第一部 二話「亡霊」

第二部 二話『亡霊』




 目を開けると、日差しが俺の目を焼いた。

 無意識に顔、そして体と順に、俺は窓から背を向ける。

「ケン君、いい加減に外出したら?」

 そんな俺に、先ほど帰ってきたばかりの腰に手を当てて清は言う。

 弁太の一件から早一ヶ月、世間はお盆休みの帰宅ラッシュで大騒ぎをしている。そんな中、どこかへ遊びに行こうというガッツは俺にはない。ゴロゴロと漫画を読んで午前中を過ごしていたら、いつの間にか寝てしまっていた。

 正午には暑さで目を覚まし、こうしてランニング帰りの清に叱られる。いつもの毎日だ。

「……お清さん」

「何さケンさん?」

「とりあえず汗、流してくれば? 臭い、スゴい」

 清は何も答えず、シャワーを浴びに行った。

 遠山清、愛媛出身の化け狸。一年ほど前から俺と同棲を始めた女だ。

 小さな体の上に乗った勝気そうな顔、癖の強い茶色がかった短髪。体を動かすのが好きなようで、よくジャージ姿でそこらを走っている。

 またケンとは、彼女が付けた俺のあだ名だ。バイト等で使う俺の偽名、村正健児、そこから取ったと言う。剣ともかけてるんだぜ、と清は言うが、俺が刀の九十九神であることを知ったのは、このあだ名を付けた後だ。

 ケン、という名はあだ名だ。しかしムラマサ、という名が本名だとも言えない。情けない話だが、俺自身、自分の名前は知らないのだ。

 俺には、昔の記憶がない。

 思い出せるのは今から三百年ほど前、つまり江戸時代からで、それまで何をやっていたか、何という名だったか、何も思い出せない。

 唯一分かるのは、なぜか当時の将軍家である徳川に恨みを持つことのみ。俺はなぜ徳川が憎いのかも分からずに各地を彷徨い、幕末では討幕派として戦った。

 だが幕末の戦いを機に、記憶のないことにはもう執着していないようにした。忌避していると言っても良い。記憶を失えど徳川家に執着する刀の記憶なんて、永遠に消えたままの方が良い。

 それに記憶に縛られ、何の為とも知らずに刀を振るうのは、もうごめんだ。




 十数分後、Tシャツにロングスカートと、普段着に着替えた清に対面する形で、俺達はテーブルに着いた。

 で、さっきの話だけれど。と、清はこう口を開いた。

「この前だってさ、如月さんとの仕事で出遅れたんでしょ? 体力なくて」

「あれは体力どうこうじゃない。単純に如月さんが速すぎるだけだ」

 チーターより足が遅い、そう言われて傷つくのは如月さんくらいなものだろう。そんな奴と俺とを比べることがそもそも間違いだ。

「でも、最近運動してないじゃん。健康に悪いよ」

「あー……まぁ、確かに」

 一理ある。前に比べて体力が落ちているのは確かだし、時間もある。

「……うん。お前の言う通りかもしれない」

「うん、分かってくれたんだね」

 清は嬉しそうに頷くと、テーブルにワザと臭く置かれていたチラシを一枚引き抜き、こちらに突きつけた。

「ならさ、この時期の運動はやっぱり水泳が……」

「それは無理」

「うぇぇ!? 良いじゃんプール!」

 ついに泳ぎたいと本音を顕にする清。ちょっと前まで算数ドリルやっていた、まだ人間社会に慣れてない清は、この時期はどうせ混むこと、どれだけ混むかを理解し切れてない。

 しかし、清も諦めない。断固拒否の姿勢を見せる俺に、清は脅すように顔を近づけた。

「……なら、私と一緒に走る?」

「……ん、それは……」

 それは嫌だ。口にこそ出さないが、この炎天下で走るなんてどうかしていると思っているくらいだ。

「ならぁ? 俺様と夜中に走るぅ?」

 横合いから。ぶん殴りたくなるような猫撫で声。身を近づけていた俺達は慌てて離れた。

 声のした方を見れば、如月さんがニヤけた面をしながら仁王立ちしていた。ベランダで、だ。

「はっはっはっ、話は聞かせてもらったぞ。OK、運動だろ。分かってるって」

「そんな事よりどうやって来た、ここ三階だぞ!」

「大丈夫だって、誰にも見られちゃいねえって」

「あんた脳みそ茹だってんのか!?」

 如月さんは笑って誤魔化し、網戸を開けて家への侵入してきた。いや、そんな事はもうどうでも良い。問題はそう、如月さんの次に言うであろう用事の方だ。

「そんな訳でお前ら、お盆と言えば幽霊だ」

 ほらきた。当然のように言ってきた。

 何とか回避しようと、俺はへつらうように笑ってみせ。

「小汚いおっさんの次は幽霊かよ」

「ああ、そうだよ」

「あ、そうですか……はい」

 そして、呆気なく押し切られた。やはり鬼、口頭でどうにかなる相手ではなかった。

「だが安心しろ、女の幽霊らしい」

「聞いてねえよ、そんなこと」

 そんな言葉に食いつくと思っているのか。それに如月さんの事だ、俺を駆り出す為ならお岩さんだってべっぴんと言ってのけるだろう。

 俺と如月さんが言い合っている中、マイペースな清は冷蔵庫を開け如月さんに聞く。

「如月さん、麦茶いる?」

「いや、すぐに出るからな。あと清、今回はお前も付き合ってくれ」

「うん、分かった」

「ちょっと待て」

 俺は如月さんに詰め寄る。

「危険はないんだろうな?」

「当たり前だろ旦那さん、今回はとにかく頭数が欲しいんだよ」

「頭数? まだ場所も分かってないってことか?」

「話は車で離す、中に人を待たせてるしな」

 如月さんはそう言って、ベランダに置いていたの革靴を持って玄関に向かう。俺は溜息混じりに言った。

「まだいるのかよ」

「ああ、坊主が一人な」




「花車はやっぱり駄目だな、今回も断られた」

「いや、何度も言うけど無理だって。川下は?」

「……盆祭りの手伝いで忙しいだってよ」

「あー……」

 如月さんがベランダから入ってきた訳が分かった。ベランダは、駐車場側に面していたのだ。これをショートカットと言えるのかは怪しいが。

 如月さんが坊主、と呼ぶ知り合いは、俺は一人しかいない。彼の協力はむしろ朗報だろう。

「あれ? 如月さん、車変えた?」

 如月さんが向かう先にある車は愛車ガヤルドではなく、ワゴン車だ。なぜかスライドドアを開けたままで、静かに目を閉じてうつむいている和尚の横顔が伺える。

「レンタルだよ。ガヤルドは二人乗りだからな」

 清がそれに対し、言った。

「ふぅん……もしかして、張り込みってやつ?」

「………」

「おい、何か言え」

 俺の言葉を無視し、如月さんはさっさと乗ってしまう。俺は肩をすくめ、助手席へ。清は和尚と同じ後部座席へ。

「お久しぶりです」

「お久しゅうです、和尚様」

 俺と清に、和尚は微笑み。

「ええ、元気そうでなにより」

 和尚、これもケン君と同様あだ名だ。長い付き合いだが、俺は彼が何の妖怪かどころか、本名さえ知らない。

 如月さんとは腐れ縁らしいが、妖怪の為に妖怪として動く如月さんに対し、和尚は各地を巡り、個人として人を困らせる妖怪を祓っているらしい。

 その温厚で物静かな気性といい、常に袈裟、野外では編み笠を被っている格好といい、和尚というあだ名が付くのが当然と言える。

「それと如月。お前、なぜクーラーまで切った?」

「うっせえ溶けろ」

 しかし、如月さんとは思想の違いからか、変に仲が悪い。とは言っても、大抵は如月さんから突っかかっているだけだが。

「いつからこっちに?」

「来たというより、呼び出されたんですよ」

「俺がケータイでな」

 如月さんも車を発進させながら、補足する。清は前に身を乗り出し、叫んだ。

「和尚ってケータイ持ってんの!?」

「持ってますよ?」

「こいつ念話できんだけどよ。相手も限られるって、クソ仕様だからな」

「易きが故に一切に通ずとも言いますし」

「というか、お前知らなかったっけ?」

 如月さん、和尚、俺と三人に言われ、清は後ろから俺をヘッドロックした。

「後でメルアド教えてよね!」

「へいへい」

「へいは一回!」

「HEY!」

 そんな事をやっているうちに、ずいぶんと遠くにきてしまった。

「そういや聞いてなかった。如月さん、今回はどんな仕事だよ?」

「ここ四、五日前からな、この辺りで女の幽霊が出るんだと」

「いや、でも盆に幽霊なんて、別に何の問題もないだろ」

 お盆とは、先祖の霊があの世からこっちに還ること。八月十三日にこの世に還り、十六日にあの世に戻る。放っておいても、今日から三日も経てばあの世に還るはずだ。

「まぁな。ただ、ちょっと不出来な幽霊なのさ」

「不出来?」

 おう。と如月さんは頷き。

「話を聞くに、そいつ、自分が何なのかすら忘れちまってるみてぇなんだ」




 自分がすでに死んでいる事を忘れた、そんな幽霊。

 幽霊ものの映画などではお約束のオチの一つだが、ああいう目的を忘れた幽霊は何かに憑くのが定番らしい。いわゆる、地縛霊と言うやつだ。そうなる前に何とかしたい、そう和尚は言う。

 目撃談によると、彼女はここはどこか、どこへ向かえば良いのか何も思い出せない、などと言ってフラフラとさ迷うように歩いていたらしい。僅かに透けた体で。

 俺達は、地縛霊になる前に彼女を見つけ、和尚の手で成仏させる。その為にも、急いで彼女を見つけなくてはならないのだが。

「探そうと思って探せるもんじゃないだろ、アレって」

 この仕事が始まってから、早くも二日が過ぎた。俺達は夜になるとこうして別々に別れ、幽霊に出くわさないかと夜の住宅街を歩き回る。

「そりゃ生きてすらないんだし、簡単にはいかないよね」

 右手に持つケータイから、清の眠そうな声。午前二時、流石に俺も眠い。本当は見つけた事をメールでいつでも送れる状態にしなくてはならないのだが、眠気覚ましに会話でもしなくてはやってられない。

「正直なところ、今回の仕事は無駄な気がするな」

「何で?」

「和尚が見つけられない、って事はここに大した幽霊はいないってことだろ? 如月さんが和尚の力を信用しないから、こうしてる訳だけどさ」

 和尚は今夜も、俺達の捜索範囲の中心に駐車させているワゴン車で瞑想をしている。周辺に強い霊でもいるなら、確実に気づくはずだ。

「いや、見落としてるとか」

「それはない。俺も専門的なことは知らんが、和尚はそっち方面じゃマジで鉄壁だ」

「鉄壁って……」

 ゲームで言えば、如月さんが戦士系のステータスを極端に育成したタイプであるなら、和尚はその逆だ。そこいらの幽霊如きが出し抜けられるとは思えない。

「それに目撃したのだって素人の人間達だぜ? ただの浮遊霊だって。お盆とかの、普通の」

「うーん……でも、とにかく見つけてみないと始まらないよ」

「まぁ、そうだな……んじゃ、切るぞ」

「うーい」

 電話を切り、一息つく。その後、メールをボタン一つで送れるように設定し、そのまま片手に持つ。

 作戦としては俺と清、如月さんが幽霊を見つけ、接触を避けつつ和尚にメールで連絡。車内で待機していた和尚がそこへ向かい、決着を着ける。誰かが見つければ、それで終わったも同然の仕事だ。見つければ、の話だが。

 さて、この辺りは捜索範囲外のはずだ。俺は目印にしていた建物を見ると、すぐさま回れ右をして来た道を戻る。

 しかし、こうして同じ道を歩き続けるのもマズいだろう。俺は適当な横道に入り、ブラブラと歩き続けていると、ケータイが手の中で震えた。

 素早く画面を確認するが、メールではなく電話だった。それも、如月さんから。お前もサボるのか、と俺は呆れながらも電話に出た。

「如月さん、何かあった?」

「うんにゃ。ちょっと聞いておこうと思ってな、お前の心境を」

 見透かしていたか。思わずケータイを握る手に力がこもる。

「ずっと不機嫌そうだったからな。ま、お前も同じ記憶喪失の身だってんだから分からなくもねえけどよ」

「同情するとでも思うか?」

「いや、だが苛立ってはいるだろ。俺とは違うと思いながら」

「………」

「実際、清だけ連れてお前は置いていこうとも思ったんだがな」

 違う、違うさ。そう言おうとしたが、声が出なかった。俺は、自分を見失ってはいない。今の俺は、俺そのものだ。

「……ムラマサ。おい、聞いてんのか」

「ん、ああ……」

「んだよ、ショボくれやがって。俺はそれでも大丈夫と、お前に期待していたんだけどな」

「期待?」

 おう。如月さんは言い。

「お前は危険が迫れば、それに特攻して危険を排除する口だろ? それに、情が湧いた程度でお前の剣筋は鈍らねえと確信している」

 如月さんの言葉に、俺は面食らってしまった。奔放ではた迷惑な割に策を好み、計算高いあの如月さんが手放しに人をここまで評価するとは思わなかったのだ。

 その不意打ちに、俺は。

「……はっ、運動不足の刀によく言うもんだな、本当に頭沸いちまってんじゃないか? 暑さで」

「そう言うお前はツンデレってやつか? それとも反抗期か?」

「うるせえ。……だいたい、俺はまだ認めちゃいないからな。記憶なくしたくらいで地縛霊になんて、なる訳がない。それに、もうお盆は過ぎてるし」

「おうおう、そんなら頑張って見つけてくれや」




 それから俺達は、当たり障りのない会話を続けていた。

 そして、この違和感に気がついたのはいつ頃か。ずっと気づかないかも知れないが、気づけば無視することなんて不可能な、この不安定な違和感。

 背中がざわつき、ムズムズする。周囲を見回すという簡単なことさえ制限してしまう、この予感。威圧感。

 いる。確実に何かいる。確証はないが、確信はできる。

 どうするべきか。決まっている、伝えるんだ。この手にあるケータイに、如月さんに。それもできる限り、場を荒げずに。反応しだいでは、アレが襲ってきそうだ。

「如月さん」

「あー?」

「いる」

 如月さんの応えは聞こえなかった。ノイズ音がし、通話が切れる。液晶を見れば、アンテナが圏外の表示になっていた。

 気づかれた。だが落ち着け、冷静になれ。鈍い俺でさえこれだ。これほどのことをやってのける奴だ。和尚なら連絡されずとも気づくはず。とにかく、今は俺がアレを見つけなくては、見えない敵に戦う術など、俺は持ち合わせてはいない。

 俺は周囲を見渡しながら歩き、アレを探し続けた。姿を現してほしい。身に降りかかる危険の方が、この不安よりずっとマシだ。

 しかし、俺はすぐに気がついた。もうアレはそばにいるんだ、歩いて探す必要はない。俺は立ち止まり、握りしめていたケータイをポケットにしまった。

 ここが勝負どころだ。俺は静かにこの重苦しい空気を吸い、言った。

「出てこいよ」

 ベチャリ。と後ろから湿った音がした。振り返って見れば、ついさっき通り過ぎた路地から何かが這い出てきた。

 その容姿はもう、人の形など留めてはいなかった。言うなら、長髪を振り乱した肉片。歪な化物。

 地縛霊ですらない。俺は歯噛みした。何だ、その様は。これが自分を見失っただけの者の、末路か。

 それはボソボソと喋りながら手らしきものを伸ばし、こちらににじり寄って来た。同類だと思われているのか、冗談ではない。

「俺とお前は違う」

 ブルっと、それは震えて止まった。俺は構わず続けた。

「失ったものに固執する気はない。俺は俺だ、今の俺が俺なんだ」

 それはブルブルと震える。その乱れた長髪の隙間から覗く、ギラつく目を俺は見つけた。その目は濁り、それでも渇望するように何かを訴えている。

「来いよ」

 俺は、その訴えを切り捨てた。そう言い、半身に身構える。

「てめえなんて知るか、いつもの仕事と同じだ。……殺してやる」

 それは手をこちらに伸ばしながら、ズリズリと向かってきた。動きは遅いが、殺意が感じられる。俺は、左手でTシャツの裾を捲った。

 その時だ。それは突然苦しげにのた打ち回り、すぐにフッと消えてしまった。カシャンと何か落として、本体は消えてしまったのだ。

 慌てて辺りを見回すまで、気づけなかった。和尚と如月さんが、向こうから走ってきていた。

「すみません、遅くなりました」

「いえ、大丈夫です」

「大丈夫には見えねえがな」

 如月さんはアレが這った跡にしゃがみながら、目を合わせずに言った。

「鏡、見てみたらどうだ? 血の気ねえぞ」

「……そんなに酷いの?」

 ええ。と和尚は俺の肩に手を置き、俺の顔色を伺うように見ながら言った。今さら、自分の体がとても冷たくなっていることに俺は気づいた。

「今にでも倒れてしまいそうな顔をしています。何かされたのですか?」

「……平気ですよ」

 俺はそう返した。意固地になっているのは分かっているが、認めたくはなかったのだ。

 あの姿に、自分を重ねてしまったことなんて。




 翌日、俺と清は川下が手伝いをしていたと言う盆祭りへと足を運んだ。

「結果としてさ、私は何にもできてないよねー。私にはメールもなかったしねー」

 かき氷屋にて掟破りのシロップのミックスを勝ち取った清は、それでも俺にしつこく愚痴る。

「だからお祭りくらい、浴衣で着飾っても良かった気がするんだよねー」

 俺だって、去年買ったばかりの浴衣が虫に食われているとは思わなかった。

「って言ってもな、俺だって何かできた訳じゃねえんだぞ。下手したら死んでたかもしれないし」

「んー、そうだけど……あ、結局何がどうなったの? 私、全然聞かされてないんだけど」

「……俺を仲間だと勘違いした幽霊がいましたが、和尚に退治されてしまいました。……って、感じかな?」

「何それ?」

「もう終わった話ってことだよ」

 そう嘯いて、俺は星のない夜空を仰いだ。

 いや、本当はまだ終わっていない。アレはまだ、この世に息づいている。

「私はこれから、アレを成仏させに行きます」

 今朝、和尚はこの町から去る前に、俺に語った。俺が無理を言って俺の家の近くにある公園へと呼んだのだ。このままでは、納得がいかなかった。

「アレはまだ生きている。ここに、確かに息づいている」

 和尚はそう言って、鞄から布に包まれていた何かを取り出し、布を解いてみせた。

 それは何の変哲もない、ただの眼鏡だった。きっとこれが、あの時アレが落とした物だったのだろう。

「アレが何なのかは、私にもまだ分かりません。しかし、これを目印にしていけばいずれアレの大元へと辿り着けるでしょう」

 分かり次第、連絡しますよ。和尚はそう言い、続けてこうも言った。

「ただ、これだけは忘れないよう。アレは貴方が近き者ではないと知って、殺意を抱いた。貴方とアレは、違うものです」

 そう言って微笑み、踵を返して行ってしまったのだ。

「……うん、終わったことなんだよ。少なくとも、俺にとっては」

 もう一度、確認するようにそう言う俺に、清は楽しげに笑う。

「ドヤ顔……いや、したり顔だねぇ」

「してねぇよ。って、一緒だろ、それ」

「ふふ。ケン君ほら、したり、したりって言ってごらん? したり、したりって」

「何だそりゃ」

 したり顔か。

 口では否定しつつも、確かに、と心のどこかでそう思っている自分がいる。俺もアレも、記憶を失ったが。決定的に違うものがる。俺にはそれでも今を生きたいと思う理由があるのだ。

 清、彼女もまた、理由の一つだ。

 そう、俺は今を生きている。願わくば、血塗られているであろう過去を、忘れたままに。

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