第4話
「亜弓ちゃん、おはよう」
次の日の昼休み、大学の食堂でアジフライ定食に箸をつけていると、前の席に誰かが腰掛ける気配がした。ぷんと香るレモンの匂いが付け合わせのタルタルソースと混じる。マコトはカレーうどんをトレーに載せて右手で持っていた。
「一昨日はありがとう」
「いえ」
「ねえ、亜弓ちゃんは今付き合ってる人はいるの?」
いたずらっ子のような瞳に、とっさに首を横に振る。
麻琴はわざとらしくガッツポーズをしながら「じゃあ、私と付き合うのはどうかな」と呟くように言った。私の目を見ないようにしてグラスに入った水に口付ける麻琴を見ながら、私はこくりと頷いた。
同性に性欲を感じるレズなんて普段なら気持ち悪いの一言で一蹴するはずなのだけれど、感覚が麻痺していたのかもしれない。
ひとりぼっちは辛いから、セックスが気持ち良かったから、自分の存在価値を認めてもらいたいから。かわいいと言ってくれたから、ただそれだけの理由で受諾した告白だった。女は男の代用品に過ぎなかったけれど、私を満たしてくれるなら何でもよかった。
可愛らしい顔をぱっと輝かせて尻尾を振る麻琴は昔飼っていた犬に良く似ている。どんなに邪険にしても、何処までも追いかけてくるケンは、ある朝自動車に跳ねられて死んだ。
—日曜日10時。原宿のラフォーレの前で。
要件のみを伝える短文のそっけないメッセージが届いてから朝日が昇るまでずっと、ペンキとレースでデコレーションした姿見の前で今日のコーディネートを考えていた。
相手が女の子とはいえ、デートはデートである。気合いを入れない訳にはいかない。
迷いに迷って、フリル満載のピンクドットのジャンパースカートに、チュールのどっさり入った淡い色のパニエを合わせた。靴はもちろん、高いヒールのロッキンホースバレリーナできめる。少し歩きにくいけれど、コロンとしたフォルムが可愛くて気に入っていた。
「お待たせ」
ラグランバンドTシャツに8分丈のワークパンツ、コンバースのスニーカー、マリメッコのリュックに蛍光カラーのG-Shock。ボーイッシュなアイテムで全身を固めた麻琴が息せききって現れたのは、待ち合わせ時間を30分過ぎてからだった。
「ごめんね、遅れて。あたし、結構時間にルーズな方なんだよね。」
「その格好、何なんですか」
「え?」
「ひどいです。いくら何でも、ボーイッシュすぎます。」
「そうかな」
怒りに語尾が震える私の顔を、麻琴は心配そうに覗き込む。
女の子たるもの、パンツやスニーカーは厳禁。可愛くなければ女の子じゃない。たっぷりとしたフリルやレース、パステルカラーのワンピースや花柄のスカートが似合うように日々、努力を続けなければならない。それが私の昔から大切にしている宗教の一つだった。
だから、麻琴の皺だらけの洗いざらしたTシャツや、所々が砂にまみれて白っぽくなっているスニーカーは、私の血管をぷっつり切れさせた。
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