第7話  出撃準備

 その頃、平四郎は第5魔法艦隊仮司令部にいた。クロービスにある安宿である。3階部分のリビングにレーヴァテインの乗組員が勢ぞろいしている。昨晩は城に泊まったフィンを除き、みんなこの安宿で過ごしたのだ。

「フィンは熱が出で城から戻って来れないの」

ミート少尉がみんなにそう説明しながら、平四郎をにらむ。熱の原因が平四郎だと思っているのだ。そんな思惑に気づかない平四郎は心配そうに尋ねる。

「熱って、どのくらい?」

「心配ないわ。微熱よ。アマンダさんがつきっきりだから心配ない。それより、平四郎」

「なに?」

「何か、フィンにショックなことを言ったんじゃないでしょうね?」

「い、言ってません、言ってません」

平四郎は否定した。でも、内心は心当たりがあった。その心当たり。

(多分、昨日のことだろうなあ……やっぱり)

 フィンにプロポーズしてO.K.もらったなんてこのフィンの親友に言ったら、きっと、ものすごく怒られるに違いない。

「何も知らないフィンを騙してるんじゃないでしょうね?」

 とか、

「フィンが不幸になったら、地の果てまで追いかけてぶっ殺す!」

 とか、

「そもそも、このパンティオン・ジャッジに勝とうなんて夢見てるの?」

 とか言われそうだ。今日もメイフィアの賭博場の予想では、第1魔法艦隊が1.6倍、第2魔法艦隊が3.5倍、第3魔法艦隊が6・8倍、第4魔法艦隊が3.99倍とあった。第4魔法艦隊が3番人気なのは、勝敗に関係なく第4艦隊提督リリムちゃんのファンが投票しているらしく、純粋な勝敗予想では9倍という話だ。それらに比べて第5魔法艦隊は107倍と賭けの対象にならないくらいの不人気であった。

(いきなり万馬券だ!)

 実のところ、フィンの熱はあまりの嬉しさに興奮して熱が出てしまっただけであるが。

(あこがれの異性と手をつないで大興奮してしまったのだ……。またしてもメンドくさい)

 その原因を平四郎が知ってしまったら、フィンがなぜ「キス」も「お触り」もダメと言ったか理解できたであろう。そう、もし、平四郎とキスしたら、たぶん、フィンは平四郎に夢中になってしまってパンティオン・ジャッジのことなど忘れてしまいかねなかった。この世界を自分が救うという強い信念すら溶かしてしまう甘い誘惑。

 それくらい、フィンは平四郎にベタ惚れの運命を感じてしまっていたのだが、それは平四郎も同じことで、フィンに溺れてしまって、この世界を救う使命など忘れてしまったであろう。まさに賢明な選択であった。

「まあ、それはともかく。提督はいないけれど、本日、みんなに集まってもらったのは2週間後に迫った第4魔法艦隊との戦いについてです」

 ドンとテーブルを叩くミート少尉。平四郎は円卓を囲むレーヴァティンのメンバーを見て、これが艦隊の幹部による重要な会議には見えないなあと感じていた。何しろ、双子の女の子(プリム&パリムちゃん)はぬいぐるみを抱えてお菓子をほおばっているし、職業軍人のカレラ中尉は帽子を目深にかぶって明らかに居眠りしている。

 昨日、パークレーンからやってきたルキアは、一心不乱に何やら計算をしている。平四郎が紹介してこの第5魔法艦隊に加わることを認められたトラ吉は、平四郎の隣で腕組みをして考えているふりをしているが、たぶん、寝ている。唯一、目をギンギンにしてミート少尉を見つめているナセルの奴も、その視線の先が軍服の胸元から見えるミート少尉のふくよかな胸の谷間にクギ付けで説得力がない。どこぞの学校の生徒会の話し合いの方がずっとマシだろう。

「本日中に戦場エリアを通告しなくてはいけない。みんなの意見を聞きたいのです」

 そう言ってミート少尉は地図を広げる。第一大陸にあるメイフィア王国の版図と周辺空域が描いてある。パンティオン・ジャッジは下位の艦隊は上位の艦隊に戦いを挑み、一つずつ倒していかなくてはいけないハンディがあるが、戦場は下位の艦隊が自由に設定できた。2週間前にそれを通告し、先に布陣する権利があるのだ。これは考えようによってはかなり有利な条件であった。

「火力が劣る艦隊が布陣するには通常、浮遊石地帯だろう」

 寝ていると思った操舵手のカレラ中尉がそうポツリと言った。職業軍人として、専門家の意見を言った。火力が弱い艦隊は盾になる浮遊石の後ろに隠れて戦う戦法が一般的であった。トラ吉がポンとテーブルに飛び乗って地図を足で差した。

「この浮遊石地帯はどうだにゃ?」

「そこはエアズロックよ。正気?」

 ミート少尉がトラ吉を少しにらんでそう言った。実は先程、平四郎が紹介した時にちょっとしたドラマがあったのだ。平四郎はトラ吉のことを紹介したのだが、ケット・シーは珍しいのでたちまち、プリムちゃん、パリムちゃんに歓迎された。

 二人共、トラ吉を交互にだっこしてキャピキャピと大はしゃぎ。まるでぬいぐるみのようにしていた。トラ吉は二人にスリスリして甘えた態度を取っていたが、コイツは猫の姿でも25歳だ。それを思うとちょっと危ない。

 そのうち、二人に飽きたトラ吉は次のターゲットを第5魔法艦隊随一のダイナマイトボディの持ち主に絞った。

「旦那、レーヴァテインは天国だにゃ。おいらはとても気に入ったよ。プリムちゃんもパリムちゃんも超可愛いし。それに……」

 トラ吉はミート少尉を見る。そのはちきれんばかりの天国の双丘に飛び込んでいく。

「いざ、天国へダイブ~っにゃ」

 ドカッ!

 ミート少尉のチョップでトラ吉は地面に叩き落とされた。

「ひ、ひどいにゃ」

「う~っ。何だか悪寒がするのよね。平四郎、あなたの従者なら管理責任はあなたよ。当面は艦長付き副官ということで乗船を許可するわ」

「トラ吉、少尉の許可が出た。あとでフィンちゃんにも正式に紹介するよ」

「う~っ。あの双丘に顔を埋められると思ったのににゃ」

「この猫! 俺ができないことをやろうとするなよな」

 ナセルがトラ吉のほっぺをぎゅっとつまんで持ち上げた。

「いたたたたっ。何するにゃ」

「ミートは俺の女だ。いくら猫でも手を出すなよな」

「旦那、こいつはなんだにゃ」

 トラ吉はほっぺたをつままれながら、伸ばした爪でナセルを指した。平四郎はやれやれというジェスチャーで第5魔法艦隊の射撃手を紹介した。

「攻撃担当のナセルだ」

「よろしくな。猫」

「ああ、あの店に旦那と一緒にいた奴だな。うむ。何だかお主とは波長が合う気がするにゃ」

「そう思うか? 俺もそう思うぜ、猫」

 ガシッっと握手をする二人。確かに女の子方面では気が合いそうだ。

 こんな経緯があったから、トラ吉に対するミート少尉の目は厳しい。少尉にとってはかわいいネコではなくて、警戒すべきエロ猫なのだ。

「エアズロックは飛空船にとっては危険地帯よ。そんなところに踏み込んだら、私たちの方が危ない」 

 ミート少尉が言うのももっともだ。エアズロックに浮遊する岩は大小で10万個以上と言われる。大きいものは戦列艦をはるかにしのぐ大きさだ。しかも、風が強く浮遊石同士が風に煽られ、激しくぶつかることもある。船がそんな岩にぶつかったらひとたまりもないだろう。戦うどころではない。

「鳥瞰的に操れる駆逐艦はともかく、レーヴァテインは操縦にかかっていると思う。カレラさん。レーヴァテインをぶつからないように操れます?」

「迫ってくる岩が分かれば避けることは可能だ。だが、上下左右を監視しなかればいけない。レーダーじゃ動きを掴むのが遅くなる」

「う~ん。ルキア」

「何、平にい」

「物体センサーは中古でいくらぐらいだ?」

「探せば安いのあると思う1パーツで5ダカットってとこね」

「それを上下左右に装備しよう」

「カレラさん、センサーでアラームが鳴れば回避できます?」

「難しいが、自信はある」

「よし。決まり。、ミート少尉、戦場はそこにしよう」

「変態猫はともかく、平四郎まで……」

「第4魔法艦隊は戦列艦3隻いるんだろ。戦列艦の主砲をまともにくらったら、レーヴァテインのシールドは一撃で吹っ飛ぶよ。浮遊石を盾にしよう」

「それはそうだけど……」

「レーヴァテインは先日の戦いで壊れた主砲2基を取り替える。45ゼスト魔弾砲を装着しようと思っているんだ」

 これにはミート少尉もナセルも驚いた。

「45ゼストって戦列艦並じゃない?」

「やるねえ。さすがは異世界の英雄だ」

「もちろん、重量オーバーするから2基は付けられない。2基の主砲を諦めて1基にするんだ」

 これまで装備していた35ゼスト魔弾砲改はレベル7までの魔法弾しか撃てなかった。MAXであるレベル10が撃てないと戦列艦の強力なシールドを破ってダメージは与えられない。となると、レベル10が撃てる45ゼスト魔弾砲は必須パーツである。

「リリムの得意魔法は雷撃系だから、雷撃系統魔法に効果があるシールドパーツを付けるよ。雷の楯、ライトニングスピア、ボルトコーティングと改造方法はいろいろあるけど、問題はコストよねえ……」

 ルキアがそろばんを弾く。そうなのだ。第5魔法艦隊は戦力不足に加えて資金不足でもあるのだ。

「リリムは雷撃が得意と言っても、周りの戦列艦は他の系統の魔法弾を撃ってくるのは間違いない。リリムの旗艦に合わせても意味ないと思う」

 ミート少尉がそう進言したが、レーヴァテインの改造については、平四郎が以前から考えていたので、それについてはマイスターとして全面的に任せてもらうことにした。


 その日の夕方。平四郎は第5魔法艦隊の出港準備に追われていた。パンティオン・ジャッジが本日から開始に向かって準備段階に入るのだ。2週間後に第5魔法艦隊が設定した戦場で戦闘が開始される。

 第4魔法艦隊よりも先に移動しなくてはならない決まりだ。そうなると整備する時間が第4魔法艦隊よりも少なくなる。これは戦場を決められることへの代償であろう。

 ただ、2週間程度では整備が中心で平四郎がやろうとしている改造まではできないのが普通である。そう考えると平四郎のマイスターとしての腕の良さがかなりアドバンテージを持ってくると思われた。戦場の状況に合わせた改造を艦に施せるからだ。

 首都クロービスの飛空船ドックは、数多くの空中戦艦を係留できる能力がある軍港があるが、その使用料は高く、資金不足に苦しむ第5魔法艦隊はすぐ出港して、使用料が安い軍港に移動するのだ。

 経費は公女持ちというのがルールだ。ちなみに首都クロービスのプトレマイオス港の一日の使用料は戦列艦クラスで50ダカット。第5魔法艦隊の母港であるパークレーンの港の場合、1日5ダカットである。10分の1に収まるならその方がいいに決まっている。それにバルド商会を通して改造パーツの手配をしている。パークレーンでレーヴァテインを改造して決戦に臨むのだ。

 平四郎は軍港のオフィスビルで出航の書類にサインをしていた。フィンの代理である。

「お兄ちゃん!」

 平四郎は不意に話しかけられた。この世界で自分を『お兄ちゃん』と呼ぶ人物はいない。『平にい』と呼んで兄扱いしてくれる女の子は一人いるが。それはバルド商会の一人娘にして第5魔法艦隊の主計官を務めるルキアである。しかし、この声はルキアではない。彼女は別の場所で出航の準備をしているはずだ。。

 振り返ると長い金髪をいくつも巻いて大きなピンク色のリボンで止めている小柄な女の子がいた。身長は150ゼストぐらいな感じである。愛くるしい大きな瞳と発展途上のボディはともかく、この娘は一目見ただけで只者ではないオーラを放っている。そして、オレンジ色の軍服。第5魔法艦隊と色違いの制服だ。ワッペンは長い耳のうさぎのシルエットがデザインされ、数字は『4』と刻まれている。

 第4魔法艦隊提督リリム・アスターシャである。昨晩、パーティーで遠目で見ただけだったが、直に見るといっそう幼い感じを受ける。年齢はファン御用達雑誌によると15歳(待合室にあったからちょっと読んだだけ)とのことだが、どう見ても中学生か下手したら小学生という姿だ。

 だが、やはりメイフィアで一番の歌姫と呼ばれるだけあって、幼くても芸能人のオーラが出まくっている。その有名人が平四郎をつかまえて、

「お兄ちゃん」

 などと呼んでくるのだ。非日常的な……、いや、この世界に来て毎日が非日常的ではあるが、生まれてこのかた。芸能人などというものに出会ったことがない平四郎は何て答えてよいのか迷ってしまった。

「いや、僕は君のお兄ちゃんじゃないし……」

「だって、平四郎はリリムより年上でしょ。呼び方はお兄ちゃんじゃダメ? 先輩にします?」

「いや、先輩も……」

 実のところ、こんな美少女に「お兄ちゃん」とか「先輩」と言われて嬉しくない男がいるはずがない。

「で、そのアイドルの君が僕になんのようですか?」

「リリムに敬語なんて使っちゃダメ」

「だって、君は第4魔法艦隊提督でもあるでしょ?」

「それを言うなら、お兄ちゃんも第5魔法艦隊旗艦艦長。異世界から来た救世主でしょ? 昨日のあの決闘すごかったよ。あのいけ好かない伯爵をぶっ飛ばしてリリムも気分がすっきりしたよ」

「何か、あの伯爵に嫌なこと言われた?」

「聞いてよ、お兄ちゃん! あのエロ伯爵、パンティオン・ジャッジが終わったらリリムを専属歌手にするって言うのよ。ベッドに侍らせて歌わせたいなんて言うの。リリム、まだ15歳なのに犯罪じゃないですか!」

「もう10発は殴っときゃよかったかな」

「ふふふ。でも、気をつけてくださいね。あいつはあれで王家の出身ですから。裏でどんな汚いことするか分かったもんじゃない。マリー様は正々堂々とした方ですけど、アイツは悪人だから、権力を振りかざしてなにするか分からないよ」

「アイツが悪事を働けばぶん殴るのみ!」

 リリムは腕組みをしてうんうんと感心したように頷いた。大げさな仕草だが可愛い子にやってもらうと何だか平四郎はうれしくなってしまう。

「すごいね。お兄ちゃん。やっぱり、異世界から来た英雄は違うなあ。第5魔法艦隊侮れないよ」

「そんなこと言ってくれるのはリリムちゃんだけだよ。世間一般じゃ、あまり注目されていないけどね」

「それは第5魔法艦隊だからです。他の艦隊だったら、今頃は人気者でマスコミの取材がすごいでしょうけど。この国のマスコミはちょっと観点がズレているのよ」

「ひょっとして、リリムちゃんはマスコミ嫌い?」

 リリムちゃんの顔がちょっとだけキッとなった。眉毛がぴくりと動く。

「嫌いよ。アイツ等、本当に人のプライバシー無視。第4魔法艦隊の提督に選ばれて良かったのは、軍事機密ってことでマスコミをシャットアウトできること。この場所にもマスコミ関係者は入って来れないから」

「はあ、そうなの?」

 クロービスの軍港の警備はそこそこ厳しいらしい。

「お兄ちゃんとこんなことしているところを写真雑誌の奴らに見つかったら、明日の新聞に『スクープ! 衝撃、リリムちゃんに恋人発覚!』 なんて見出しが踊るから」

(そりゃそうだ。自分の元いた世界でもアイドルが男二人っきりで話しているところを写真撮られたら、それが全然関係ない相手であってもスキャンダルにされてしまうだろう)

 平四郎は納得したが、そんなことよりどうして当面の敵であるこの娘が自分に話しかけてきたかである。

「で、リリムちゃんはどうして僕に話しかけてくるの? あの第2公女のリメルダみたいにスカウト?」

「へえ、やっぱりリメルダさん、お兄ちゃんのことをスカウトしたんだ。噂は本当だったよ。まあ、お兄ちゃんのあのヴィンセント伯爵をぶん殴った力を見ればスカウトするわけも分かるけれど」

「その口ぶりだと、スカウトってわけじゃないね」

「ええ。お兄ちゃんの艦隊とは初戦で戦うので、その宣戦布告。全人類のために正々堂々と戦いましょう。本当はフィン提督に言うべきでしょうけれど」

 そう言ってリリムちゃんは右手を差し出した。握手ということらしい。平四郎は右手を差し出し、そっと手を握った。この国で最高の歌姫(アイドル)の手はやわらかかった。

「それでは戦場となるエアズロックで会いましょう、お兄ちゃん!」

 そうメイフィアの歌姫、第4公女で第4魔法艦隊提督のリリム・アスターシャは平四郎に微笑んだ。


 異世界トリスタンの運命を決める戦い。パンティオン・ジャッジが始まる。

初戦は第5魔法艦隊と第4魔法艦隊の戦いである。

それは東郷平四郎と異世界の美少女提督フィンとが織り成す、戦いの物語の始まりであった。

                  *

「マネージャー、出航時間は変わりない?」

「はい。リリム様」

 魔法艦隊の制服を身にまとった女性が手帳をペラペラめくりながら答える。彼女はリリム・アスターシャが所属している芸能プロダクションのマネージャーで、彼女がデビューした時からの担当であった。気が利くのでリリムはこの30代のキャリア女性をずっと自分のそばに置いていた。

「クロービスを出航後、アーセナルに到着は予定通り?」

「はい。全て予定通りです。アーセナルでコンサート後に出航。第5魔法艦隊から通告があった決戦場へ向かいます」

「はあ~疲れるううう。戦いまで2週間あっても全然休めないよ。寝不足じゃ、魔力に影響あるのになあ」

 マネージャー女史はリリムの泣き言は意図的に無視する。いつものことなのだ。それで機械的に戦場となる場所の資料をペラペラとめくって、これまた機械的にリリムに報告する。先程、第4魔法艦隊のスタッフと入念に打ち合わせをしてきたのだ。

「エアズロックは特殊な地形です。それに応じた改造を行う必要があります」

「それは職業軍人のおじさんたちに任せるよ」

 リリムの艦隊はすべてが有人艦であった。フィンのように旗艦が司令塔になって護衛艦を操る手間がいらなかった。提督自らが動かさないから、思い通りに動かないリスクが伴うが、リリムの場合は彼女の命令に忠実に従う熱狂的なファンの軍人により構成されていた。戦いに関してはプロで固めているのだ。

「はあ~。かったるいなあ。パンティオン・ジャッジなんて面倒。どうしてアイドルのリリムが艦隊戦なんかしなくちゃいけないのかな。人類のためなんかに戦いうなんてやだなあ……」

「それは魔力の適性があったからで……。選ばれた以上は全力を尽くすのもこの世界に生を受けたものの努めです」

 マネージャーはそうリリムをたしなめようとした。一応、義務は義務。でも、リリムはプロダクションの重要なタレントであった。如何にパンティオン・ジャッジとはいえ、アイドルが真剣に戦うのはリスクがあり過ぎる。

 リリムは人気絶頂のドル箱スターなのだ。芸能プロダクションの方針は、パンティオン・ジャッジへ参加は、あくまでも注目を集めるだけのイベントという位置づけなのだ。

「魔力適性なんてたまたま。プロダクションもこれはあくまでもリリムの人気のためということでしょ?」

「そうですが、それだからこそ、第5魔法艦隊との戦いは勝たないといけません」

 リリムはちょっとだけ、心が動揺した。正直、「獣の災厄」というものに危機感なんか感じてない。これは国民の大半がそうだ。おそらく、このパンティオン・ジャッジの勝者は第1王女のマリー殿下だろう。義務感をもって戦うのは王族に任せておいて、こちらは守ってもらうのだということはなんとなく思っていたが、正直、それでいいのか? という思いもあった。第5魔法艦隊に勝つのは、「獣の災厄」から人々を守るために必要なことであって、テレビの視聴率を上げることではないだろう。

「人気のために戦うなんてちょっと違うんじゃないとリリムは思うの」

 ポツリとリリムはつぶやいたが、マネージャーはリリムの心の変化には全く気付かなかった。

「リリム様。もちろん、最後の勝者になれとはいいません。格下の第5魔法艦隊には華麗に勝ち、第3魔法艦隊には善戦してくれるだけでいいのです」

(そういうことか。第3魔法艦隊のローザさんの実家はテレビの重要なスポンサーだから、勝ちを譲るってわけね……」

(大人の世界は汚い)とリリムは思ったが、芸能界に入って足の引っ張り合い、ライバルを陥れるなんて日常茶飯事の世界を垣間見たリリムは別に驚かない。パンティオン・ジャッジは人類の存亡をかけた戦いということだが、それも実感はない。ほとんどの人間はドラゴンなんて見たこともないのだ。

「リリム様、アーセナルの会場じゃあ、新曲ビーストファンタジーを披露するからね。振り付けは大丈夫でしょうね」

「誰にものを言ってるの。リリムはメイフィア一番の歌姫なの」

 そう言ってマネージャーは消毒されたウェットティッシュを取り出し、リリムが差し出した右手を拭いていく。先ほど平四郎と握手した右手だ。

「全く、戦いがなければ、あんな異世界の男と握手なんてしないよ」

 先ほどのお兄ちゃんと微笑んでいた顔とは全然違う表情でそう言った。リリムはファンとの握手会でも表では笑顔だが、仕事が終わるとこうやってマネージャー女史に消毒させているのだ。ついでにあのファンはキモかったとか、手の汗かきやがってとか、暴言をはきまくるのが常であったから、平四郎があまり悪態をつかれなかったことは幸いであった。

「あの男にいくら不思議な力があっても、所詮は魔力の媒体となる戦艦が貧弱では私の敵ではないよ。順当に第5艦隊を撃破して、第3艦隊といい勝負をすれば、リリムの人気はもっと上がるよね?」

「それはもう、間違いないですわ。このパンティオン・ジャッジのイメージソングもヒットしつつありますし、リリム様が活躍すれば、ますます売上は伸びます」

(そうね。最初の予定通り、ここは最大限に生かすことが芸能界で生き残るために必要)

 リリム・アスターシャは、年少ながら厳しい芸能界で生きてきたために、とても強かな性格の持ち主であった。公女に選ばれたことを自分の人生の最大限に生かすことを常に考えていた。自分も所詮は第4魔法艦隊提督に過ぎず、また、仮に勝ち抜いても世界を守るために空獣と戦うなんてまっぴらごめんであった。第5魔法艦隊を破り、新聞紙上を賑わせ、第3魔法艦隊に勝てなくても善戦すればそれで十分なのだ。

 リリムは右手のひらを撫でると中指にはめられた魔法の指輪が彼女の魔力と反応して、スマートフォンのように情報画面が映された。それをいじって世の中の

ニュースをチェックする。この戦いに第4公女として参加することになってから、ネットでは自分に大して好意的な意見が多かったが、少なからず批判する連中もいた。メディアも多くは人気者のリリムに好意的であったが、中には痛烈にバッシングし、それで売上を伸ばそうとするところもある。そういう情報を集めて対策することも人気者の重要な仕事であった。

(三日後、お兄ちゃんの船、沈めちゃうからね。ククク……)

                  *

「なあ旦那、あのアイドル、嫌な奴だにゃ」

 そう唐突にトラ吉が喋った。トラ吉は従者なので、常に平四郎にくっついている。トラ吉の意外な問いかけに応える平四郎。

「何言ってるのだ? いい子じゃないか。あんな気さくな芸能人はいないよ」

「ちちち……」

 トラ吉は右手の人差し指を立てて左右に振った。猫だから爪が伸びている。

「旦那は女がわかっちゃいないにゃ。あのリリムってメスガキ、かなりのやり手ですにゃ」

「そんなわけないよ。あんなに可愛いのに」

 平四郎はムッとする。女がわからないのは否定しないが、あの笑顔で握手を求めてきた美少女の悪口を言われると少々むかつく。

「あのガキンチョの艦隊の乗組員、ほとんど男ばかりですにゃ」

「それがどうしたのだ?」

「男ってことは、アイツはパンティオン・ジャッジの勝者にはならないってことですにゃ」

「???」

 トラ吉はポンと雑誌を平四郎に手渡した。平四郎はこの世界の言語が何故か理解できた。話し言葉も分かるが、文字も読めるのだ。これも不思議な力の影響だろうか。


タブロイド紙 デイリーナビ

「リリム・アスターシャの黒い疑惑」

第4公女に選ばれ、人気絶頂の歌姫リリム・アスターシャ。この世界のヒロイン候補でその活躍に期待がかかるが、ここで重要な情報を我々は手に入れた。


それは……。彼女の艦隊が対A級空獣用に編成されていないこと。

ご存知の通り、彼女の第4艦隊は戦列艦2隻、巡洋艦3隻、護衛駆逐艦4隻からなるが、全艦に乗組員が乗っており、その90%が男性である。魔力は相対的に男の方が強いとされるが、対空獣、特に最終的に戦うであろうエターナルの場合、例のサウンドブレス(メンズキル)によって男性乗組員の生命の危機に直面する。


 このことを考えると、彼女の艦隊はパンティオン・ジャッジのみに特化したものであり、本来の目的である空獣を討伐するという視点が欠けていると言わざるを得ない。


「ふ~ん。何だかゴシップ記事にしては難しいこと書いてあるけど、僕の世界にも芸能人の悪口を書き立てる雑誌はあったから、そういう類のものだろう?」

「デイリーナビは小さなゴシップ記事だけど、書いてあることには嘘はないにゃ。みんな知っちゃいるが、敢えて彼女の人気を考えて言わないことを書いちゃっただけにゃ」

「ふ~ん。で、トラ吉、聞きたいのだけど……」

「なんだにゃ?旦那」

「このメンズキルってなんだ?」

 トラ吉はポンと両手を合わせた。

「おや、旦那は知らなかったんですか?」

「ナセルから聞いたことはあるけど詳しくは知らないんだ。男だけを殺す攻撃だとか」

「A級の空獣が放つ音波攻撃の一種ですにゃ」

「音波攻撃?」

「生物の一部というか、オスのみに作用し、確率3分の1でランダムに心臓を止めるんだにゃ」

「さ、三分の一だって~っ!」

「一応言っておくけどにゃ。メスには効かない。だから、A級空獣と戦う魔法艦隊は女性乗組員、艦長も提督も女性だ。例外もあるけどね」

その例外がレーヴァテインではナセルだし、第一魔法艦隊ではあの嫌見たらしいヴィンセント伯爵である。三分の一の確率を恐れない男が参加することはあるが、やはり、確率的にたくさんの男が乗れば、確実に死ぬ者も出るわけで、必然的に女性乗組員が多くなるというわけだ。

 平四郎はなぜ、世界を守る魔法艦隊の提督が女性で、乗組員の多くが女性であることを理解した。大半が男で構成される国軍がパンティオン・ジャッジから外されている訳もわかった。

 この音波攻撃をすることができるのは、A級以上の空獣だけなのでCクラス程度の空獣は国軍のパトロール艦隊が殲滅することになっている。

「ミート少尉狙いのナセルがそんな危険を承知でレーヴァテインに乗っているのは、アイツが馬鹿なせいもあるけど、僕も男だから危ないじゃないか?」

 平四郎もよく考えれば危険な状況だ。フィン狙いでナセルと大して状況は変わらない。そのブレスを食らうと自分も危ないことになる。

「旦那は大丈夫のはずだにゃ。異世界から来た人間には効かないことになっているにゃ」

「それって、根拠は?」

「500年前の現王家の祖先は、異世界からきた男だったそうだけど、3度のブレスをくらったけど死ななかったそうだにゃ」

「根拠はそれだけか?」

「そうだにゃ」

(あ~ダメだ!トラ吉……。お前は確率を学んだ方がいい)

一度の攻撃で死ぬ確率は3分の1。10人いたら1回目で死ぬのが3~4人。2回目で死ぬのが2~3人。3回目で死ぬのが1人だ。3度くらったとしても、最初の10人から考えれば、二人は生き残れる。当たるのは3分の1でかなり危険だが、先代の異世界男は運が良かったのであろう。

「トラ吉はどうするんだ? 僕に付いてくるとなると必然的にレーヴァテインの乗組員になるけど」

「メンズキルはケット・シーのオスにも効くにゃ。だけど、おいらは旦那の従者にゃ。危険を顧みずお供するにゃ」

ケット・シーのトラ吉。感動することを言う。


「ミート少尉、出港許可が出ましたですううう。レーヴァテイン発進しますううう」

「プリムちゃん、了解。カレラさん、レーヴァテインを発進させてください」

 副官のミート少尉がそう告げる。トラ吉と一緒に戻った平四郎は、まだフィンちゃんの体調が戻らず、提督室に臥せっているため、旗艦と護衛の駆逐艦にバッテリーから魔力供給して動かす。レーヴァテインの後を付いてこさせるだけだから、バッテリーでも十分であった。目指すは母港のパークレーンである。首都クロービスから近いため、航行もわずか1時間足らずであった。

 出発して間もなく、ミート少尉がひとりの女性を平四郎の席に連れてきた。事前に報告は受けていたので、平四郎も驚かない。

「こちら、メイフィア・タイムズの記者、ラピス・ラテリさん。第5魔法艦隊の取材のため乗船を許可しています」

「あなたが異世界からの勇者ですね。初めまして。ラピスと申します」

「東郷平四郎です」

 そう平四郎は右手を出したが、先ほど、アイドルのリリムちゃんと握手をしたことを思い出し、慌てて左手に差し替えた。ラピスは少し首をかしげて右手を出す。

「それで、平四郎さん。第5魔法艦隊のマイスター兼旗艦艦長にいくつかお聞きしたいのですが?」

「ラピスさん、軍事機密に関わる質問はノーコメントですからね。平四郎も気をつけて!」

 そうミートちゃんに言われたが平四郎としてもどの辺が軍事機密か分からない。平四郎の従者のトラ吉が小さい声でアドバイスする。

「軍事機密という程のことは今はないにゃ」

いろいろと心強い猫である。

「第5魔法艦隊の旗艦レーヴァテインについては承知していますが、残りの3隻は高速駆逐艦ですね。1隻増えたみたいですが」

「ああ。1隻は最近購入したばかりです」

「購入したばかり? それにしては古いですね。しかも他の艦に曳航されています」

「あれは今、自力航行できないから。エンジンはいいけど、いろいろと故障していてね」

「はあ?」

 ラピスは状況が飲み込めない。ただでさえ戦力不足の第5魔法艦隊なのにどう見てもスクラップ同然の船なのだ。

「あれはどこで購入されたのですか? やはり、国軍から調達したのですか?」

「中古ショップです。その倉庫にあった廃艦同然のものを格安で買ったんです」

「あれを整備するには時間がないでしょう。戦いは2週間後。先にエアズロックへ移動するには整備にかける時間は10日ほどでしょう」

「 十分さ」

 平四郎はそう自身満々に言ったので、ラピスも思わず納得してしまうところであったが、普通に考えてそれは無理でしょうと思った。この異世界から来た人間は大ボラ吹きなのか、それとも単に何も知らない素人なのかと考えた。あの駆逐艦だけでない。このレーヴァテインの整備もするのだ。人手をかけるといってもマイスターの指示で行わければならず、時間は1、2ヶ月かかってもおかしくはない。

(異世界から来たという勇者という触れ込みだけど……そんなことできるのだろうか)

 ラピスはパンティオン・ジャッジのパーティーを思い出した。あのヴィンセント伯爵を殴り倒した驚異的な戦闘力をこの一見、頼りなさそうな少年が持っているのだ。もしかしたら、面白いことが起こるのかもしれない。

「駆逐艦の武装はやはり、空中魚雷かミサイルが主力でしょうか?」

 そうラピスは質問を変えた。駆逐艦の主砲である25ゼスト魔弾砲の火力は空獣に対してなら効果はあるが、魔法艦隊の戦列艦級には通用しない。そうなると他の兵器が鍵を握る。通常、駆逐艦にはミサイルか空中魚雷を装備する。どちらとも船から発射し、敵艦に当たると爆発する代物である。

 違いはミサイルがターゲットを自動で追う追尾魔法が使われており、有効射程距離も長い。空中魚雷は発射した方向をひたすら直進する。これには、目くらましの魔法がかけてあり、視認することができないが後方から噴出するガスで向かってくることはある程度分かる。ミサイルの方が効果はあるが、値段が魚雷の5倍はする。

「う~ん。予算がないから魚雷だろうね」

「予算ですか」

(こりゃダメだ……)

(戦力不足、時間不足、予算不足だ)

「第5魔法艦隊はこの旗艦レーヴァテイン以外は無人艦ですが、有人艦と比べてどのような利点があると考えていますか?」

 ラピスが質問を重ねる。だが、平四郎には利点と言われても分からない。

「他の艦隊は有人艦が多いのですか?」

 平四郎は逆質問した。後から思えば、この世界の住人なら知っていることだったかもしれない。ラピスは改めてこの異世界の少年が何も知らないことを知った。

「そうですね。主力となる戦列艦や重要な補助艦艇である巡洋艦は有人がほとんどです。護衛駆逐艦は提督の魔力で無人操作している艦隊が多いでしょうね。それを考えると第5魔法艦隊は他の艦隊と同じと言えます」

「ふ~ん。じゃあ、利点は人が死なないってことかな? パンティオン・ジャッジじゃ、人は死なないと聞いているけど?」

「いえ、艦橋そのものが脱出ポッドになっていて緊急時に射出させるだけです。運が悪ければ、死ぬことはありますよ。確率は低いですけど」

 大抵そうなる前に白旗を上げて降伏するのがルールであったから、これまでパンティオン・ジャッジで艦隊を率いる提督が戦死した例はないそうだ。

「それを聞いたら、ますます、無人艦の方がいいじゃないか」

「それはそうですが、パンティオン・ジャッジは対空獣用の魔法艦隊を鍛える戦いでもあり、勝者は人類の存亡をかけて戦うのですから、みんなそれなりの覚悟はありますわ。みなさん、自分の妻や子、家族を守るために決意をもっています」

 そうラピスはレーヴァテインの艦橋を見る。副官のミート少尉に操舵手のカレラ中尉、椅子を後ろへ倒して足を投げだして昼寝しているナセルに双子のプリムちゃん、パリムちゃんを見て、ため息をついた。平四郎の傍らに控えている従者と称するケット・シーは気になったがこの際、どうでもいい情報だろう。

(戦力なし、火力なし、時間なし、予算なし。それに加えてこの艦隊の最大の弱点は人材だわ。いくらなんでも子供のお遊びじゃないのだから)

 他の艦隊はベテランの軍人が主体である。無論、空獣のメンズキルを想定して女性が多く採用されているとはいえ、3分の1の確率を恐れず乗り組んでいる男たちも多い。みんな戦闘のプロであり、経験も豊富である。今回、この第5魔法艦隊が戦う第4魔法艦隊は提督と副官以外はほとんど男の傭兵で構成され、しかも護衛駆逐艦に至るまですべて有人艦であった。

「確かに無人艦なら人は死にませんが、提督の魔力が消耗される分、有人艦率が高いほうが有利であるという意見もあります」

「ふ~ん。そういうものか……」

「平四郎さんは、本気でこの第5魔法艦隊が勝てると思っているのですか?」

「勝つ」

 平四郎はラピスに言われてポツリと言った。そう彼としては勝てば、愛しのフィンと結婚できるのだ。「勝つ」意外にありえない。

「勝つ秘策はあるのですか?」

「秘策なんて今はないけど、僕たちは勝つ!」

「はあ?」

(こりゃダメだ)とラピスは断言した。乗組員は素人軍団で何も知らない異世界の勇者。提督の第5公女フィンは熱が出て臥せっているという。もうダメダメ感満載である。

(あの男にだまされた~)

 あのパーティーで第5魔法艦隊が勝つと言ったハウザー教授は、きっと自分をからかったに違いない。フィンの魔力は計測上、序列5位レベルであり、この青年については謎が多いが、勝てる要素は全く見いだせない。


 ラピスはメイフィア・タイムズに送る電文を作っていた。


  人材の弱点はすべて経済力に起因し、これはフィン・アクエリアスが地方の貧乏貴族出身であることが原因である。国民的スターであるリリム嬢や大財閥令嬢のローザ嬢、大貴族のリメルダ嬢に現女王の愛娘マリー王女の財力にかなうはずもなく、この強烈なハンディはいかんともしがたく、第5魔法艦隊が史上最弱の艦隊であることは事実である……。


                  メイフィアタイムス ラピス・ラズリ


 クロービスを出航後、二時間程でパークレーンの港に入港した。そこには平四郎の注文を受けて手配したパーツを揃えてバルド商会のバルドが待っていた。

「平四郎、注文していたパーツは持ってきたが、45ゼスト魔弾砲を巡洋艦に装備するって正気か?」

「親方、僕は正気ですよ。無論、重量バランスを考慮しなくてはいけないし、それに合わせてエンジンの出力を上げる工夫もしなくてはいけない」

「うむ。まあ、お前のことだ。うまくやるだろう。それにしても随分くたびれた船を購入したじゃないか?」

 バルドは曳航されてきた駆逐艦を見てそう言った。このパークレーンを出港した時にはいなかった船なのでクロービスで調達した船がそれであるとすぐ分かった。

「見た目はボロいけど、エンジンは傷んじゃいないです。高速駆逐艦用のエアマグナムエンジン初期型です」

「おお。珍しいな。二十年前と古いが今でも通用するエンジンだ。武装はどうする?」

「予算がないので空中魚雷を主武器にします。改修費用は大丈夫だよね? ルキア」

「大丈夫というほどじゃないけど、集めたパーツは中古の掘り出し物をゲットしたからね。何とかなるけど、その代わり、ジャンク屋から変なもの押し付けられたよ」

 そう言ってルキアは車両を指差した。大量のミサイルが積まれている。100発はありそうだ。首都クロービスに行く前に注文していた部品と一緒にそれは運ばれてきた。

「あれは何?」

「ゴミだな」

「ゴミだにゃ」

 腕組みするバルドの前に小さな猫が同じポーズを取っている。

「何だ? ケット・シーじゃないか。珍しいな」

「親方、紹介するよ。トラ吉っていうんだ」

「お初にお目にかかります。平四郎の旦那の従者ですにゃ」

 そう言ってトラ吉は手を出してバルドと握手をする。トラ吉は誰とでも仲良くできるようだ。レーヴァテインの乗組員にもすぐ溶け込んだが、バルドにもすぐ受け入れられた。

「それにしても、変なものを押し付けられたにゃ」

 無理を言ってパーツをかき集めた代わりにただ同然で押し付けられた代物だ。タウルン製のミサイルであるが弾頭がなく、魔力供給装置で一応、ロケット型推進力で飛ぶものの方向がデタラメに飛ぶ欠陥品である。推進力として何か活用できないかと思ったが、一回限りの使い捨てなので廃品である。ジャンクショップも置き場に困ってバルドに売りつけたのであろう。

「推進力はどれくらい?」

 平四郎は積まれたミサイルの表面を撫でてそう尋ねた。表面の光沢を見る限り、かなり新しいものだ。新品同様で使えないとは残念である。

「それが意味なく出力があって、そのおかげでコントロールができないのだ」

「使えるな……」

「旦那、なんか思いついたにゃか?」

 平四郎の頭の中にアイデアが浮かんだのだ。これはうまく使えば戦力になる。

「ルキア、トラ吉、あれを使ってエアズロックに行ってくれないか?」

「平にい?」

「旦那?」

 平四郎はルキアとトラ吉の耳元でごにょごにょと作戦を伝える。ルキアの表情が驚いた顔になる。トラ吉は感心して頷いた。

「廃品をそんなことに使うなんて! 平にいはやっぱり天才だね」

「さすが、異世界のマイスターにゃ」

「費用面は大丈夫?」

「何人か職人が必要だけど、何とか経費内にできるよ。細かい仕事はそこの体が小さいケット・シーが役に立つだろうし。何しろ、原材料はタダ同然だったからね」

「うん。駆逐艦を一隻使っていいから。1番艦は今日中に整備する。明日にでも行ってくれるか?」

「OKだにゃ。旦那」

「準備はそんなにかからないよ。2日もあれば十分。来週早々に行くよ。それより、あれはプレゼント」 

 そう言ってルキアが指差したのは、大きなシールド型のパーツ二対である。

「間に合ったのか?」

 実は前回の航海で倒した空獣の死体を素材に、パーツを加工制作する工場に制作を頼んでいたのだ。空獣の硬いウロコを使った『空獣シールド』である。これは魔力の触媒となり、防御シールドを発生させるパーツである。通常シールドに付加効力を加え、防御力を50%アップさせる。有名なパーツであるが新品で買うと高い。今回は材料持ち込みで、パークレーンの町工場で作ったので格安で手に入ったのだ。町工場といっても技術は国軍御用達の一流メーカーと遜色ない。

「まず、今日から3日間で護衛駆逐艦の整備を行う。2隻は1日で出来るけど、

買ったばかりの3番艦は、3日はかかる。修理と武装の再装着が必要だ。レーヴァテインの方はかなり手を入れる。1週間はかかるな」 

 平四郎はそう見通しをつけた。前回の空獣との戦いで主砲が2門ともダメになっていた。これのを外して、思い切って45ゼスト魔弾砲を1基搭載することにした。これにより、レベル10までの魔法弾が可能である。

 ただ、重量の関係もあるので主砲を1基にしてあとは副砲2門に変更するしかないだろう。それでも、エアマグナムエンジンの強化が必要で、中古の過給装置を取り付けた。これは空気を圧縮し、燃料である水素水をより細かく霧状にし、魔力エネルギーと共に燃焼させることで出力を上げるのだ。ターボエンジンの発想である。これに高性能なエアフィルタに交換した。これもパーツショップで探せば、新品でも安く手入る。軍から買うより六割安い。

 次々と指示を出し、自ら不眠不休で作業する平四郎の姿を見てメイフィア・タイムズの従軍記者ラピスは考えを改めさせられた。旗艦レーヴァテインがみるみるうちに強化され、見事な改造ぶりであったのだ。  

 ラピスは取材する中で平四郎のマイスターとしての腕を認めた。異世界から来たというのは伊達ではない。

(だけど、所詮、艦隊戦は火力勝負。いくらエアズロックに立てこもって、ゲリラ戦もどきを仕掛けようとも数で押されたら勝てないわ)

 見事と思いつつも、ラピスは第5魔法艦隊が勝てるとはどうしても思えなかった。機密に当たる部分は流石に戦闘前には公開できないので、伏せてはいたが毎日の報告記事では、第5魔法艦隊の不利であるスタンスは崩さない内容で書いていた。

 その頃、人気アイドルのリリムが第2都市アーセナルでコンサートをしていたので、その関連記事でラピスの報告記事は小さくしか取り上げられず、しかも注目もしてもらえなかったのだが。

 最初の3日間で護衛駆逐艦は中古とは思えない仕上がりで完成した。ピカピカに磨き上げられているのは平四郎の趣味だ。2隻は元々、壊れていなくそんなに手をいれる必要はなかったのだが、雷撃を得意とするリリム艦隊に備えて、雷撃耐性コーティングとシールドを強化していた。武装は25ゼスト魔弾砲に加えて、魔法魚雷を積み込んだ。あと、目くらましのスモーク弾を多数積み込んでいる。

 クロービスで買った駆逐艦は、時間が思った以上にかかった。エンジンは問題なかったのだが、内部に腐食していた部分を見つけ、それを補修するのに時間がかかったのだ。あと、魔力のバッテリーが性能どおりに動いていなく、それを取り替えることになってしまった。それでも代替え品を格安で手に入れて対応したルキアの手腕のおかげで予定した3日で何とか終えることができた。

「さあ、今日もレーヴァテインの整備開始だ」

 そう朝早く起きた平四郎が飛空船ドックに向かうと戦列艦を含む艦隊が入港してくるのが見えた。艦ナンバーに「2」の数字が見える。

「あれは第2魔法艦隊だにゃ」

 トラ吉が足元でそうつぶやく。戦列艦3隻、巡洋艦5隻、駆逐艦7隻からなる艦隊である。これに加えて巡洋艦ほどの大きさで4枚の翼を装備した船が目に入った。その姿は蝶のように見える。先端の触覚のようなアンテナが二本突き出ている。そして、主砲と思われる45ゼスト魔弾砲が一門のみ見えた。

「あれが第2魔法艦隊旗艦のブルーピクシーだ」 

 ミート少尉がそう指差す。朝早くに仕事に向かう優秀な人だ。ナセルはまだ寝ているだろうし、プリムちゃんやパリムちゃんも起きてこない。カレラさんは実家がパークレーンの端にある村にあるそうで、1週間の休暇中である。フィンはアマンダと一緒にホテル「クロマニヨン」でウェイトレスの早朝バイト中だ。

「第2魔法艦隊の旗艦も戦列艦ではなくて、巡洋艦クラスなんだにゃ」

「大きさは巡洋艦だけど、ただの巡洋艦じゃない。あらゆるデータを収集して艦隊に司令を出す船よ。それに攻撃力は低くはない。多数の魔導ミサイルを搭載しているし、デストリガーも装備されている」

「デストリガー?」

 平四郎もバルド商会で働いている時にちらっと名前だけは聞いたことがあったが、どんな武器かは知らなかった。

「旦那、知らないのかにゃ。戦列艦クラスが装備する必殺の武器だにゃ」

「魔力を一気に消費して撃つ、究極の攻撃だ。当たれば戦列艦でも一瞬で破壊される。元々、対空獣用に開発された武器だ」

 ミート少尉がそう補足する。デストリガーを撃つには相当な魔力が必要だから、そう簡単に撃てる武器でなく、最期の必殺技という域を出ないが、それでもその攻撃力はかなりの驚異だ。巡洋艦であるレーヴァテインには装備されていないのである。

「戦列艦を一撃……すごいね」

 平四郎はその膨大な攻撃力に驚いた。戦列艦クラスが撃てるなら、第4魔法艦隊も当然、もっているわけで、それを使われるとこちらはかなり不利だ。

「だけど、旦那。デストリガーは撃ったあとに魔力が0になるから動けなくなるというデメリットもあるにゃ。それをかわせば、こちらのターンということになるにゃ」

「なるほどね」

 平四郎は納得した。強力な攻撃にはそれに対しての代償を払わなくてはならないものだ。必殺武器は常にそうあるものだが、撃ったあとに動けなくなるとは使いどころが難しい。

(それにしても……)

 今頃、どうして第2魔法艦隊がこのパークレーンの港に入って来るのかが不可解だ。知ってのとおり、このパークレーンは首都クロービスから離れていない片田舎の街であり、港の使用料が安いというだけで根拠地にしている空獣ハンターが集まってできた町だ。正規軍の艦隊が立ち寄る場所ではない。クロービスの軍港がいっぱいの時にこちらに回ってくることがあるが、そんな理由で第2魔法艦隊が来ることは考えられなかった。

(あのパーティーであった女の子)

 第2公女リメルダである。黒髪の強気な美少女。平四郎は何だか、嫌な気がしてきた。トラブルに巻き込まれそうな予感だ。

 そして、その予感は半分当たった。旗艦ブルーピクシーから二足歩行の猫と一緒にその黒髪美少女提督が降りて来たのだ。魔法艦隊の制服は基本デザインが同じであるが、リメルダの服は色が黒を基調としたものであった。白基調の第5魔法艦隊とは雰囲気が違う。腕には第2魔法艦隊の象徴である二羽のフクロウのワッペンが見える。

 トラ吉は遠くに同類のケット・シーを見ると用事があると言って姿を消した。何だか様子がおかしい。代わりにバルド商会のルキアが作業服と作業帽を身につけて出てきた。昨日はこのドックに泊まったのだ。作業帽からアホ毛が一本飛び出している。

「お早うございます。リメルダ第2公女殿下」

 ミート少尉がそう言って敬礼をする。平四郎も真似た。リメルダも敬礼するが視線は平四郎に向けられていたから、ミート少尉もルキアもリメルダの狙いが平四郎であることが分かった。リメルダはパンティオン・ジャッジのパーティーの時に平四郎をスカウトしたと聞いていたから容易に想像できる。

「おはよう。第5魔法艦隊のみなさん。休憩がてらにちょっと寄り道したのですが、良いところに寄港していますね」

 見え見えの嘘をリメルダはついた。大体、出港したクロービスの港は1時間足らずである。休憩するには短すぎるし、この朝早くに到着だ。リメルダが朝早く起きてやってきたことも一目瞭然だ。何しろ、後ろ手にバスケットを持っており、足元のケット・シーは紅茶の入ったポットと背中には敷物を背負っていたからだ。

「朝食を取ろうと思いますが、みなさんもいかがですか? 特に第5魔法艦隊のマイスター様には是非、食べて欲しいのだけど……」

 リメルダがそう言って見せるバスケットの中には、パンにいろんな野菜や肉がはさんであるものがたくさん入っている。いわゆるサンドウィッチであるが、ここでは『アラカルトサンド』と呼んでいる食べ物だ。主にピクニックで食す。

「お姫様はシェフにでも作らせたのかい? そんなもんより、わたしが作る第5魔法艦隊特製朝食の方が美味しいよね? 平にい」

 何故か、そんなことを言うルキア。第5魔法艦隊特製朝食と言っても、今日はアマンダさんがバイト中だから、缶詰のビスケットとコーンスープが定番である。それより、リメルダの持ってきたアラカルトサンドの方が明らかに美味しそうに見える。

 それにコックに作らせたとルキアは言ったが、平四郎の観察眼はリメルダのしなやかな指に絆創膏がいくつか貼られていたのを見つけた。おそらく、このお姫様は自分で作ってきたのであろう。

「私、考えたのです」

「何を?」

 ケット・シーが準備したシートに座り、カップに熱々の紅茶を入れてもらった平四郎は、リメルダにそう聞き返した。このお姫様が何を言い出すのか見当もつかない。

「私たちはもっとお互いを知るべきだと思うのです。お互い知れば、きっと平四郎は私の申し出を受けると思うのです」

 リメルダはそうすまして言う。平四郎はリメルダが差し出したベリージャムと生ハムの厚切りをはさんだパンをほおばった。美味しくて思わず2噛み、3噛みして口に放り込む。さらに今度は卵とチーズがはさんであるものをほおばった。

「大きなお世話だよ。第一、あんたとは敵同士なんだ。こんなところで一緒に飯を食っている場合じゃない!  平にいに手を出そうなんてあたしが許さない」

 第2公女リメルダに対してルキアは随分、失礼な言い方をした。ミート少尉は慌ててルキアの口を塞ごうとしたが、当のリメルダが無礼と感じていない感じだ。

(何ですか? この娘? 平四郎を平にいって……。お兄ちゃん。ははん。小姑のヤキモチって奴ね。可愛いったらありゃしないわ)

 リメルダは無言でルキアに優しげな表情を向ける。その反応にさらに怒りを高めるルキア。ケット・シーのナアムが場の空気を変えようと紅茶を注いて回る。

「君はケット・シーだね」

 平四郎はお代わりの紅茶を注いでくれる猫にそう尋ねた。

「はい。リメルダ様の従者をしています、ナアムと言います」

「ナアムは私の従者兼親友なんです」

 リメルダが付け加える。平四郎はトラ吉がいないのをいぶかった。何だか用事があると言って姿を消したが同類のケット・シーに会いたくなかったのであろうか。

「僕にも従者のケット・シーがいるよ。今はどこかにいっちゃたけどね」

「そうですか? そのケット・シーの名前はなんていうのですか?」

ナアムがそう言う。何だか期待感が込められた顔だ。顔は猫だがなんとなく性別が分かる。目元が優しくまつげが長いのだ。名前からしてもナアムはメスのケット・シーだ。

「トラ吉って言います」

「トラ吉……ですか……。それは一度、お会いしたかったです」

 そうは言ったがこのケット・シーは落胆した感じだ。期待した名前じゃなかったのだろうか。平四郎もトラ吉の本当の名前を知らない。そのことを言おうかと思ったがやめた。この魔法王国メイフィアにやって来たケット・シーはそんなに多くはいないのだが、それでもこのメスのケット・シーとトラ吉が知り合いとは思えなかった。

「平四郎、私が作った料理の味はどうでしたか?」

 平四郎がいくつもほおばって平らげたのを見て、リメルダがそう感想を求めた。平四郎は正直に答える。

「美味しかった。リメルダ様はお姫様なのに料理するんだ?」

「いえ、私は普段は料理などしませんわ。でも、今日はちょっと朝食でも作ってみようと気まぐれで思っただけです。誤解しないでくださいね。別に平四郎に食べてもらおうなんて思って作ったんじゃないですから」

「そ、そうなんだ」

 平四郎はそう答えたがいくら男女関係に鈍い平四郎でもリメルダの行動は不審に思える。

「くくくっ……。姫様は素直じゃないんですから。平四郎さん、姫様は平四郎さんに食べてもらおうと昨日から材料を買出しに行って、わたしに作り方を教えてと……うぷぷぷ」

 ナアムの口を慌てて塞ぐリメルダ。

「な、何、言ってくれちゃっているのかしら……ほほほ……」

 リメルダの不自然な行動に冷ややかな目で見るルキアとミート少尉。特にルキアは、最初からリメルダのことを警戒している。女の本能が警戒せよといっているのだ。

(この女、明らかに平にいを狙ってる……。そうはさせるものか! あたしは平にいが、フィンさんが好きというから諦めたのにこんなポッと出の女にちょっかいかけさせるものか)

「リメルダ様は、試験航海の途中じゃないでのですか? こんな片田舎の港に艦隊を置いておく時間はないんじゃない?」

「あら、心配ご無用です、ルキアさん。これから戦う第5魔法艦隊と違って、私の第2魔法艦隊はまだまだ戦闘するのには時間がありますから」

「そうなんだ。第2公女となると暇でいいですね!ああ、時間がないよ、平にい。のんびり、暇な公女様と朝食食べている時間はないよ」

横目で座っているリメルダを見て皮肉を言うルキア。確かに時間は限られている。すぐに作業にかからないといけない。今日からレーヴァテインの整備に入るのだ。

「それじゃ、リメルダ、これで……」

 平四郎も立ち上がろうとすると、慌ててリメルダが引き止めた。平四郎の右手を掴む。

「わ、私からの贈り物があります」

「え?」

「ナアム、あれを……」

 リメルダが従者のナアムにそう告げると、ナアムは第2艦隊が停泊している方向に合図を送った。すると大きなタンクを積んだ10頭立ての馬車がこちらに向かってくる。旗艦ブルーピクシーで運んできて、この港に降ろしたらしい。

「コーティング剤です」

 コーティング剤とは、武装した飛空船の表面に塗る塗装である。これ自体に魔力付与がかかっており、例えば『対雷撃性』のコーティングを船全体にすると何%かダメージを軽減してくれるのだ。これにシールドパーツを組み合わせることでメイフィアの飛空船は防御をしているのだ。コーティングは別にしなくてもいいが、してあるとこれが保険がわりになるのだ。但し、値段はかなり高く、第5魔法艦隊の予算ではちょっと用意できない。

「何で敵の公女様がそれをくれるのよ。施しだったら間に合ってます!」

 ルキアがそう言って断る。リメルダの魂胆がわかっているから彼女に冷たいのだ。そんな言い方でもリメルダは全くめげていない。

「施しではないわ。私はあくまでも第5魔法艦隊に勝ち上がって欲しいだけ。私が直々に倒してあげるから。それまでの手助けです。別に、平四郎なんてどうでもいいのです。これはあくまでも戦略の一環として……」

(どんな戦略だ!男を落とす戦略だろ!)

 そう心の中で毒づくルキア。だが、平四郎のメカ好きの好奇心は彼女の毒を中和する。

「リメルダ様、コーティング剤の効果は何? 魔法付与で効果が異なるんだろう?」

 平四郎は好奇心に支配されている。リメルダに質問しながらも、飛び出して馬車に駆け寄っている。

「それはリフレクト・コーティングですわ」

「リフレクト・コーティング? さすがお姫様。役に立たないものを偉そうに持ってくる」

 ルキアがそう言って説明を始める。パーツショップの跡取り娘だから、パーツの性能には詳しい。平四郎はまだこの世界に来て3ヶ月だから、知らないこともあるがルキアに知らないものはほとんどない。

「リフレクト・コーティング。2年前に開発されたコーティング剤。施工すれば敵の攻撃を跳ね返して敵にそれをぶつけることができる」

「すごいじゃないか!」

「すごくないよ、平にい。跳ね返すのは1度だけ。施工は難しくてコーティング漏れがあると効果が出ない。コーティングするのに早くても1週間かかるよ。だから、費用対効果はゼロどころか大幅マイナス。あたしらパーツ屋にとっては欠陥商品て言われているんだ」

「ふ~ん。そうなのか」

「そうそう。全く、世間知らずのお姫様はしょうもないもんよこす」

 腕組みをしていた平四郎はしばらく考えていたが、にっこり笑顔になって頷いた。

「リメルダ様、ありがとう。これはありがたくいただくよ」

「それはよかったわ」

「もう、平にいったら!」

「ルキア、1号洗浄タンクは使用できるだろう?」

「空いてるけど。使用料も安いよ」

「じゃあ、すぐ予約してくれ。僕はうすめ液を買ってくる」

「うすめ液? コーティング剤の? リフレクト・コーティングは必要ないと思うけど」

「考えがあるんだ」

 平四郎は町に戻ってパーツ屋に行くことにする。リメルダは町のパーツショップを見たことがないので、是非、見てみたいというので連れていくことになった。


「あの、リメルダ様、どうしてくっつくのです?」

 パークレーンの市場を歩いている平四郎とリメルダ。後ろには護衛のケット・シーが歩いている。リメルダは平四郎の腕に絡みつき、まるで恋人とデートのようだ。

「平四郎、私のことはリメルダでいいです。これは私のことを知ってもらうための行動です。あ、でも誤解しないように。別にあなたとデートというわけではないのですから」

(いや、なんでこれが……)

 平四郎はそう思った。実にリメルダは楽しそうで鼻歌まで歌っている。こんな片田舎の市場は珍しいのかキョロキョロ見ては平四郎に質問をぶっつける、平四郎は右腕にリメルダの慎ましいものが当たって気が気ではない。こんなところをフィンに見つかったら……。

 そう思うと大抵そうなるのだ。ちょうどホテルのバイトを終えたフィンとアマンダさんとばったり出会ったからだ。みるみるうちにフィンの顔がぷくっとふくらむ。怒るとこういう顔になるのだ。

「フィ、フィンちゃんこれは、その……」

 ますます膨れるフィンの顔。それを見てリメルダは悪びれる風でもなく、一層平四郎に密着した。

「あら、フィン。お久しぶり」

(じとー)っとフィンの視線は平四郎の腕に注がれている。リメルダの胸に押し付けられているのだ。

「フィン、誤解しているようですけど、これはデートじゃないわ。私が民間のパーツショップに興味があるので平四郎に案内してもらっているのです」

「あ、案内?」

(じとー)っと疑いの目で平四郎を見るフィン。

「そ、そうだよ。フィンちゃん。これは第2公女様に案内しているところで」

「……」

 黙ってフィンは空いている平四郎の左腕に絡みついた。対抗するつもりなのか、フィンも自分の胸にグイグイと平四郎の腕を押し付ける。

(ふああああっ……フィンちゃんの胸、Cカップ? リメルダはBか? ひんぬーっもいいけど、やっぱり、ふつぬーも捨てがたい)

 傍から見たら美少女二人。しかも国を代表する第2公女と第5公女を両手に抱えてである。男なら超羨ましい状態に市場の人々が視線を向ける。

「おいおい……兄ちゃん、見せつけてくれるよなあ」

 人相の悪い男が平四郎に声をかけてきた。その後ろに仲間と思われる男どもがいる。全部で10人だ。

「姫様、あいつら市場の入り口でウロウロした奴らです。後を付けてきたようですよ」

 ナアムがそっとリメルダに告げた。そうだとすると、単にちょっかいをかけてきたチンピラではなさそうだ。

「なんだい?」

 平四郎は男にそう言って顔を観察した。見たことのない顔ではない。この市場でのたくっている、どこの街にでもいるチンピラである。こういう輩は大抵、マフィアの下部組織に属しているものだ。

「兄ちゃんには悪いが、彼女の前で死んでもらう」

 いきなり、男どもがナイフを出した。これは尋常ではない。色々と難癖をつけてくることはあるが、一般市民をいきなりナイフで攻撃してくるのはありえないからだ。

「へ、へいちろう……」

 フィンは慌ててしまって噛んでしまった。リメルダも突然のことで声が出ない。

(彼女らを守らねば……)

 平四郎がそう思ったとき、例の赤い光の糸がフィンの胸から伸び、平四郎の胸からも伸びて結ばれた。平四郎の瞳の色が黒から赤に変わる。そしてクールな表情になった。

「コネクト!……激アツと行こうか……」

 ナイフがシールドで弾かれた。驚く男たちに平四郎の拳が炸裂する。まさに一撃。10回拳を突き出しただけで10人の男は地面に這いつくばった。

「ば、化けもんだ~」

「こ、殺さなきゃとボスに制裁されるぞ」

「バカいえ、制裁より命が惜しい」

「畜生、禁止されているが俺は使うぞ!」

「バカ、やめろ!」

 一人の男が銃を突き出した。魔力チャージがされている魔法銃だ。男は迷わず引き金を引いたがビビっていたので照準がずれた。平四郎の傍にいたリメルダに発射された光の矢が向かう。

「姫様!」

「きゃああああっ」

 ナアムとリメルダの声が市場の空にこだまする。

「えっ?」

 目をつむったリメルダ自分の体に何の変化もないことをいぶかった。それもそのはず。光の矢はありえないことに平四郎が素手で叩き落としたのだ。

「うそ!」

「あ、ありえねええ、どんなけチートなんだ」

 驚く暴漢共とリメルダ。

「てめえら、女の子を撃ったな~。てめえら、三途の川を見たいかーっ!」

 ボコボコである。わずか30秒で10人の男たちは顔の形が変わった。平四郎の拳が一人につき30発は放たれたからだ。10人のチンピラ共は地面に転がっている。そのうちの一人の襟首をつかんで、平四郎は聞いた。

「おい、お前ら僕を殺そうとしたな。誰の命令だ」

「い、命だけはお助けを~」

「言えよ。言わないとぶっ潰す!」

 平四郎の左拳が魔力で金色のオーラをまとわす。それを男の股間付近につきつける。この魔力で殴ったら、明日から性別変更だろう。

「い、言います、言います。といっても、上部組織からの命令で……何でも、都のやんごとないお方の要望だと……」

(やんごとないお方?)

 平四郎には恨まれる理由が思い当たらない。が、リメルダにはピンと来た。というより、平四郎も思い当たらないというのが信じられない。

「ヴィンセント伯爵じゃない?」

 リメルダはあの平四郎にぼこられた王族の男の顔を思い出した。あの男、自分にも声をかけてきた女の敵である。

「ヴィンセント? 誰だっけ?」

 トラ吉でもいれば、教えてくれただろうが平四郎は思い出すのに時間がかかった。そういえば、城で言いがかりをつけて決闘を挑んできた奴がいた。

「思い出したよ。あの男、まだ殴られ足りないらしい」

「平四郎、アイツは粘着質で嫌な奴だけど、権力はもっているのよ。用心はした方がいいわ」

「用心ね……」

 小賢しい小細工をしたところで、ぶん殴れば済むと平四郎は軽く考えた。事実、これから嫌がらせをしてくるヴィンセント伯爵に対して、平四郎は正攻法で挑み、お灸を据えまくることになる。

 やがて、駆けつけた警官が倒れた暴漢を逮捕したが、逆に気の毒になってしまったくらいだ。平四郎のやり過ぎではあったが、相手はナイフで明らかに平四郎を殺そうとしていたようだし、第2公女に向かって銃を発砲したのだ。重罪は間違いがない。

(それにしても、な、なんて男かしら)

 命を救われたリメルダは平四郎から目が離せなくなってしまった。コネクト状態の平四郎はさらにたくましく、リメルダの心を鷲掴みにしてしまったのだ。

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