第3話
「こっちこっち」という声が聞こえて、声の聞こえた方向にパスしようとした瞬間、何もないところでつまづいて、持っていたバスケットボールを取り落とした。
ボールはつるつるした床をポンポンと跳ねて、敵サイドの同級生の手に渡る。そのとき、どこからともなく舌打ちが聞こえ、身体を強張らせてしまう。
ボールの行き先を確認すると、山中裕子のドリブルが目に入った。
茶色く色が抜けてきらきら光るショートカットが上下にふわふわ揺れてきれい。
昔から運動神経の良かった山中裕子はまるいカーブを描きながら、勢いよくシュートを打った。元にあった場所に戻っていくような自然さで、ボールはバスケットゴールの中に吸い込まれていった。
常人にはできない見事なシュートに思わず心奪われた私を現実に引き戻したのは、敵サイドのクラスメイトの歓声と、富永愛理の大きなため息だった。カースト下位の生徒に対するイライラを隠そうとしない彼女の態度は、いつも私をひどく萎縮させる。
ゲームの終わりを告げるホイッスルが鳴った瞬間、富永愛理が勢い良く詰め寄ってきた。
「あのさ。パスできないならせめて、ボール持たないで欲しいんだけど。あんた、チームの足引っ張ってばっかじゃん。大会まであと少ししかないんだよ?わかってんの?」
クラスメイトの前で一人の生徒を堂々と攻撃できる快感に、富永愛理の唇の端が歪んでいる。昔から、彼女はこういうことに夢中になる体質だった。人を追い詰め、人格を否定し、心の隅々まで傷つけることに。
彼女にうまく利用されている自分を心から恥じながら、うつむく。
「まーまー、相模さんもこれから練習してくれるって」、そう富永愛理をなだめる杉山由香の存在に救われた。
「その運動音痴、マジでなんとかしろよ」、捨てセリフのように言い残して、背を向けられる。富永愛理のゆるく結ばれたポニーテールが、左右に揺れる。
チームで競う競技は苦手だ。自分がどんな風に動けばいいのか分からない。せめてチームに迷惑をかけないようにしようとしても、必ず墓穴をほってしまう。
ここ数日、クラス対抗バスケット大会のことを思い、身体が鉛のように重くなっていた。たった2ヶ月で運動音痴から脱却しようなんて不可能だ。富永愛理を納得させられるようなプレイなんて、どれだけ練習したってできるはずがない。
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