第16話
後ろ手に持っていたキャンバスを彼女に差し出す。
ポパイのスエットを着ている山中さんが、手持ちを高く上げた自転車に乗っている。何か面白いものを見つけたときにする、きらきらした目を画面の向こうに向けながら。
それはクラスで人気のあるショートカットの美少女じゃなくて、私しか知らない、私にしか書けない山中さんの姿だった。
指が震えていた。だって、この絵は私の精一杯の告白だから。
「あたし、相模のこと知ってたよ。中学校のとき、表章されたろ、読書感想画コンクールで。あの絵、好きだった。暗い絵だけど、引き込まれた。センスなんてかけらもないからさ、あたしには」
山中さんは、目を落としていたキャンバスに手を伸ばすと、つぶやくように言った。
「これ、もらっていいの」
軽く頷くと、キャンバスごと引っ張られて抱き締められる。
どくんどくん、と聞こえるうるさいほどの心臓の音。混じり合って、私と山中さんどちらのものかわからなくなる。
「ありがとな、相模」
少し震えた声に、山中さんが泣いていることに気づかされる。
私は自分よりも大きな肩幅をしている少女に手を伸ばして、山中さんが「いてえ」とうめき声をあげるくらいに強く強く抱きしめた。この子のことが愛しい、という感情が胸の底から湧き上がってくる。
赤くなった鼻を恥ずかしそうに隠す目の前の少女のことを少しからかってやりたくなる。山中さんは単純だから、本気で怒られるかもしれないけど。
「泣き虫じゃん、私と同じだね」
私の言葉に顔を真っ赤にさせる山中さんのことが愛しくてたまらない。
人を好きになることは、その子のことを、
世界中で一番かわいい女の子だって思えるようになることだと思う。
バカでかっこよくてシャイで照れ屋な山中さんにキスがしたいという衝動をなだめながら、ゆっくりと深呼吸する。窓から吹き抜ける風にはグラウンドから運ばれてきた砂埃に混じって、新緑の匂いがした。
いつのまにか、私たちの季節は春から夏へと変わろうとしている。
ヨーグルトと煙 ふわり @fuwari
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