第8話

 夜の森の中をボルドさんと一緒に歩いていく。

 空を見上げても木々の枝や葉が邪魔で太陽は見えない。

 今もまだノーニャちゃんはあのくらい洞窟の中にいる。そう考えるとぼやぼやしてはいられない、急いでマッソイの洞窟に戻らないと。


「この国の事をよくわかってねぇって事は、アリスティア、お前さんは外国の人間か」

「はい、まだ不思議の国に着いてから半日くらいです」

「それなのにこんな所に来ちまうなんてな、お前さんは好奇心が強いらしい」


 ボルドさんは私の為に、邪魔な草木を大きな斧で切り開きながら進む。

 そのおかげで本来なら歩きにくい森の中を、転ぶことなく歩けた。


「早く帰らねぇとご両親も心配してるだろうな」

「あ、私は一人でこの国にやってきました」

「お前さんみたいな女の子が一人でか! こりゃたまげた」


 ボルドさんは、がははと笑って私の顔を見上げる。

 それからどうして不思議の国に来たのかを聞いて来た。


「幸せの宝玉を探しに来たんです」


 私の答えを聞いてボルドさんは少し間を置いて話を続ける。


「お前さんも幸せの宝玉が欲しいのか、それは何の為だ」

「幸せの宝玉があれば私でも、お父さんやお母さんや友達。皆を幸せにできるんじゃないかって……」

「ふむ」


 ボルドさんはそれ以上聞いてこなかった。

 その後、傾斜になっている森を歩いていくと、やがて斜面にぽっかりと大きな穴が空いている所に到着した。身を屈めれば中に入れそうな大きさの穴だ。


「ここだ」


 ボルドさんは背中を丸めて穴の中へ入って行く。私も屈んでボルドさんの後に続いた。

 ノーニャちゃんと一緒に行った、マッソイ北東の洞窟とは違い天井が低い。油断するとすぐに頭をぶつけそうだ。

 穴を抜けた先は、幅は狭いが少し天井が高くなっていて立ち上がることができた。ボルドさんが立っているところを見ると、上へと続く階段があった。


「この階段を上れば元の場所に戻れるかもしれねぇ」

「ありがとうございます、ボルドさん!」


 私は階段を一段ずつ登って行く。

 半ばまで登ったところで、階段の下からボルドさんに呼び止められた。


「アリスティア、お前さんの今の気持ちを忘れちゃいけねぇぞ」

「はい!」


 私の返事にボルドさんは満足そうに頷く。

 そうだ、もう一つ聞きたいことがあった。


「ボルドさん」

「なんだ?」

「また、会えますよね?」

「ああ、いつかまた会えるさ」


 寂しい気持ちを表に出さないように、私は目いっぱい笑顔を向ける。

 階段を上りきると、私の背より少し高い段差があった。

 私は段差に手をかけて自分の体を持ち上げる。


 その先に映った光景は見覚えのあるものだった。

 天井の高い洞窟、こっちに背を向けて泣いているノーニャちゃんの姿。

 すぐ側でホルン君がノーニャちゃんを慰めていた。


 帰ってこれた! ボルドさんの言った通りマッソイ北東の洞窟に帰ってこれたんだ!

 私は嬉しくなってノーニャちゃんの名前を呼ぶ。


「ノーニャちゃん!」

「え……アリスティア、ちゃん?」


 段差を登り切っていない私の元に、ノーニャちゃんとホルン君が駆け寄ってくる。そしてホルン君が私の体を引っ張り上げてくれた。


「ありがとうホルン君」

「アリスティアちゃん!」


 涙を流しながらノーニャちゃんが抱きついてくる。

 私も彼女の背中に腕を回してぎゅうっと抱きしめた。


「ただいまノーニャちゃん!」

「おかえり、無事だったんだね……良かった……良かった」


 泣きじゃくるノーニャちゃんの頭を撫でて落ち着かせる。

 少しの間抱き合ったまま私達はお互いの無事を喜び合った。

 それからいつの間にかいるホルン君へ視線を向ける。


「ホルン君はどうしてここに?」

「お前達だけじゃ心配だったから……」

「心配してくれてたんだ?」

「ばっ、違う! お前達が怖くて泣いてるところを見に来たんだ!」


 そっぽを向いてホルン君はそう言った。

 素直じゃない子なのかも。私はその事がおかしくてくすくすと笑った。

 あ、そうだ!


「本、ちゃんと取り戻したんだから、もうノーニャちゃんに意地悪しちゃダメだよ!」

「ちっ、わかってるよ」


 約束はちゃんと守ってくれるようで私は安心する。

 とにかくこれで一件落着! 後はマッソイの街に帰るだけだ。

 その前に私はランタンを手に取って、出てきた穴の中を照らした。


 私が昇って来た階段もなければ、ボルドさんの姿もない。

 穴は少し深いだけの何の変哲もないただの穴になっていた。

 寂しい気持ちになったけど、今は元の場所に帰ってこれたことを喜ぼう。

 ボルドさん言っていた、いつかまた会えるって。


 私達は洞窟から出てマッソイの街へ戻る。

 もう日が暮れていて辺りは真っ暗になっていた。

 ランタンの明かりを頼りに森を歩く。


 森を抜けて草原に出ると、空一面にたくさんの星が輝いていて、まるで私達を出迎えてくれているように感じた。

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