“もしも…”
車は夜の高速道路を軽快に走る。
真っ暗な景色が、窓の外をすごいスピードで流れていく。
車の中には、あなたと私。
あなたが運転席でハンドルを握り、私は助手席で他愛もない話をする。
「急に信号機が出てきて、赤だったらどうする?」
「ビックリする。“えぇーっ?!”って。」
くだらない“もしもの話”に、私たちは声を上げて笑う。
しばらくすると、私はまた話し掛ける。
「このすぐ先に踏み切りがあったらどうする?遮断機がカンカンカン…って。」
「えーっ、大事故になるよ。」
そしてまた、声を上げて笑う。
高速道路をおりて家に向かう道の曲がり角で、私はまた尋ねる。
「ここ曲がってすぐ、一方通行で高速道路の入り口だったらどうする?」
「次どこ行く?って…何回高速乗るんだ。家に帰れないよ。」
他の人が聞いたら、面白くもなんともないかも知れない会話。
あなたと私にとってはとても面白い“もしも”の話。
“もしも”あなたと結婚していなかったら…私は今頃、どんな人生を送っていただろう?
こんなに穏やかに暮らせていたかな?
“もしも”あなたの隣にいるのが私じゃなかったら、あなたはもっと幸せだったかな?
「ねぇ、奥さんが急に違う人に変わってたらどうする?」
「はぁ?また訳のわからん事を…。」
呆れた顔であなたは呟く。
あ、そこは笑わないんだ。
「じゃあ、若くてすっごくかわいい人に“好きです、付き合ってください”って言われたらどうする?」
「そんなのあるわけないでしょ。」
それ、“もしも”の話の答になってない。
あなた、けっこう男前ですよ。
近所の奥さんとか知り合いの人から、“イケメンの旦那さん”ってよく言われるんだよ。
「どうだろうねぇ…。で、もしもそんな事あったらどうするの?」
「どうもしない。」
「ふーん…。」
ホントかなぁ…。
結婚して13年以上も経った嫁の私は、若くてすっごいかわいい人に勝てる自信がない。
「付き合い出した頃は、少なくとも今よりは、かなり細くてかわいかったよねぇ、私…。本気でダイエット、しようかな…。」
あなたの隣で安心しきって、どんどんゆるんでいく自分に危機感を感じた私は、思わずそう呟いた。
「そう言うの関係ない。」
「関係ないの?」
「うん。気にしない。」
ふーん…。
ああ…私、甘やかされてる。
これだから私はダメなんだな。
あなたが気にしないって言ってくれても、女なんだから、もう少しは気にしなくちゃ。
「って言うか、“もしも”の話、ホント好きだよね。」
「うん。もし、私と結婚する前に戻れたらどうする?別の人と結婚する?」
「またいろいろやり直すのめんどくさいから、戻らない。今のままでいい。」
「ふーん…。」
きっと不満がないわけでもないはずなのに、今のままでいいって。
それってちょっと、嬉しいかも。
ちょっと、にやけちゃう。
家に着いて、車を降りる。
私が玄関の鍵を開けて、ドアを開ける。
あなたは車から荷物を下ろしてくれる。
結婚する前は、一緒に出掛けて、どんなに楽しい時間を過ごしても、別れ際の“じゃあね”がやけに寂しかったっけ。
別々の家に帰る事が寂しくて、早く一緒に暮らせたらいいなと思っていたんだ。
「もし過去に戻れても、私ももう戻らなくていいよ。」
「なんで?」
「なんでも。」
私は、結婚前の若かった頃より、あなたと同じ家に帰れる今が幸せだから。
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