第15話


 5限目の体育の終わり。授業で使ったコーンを用具入れに片付けに行く途中、制服姿の少女と体操着のままの山中さんが話しているところに遭遇した。

 セミロングの髪型に赤縁のメガネをかけた女の子には見覚えがある。たしかバレー部の練習中、山中さんにパスを回していた子だ。練習試合が終わったあと、仲よさそうに笑いながら、二人で肩を叩き合っていた様子が記憶に新しい。


 バレないように、そっと木の陰に隠れて二人の様子をそっと伺う。山中さんの声は比較的大きいから、聞き取りやすい。耳に入ってきた会話の内容に、私は身体を硬くした。



「どうしてですか、どうして私じゃダメなんですか」

「あたし、好きな子いるんだって。言ったじゃん、何回も」

「振られたって言ってたじゃないですか!」

「心の傷、えぐってくんなよー。お前って本当、失礼な後輩だよな。もうちょっと、敬えよ先輩を」



 息を止めて、二人の会話に耳をそばたてた。頬の紅潮している少女が山中さんに送る熱っぽい視線が、決してそれらの言葉が冗談から出ているものではないことを示している。

 


「あたしはさ、たぶん、あいつのことがずっとずっと好きだと思う。

だから諦めてくれ、張間。ごめんな」



 泣き崩れる少女の背中を、とんとんと優しく叩く山中さんを見ていた。彼女の泣き声が小さくなって消えていくまで、山中さんはそうして、いつまでも待っていた。



 それは、吐いた息の白さに、秋の終わりを感じさせられるような朝だった。頬に当たる強い風が冷たくて、鼻の奥がツンとする。頭上にはさらっとした冬の青空が広がっていた。


 通学用に指定された重すぎる銀色の自転車をこぎながら、学校を目指した。畑と畑の間を抜けたら、街路樹に挟まれる大通りに出て、すぐに止まる信号に邪魔されないように急いで十字路を左に曲がる。通学中の学生の背中を追い越して、私は両足を左右代わりばんこに動かした。


 1年2組の下駄箱をざっと眺めて、まだ誰も登校していないことを確認する。6時25分、もう少ししたら、バレー部の朝練が始まる時間だった。

 ふたつに折ったメモを山中さんの上履きの上に載せて、美術室に向かう。


—早く山中さんに会いたかった。

 一秒でも早く、会って話がしたかった。どんな話でもいい。

 私をどうしようもなくさせるかすれたハスキーボイスを聞けるだけでいい。


 あの人を待つ、このうるさいほどの胸のドキドキが、私の初恋なのかもしれない。

 この気持ちは勘違いじゃない。青春の迷いでも、行きすぎた友情でもない。


 他の人じゃダメだから。山中さんじゃないとダメだから。

 世界中の誰にだって、私のこの気持ちを否定させない。


 バタバタと走る足音が廊下から聞こえて、徹夜明けのぼんやりした頭が覚醒した。扉を勢いよく開ける山中さんの癖。彼女の一つ一つの動作はいつも大げさで、主張が激しい。


 小さい時にねだって買ってもらったクマのぬいぐるみの色に少し似ている、黄色がかった茶色の髪の毛。外はあんなに寒かったはずなのに、ほんのり上気している頬。私を足元からとろけさせてしまうような、強くて優しい灰色の瞳。

 ずっと教室で見ていたはずなのに、何だかとても久しぶりな気がした。


「山中さん、来てくれてありがとうございます」


 こちらに向かって歩いてくる山中さんに、少し足がすくむ。

 でも、怖くても逃げないと決めた。軽く息を吸って、両足に軽く力を入れる。


「これ、受け取ってくれますか」

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