第7話
昼休み、お弁当を食べながら私が山中さんに勉強を教える。
放課後、お互いの部活動が終わった後、山中さんが私にバスケを教える。
そんな毎日に、当たり前の青春みたいな生活に、何日経っても慣れなくて胸の奥が落ち着かない。人はいきなりやってきた幸せを前にすると、急に怖くなる生き物なのかもしれない。
「見て見て」
ハムスターみたいに大好物の唐揚げを両頬に頬張る山中さんのくせ。なんだか子供みたいで笑ってしまう。
毎日少しずつ、山中さんのことを知っていく。プチトマトと茄子がきらい。駄菓子屋で売っているカラフルなフーセンガムと、ポパイの灰色のスエットがお気に入り。
一人いたお姉さんは、子どもができて結婚して、隣の県に出て行った。お母さんは水商売をしていて、お父さんの顔は知らない。高校を卒業したらすぐに働いて、家計の助けになりたいということ。
「あたし、ママのことすげーって思ってんだよ。やっぱ、シングルマザーで子供育てるって大変だし。
水商売、40でやってんのキツイと思うけどさ、父親つくんねーんだ。
あたしが独り立ちするまでは、あたしの為に生きてやるって。バカだろ?」
屋上で自分でつくったお弁当をつつきながら、山中さんの口からこぼれる言葉を拾うたび、私は、クラスメイトのことを良く見ているような気でいた自分を恥じた。
「リア充」とひと括りにカテゴライズしたって、富永愛理と山中裕子は全然違う。自分より上の立場の人間は、何の苦労もなく広い海をすいすい泳いでいけるものだと決めつけていた私は、ちっとも想像力が足りない人間だったかもしれない。
「相模は、卒業したらどうすんの。やっぱ大学いくの?お前、頭いーもんな。」
「まだ考えてないです。つい最近、高校入学したばかりですから。山中さんみたいに、しっかり考えてる人の方が珍しいんじゃないんですか。」
「あ、もしかして今、あたしのこと褒めた?」
あ。そっけなく言ったつもりだったのにばれた。
「なーなー。そっぽむくなよ。相模って、ツンデレなの?」
にたーっと頬を緩ませる山中さんの目を慎重にみないようにして、自販機で買ってきたバナナオレを口に含む。トレハロース融合の人工的な味がいつもより甘く感じる。
「絵描くとか、どーなの。お前、中学校のときから美術部だったろ。」
「私レベルなんていっぱいいます。今時美大に行くなんて、現実的な選択じゃないです、碌に未来を見ない頭くるくるぱーのすることです。卒業したら路頭に迷います。」
「お前って、ちょー現実的だよな。石橋を叩いて渡る系。
よくないって、まだ若いのにさ。何かでっけー夢とか持てよ。」
顔に似合わず松岡修造並みの熱いところのある山中さんの説教が始まってしまう気配がして、はいはいと受け流す。
大きな夢なんて持ったって叶わないのだから、最初からそこそこを目指す方がずっと楽。それが私の宗教のひとつだった。夢を追いかけ続け、夢に見捨てられた母の姿が脳裏に浮かんでくる。目指していた目標にしがみつき、ついにおかしくなってしまった母が幸福だったなんて信じられない。
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