かわいくならなきゃダメですか
ふわり
第1話
鏡に映る自分の顔が好きだった。
街を歩く男の人たちがみんな振り返るような美人ではないけれど、愛嬌のある垂れ目がけっこう可愛いし、笑うと八重歯が出るところも気に入ってる。少し主張が強いけれどスッとした鷲鼻も、ぽってりした唇も個性的だけど、外国のファッション雑誌に出てくるモデルみたいだと思う。
だけど、私はただの一度も、自分の容姿を他人から褒められたことがない。私の顔は可愛いのに、どうして誰もあたしの顔を褒めてくれないんだろう、そう不思議に思いながら生きてきた。小学三年生の頃、親友だったユウちゃんに「私の見た目、どう思う?」と訊ねたとき、そっと目を逸らすユウちゃんの微妙な表情を今でも忘れられない。
自分の顔が可愛いのか分からなくて、だけどブスだと分かってしまった後のことを考えるのも怖いから、私は自分磨きに一生懸命になる。女の子のファッションを研究し、メイクに2倍の時間をかけ、糖質抜きのダイエットに励んだ。それなのに、どんなに努力したって、私の顔は褒められなかった。
「服、似合ってるね」「髪型、いいじゃん」「足、細いね」、投げかけられる言葉は私の顔に触れてくれない。そんな中途半端な言葉には喜べない。私は自分の顔に自信を持ちたかったし、この世の誰かたった一人でもいいから、「世界一可愛い女の子だね」、という甘ったるい言葉を何よりも欲していたのだから。
「髪の色、すごいね。真っピンク、きゃりーぱみゅぱみゅみたい」
安い香りのワインのボトルを左右にゆらゆらと傾けながら、頬のところどころが赤くなっているにきび面のサラリーマンは笑った。女性無料、という看板が目当ての相席屋に入ってから早1時間。話の序盤、第一声の段階で髪の毛に触れられるのはこれで3組目だった。
先月号のラルムをぱらぱら捲って、一番可愛いと思ったヘアスタイルをオーダーしたつもりだったけれど、失敗したかもしれない。きゃりーぱみゅぱみゅ、というアイコンに対する侮蔑的音色が聞いてとれるような気がする。
仕事の話、好きなタイプの話、趣味の話。軽い下ネタに、とってつけたような褒め言葉のサービス。ひどく表層的で退屈な会話のオンパレードに辟易しかけながらオレンジジュースを口に含むと、前に座っている禿げかけた男と目が合いそうになって、なんでもないような顔をつくって逸らす。
—私、どうしてこんなところに来ちゃったんだろう。
ことのきっかけは1ヶ月前、高校時代からの唯一の友達である蜜柑から、初めての彼氏ができたことを恥ずかしそうに打ち明けられたことだった。
「ごめんね、先に喪女抜けちゃって」
申し訳ないなんて微塵も思っていなさそうな彼女の表情に、「良かったね、蜜柑」と返した声は冷たく聞こえなかっただろうか。友人の蜜柑に男ができたという事実に焦らなかったと言えば嘘になる。
カジュアルな会話になる度、つきあっている男があーだこーだという愚痴に似た惚気を聞く度、21年間彼氏がいないという事実に打ちのめされた。
—好きな人に、好かれたい。
たったそれだけの願いなのに、永遠にかなわないような気さえする。街を闊歩するお互いを愛し合っていそうなカップルの女の子は、私よりもずっとずっと、可愛くないのに。どうしてあの子は選ばれて、私は選ばれないんだろう。
レンアイには、正しい解答がない。私が選ばれない理由を尋ねることはできない。だからこそ、苦しかった。欲しいものはなんですかって聞かれたら、数秒迷わず「愛」と答えてしまうような今の私には、たぶん少しの余裕も残っていない。
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