第6話 ヴィンセントの悪巧み
「うっ……痛っ……イタタタ」
ヴィンセントは痛みで目が覚めた。王城の医務室のベッドに横たわっている自分が最初は何でこんなところにいるのか理解できないでいた。ボーッとした記憶が徐々に戻ってくるに連れて、怒りと屈辱の気持ちが湧き上がってくる。
「くそっ! 触るな! 痛いじゃないか!」
ヴィンセントは包帯を巻き直している看護師を振りはらった。鼻には鼻血を止めるための綿が詰められていたし、口は折れた歯の修復のためにマウスピースがはめられていた。肋骨が数本折れたのか、コルセットで胴体が固定されている。
(あの異世界のクソ野郎にやられたのか……この僕が……)
「あの野郎~っ。殺す! 絶対殺す!」
ヴィンセントは自由がきく左腕でベッドのたもとにあった水差しとコップをなぎ払う。音を立てて床に落ちて粉々になる。部屋にいた医師と看護師はその剣幕にビビって立ちすくんだ。
「ヴィンセント伯爵、もうそれくらいにしなさい」
ドアをノックして入ってきたのはマリー王女。部屋に歩いてくる途中でヴィンセントの怒鳴り声が聞こえてきたが、このわがままな従兄弟の性格は昔からわかっているので、動じていない。
「マ、マリー。僕を慰めに来たのですか?」
先ほどの怒号を極力抑えてヴィンセントはそう返事をした。従兄妹とはいっても、美しい王女に見舞いに来てもらって機嫌が幾分直っていた。
「それにしても派手にやられたことですこと」
「ふん。油断していたからだよ。でなければ、この僕があんな平民にやられるはずがない」
ヴィンセントは、見た目はイケメンの優男であるが、魔手導拳の使い手で格闘もかなりのものである。魔力も高く、人間離れした技を出して負けたのであるから、相手の平四郎が只者ではないことはマリーにも分かる。ヴィンセントも馬鹿ではない。そのなことは理解しているが、それを認めることはプライドが許さなかった。
「ヴィンセント伯爵。これだけは言っておきます」
「な、何だよ、マリー」
「これ以上、あの異世界の方に手出しは無用です」
マリーはきっぱりとそう言った。その言葉の響きには静かな怒りが含まれていることをヴィンセントは微妙に感じ取った。
「これ以上、わたくしに恥をかかせないでください。あなたの恥は上官であるわたくしの恥なのですから」
ヴィンセントが負けたということよりも、パンティオン・ジャッジ以外の場で戦闘を仕掛け、しかもコテンパンにやられたことが、正々堂々と戦うことを信条とするマリーには許せなかったのだ。
「あなたが今後、第5魔法艦隊の邪魔をするようでしたら、わたくしはあなたを旗艦艦長から更迭しなくてはなりません。あなたはあなたの持つ力を、トリスタンを救うことに使うべきです。それは私怨に使ってはならないのです」
「ふん。相変わらず、君はお堅いな。こんな目に合わされて黙っていろというのか?」
「あなたが先に手を出して返り討ちにあったのですから、文句は言えませんわ」
しかし、僕は大勢の前で恥を……あの平民に恥をかかされたんだ! これは王族への侮辱、ノインバステン家への挑戦」
マリーは軽くため息をついた。この男もガキである。ヴィンセントの攻撃を軽くいなし、痛撃を浴びせて倒したのにそれを誇ることもせず、静かにしていた異世界の青年、平四郎の方がよほど大人である。
「ヴィンセント、あなたは決闘だから手出し無用と言っていませんでしたか? 王族が決闘というからには、決着後はうらみっこなしです」
「マリーちゃん、冷たいこと言わないでよ~」
「ちゃんはやめてください。わたくしはあなたがちょっかいをかけるご婦人方とは違いますから」
「ちぇっ……」
昔からマリーはヴィンセントを快く思っていない。身内だから関わっているが、このようなチャラい男は大嫌いなのだ。
「王族への侮辱、恥と言いましたが、先日のスタール伯爵夫人との醜聞。あれは王族としての恥ではなないのですか? 随分な目にあったとお聞きしまいたけど……」
マリーの皮肉は徹底している。先日の件とは、ヴィンセントがスタール伯爵の新妻に手を出して修羅場になった事件である。巧みにもみ消したがマリーの情報網はちゃんと部下の素行を把握していた。
(この女、嫌なタイプだぜ……)
昔からマリーは上品な顔立ちには似合わず、したたかで計算高いところがあった。今は(完璧なマリー)と異名をとる有能な提督という顔までもっている。
「とにかく、ヴィンセント伯爵。怪我は早く直してください。わが第1魔法艦隊が戦うのは3ヶ月以上後でしょうが、訓練は怠れません。わたくしたちの目標はパンティオン・ジャッジの後に起こるドラゴンたちとの戦いなのですから」
そう言うとマリーは病室を後にした。マリーはヴィンセントの容態を見て訓練計画の練り直しをしようと思ったことと、粘着気質のヴィンセントが第5魔法艦隊によからぬことを企まないようクギを刺しに来たのだ。
(ふん……。この僕がこのまま引き下がるものか)
マリーが病室を後にすると、待ち構えていたようにヴィンセントは携帯通信機を取り出した。魔力で動く携帯電話だ。かけた先はメイフィアの裏世界で暗躍するマフィアのボスである。ヴィンセントは裏世界と連中ともつながっているのだ。
「ああ、ボスかい? 僕だよ。ヴィンセントだ」
「伯爵様、何か用で?」
「頼みがあるんだ。聞いてくれるかい?」
「伯爵様には先日の手入れの時に事前に情報を流してくれた恩があるんで……」
「しっ! そのことは他言無用だ」
「そ、そうでしたな。で、どんなことを……」
「消してもらいたい人間がいるんだ。パークレーンに部下がいるだろう?」
「ああ、いますぜ。腕利き10人は出せます」
「よし。その10人に命令しろ。喧嘩に見せかけて殺してもらいたいんだ。銃で撃ったりしてはダメだぞ。あくまでも町のチンピラの喧嘩に巻き込まれて殺されたように見せかけるんだ」
「承知しました」
「うまくやれよ」
スナイパーで狙撃して殺すなどということをされたら、マリーが不審がって調査するかもしれない。面倒なことにならないようにする必要はある。
(ふふふ……。あのガキめ。あの世で悔しがるがいい。お前の大事なフィンは僕が大切にしてあげるよ。徹底的に可愛がってやるから……)
折れていない左手を額に当ててヴィンセントは笑った。いくら異世界の勇者と言っても、10人相手ではどうにもならないであろう。
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