第12話


 告白めいた言葉を受け取ったのが金曜日。いつもなら毎日のようにメールをくれていたのに、二日経った今までずっと、山中さんからの連絡は途絶えている。 


 告白を断ったのは、山中さんが私をそういう目で見ているということに驚いたからだった。女の子同士で付き合ったりするなんて、本や漫画の中の出来事で、自分の身に降りかかってくるなんて信じられなかった。

 私にとって山中さんは憧れの同級生で、いつか友達になれるかもしれない唯一の女の子だった。それ以上の関係なんて、ありえないと思っていた。

 

 でも、断ることでこの関係が終わってしまうかもしれないことを私は想定していなかった。


 光らないスマートフォンを見つめながら、落ち着かない気持ちを抱える。嫌な考えが頭をかすめて、マグカップに口をつけたときにはせっかくあたためたココアが冷めきっていた。

 布団を握りしめて寝返りを打つたび、眠れなくなっていくような気がする。



 週明けの月曜日、私はささやかな違和感を拭えなかった。2限目の授業が終わっても山中さんと一度も視線が合わない。

 休み時間のたびに鬱陶しいくらい話しかけてくる山中さんが、私の机に立ち寄ろうとしない、こんなことは初めてだった。


 昼休みになって初めて、私の知らないところで異変が起きていたことに気づいた。山中さんが富永愛理に声をかけられて教室を出て行った。富永愛理の取り巻きである、杉山由香と安光遥の二人も連れて。


 富永愛理は山中さんのふわふわした頭を微笑みながら撫でていた。女の子同士はこういうものだ。ある日突然、誰かの気まぐれによって始まったり終わったりするもの。分かっていても、胸の奥がきしんだ。

 以前のように顔をくしゃっとさせて笑い、つまらない冗談を繰り出す山中さんを盗み見ながら、安心すると同時に、言葉を言い表せないような寂しさが胸のあたりを襲った。



 金曜日は優しかった彼女の豹変ぶりが怖かった。彼女が見せてくれた景色もあの時の言葉も告白も、一時の気の迷いだったんだろうか。一度もこちらを見ようとしない山中さんの遠ざかる後ろ姿を呼び止めたくて仕方がなかった。

 屋上で一人で食べるお弁当は味がしなくて、噛みしめる度砂を噛んでいるかのようにじゃりじゃりとした感触がした。半分も口をつけず蓋をして、私はみっともなく声を上げながら泣いた。本当は教室で、富永愛理と山中さんが中よさそうに話しているところを見た瞬間から、涙がこぼれそうになったのを唇を噛んで我慢していた。限界だった。

 灰色のコンクリートが水玉模様に変わっていく。天気予報に反して曇り空に変わっていた空から大粒の雨が降りそそいでいた。



 数週間経っても、山中さんに無視される日々は続いた。

 教室移動や体育の授業で山中さんにさっと目をそらされる度、胃に穴が空いた。追い打ちをかけるかのように富永愛理たちは私の悪口に花を咲かせており、久しぶりに「楽しい」と感じた学校生活は瞬く間に色を変えていった。

 味方が誰も居ない教室は心細い。向けられる視線に混じる悪意を感じる度に恐怖が全身を包みこんだ。クラスメイトは私とぶつからないように、数センチの距離を保ちながら歩いている。



「は?何言ってんのか聞こえないんですけどー」

「コイツ、暗くてうじうじしてて目障りなんですけどー」



 ニヤニヤと笑う顔に囲まれていて、逃げ場がない。

 生徒がほとんどやって来ない埃っぽい体育倉庫の中で、富永愛理に胸ぐらをつかまれる。そのまま上に持ち上げられて、セーラー服の白いネクタイが私の首を一気に絞めた。

 「ぐうっ」という蛙の鳴き声のような声が漏れた私を見て、富永愛理たちはけたたましく爆笑した。

 ギリギリと締め上げられいよいよ呼吸ができなくなり、酸素を求めて口を大きく開ける。自然と涙が浮かび、ぼやける視界で山中さんの姿を探すと、下を向いて黙ってうつむいている彼女が杉山由香の陰に見えた。


 富永愛理のどんな暴言や暴力よりも、山中さんの無気力な態度が私の胸をきつく締め付けた。ネガティブな私をありのまま認めてくれた山中さんの姿はもう何処にも見当たらない。

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