第11話



 危惧していたことではあったけれど、10日後のバスケ大会は悲惨だった。審判の生徒がスタートの笛を吹いてから、試合の時間中に私と山中さんにボールがぶつけられた回数は10回。

 富永愛理率いるいじめっ子軍団は見事な連携プレイでパスを回し、何度も攻撃をくらわせてきた。そのせいで身体の至るところに何週間も残りそうな青いアザができている。


 私と山中さんが富永愛理に刃向かった、という噂はすぐに教室の中で伝達され、気が付いたら同じ色のユニフォームを着ていても、味方が一人もいないという状況が確立されていた。

 スポーツマンシップのかけらもない富永愛理は相手のチームに勝とうという気が全くなく、いかに私と山中さんの二人を痛めつけるかということにしか興味がないようだった。


 しかし、富永愛理の目論見は失敗したはずだ。

 日々の練習の成果が実ったのか、試合終了時間の5分前、山中さんから回ってきたパスをシュートした私のボールは綺麗な弧を描きながらゴールに吸い込まれていったのだから。


 「すごいじゃん、お前」とはしゃぐ山中さんに反してチーム内の空気は凍りつくような冷たさに包まれていた。けれど、鬼教官の山中さんに褒められて私は少し嬉しく思っていた。


「なあ、あのときの愛理の顔見たか?相模がシュート決めたときの。すっげーブサイク!よっぽど悔しかったんだろーな、お前すっげーよ!スカッとしたよ!マジで、天才だよ。」


 興奮気味に喚く山中さんの表情には、富永愛理に対する恨みつらみの感情は読み取れない。山中さんは基本的に人を嫌いにならない人種であるということが、最近よくわかってきた。

 富永愛理やその取り巻きの連中はもしかしたら、この人の長所である柔らかさを好きだったんじゃないだろうかという気がする。ファッションやメイク、男や人をいじめることについてばかり頭を使っている人間に必要なのは、ピュアで愚鈍な緩骨剤なのではないだろうか。



「山中さん、分かってるんですか?あの人たちは根性があるから諦めませんよ。地の果てまでも私たちのこと追いつめてくると思いますよ。もしかしたらますます攻撃がひどくなる一方かも。」

「別にいーじゃん。相模っていう相方がいるんだから、いじめられたってあたしはヘーキだよ。」



 強がりだとはわかっていたが、愛の言葉のような甘ったるい響きに思わず振り向く。へらへらと笑いながら「相模にも、あたしがいるだろ」と口にする山中さんの笑った顔は私の心臓を思い切り射抜いた。


—この人はどうして。


 邪気のまったくない子供のような顔で、あたしを見つめる目にはくもりひとつ映らない。



「相模、顔、真っ赤だけど。」

「そういうこと、わざわざ言わないでください。」

「なあ、あたし、相模のこと、好きなのかな。」



 思わず息を呑む。好き、という言葉に動揺しながら口をぱくぱくさせた。山中さんは真剣な目をしながら、私の返答を待たずに続ける。



「相模のことみてると時々、女じゃなかったらなーって思うんだよ。女同士って、アリなのかな。お前はどう思う?」

「どうって。言ってる意味がわからないんですけど」


 だーかーら、とうつむきながら立ち止まる彼女の耳が赤くなっていることに気づいて目を逸らした私の背中を、山中さんの声が追いかけてくる。

 緊張しているのか、少しかすれたハスキーボイスだった。


「相模も同じように思ってくれてるんじゃないかって、期待してたんだけど。すぐ赤くなるし、いつもあたしのこと見てるし、目が合ったらすぐ逸らされるし。これって、あたしの勘違いだったか?」


「付き合おうよ、あたしたち。相模が、よければ。」



 何も言えない。重い沈黙が、私と山中さんのふたりの間を包む。

 後頭部をがしがしと乱暴に掻く、照れ隠しするときの山中さんの癖に気づく。



「無理です」


 考える前に、口から拒絶の言葉が飛び出たことに驚く。思っていたよりも冷たく突き放すような声になった。山中さんの表情がすっと消えていくのがわかる。


「ごめんなさい。今日はもう帰ります」


 そう答えたあと、山中さんの目を見ないようにしてまっすぐ家に帰った。一人で帰宅するのは随分久しぶりのような気がした。


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