本田靖春『誘拐』(筑摩書房)

 東京オリンピックを翌年にひかえた1963年。

 東京の下町・入谷で起きた幼児誘拐、吉展ちゃん事件は、警察の失態による犯人取逃がしと被害者の死亡によって世間の注目を集めた。迷宮入りかと思われたこの事件は、刑事たちの執念の捜査によって決着を見せた──


・・・・・・という事件が50年ほど前にあったそうです。ご存知ですか? ご存じないですよね。かくいう私もこの本を読むまで知りませんでした。


 自分の知らないトピックスをテーマにしたノンフィクションというのはどうにも馴染みにくいもので、この本もその例に倣えば読むことなく終えていたと思うのですが、とある書評サイト(いや、まあ、ぶっちゃけHONZなんですけど)の特集企画でピックアップされていたので手に取りました。


 特集企画のタイトルは「人生で一番影響を受けた本」。うーん、ずるい。それは読みたいではないか。

 


 というわけで、今回ご紹介する本は50年前の誘拐事件をその発生から順を追って追い、捜査かた逮捕に至るまでを丹念に描いた”犯罪ノンフィクションの金字塔”こと本田 靖春氏の『誘拐』。


 子供が誘拐された被害者家族は強い動揺や葛藤に苛まれつつも、駆けつけた刑事たちに命運を託します。彼らは奮闘するも大きな失敗を経験し、犯人逮捕のチャンスを逃してしまい・・・・・・。


 犯罪ノンフィクション系はこのシリーズでも別の本を取り上げて(清水 潔『遺言』)いますが、前者が事件をリアルタイムで追い続けた記者の目線であるのに比べて、今回の『誘拐』は事件発生後何十年と経ってから第三者によって書かれた本。しかしながら、関係者の証言や一次資料をもとに事件の経緯や背景まで含めて丹念に紐解いたその内容は非常に厚みがあり、一文一文に説得力があります。


 刑事たちによる聞き込みによる地道な捜査によって徐々に追い詰められた卑劣な犯人。必死の捜査によって犯人が逮捕されたことにより明かされた動機は、子供を誘拐するに足る理由では到底ありませんでした。


 ですが、この本ではさらにその先へと踏み込みます。


 戦後の厳しい時代に貧しい農村地帯で生まれ、過酷な環境で育った農家の息子は、なぜ東京で子供を誘拐し、殺害するに至ったのか──。


 犯人の生い立ちに迫り、事件に至るまでに歩んだ犯人の人生そのものに迫った時、この本は犯人個人を一方的に罪人として告発するだけでなく、その背景に潜んだ社会的な闇にまで言及します。

 


 個人的には随分と小説調な情景描写が多いなあという気もしましたが、きっとその筆力も含めての金字塔と呼ばれているのかもしれません。


 時代や識者が評価する、いわゆる”名作”と呼ばれる作品。あなたにとってはどうですか?

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