第3話


「かわいいね」

「え」


 その言葉に、全身が硬直する。ずっと誰かに言われたかった言葉を口にしたのは、目の前で微笑む女だった。


「かわいいよ。亜弓ちゃんはすごくかわいい」


 女は何度となく、息を吐くようにその言葉を口にした。

 「かわいい」と言われるたびに、身につけていた銀色の鎧が剥がされていくような気がする。「かわいいね」というワードは、私のすべてを肯定する魔法の言葉だった。糖質制限や毎日のジム通い、量の割に高すぎるサプリメント。今まで自分がしてきた努力のすべてを認められたようで、心がふわふわと浮き足立った。


 女は着ていたシャツを脱ぎ、私の胸を吸った。女と私の肌と肌が擦れる。柔らかい女のマシュマロのような感触に、どこまでも深く沈んでいきそうになる。

 細くて骨ばった指が私の中にゆっくりと侵入していく。痛くないね、こんなに濡れてるなら、と言われる。自分の指でそこに触れてみると、白い液体があふれ出していた。女はすごいね、とつぶやきながら口付ける。


 女の指が出入りするたびに身体が素直な反応を示した。

 全身を使った懸命な女の奉仕は驚くことに私の不感症を直していた。髪の毛、背中、足の先まで、何処を触られても感じてしまいそうだった。

 下半身の一箇所を執拗に舐められ、思わず出てしまいそうな声を堰き止めたくて口を覆うと、「やめて」と厳しい声がした。おずおずと手を下げると、またしつこく責められてまた高みまで運ばれる。女の舌先はざらりとした感触がして、たまらなく腰を揺らすと女は薄く笑った。

 

 そのまま夜が明けてカーテンの隙間から朝日が差し込むまで、私たちはどろどろと溶けながら、絡まり合っていた。挿入と射精というわかりやすいサインのない女とのセックスは終わりがない物語のようで、とめどなく供給される快楽を私は懸命に受け取った。

 私の初めてのセックスは、与え合うものではなく、与えられるものだった。


 二日酔いの痛む頭で目覚めると、女はいなくなっていた。いつの間に眠っていたのか、携帯の時計は15時を示している。机の上のメモには「起きた?4限行ってくるね。冷蔵庫の中のスイートポテト、あなたにあげる。私が作ったの。」と丁寧な筆跡で書かれている。

 ラップのかけられた柔らかいスイートポテトは、舌の上でとろりと溶けた。そういえば、家政学部に通っていると言っていたことを思い出す。女を喜ばすためにあるようなあの指先で、彼女は料理を作っているのだろうか。

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