第2話
—ここ、どこだろう。
酔っ払った頭で新宿の人だかりをかきわけていたら、妙な大通りにたどり着いていた。さっきから目にするのは、同性同士の恋人ばかり。カラフルなネオンがちかちかきらめく街を楽しそうな嬌声をあげながら行き交う男と男、女と女のカップルたち。
自分たちが世界の中心ですと言わんばかりに堂々と手をつなぐ男同士のカップルを凝視していると、「やあね、そんなにじろじろ見るもんじゃないわよ」とオネエ言葉で返されて慌てて下を向く。タンクトップ姿のショートカットのオナベに一瞥され、この場所に居るには場違いな自分に、居心地の悪さを感じる。
アブノーマルな世界にはあまり免疫がなく、ホモと呼ばれるような人種を目にするのも初めてだった。TVや書籍に度々描かれるような同性愛者が現実世界にいるという事実は、多かれ少なかれ、私を打ちのめしていた。
—ふつうじゃない人たちにも、きちんと付き合っているパートナーがいるという事実。
普段口にしないような高度のアルコールにぼんやりする頭でネガティブになりながら、女たちの影がうごめく酒場のドアを開けた。
私のことを好きになってくれるなら相手は誰だって良かった、たとえそれが男じゃなくたって。
「いらっしゃいませー。ここ、空いてますよ」
無愛想な長髪の女店主が指で示した場所に腰掛けると、カルアミルクを注文する。カラン、という氷の溶ける音に耳を傾けながら、女たちの声でさざめく店内を無遠慮にぐるりと見渡してみる。
女、女、どこに目を向けても女しかいない。これだけの女が集まっている光景を久しぶりに見た気がする。ロングヘアーの細身の女、ショートカットのボーイッシュな女、ソバージュのボサノヴァ風の女。
女は美しくてもてはやされるものを嫌悪する。横並びが大好きで、群れからはみ出す人間を寄ってたかって責め立てる生き物だ。息を吐くように悪口を並べる姿はどんなメイクで隠しても分かる醜さだと思う。
私は女に愛されたことがない。膝丈のスカート姿の都内の女子校の連中にかけられた「ナルシスト」「ぶりっこ」「ビッチ」、そんなテンプレートな悪口は何度となく私を傷つけてきた。だから私は、基本的に女が好きじゃない。女だらけのバーには、女たちの安っぽいファンデーションの匂いが溶けている。
「ここ、いいかな」
「大丈夫ですけど」
「ありがとう」
「マコト」と名乗るショートカットの女は、うなじから柑橘系の香水の匂いがした。カクテルの入ったグラスを傾ける華奢な腕に、青い血管が浮いて見える。喜怒哀楽をストレートに出し、くるくると変わる豊かな表情がかわいらしいと思った。
驚いたのは、女が私と同じ大学に通っていることだった。一学年上の先輩で、新宿から一駅の中野のはずれに住んでいると言う。
「友達になりたいから、おいでよ」と無邪気に言われ、腕を引っ張られる。迷う暇さえ与えられなかった。華奢な体からは想像ができないほど強い力に驚く。
酒場を出る間際にバーの店長は「マコト、ほどほどにしな」と絡まり合うように歩く私たちに声をかけた。「わかってるよ、ちーちゃん」と振り返りざまに笑う女のさわやかな笑顔はこの場所に似つかわしいように思えた。
中野の南口から歩いて数十分のところにある安いアパートの3階に女の住む家はあった。木製のベッドと、小さな机と、カバーの外された文庫本の山がスペースを取っているだけのシンプルな部屋。カーペットや衣装棚さえも見当たらず、女の生活感のなさを表しているようだった。
近づいてきた女が私の上気した頬に触れる。
他人との接触に慣れていない私は自然に体を強張らせた。「初めてなの」と聞く女の少しかすれた声はひどくエロティックで、夜風に吹かれて醒めていた頭に血がのぼる。濡れたように光るくちびるが童顔の女にアンバランスだった。
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