第5話


「あのさ、あたしあんまり、こういう格好って好きじゃないんだけど…」


 フリルのついたスカートの裾をつまむ麻琴を眺めながら、私は満足げに頷いた。思ったとおり、丸くて大きい目や小さい鼻と口、華奢な手足など良いパーツを持っている麻琴にはラルム系の服装が良く似合う。

 ラフォーレ原宿の行きつけのお店の試着室に麻琴を突っ込み、可愛らしくてキュートなお洋服を散々着せかえた甲斐があった。


 ファッションの次は、メイクだ。今度は麻琴をトイレに連れ込む。ラデュレのポーチから愛用のコスメをいくつも取り出すと、麻琴は「何これ」と感嘆の声をあげた。「すごい、かわいい」


 麻琴の目を半強制的に閉じさせて、前髪をくるんとコンコルドで止める。

 粉を吹きかけている頬に保湿系の下地を薄く塗る。アーチ状の眉毛は短すぎず長すぎず、少し下がり気味に描く。ビューラーは丁寧に、マスカラはジグザグに。コンシーラーで唇の端を消して、仕上げにほんのり赤いリップをつけてやる。

 メイクはなりたい自分をイメージしながら、足りないところに色を足して、慎重に丁寧に筆を動かしていくもの。



「できました。」


 鏡に映っているのは、微笑みひとつで全人類が恋に落ちてしまいそうな美少女だった。かわいいという形容詞がよく似合う。街を歩けば、スカウトの名刺が山のように受け取れるかもしれない。

 メイクとファッションで別人と化した鏡の中の自分に見惚れている麻琴に、少しだけ嫉妬する。


「亜弓ちゃん、すごいんだね。私、ちょっと感動しちゃった。」

「麻琴さんは可愛い顔してるんだから、勿体ないですよ。」


 麻琴はきょとんとして、「嘘」とつぶやいた。グロスで光る唇が歪んだように見えて、私は少し驚いた。


「あたし、この顔嫌いだから。女の子っぽいじゃん、童顔っていうか。」

「いいじゃないですか、童顔。」

「ううん、嫌。不便だから。もっと男の子っぽい顔に生まれたかった。亜弓ちゃんみたいな、しゅっとしてる感じの。」


 男の子っぽい、中性的な顔。それは他人が私の顔を評価するときに、よく使用したがる言葉だった。女の子らしくない、可愛くないと言われているようで、耳にする度に胸がきしんでいたことを思い出す。

 私は麻琴のお人形のような顔をじっと見つめた。彫りの深い顔立ち、広い二重幅にアーモンド型の目、薄くて主張の少ない唇。喉から手が出るほど、希求していたアイドルの顔に良く似ている。


「じゃあ、そろそろ行こ。」


 麻琴に手を強く引っ張られて、下半身がふらつく。


「どこ、行くんですか。」

「今日はデートだよ。クレープ食べて、ショッピングしよう。」


 麻琴に手を引かれて、私たちふたりは走り出していた。原宿通りを歩く人が皆、ロリータ姿の彼女に視線を送る。中にはわざわざふり返ってまで、麻琴を一目見ようとする人さえいることに、優越感がむくむくと育つ。

 「あの子、すごい、かわいい」というささやきがどこからともなく聞こえてきて、私は誰にも知られないようにこっそりと微笑んだ。


 私の前を歩く少女。この世の誰より、フリルの武装が似合う女の子。

 麻琴は私のものだ。

 全世界の人々に向けて、メガホンでそう叫んでやりたかった。

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