第5話
「おい、バカ。こっちだって言ってんだろ、こっち。」
「なんで逆方向に投げてんだ!そっちのゴールは敵サイドだって!バカ!」
3日前から始まった鬼教官ヤマナカのバスケ特訓は思っていたよりずっと厳しいもので、慣れないハードな運動に私は早くも音を上げそうになっていた。
さっきから歩きながらシュートしたり、ボールをけってみたりして、その度に山中さんに「バカ、バカ」と大声で怒鳴られてしまう。
—バスケットボールのバの字も良くわからないのだから、大目に見てくれないかな。
感覚的で、自分の考えていることを言葉で説明するのが苦手な山中さんは人に教えることがとても下手だった。「あれ」とか「これ」みたいな代名詞が多すぎて、何を言っているのか理解できない。
本当はルールから説明してほしかったけれど、イライラのあまりボキャブラリーが更に少なくなっている山中さんの逆鱗に触れてしまうのが怖くて何も言えない。
「あーもう、文化部の奴らってなんでこんなに運動できないんだよ。何回同じこと言わせりゃいいんだっつーの。マジで物覚え悪すぎだろ。」
—物覚え悪い?私よりずっと、成績悪いくせに。っていうか、万年最下位のくせに。
カチンとして、バスケットボールを握る手に力が入る。
ついつい、「そこまで言わなくても」というつぶやきが口に出た。まずった、とひやりとした瞬間、山中さんの鋭い視線が飛んできてすぐに後悔する。
「なんか言ったか。」
「別に、言ってないです。気のせいだと思います。」
「今あたしに口答えしただろ。聞こえてた。」
—ああ、もう。面倒くさい。
同じだ、と思った。山中さんも、他の奴らと同じ。ちょっと親切にしてもらったからって、勘違いした私がバカだった。
「聞こえてたなら、わざわざ聞かなくたっていいじゃないですか。」
「は?何お前、教えてやってんだからそんな言い方すんなよ。」
「文化部とか、運動部とか関係ないじゃないですか」
山中さんも同じ。きれいだからって、バスケが上手いからって、クラスのカースト上位の女子だからって、他人を傷つけることに何の躊躇もない連中と同じ。学校を離れれば何の価値もない下らない優越感で、私のすべてを否定するクラスメイトと同じ。
後先考えず、思ったことが口に出た。もう自分では高ぶる感情を止められなかった。
「山中さんは運動ができるかもしれないけど、勉強はできないじゃないですか。同じように、私は勉強ができるけど運動はできないんです。
人それぞれみんな違う個体だから、得意不得意があって当然なんです。そんなこともわからない、想像することもできない山中さんは、私より、ずっとずっとバカだと思います。」
言いたいことを好きなだけ言うと、溜まっていた膿を吐き出したときのように、胸がすっとする。
突然反旗をひるがえした私の態度にあっけにとられている山中裕子をその場に残して、重たい体育倉庫の扉を開けて走って行く。友達になれるかと思ったのに。4日前に見た彼女の微笑みを思い出して、心臓がぎゅっと締め付けられた。
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