バレンタインデー

バレンタイン2017―1話:悪魔は囁いた


 バレンタイン。2月14日は女たちが、あんな手やこんな手で男共を堕とす日。そんな認識で間違ってはいないはずだ。


「わたしの手作りなんです!う、受取ってください!」


 わたしは、この学校の女子が誰もが憧れるテニス部の先輩にチョコレートを渡した。先輩は素っ気ない態度で「ありがとう」と言って受取った。そして、何も言わずにわたしの目の前から去っていく。先輩を呼び止めることはできない。わたしの気持ちを伝えられない。伝えたくない。困らせたくない。だって―――


 ―――先輩には彼女がいるんだから。



 わたしが先輩に手作りチョコレートを渡してから2年。わたしは高校1年生となっていた。あの後も、先輩に彼女がいると分かりつつも、先輩への気持ちは本物だし、そう簡単に諦めることもできない。気づけば、高校受験を受けた高校は先輩と同じ高校を選んだ。―――僅かな期待を胸に抱いて。

 高校に入ってすぐに、廊下で先輩とすれ違った。先輩はもちろん分かっていて、それでいて、挨拶すらしてくれなかった。わたしから挨拶をすれば良かったじゃん!と言っても後の祭りだ。先輩と一緒に話がしたい。先輩と一緒に帰りたい。先輩と一緒に・・・。湧き上がる先輩への思いは止まらない。先輩への欲望が止まらない。


「先輩とその彼女が一緒に帰って行くところを見た」


 そんなことを友達が話していた。わたしの胸が張り裂けそうになった。そして、この思いを先輩に伝えようと心に決めた。



 聞いたところによると、いまだに中学校の時に付き合った彼女と付き合っているらしい。その彼女については知っていた。わたしの入っていたバスケ部の先輩、北条ほうじょうさんだ。北条さんは美人で勉強もできるし、男受けも、女受けもいい。そんな北条さんと先輩が付き合っていると言う噂が出ても「あの2人なら、お似合いだな」っていう話しか聞かなかったし、誰も2人の間に入ろうとする人も現れなかった。いや、1人いた。―――わたしだ。わたしは2人に気づかれない程度の嫌がらせをした。例えば、先輩は二股をしているとか、北条さんは実はビッチだとか、噂を少しばかり流しただけだ。けれど、2人は別れることなく、仲良く同じ高校に進学した。このままでは大学も同じにするだろう。それでもいい。そのまえに、わたしが気持ちを伝えられればそれでも構わない。

 高校1年生、冬。2月14日。わたしは先輩を校舎裏に呼び出した。


「先輩、チョコレートです」


 わたしは先輩に押し付けるように渡す。そして、大きく息を吸って言った。


「先輩、わたし、先輩のことが好きです!大好きです!ずっと、ずっと先輩が好きです!」


 ―――言った。遂に言ってしまった。何年も言えずに伝えられなかった思いを吐き出したせいか、全身の力が抜ける。そう思ったら今度は全身が熱くなってきた。その言葉を口に出してしまった恥ずかしさが、わたしの心を熱くさせる。


「・・・俺、彼女がいるんだ」


 ようやく口を開いた先輩は、遠くを見て言った。


「知ってます」

「だから・・・」

「知ってます」

「ごめん」

「知って―――」


 わたしは後の言葉を口にできなかった。代わりに喉の奥から出てきたのは嗚咽だった。気づけば、目からすっと涙が出てきて頬を伝った。


「せん・・・ぱい」


 わたしは思わず抱き付いた。突拍子の出来事で先輩はそのまま動かない。そんなことするから、わたしは先輩の胸の中で泣きじゃくってしまう。


「先輩!先輩!大好きなんです・・・ずっと、大好き・・・」


 頭に何かが触れる。顔を上げると、先輩が頭を撫でていた。


「せん・・・ぱい・・・?」

「ごめん。こういうとき、どうしたらいいかわからない」


 そういうところが


「そういうところが大好きです」


 わたしは今できる精一杯の笑顔で先輩に微笑んだ。その顔はきっと見られて恥ずかしい程の酷い顔だろう。


「本当に俺のことが大好きなの?」

「・・・はい。ずっと好きでした。中学の時、バレンタインの時にチョコレートを渡したけど、この思いは伝えられなくて、それが悔しくて・・・」


 ダメだ。あの時のことを思い出すと、また涙が込み上げてくる。


「ねえ」


 先輩はわたしに真っ直ぐな瞳を向けた。


「はい」


 わたしもしっかりと見返すが、涙のせいで先輩の顔をがぼやけて映る。


「俺と付き合おう」



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