第12話


 麻琴の部屋の前に立ち、ピンポンを鳴らした。繰り返し、何度も。

 ドキドキと打ち始めるうるさい鼓動と共に、身体が小刻みに震えだしていた。がちゃりと開くドアノブを見つめながら、私はとっておきの笑顔を繰り出して、「麻琴、久しぶり」と言おうとした、その瞬間だった。

—がちゃん、と乱暴に閉められるドアを、呆然と見つめる。


 まさか。拒否、されたのだろうか。

 目の前で起こった事実を脳が受け入れられなくて、呆然と立ち尽くした。もう一度、ベルを鳴らしたが、それでも中からの反応はない。なんだか情けなくて泣きそうになりながら、ドアを軽く叩く。ドンドンドン。叩く強さが段々大きくなってきていることに、私は全く気づかなかった。



「麻琴、開けてよ。何で、開けてくれないの。ねえ、開けてよ」


ドン。


「私のこと好きって言ったじゃん。何度もセックスしたし、可愛いって言ってくれたじゃん。それなのに、どうしていきなり冷たくなるの。ねえ、答えてよ」


ドンドンドン。


「ふざけないでよ。私をこんなにしといて。私をこんなにしといて」


ドンドンドンドンドンドン。


「絶対許さない。あんただけ私を忘れて、普通に生きるなんて、絶対に許さない。一生あんたにつきまとってやるから。幸せになんてさせない。恨んでやる、呪ってやる、殺してやる、この変態が」


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。


 流れをせき止めていたダムが決壊するように、怒りの感情が次から次へと溢れて止まらない。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、3時間かけたメイクを跡形もなく壊しながら、私はありったけの声で叫び、硬く閉められたドアを何度も叩いた。持っている力の全てを、麻琴に伝えるように、強く。

 だって、好きだったのだ。初めて心から、誰かに好かれたいって。愛したいし、愛されたいと思ったのだ。それなのに、こんな仕打ち、いくらなんでも、ひどい。



 叫び疲れると、ぺたんと冷たい床に座り込み、さめざめと泣きつづける。私をせき止めていた糸が切れたみたいに、感情が止まらない。

 私の中の湖の水が涸れ果てるまでずっと、私は私のために泣いた。自分がかわいそうで、哀れで、仕方なかった。 

 隣の部屋のカップルが玄関から顔を出して私を見ていた。男に肩を抱かれるTシャツ半パン姿の女は、「うわ、メンヘラじゃん」と気味悪そうにつぶやいた。


 ピーポー、と繰り返す機械的な電子音が、遠くに聞こえる。「この人ストーカーなんです。早く連れて行ってください」という愛しい人に良く似たハスキーボイスも聞こえる。でもこれはマコトじゃない。マコトは世界一優しい人だから、きっとこの地獄から私を助け出してくれるはずだから。

 私は誰かに身体を引きずられながら、精一杯ドアノブにしがみついた。あらん限りの力を込めて、ドアノブを引っ張っても、ドアノブは壊せない。麻琴が出てくる気配もない。

 


 どうしてだろう。どうしてなんだろう。

 この世界は、私の理解できないことが多すぎる。

 ぴょこぴょこ動くはてなマークが、頭の中いっぱいに埋め尽くされていく

 どうして。私はこんなに可愛いのに、どうして愛されないんだろう。

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