第7話

 ぐるぐると目の前が回転する。

 真っ暗だけど、自分の体が回っていることだけはわかった。

 遠くの方から私を呼ぶニーニャちゃんの声が、聞こえてくる気がする。


 私は穴の中をごろごろ転がっていく。

 それにしても長い。この穴は一体どこまで続いているんだろう?

 目が回る。気持ち悪くなってきた頃に、ようやく私は転がる事から解放された。


「……う、う~ん」


 地面に倒れた私はゆっくりと体を起こす。

 まだ目がぐるぐる回っていて景色がよくわからない。しばらくじっとして意識がはっきりするのを待った。

 あんなところに穴なんてあったっけ?

 それに随分長い間転がっていたけど、私はどこにいるんだろう?


 視界と気持ち悪さが治まってきて、私は自分が落ちて来た穴を見上げる。

 天井には木々が生い茂り穴は見えなかった。


「え?」


 穴が無い! それに洞窟の中だったのに木が生えてる!

 私は慌てて辺りを見回した。そこは洞窟ではなく薄暗い森の中だった。

 すぐ後ろから川のせせらぎが聞こえる。


 穴に落ちた後、ノーニャちゃんが助けてくれて、森まで連れてきてくれたのかな?

 でも彼女の姿は見当たらないし、私達が入った洞窟の入口も無い。


「ここ……どこ?」


 自分の身に一体何が起こったのかさっぱりわからなかった。

 私は立ち上がって川のほとりに座って、流れる水を両手ですくって飲んだ。

 川の水は冷たくて美味しかった。

 何度かに分けて水を飲み、気持ちを落ち着けさせる。


 それからまた辺りの景色を眺めた。

 間違いなく私は森の中にいて、落ちて来た天井の穴はどこにも無い。


「ノーニャちゃーんっ!」


 近くにいるかもしれないと思い大声で読んでみるが、返って来たのはノーニャちゃんの声ではなく、こだまする私の声だけだった。

 どうしよう……。

 暗い森の中を一人で歩き回ることもできない。

 自然と涙があふれ出てきて、私は大声で泣いた。


「そこにいるのは誰だ?」


 野太い声が私の方へ飛んできて、私はそっちへ顔を向ける。

 溢れる涙と薄暗さのせいでよく見えないけれど、すぐ近くに人の気配を感じた。

 その人は段々と私に近づいてくる。

 涙を拭って見つめると、子供くらいの身長の髭が立派なおじさんだった。


「こんなところに人間が迷い込んでくるとは珍しい」


 助かった……?

 おじさんの姿がはっきり見えると、また涙がこみ上げてきて私はまた泣き出した。 大きな手が私の頭を撫でてくれる。


「よしよし、怖かったんだな。もう大丈夫だから安心すると良い」

「ひっく、ひっく」


 小さいおじさんはそう言って私を立たせた。

 それから背を向けて歩き出す。


「ついておいで、温かいものでも飲もう」


 私はおじさんの後について行く。

 辺りはやっぱりあの洞窟じゃない見知らぬ森だ。

 しばらく歩いていくと、森の中に一軒の小屋が建っていた。

 私はそこへ招かれて中へと入っていく。


 小屋の中は暖炉の炎が赤々と灯り、今までいた薄暗い森が嘘のように明るい。床には何かの獣の毛皮の絨毯、それと小さなベッドに小さなテーブルと椅子。

 おじさんは背負っていた大きな斧を壁に立て掛ける。


「適当なところに座って待ってな。すぐに温かいものを用意しよう」


 私は獣の絨毯の上にぺたんと座って、おじさんの後ろ姿を見つめめていると、すぐに美味しそう甘い匂いがしてきた。


「さぁできた」


 おじさんは私にカップを渡して小さな椅子に座る。

 両手で包むように持っているカップは温かく、ただそれだけで安心できた。

 口に含むと今まで味わったことの無い甘い木の実のような味がした。


「あの、ありがとうございます」

「礼などいらん。それで、お前さんはどこから来たんだ?」

「えっと……マッソイの北東の洞窟で穴に落ちて、気が付いたらここにいました」

「……マッソイか」


 立派なあご髭を擦っておじさんは何かを考える。

 それからすぐに別の事を聞いて来た。


「おっとまだ名乗っていなかったな。儂はボルド。見ての通りドワーフだ」

「あ、私の名前はアリスティアです」


 ドワーフ、初めてみた!

 カップの中の温かいスープをまた一口飲み込むと、心が落ち着いてくるのがわかる。一時はどうなるかと思ったけど私は助かったんだ。


「あの、ここはマッソイの洞窟の底なんですか?」

「いや、全く別の場所だ」


 どうして穴に落ちて別の場所に辿り着いたんだろう?

 私が不思議がっていると、ボルドさんがその答えを教えてくれる。


「ここは不思議の国だ、何が起こっても不思議じゃ無い」

「元の場所へ、マッソイの北東の洞窟に帰れるのでしょうか? ノーニャちゃんが、友達が待っているかもしれないんです」


 ボルドさんはまた少し考えて答えた。


「それを飲み終わったら帰ると良い。確実に変えれるとは限らんが、案内しよう」

「あ、ありがとうございます!」


 温かいスープを飲み終わった後、私とボルドさんは小屋から出発した。

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