルで発動するとこんななんだ」


「ラノベのバトルシーンってこんな感じなのかな」


 教師は火だるまになったまま床を転がると、数秒後、動かなくなった。


「おい、真壁死んだんじゃね?」


「え、マジで!?」


「ていうか、お前……どうすんだよ、これ!!」


「ひ、人殺し!」


 さっきまでわきあいあいとしていた空気がウソのように翻り、小森は周囲から非難の嵐を受ける。


「は、はは。いや、きっとこれは……何かの冗談だよ。ほら、真壁って学生時代ボクシングやってたんだろ? 脳筋バカは体力がとりえなんだから、こんなことくらいで……」


 転がった真壁教師の体に近付くと、小森は状況を確認しようと近付いた。


「う」


 だが、真壁教師の体から漂ってくる異臭のせいで、近付くことができない。


「本当に死んでるんだ……どうしよう」


「どうするって、お前。どうするんだよ」


 焼死体を目の前に、小森は途方に暮れた。


 バーンブラストさえ選ばなければ……。と、後悔していたところに天のお告げのように答えが舞い降りてきた。


「そうだ。リザレクションだ! シェイリー! リザレクション!」


 リザレクションは、HPが0になったプレイヤーを蘇らせることのできる魔法。バーンブラストが火属性の攻撃魔法で、ちゃんと発動したのなら、これも使えるはず。


 シェイリーの足元が光り輝くと、真壁教師の体が一瞬で何事もなかったように、元通りになった。


 火傷の痕も、服も、何もかもが元通りになる。


「……マジかよ」

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