第5話 パンティオン・ジャッジ前夜祭
「只今より、パンティオン・ジャッジに選ばれし、5人の公女殿下の入場を行います」
司会の書記官が厳かに告げる。魔法王国メイフィアの王都クロービスの中心に位置する王城トラフォルガーの大広間には2000人を超える客が招かれていた。今夜の式典を機に5人の公女が率いる艦隊同士の戦いが行われ、この国の世界を救う代表が決められるのだ。
第5艦隊旗艦レーヴァテインの艦長兼マイスターで少佐である東郷平四郎は、この式典に関係者として参加している。式典に出られるのは貴族か大商人、上級の官僚と軍では魔法艦隊関係する佐官以上の将校か、国軍の将軍クラスに限られるので、第5魔法艦隊で参加しているのは、少佐待遇の平四郎だけである。きらびやかな女性も招待客の関係者で、招待されているのはこの国の一流の人間だけであった。
「まずは、第1魔法艦隊提督、第1公女マリー・ノインバステン王女殿下」
「うおおおおっ!」
大歓声と「王女殿下万歳」の掛け声の中、輝くような金髪に巻き毛、スタイル抜群の女性だ。年は平四郎と同じくらいに見える。欧米のモデルか? と思えるようなゴージャスさの中に王女と呼ばれるだけの気品と血筋の良さが前面に出ている。
(すげえ……美人)
平四郎も思わず小さくつぶやいた。そのくらい、高貴なオーラを放っている。
「みなさま、今日はよくお集まりいただきました。マリーは感謝致します」
そう一言を残し、会場の5つ置かれた椅子に座る。座る姿も優雅でそつがない。
「第2魔法艦隊提督、第2公女リメルダ・アンドリュー公爵令嬢」
今度は黒髪スレンダー美少女が現れた。ちょっと目がつり上がった感じのキツイ感じではあるが、このお姫様も清楚な気品に包まれている。
「第3魔法艦隊提督ローザ・ベルモント嬢」
3人目はマリー王女よりもゴージャス……。いや、超迫力ボディ。Fカップはあるのではという巨乳の谷間を宝石が散りばめられたパーティードレスの胸元から惜しげもなく出し、さらにビックなヒップがプリンプリンしている。長いオレンジ髪のロングヘアにちょこんと乗るティアラには、光り輝く5つの大きな宝石が輝いている。指にも豪華な指輪が光る。王女様や公爵令嬢よりも豪華さの点で目立つ。ゴージャスという英単語がぴったりな女性である。
「旦那、あの娘がベルモント財閥のご令嬢にゃ。今回の参加者の中では魔力は弱いが金の力は史上最強で、統率する艦隊数は第1魔法艦隊以上と聞くにゃ」
そうトラ吉が平四郎の後ろからワイングラスを片手に出てきた。トラ吉も指輪に変化して平四郎にくっついてきたのだ。そして、今は堂々と元に戻って参加客を気取っている。宴には妖精族の招待客もいて、その中にケット・シーもいるから、変化を解いても問題ないであろう。トラ吉はローエングリーンで伯爵だったと言っていたが、あながち、嘘ではなさそうだ。華麗な服を来た猫は違和感なく会場に溶け込んでいたからだ。
(確かに、大金持ちはこういう人だよというベタな人だな)
平四郎はローザを見てそう感想をもった。この世界に来ても元の世界と同様の庶民の暮らしをしてきたから、こういう金持ち娘を見るのはとても新鮮だとも思った。
「第4魔法艦隊提督、リリム・アスターシャ嬢」
「リリムちゃーん!」
大きな掛け声と共に宮殿の外に集まった群衆の声が響き渡った。どうやら、ものすごい数のファンがこの城を取り囲んでいるらしい。
「リリム・アスターシャは、この国の超売れっ子歌手にゃ。メイフィアの歌姫にゃ」
そうトラ吉が解説するまでもなく、平四郎にはこの美少女のアイドルとしての輝きを感じた。但し、リリムちゃんはちゃん付するのがふさわしい。どう見ても小学生か中学生という小さな女の子だ。歌姫といってもまだお子様である。
「なあ、トラ吉。今回のパンティオン・ジャッジは500年ぶりなんだよな」
「ああ、そうにゃ。というより、500年に1回必ず開かれるにゃ」
「王女様に、公爵令嬢、財閥令嬢にアイドル……さすが、500年に1回開かれる伝統の儀式なんだろうけれど、あの中にフィンちゃんはかわいそうじゃないか?」
平四郎は思わずそうトラ吉に話しかけた。確かにフィンも美少女だし、可愛いとは思うが他の4人のキャラの強さに比べるとあまりに違いすぎた。この4人に比べたらフィンは地味すぎる。
(そこが良いのだが)
平四郎がそう思ったことは、間違いないようで、最後にフィンが紹介されても型通りの拍手で軽くスルーされてしまっていた。フィンもそれで満足のようでそそくさと席に座ると、座っているのにいない……空気みたいな感じになってしまった。
この後、マリアンヌ女王が登場し、パンティオン・ジャッジの開始宣言と共に立食パーティーとなった。参加者は5人の公女に話しかけたり、思い思いに談笑にふけったりしている。
平四郎もフィンのところへ行こうかと思ったが、昨日のあのフィンの姿を思い出すと会うのが恥ずかしくてどうも一歩が出ない。
「君がフィンの旗艦の艦長に抜擢された異世界の青年?」
後ろから話しかけられて平四郎が振り返ると、長身細身で金髪のサラサラヘアを嫌みたらしくかきあげているイケメンが立っていた。いかにもヨーロッパの王子という風体で大抵の女子が「きゃあ! 王子様素敵~」などと叫ばれるが、それに「ふっ……」などとほざいて、「モテる男はつらい……」などとキザなセリフをはく感じの男だ。
ちなみにこういう男は見た目だけで平四郎は大嫌いと判定している。これなら顔はいいのに三枚目のナセルの方がマシだ。だが、見た目だけで敵と決めるのは、いくら異世界でも失礼なので、平四郎は適当に応えた。
「はあ?」
「僕はヴィンセント・ヴァン・ノインバステン伯爵」
「ノインバステン? あの王女様のお兄さんか、何か?」
この国の女王はマリアンヌ・ノインバステン女王であるから、この男、少なくとも王族なのだろう。イケメンで血筋も名家とは万死に値する。
「兄? おーう! それは間違っている。僕はマリーの従兄妹で現時点では彼女の部下さ。つまり、彼女の最強の第1魔法艦隊旗艦コーデリアⅢ世の艦長を勤めている」
「なるほど……。ライバルってわけか?」
平四郎が小さな声でぼそっとしゃべると、その言葉を目ざとく聞いたヴィンセントは右手を額に当てて、急に笑い始めた。
「ククク…ハッハッハ。これは笑える。僕と君がライバルだって? これは何のジョーク?もしかして、君は知らない? 知らないんだ! いや、ますます面白い」
平四郎は不愉快になった。最初の印象はどうやら正しかったようだ。このいけ好かないイケメン野郎は性格も最低なようだ。
「僕はこの世界に来てまだ100日だ。知らなくて当然だ」
「そう言えばそうだったね。いや、これは失礼。まあ、せいぜい、がんばってくれたまえ。
君たちと戦えることを祈っているよ。まあ、100%無理だけどね。あ、そうそう。言い忘れていたけど、君の提督、フィン。結構可愛いね。第5魔法艦隊じゃ、注目されないけど、ああいう地味目の美人はいいね。だから……」
「だから……なんだよ!」
平四郎が答えるや否や、グイっとヴィンセントは平四郎の胸ぐらを掴み、耳元で囁いた。
「お前、フィンには手を出すなよ。彼女は僕が目をつけたんだ。勝ったら恩賞として彼女を僕の愛人にしようと思っているからな」
「あ、愛人だって! ふざけるな!」
平四郎はヴィンセントの手を払い除けた。
「何だ? 異世界から召喚された英雄とか言ってもただの人間だろ。貴族でもない奴がこの僕に勝てるとでも思っているのか?」
ヴィンセントははめていた白い手袋を外すとそれを投げつけた。それは平四郎の胸にあたって落ちる。一部始終を見ていたトラ吉が平四郎に告げる。
「旦那、それは決闘の証だにゃ。メイフィア貴族の儀礼だにゃ」
「ふん。そこのケット・シーの言うとおりだ。これは決闘だ。この場の余興を始めようじゃないか」
ザワザワと観客たちが集まりだした。今回の主役でもある5人の公女もこの騒ぎの起きている方を見た。
*
「何事ですか?」
マリー王女が侍従に尋ねる。
「ヴィンセント様が第5魔法艦隊の、あの異世界から来た青年にちょっかいをかけたようです」
マリーはまゆをひそめた。ヴィンセント伯爵は22歳の若者であったが、魔力の高さと王族という身分の高さで、第一魔法艦隊旗艦の艦長にしていた。だが、その女好きの性格から来る素行の悪さは常々、マリーは快く思っていなかった。それでも、実力重視のマリーは、ヴィンセントの戦術家としての腕と艦隊運用の巧さを買っての抜擢である。だからといって、他の艦隊の乗組員といざこざを起こすのは好ましいことではない。ましてや、今は神聖なパンティオン・ジャッジのパーティーの場である。
(すぐ止めなければ……)
そう思ったマリーであったが、ヴィンセントの相手の青年を見て思いとどまった。異世界から来た男で、第5魔法艦隊の艦長兼マイスターと聞いていた。一目見て、マリーはこの青年が普通でないと感じた。底知れぬ何かを持っていると感じたのだ。
「マリー様、ヴィンセント様をお止めにならないので?」
侍従がそう尋ねたが、マリーは軽く頭を振った。
「その必要はないと思います。ヴィンセントには痛い思いをしてもらいましょう」
侍従は首をかしげた。ヴィンセントは魔道拳の達人である。見た目、優男に見える異世界の青年が勝てるとは思えなかった。
*
「今からパーティーの余興を始める。護衛の兵士諸君は手を出すな。これは王族であるヴィンセント・ヴァン・ノインバステンが正式に申し込む正々堂々とした決闘だ。何、この場を血で汚すことはしない。男と男の勝負。拳法で決めよう」
そう言うとヴィンセントは上着を脱いでファイティングポーズを取った。平四郎も上着を脱ぐ。フィンを愛人にするなどと抜かすこの男をぶん殴りたいと心底思った。
「護衛の兵士は気にする必要はないよ。僕を殴っても本来なら王家に対する不敬罪に問われるけれど、これは正式な決闘。例え、僕に怪我を負わせても罪には問われない」
「それはありがたい」
ヴィンセントのするどい蹴りが放たれる。かろうじて平四郎はかわしたが、代わりに後ろにあった大理石の柱が削り取られた。尋常の蹴りではない。平四郎の足元にいたトラ吉がヴィンセントの蹴りを見て言った。
「旦那、あれは魔道拳ですにゃ。蹴りや拳に魔力を乗せて放つこの国の武道だにゃ。しかもこの威力、有段者だにゃ」
「猫のくせに僕の強さを見破るとは。その猫の言うとおり、僕は魔手道拳7段。師範代クラスだよ。魔力は3万。心配はいらない。死なない程度に手加減はしてあげるよ」
平四郎はシャツの腕をまくる。こんな人間離れした攻撃を受けても不思議と恐怖心が湧いてこない。それよりも自分が目の前の男に勝てるという根拠のない自信が支配していた。
「ふん。何が正々堂々だ。有段者が素人相手に恥ずかしくないのか。笑わせるな。このズル貴族が!」
「へ、平四郎君!」
騒ぎを聞きつけたフィンが群衆をかき分けて平四郎に向かって叫ぶ。ヴィンセントの攻撃をかろうじてかわした平四郎はフィンと目があった。その時だ。赤い糸がフィンの胸から放たれ、平四郎の胸からも出る。それが絡みあう。平四郎の黒い瞳が赤く変化し、コネクトが発動した。
「激アツの時間だ」
平四郎は目を閉じ、そう小さく呟いた。そして0コンマ1秒で開いたとき。無我の境地になったような悟りきった表情になった。数値は測れないがおそらくあの空獣との戦いのように無限大に魔力が高まっているのだ。
「さあ、観客を喜ばすための演出はここまで。軽く気絶してもらおう。アバラの骨も数本いただくよ!」
ヴィンセントが鋭い拳を平四郎の顔面に撃ちつけた。そして強烈な蹴りも同時に胸へ。これで終わるはずだった。異世界から来た男といっても魔力は皆無で、飛空船の整備しか脳のない青年と聞いている。大した戦闘力がないことは事前に調べがついていた。ヴィンセントは軽い男のようだが、じつは用意周到なしたたかさをもっていた。この勝負も自分が100%勝つことを予想しての仕掛けだ。ここで平四郎を潰しておくことで、後にフィンを手に入れる布石にする計画であった。
だが、その計画は結果的に挫折した。自信も叩き折られた。勝負を一瞬で決めるつもりで顔面に放った拳ははじかれ、蹴りも跳ね返されたのだ。
「ば、馬鹿な! シールドだと……触媒も使わないでそんなことが……」
「うおおおおおおおおっ!」
平四郎のパンチがヴィンセントの顔面を捉える。さらにあごに、胸に腹に次々と拳を繰り出す。実に一瞬で30発はヒットさせた。手加減しなければ一瞬で100発パンチを浴びせたであろう。ヴィンセントは鼻血を吹き出し、前歯が折れ、アバラ骨も二本折れてさらに料理が並ぶテーブルの上に体ごと落ち、料理まみれになって気絶した。
「ふん。前哨戦は第5魔法艦隊の勝ちだな」
平四郎はヴィンセントを殴った拳をさすった。ヴィンセントの胸ポケットに差してあったハンカチが舞いながら落ちてくる。それを何事もなかったようにつかむと、血がついた拳を拭った。平四郎は自分がなんでこんなことができるのか不思議であったが、フィンと赤い糸でつながったような感覚があると超人的な力を発揮するのはこれで2回目だ。
「す、すげえにゃ。旦那」
トラ吉はそう驚いていった。妖精族であるトラ吉には、フィンと平四郎から出現した赤い糸が見えたのだ。これは伝説に聞く『コネクト』という現象だ。かつて、異世界から来た英雄が時折見せたという現象であるとトラ吉は理解していた。運命の相手とコネクトが成立したとき、その者は無限大の魔力を得るという。
(コネクトができるとはにゃ。やはり、神はこの世界を見捨てていないにゃ)
技の華麗さに観客も息を飲んで一瞬静かになったが、その次に割れんばかりの拍手と歓声が響いた。担架に乗せられ、護衛の兵士に運ばれていくヴィンセント。
パーティーに参加している令嬢たちが心配そうに担架に駆け寄るが、観客の注目は平四郎に殺到した。ヴィンセントの強さは有名だったので、それを一瞬で殴り倒した異世界の英雄に注目が集まったのだ。
「東郷平四郎というお名前ですか?」
「すごい技ですね。何年も修行されたのですか?」
「ヴィンセント伯爵は魔力が高いことで有名でしたが、その魔力を超えるとは。数値はどのくらいですか?」
質問攻めにされるが、平四郎は答えられない。適当にごまかし、その場を何とか逃げ出してトイレに隠れる。トラ吉も一緒である。
「旦那。すごい技だにゃ」
「分からないんだよ。武道なんてやったことなかったのに……」
「あれは相当の魔力の差がなければできないことだにゃ」
「そんなもんかな。よくわからない」
「一瞬だけど、とんでもない魔力が感知できでにゃ。コネクトが使えるとはにゃ」
「コネクト?」
「伝説にゃ。500年前に異世界から来た英雄が使った技だにゃ。公女と一体化すると潜在魔力が解放されるにゃ。旦那の場合はそれがとんでもない力らしいにゃ」
「そんなもんかな。僕には分からない。それにしてもトラ吉、アイツが言ったことは本当か? 第5魔法艦隊に勝ったらフィンちゃんを愛人にするってふざけたことを……」
平四郎はヴィンセントが言ったことをトラ吉に確認した。パンティオン・ジャッジで負けた艦隊の公女は勝った艦隊のモノになるという話だ。
「旦那~。それに関してはアイツの言ってることは、そんなに間違っちゃいないにゃ」
「ど、どういうことだ?」
「そもそも、パンティオン・ジャッジは勝った艦隊が負けた艦隊を吸収してどんどん強くなるという面もあるんだにゃ。公女についてもそうだにゃ。その魔力は勝った艦隊が使うにゃ。あの男がマリー王女の部下でパートナーってことなら、負ければフィン公女は、アイツが望めば愛人になるのもありにゃ」
「な、なんで?」
平四郎は驚いた。そんなことが許されるのか?
「オイラの妖精族ではそんなしきたりはないけれどにゃ、この魔法国家メイフィアは魔力で成り立ってる国だにゃ。魔力は血脈なんだにゃ。魔力の強い遺伝子が次世代のこの国家を支えていくんだにゃ。パンティオン・ジャッジで優勝した公女のパートナーは、任意の女性を嫁に指名できるしきたりがあると聞くにゃ。よって、現在、優勝候補であるマリー王女のパートナーである奴が、フィン公女をものにする可能性が高いということにゃ」
「そんなバカな! フィンちゃんがあんな奴に……」
平四郎はショックで心にぽっかり穴が空いたようになった。フィンが遠くへ行ってしまう。ギュッと制服の帽子を掴み、両手で握り締めた。
「旦那。オイラを救出しなければ、その運命だったにゃが、このオイラが平四郎の旦那のサポートする限り、その運命は覆しますにゃ!」
「だって、奴を倒さなければいけないのだろう?」
「正確に言いますにゃ。旦那がフィン公女を救うには、1回戦、第4公女リリム・アスターシャの第4艦隊を撃破。そして2回戦、ローザ・ベルモントの第3艦隊を撃破にゃ」
「ちょっと、ちょっと待て、トラ吉!」
「何ですにゃ? 旦那」
「それって、僕たちが奴と戦うには、3回勝たなければいけないってこと?」
「そうにゃ。だって、第5艦隊ですからにゃ。奴は上がってきた相手を決勝で破れば、優勝してフィン公女を手に入れることができるってわけにゃ。うらやましいにゃ!」
「圧倒的に不利じゃないか!」
「考えようによっては、そうじゃないかもしれませんにゃ?」
トラ吉が言うには、そもそもパンティオン・ジャッジの制度があるのは、艦隊同士が戦うのは切磋琢磨してレベルを上げることを目的にしている。3度も格上と戦い経験を積めば、充分強くなるということだ。もちろん、迎え撃つ方も十分経験を積んだ相手を撃破すれば、経験値は上がる。
平四郎は最初、味方同士で戦わなくても全員で空獣とやらに立ち向かえばいいじゃないかと思っていたが、そうでもないらしい。トラ吉も以前、ナセルが言っていた意見と同じようなことを言った。
レベル1の魔法使いが100人で空獣に立ち向かうよりも100人で切磋琢磨してレベル100になった一人が戦った方が勝つ可能性がある。
(確かにそうかもしれないが……)
「君がヘイシロウ? 異世界からの英雄?」
ほとぼりが冷めただろうと思って、トイレからそっと会場に戻った平四郎とトラ吉は、不意に背後から声をかけられた。今度はちょっと険のある女の子の声だ。振り返るとあの黒髪のスレンダー美少女が立っていた。
第2公女リメルダ・アンドリュー公爵令嬢だ。遠目で見ても美しい黒髪は腰まであり、毛先を白いリボンを結んでいる。前髪が揃えてあって、幼い感じもあるが耳元から伸びる2本の長い髪でワイルドな印象もある。きりっとした目は少々つり上がっているが、それが端正な顔立ちを引き立てており、平四郎は思わずドキッとした。
黒革のコスチュームにエレキギターを持たせたら、ハードロックバンドのボーカルにぴったりだなと脈絡もなく平四郎は思った。今のリメルダは上品な黒のドレス姿であるのにだ。ほんわかした癒し系のフィンもいいが、こういうちょっとS系な女の子もいいと思ってしまうのはどうしてだろうか。全く正反対なのにだ。
「私は第2公女、リメルダ・アンドリューです」
「はい。先程、ご紹介があったので知っています。リメルダ姫」
「そうですか……。それなら、話は早いですわ」
「はあ? 何か」
「え、えっと、ゴホン。私、第2公女リメルダ・アンドリューはあなたに命じます。あなた、私の旗艦の艦長になりなさい」
「え?」
平四郎は黒髪美少女の唐突な申し出に驚いた。
「フィンの艦隊ではあのマリー王女には勝てないわ。私ですら苦戦しそうですもの。あなたもあの嫌みったらしいヴィンセント伯爵に彼女を取られたくないでしょ? 私には旗艦を安心して任せられる強い男が必要なの。ねえ、私の艦長になりさい」
公爵令嬢というから深窓のお姫様かと思いきや、結構大胆なことを言う。
「そんなこと急に言われたって……僕にはフィンちゃんがいるし……」
「あの子では勝てないって言わなかった。いくらあなたがすごい能力をもっていたとしても、あの子じゃ宝の持ち腐れよ」
「そんなことは分からないよ」
「分かりきっているわ。私一人の評価じゃない。あなたがいくら異世界から来た英雄といっても、今まで誰も注目しなかったのは、負けることが分かっている第5魔法艦隊所属だからよ。ヴィンセント伯爵を倒してみんな一層思ったでしょうね。宝の持ち腐れだと」
平四郎は何だかムカっとしてきた。リメルダがフィンのことをバカにしていることに腹が立ったのだ。
「フィンちゃんを馬鹿にするといくら公女様でも許さない」
「バカにはしていないわ。私は正確な戦力分析の元に話しているのです」
リメルダは平四郎が自分の価値を分かっていないことにいらだちを感じ始めていた。これから始まる戦いはお遊びじゃないのだ。このトリスタンの運命がかかっているのだ。
「それに第5魔法艦隊じゃ、満足に給料もらっていないんじゃなくて? 私ならあなたの価値に見合うだけの待遇を用意できます」
「買収するのか?」
「あら、怒ったようね。私はあなたの価値を正当な値段で評価すると言っているのです」
「お金の問題じゃないね。僕はそんなもの欲しくない」
平四郎は突っぱねたようにそう吐き捨てた。リメルダはちょっと意外だという表情をした。そして、この異世界から来た男の怒った顔にちょっとだけ心が(ドキッ)とした。まだ若いのに何だか頼もしいなどと思ってしまったのだ。リメルダはこの異世界から来た英雄は自分の誘いにすぐ乗るものだと思っていたのだ。だが、ことは簡単には運ばないようだ。
「そもそも、このパンティオン・ジャッジはこの世界を救うための公女を選ぶと言うけど、フェアじゃない。フィンちゃんはお金に苦労してバイトまでしているんだ。それに比べてあんたたちは随分と恵まれている。不公平だよ!」
不公平と言われたリメルダは静かに笑を浮かべた。腕組みをし、人差し指でトントンと反対の腕を打つ。
「では聞くけど……あなたの元いた世界は平等だったの?」
平四郎は思わず沈黙した。そうだ。平四郎がかつて暮らしていた日本は平和な国だったが平等と言われたらそうではなかった。他の国でもそうだろう。平等ではない。
「私はあなたの世界、日本を知っているわ。私も留学していたから。このトリスタンと同じく平等な世界じゃなかった。というより、人間は決して平等な世界など作れない」
「そんなこと……」
「あるわ。あなた現実に背を向けて、夢物語を信じる人?」
「……」
「平等な世界が善で不平等な世界が悪? 人はよりよい生活を求めて努力し進む生き物。それは人に限らず、動物の世界はすべてそう。それを進化というのよ」
「進化?」
「進化なくして、人は生き残れない。このトリスタンは500年おきにその進化を問われる厳しい世界。平等などという理想に縛られていては全てを失う。私は断言するわ。平等は世界を救わないと!」
リメルダが厳しいことを言う。理想はともかく、平四郎もリメルダが言うことは納得するしかない。現実は確かにそうなのだ。
「この世界、トリスタンは500年毎に人間は絶滅しそうになる過酷な世界よ。そしてパンティオン・ジャッジはそれを救うための手段。どんな手を使おうが人々を救わねばなならにのよ。お金を使っても、地位を使っても救えればいいの。逆に力がない者は迷惑」
「……」
「ごめん。少し言いすぎたわ。だからと言って強いものだけが生き残ればいいということではないわ。勝者は優しさをもって弱者を救う。そして、勝者は恵まれたものが必ずなるとは限らない。むしろ、逆境を乗り越えたところに勝利はあるのかも。ということはフィンがパンティオン・ジャッジの勝者にならないということでもない。お金がない、魔力が低い、それを乗り越えるものが人々を救うのよ。あなたという人間がフィンの傍にいるのは乗り越えるためのピースかもしれない」
「そうなら、なおさらフィンちゃんからは離れない」
「そう言わずに考えてみて……」
「考えるまでもないよ。僕はフゼストゃん一筋」
(はあ~。何よ、この男。この私が誘っているのに! このリメルダ・アンドリュー公爵令嬢が頼んでいるのに!)
何不自由なく育てられたお姫様発想だろう。だが、リメルダは頭の良い女の子でもあった。自分についた方がいいに決まっているのに、そうじゃないということは条件以外のものを感じているからだろうという結論になった。
(この人、フィンのことが本当に好きなのね……)
何だか面白くないと思うのは何故か分からなかったが、リメルダは話を続ける。そうならそうで説得するやり方もある。
「フィン第5公女が気になるなら心配ないわ」
「ど、どういうことだよ」
「鈍いわね。私と組むと言うことは、私のパートナーでもあるのよ。つまり、この私の花婿候補。そしてあの子の艦隊を撃破すれば、あの子は自動的にあなたのモノということになるわ。まあ、正妻の私としてはちょっと複雑だけど、契約と思えば我慢できるわ。この私がこんないい話をもってきたのだから、受けるべきだわ」
このお姫様の言っていることはめちゃめちゃだ。おそらく、ヴィンセントをボコボコにした平四郎の活躍ぶりを見て、只者ではないと思っての申し出だろう。しかし、魔力が欲しいという理由だけで平四郎をパートナーで」自分の『花婿』にするという。そこに愛情とかないのか。愛もないのに結婚するなんて平四郎には考えられない。
(なあトラ吉。さっきから、公女とパートナーになるイコール公女と結婚するみたいな流れだけど、そういうことなのか?)
平四郎は後ろにいるトラ吉に小声で聞く。トラ吉も小声で平四郎に答える。
(う~ん。必ずしもそうじゃないと思うけどにゃ。現にリリム嬢とローザ嬢の艦長は年配のおっさんだし。ただ、魔力の強い人間に自分の旗艦の艦長を任せるってことは、それだけ信頼も必要だからゴールインしちゃうケースはあるだろうにゃ)
(ということは……)
フィンが自分をパートナーに選んでくれたのは、単なる魔力の強さを必要としているだけでなく、特別な感情があるということなのかもしれない。平四郎はフィンにはそういう感情をもったがこのリメルダには、そういう感情がわかなかった。彼女の場合、単に勝つための道具としてしか自分を見ていないと感じたのだ。
「断る!」
平四郎はそう宣言した。
「何ですって?」
リメルダはそう聞き返した。この強気のお嬢さん、断られると思っていなかったようだ。驚きで目が丸くなっている。
「断る。君は僕の力だけが必要なんだろう? でも、フィンちゃんは違う。彼女は僕を能力以上に必要としてくれている」
「あらまあ。それはきっと誤解。思い込み。彼女もあなたの力が必要なだけよ。さあ、この私がこれだけ、お願いしてるのよ。これは男として名誉だわ。私の艦長になりなさい! さあ、ひざまずいて忠誠を誓いなさい」
そう言ってリメルダは右手を差し出した。忠誠の証に膝まづいてキスをしろということらしい。平四郎はその手をバシッっと叩いた。
「断る!」
ブルブルとリメルダは体を震わした。
「こ、この私を拒絶するとはいい度胸だわ! いいでしょう! このメイフィアの上空で撃沈されて、その大切な女の子を失うといいわ!」
そう言うとリメルダはプンプン怒って去っていった。
(なんだ? あのお姫様は? 嵐のような娘だな)
勝手に提案して、勝手に怒って、勝手に去っていく。第2魔法艦隊の公女とはどうも合わないようだ。
(黙っていれば、かなりの美少女なのに…)
「それより、フィン、フィンちゃんは?」
平四郎が広い会場を見渡す。主役の公女のところには人だかりができているが、その一人のフィンは見当たらない。
(こういう時には、大体、彼女は人がいないところにいる)
フィンの性格が分かっている平四郎は、会場の隅のバルコニーへの扉がわずかに開いてカーテンが風で揺れているのを見つけた。
最初はたくさんのお客に囲まれて話しかけられていたフィンだが、元来の人見知りで言葉がなかなか出てこないので、客も手持ち無沙汰になり、話が弾む他の公女のところへそそくさと移動し、やがて窓辺でボーッと時を流すだけになってしまったのはフィンにとっては幸いだった。ふと見るとバルコニーへ通じる扉が目に入り、フィンはそっとそちらへ向かった。外は少しだけ風が出ていて、露出の多いパーティードレスでは肌寒い。
「フィンちゃん、寒くない?」
ふいに男の声で話しかけられ、フィンは驚いて振り返った。
「へ、平四郎君」
平四郎はそっとショールをフィンの肩にかけた。それを触るフィンの右指に触れて二人共、心臓がドキドキして固まってしまう。全く、純情な二人である。
「そ、それにしても、ひどいよな」
「……」
「僕たちの第5魔法艦隊への期待度は0。みんな一番最初に負けるって思っている」
「し、仕方ないです。戦力的には一番劣りますから……」
「でも、異世界から僕を呼ぶために、その戦力が整えられなかったって聞いたけど?」
「……所詮は5番目です。平四郎さんを召喚しなくても、戦力的には一番下だったです」
異世界から自分を召喚するコストは、艦隊の主力となる戦列艦2隻分かかるらしい。フィンは平四郎を呼んだことで火力がぐっと落ちる艦隊の提督となったわけだ。
「フィンちゃん……あの……」
「は、はい」
平四郎は今ここで確かめなければと思った。(何を?)フィンの気持ちである。パンティオン・ジャッジが始まってしまえば、話す機会がなくなってしまうかもしれない。この戦いに負けるとフィンは自分のそばからいなくなってしまうのである。
(話すなら……。今でしょ! 今しかないでしょ!)
平四郎はドキドキする心臓の高鳴りを抑えて、口を開いた。
「この戦いで勝って……、勝って、この世界を救う代表になって、S級の空獣を退けることができたら!」
「で、できたら?」
小さな声でフィンが尋ねる。彼女の顔も真っ赤だ。両手を胸に当てて目を閉じている。
「ぼ、僕と!」
「へ、平四郎くんと?」
「僕と結婚してください!」
「……?」
(し、しまった~!)
平四郎は自分の口から飛び出た言葉の響きに自ら驚いた。
「僕と付き合ってくれませんか?」
というつもりだったのだ。そりゃそうだろう。まだ、フィンと付き合うこともしてない。正式に交際を申し込んでいないから彼女ですらないのだ。
(や、やってしまった! 僕としたことが!)
あの嫌みくさいヴィンセント伯爵の顔が思い浮かんだのがいけなかった。あんな奴にフィンをとられたくないという思いがこみ上げていたから、つい飛躍してしまった。フィンはというと、そう言われて固まっている。そりゃそうだろう。付き合ってもいない男から「結婚してください」と言われてO.K.する変な女の子はこの世にいないだろう。だが、結果は思いがけないものだった。
「は、はい」
小さいが、はっきりとそう聞こえた。
(ああ……神様。ここに変な女の子がいました!)
「え? ほ、本当に?」
「はい。世界を救ったら、私は平四郎君のお嫁さんになります」
恥ずかしそうに……でも、はっきりとそうフィンは答えた。平四郎は思わず、フィンを抱きしめた。華奢な体が自分の中に包み込まれ、平四郎は体いっぱいに幸せを感じた。
(女の子って、やわらかくて、こんないい匂いがするんだ)
人生で初めて女の子を抱きしめた平四郎は、もう魂が天にまで駆け上っていく爽快感に浸っている。フィンも平四郎の胸に頬を寄せている。
(幸せ~。初恋が実るってなんて幸運なんだ! 東郷平四郎、人生に一片の悔いなし!)
キュッと服をフィンが掴んだ。放してという合図のように平四郎は理解した。このシチュエーションなら、この後は決まりである。そう、キス! 今まで、女の子とキスをしたことがなかった平四郎は緊張したが、ここは男として覚悟を決める。下から上目遣いで自分を見つめるフィン。唇がピンクで艶かしく光っている。
(決めるぜ!)
平四郎は顔を寄せていく。ググぐっと……。
「ら、らめれす!」
また噛んだ。慌ててフィンは言い直す。
「ダメです。平四郎君」
フィンが右手の人差し指と中指を立てて、平四郎の唇に当てた。
「け、けっきょん……」
またまた噛んでしまって、きゅううううっと下を向くフィン。こんな場面でもメンドくさい(笑)
「け、結婚するまでキスはお預けです!」
「ええええ?」
「今後、わたしの体に触れてもいけないです」
「えええええ?」
「あの、その……。エッチなことも、もちろんダメです」
「はああああ?」
そりゃそうだろう。キスがダメならそれ以上はもちろんダメである。
「だって、結婚を承諾したってことは少しぐらいイチャイチャとか……」
「ダメです」
がっかりする平四郎。いや、別にフィンに変なことをしたいわけじゃないのだが。
(どうして、触れてもダメなんだ?)
平四郎の気落ちした顔を見て、フィンも心が動いたのか、恥ずかしそうにこう言った。
「手を……手をつなぐぐらいなら……いいです。というか、今、つないで欲しいです」
「フィンちゃん……」
平四郎は右手でフィンの手を握った。壊れちゃいそうな細い指。すべすべした柔らかい感触が伝わってくる。
「わ、わたしたちの結婚のために……この世界を救うために……がんばりましょう」
「頑張る。僕は絶対頑張るから! フィンちゃんにウェディングドレス着てもらうから!」
平四郎はフィンの両手を握る。フィンもキュッと握り返してくるのが分かった。何だか心と心が結ばれたような気がした。
(期待しています……わたしの艦長様)
フィンは小声でそうつぶやいた。幸せで頭がいっぱいになって体中が熱くなってくる。
頭もくらくらしてきたので、フィンは平四郎と別れて城に用意された宿泊部屋に戻っていった。そこにはミート少尉が待機しているはずだ。
残された平四郎は、この後、国防省のお偉いさんとか、国防艦隊の将軍やら貴族たちに話かけられて、フィンの様子を見舞うこともできず、城をあとにするしかなかった。
「で、メイフィア防衛艦隊司令長官としては、予想はマリー王女殿下の第1艦隊で決まりということですか」
「戦力差からいって決まりじゃろ。先ほどの余興はともかく」
メイフィア・タイムズの新聞記者であるラピス・ラテリは、愛くるしい顔をさらに3倍増しにして、通常は近づけないVIPである防衛艦隊司令長官に1対1の取材をしている。先程はマリー王女にもインタビューを敢行し、彼女の自信の程を聞き出してきたので、明日の朝刊のスクープはものにしていた。しかも、余興で第5魔法艦隊に配属された異世界の青年が第1魔法艦隊のヴィンセント伯爵を一方的にぶん殴ったスクープをものにしていた。
ラピスは新聞記者としては3年目のまだ若手ではあるが、体当たり取材で数々のスクープをものにして会社でも注目を集めていた。今回もこの前夜祭に忍び込み、来賓客に化けて取材を敢行していたのだ。パーティードレスの胸元にメモ帳を隠し、怪しまれないように質問しては記録していた。
「普通に考えればそうじゃろ。旗艦のコーデリアⅢ世の魔法防御力はレベルMAX。理論上はS級空獣の攻撃にも耐えうる性能じゃ。他の公女方の主砲じゃ撃ちぬけないことを考えれば、マリー王女の第1艦隊が勝つじゃろ。但し、リメルダ嬢の第2艦隊も侮れない。魔力さえ上げれば、コーデリアⅢ世の防御壁を打ち破れるかもしれない」
アルコールが入って上機嫌の長官の口はなめらかである。
(はいはい……。マリー様の第1魔法艦隊が有利と……)
鉛筆を舐め舐め、メモするとラピスは次の取材相手に向かう。第1魔法艦隊がこの国の代表になるだろうというのは、メイフィア国民が誰もが思っていることで、彼女としては、もっと意外性のある予想が知りたかったのだ。ふと見ると、メイフィア防衛大学の教授だが、変人で有名なハウザー教授がいる。彼はまだ40歳だが天才肌の軍事研究家で、空獣と空中戦艦の権威でもあったが、それ以外はいい加減な言動で変人扱いされていた。ちなみに女性に手を出すのが早いことで有名でもあった。
ラピスはドレスをひるがえして、ハウザー教授に取材を敢行する。
「ハウザー教授。教授の考えですと、どの公女様が勝つとお思いですか?」
「おや? 貴族のご令嬢にしては、シビアな質問をなさる」
ハウザー教授は顎に生えた無精ひげを右手で触り、ラピスの足先から頭のてっぺんまで観察した。そして、クスクスと笑い始めた。
「私、ヴィトン子爵の娘のレイナと言います。もうすぐこの世界を滅ぼす空獣が復活するのでしょう? それを迎え撃つ魔法艦隊の選抜戦ですから、貴族の娘といっても興味がありますわ」
「フフフ……。うそだね。貴族の娘というのは嘘」
「う、嘘じゃありません」
「まず第1に、君の顔は日焼けをしている。化粧でごまかしているようだが右耳の日焼け後は隠しきれていない。それは、外で飛び回っている仕事をしている証拠だ。貴族の娘なら日焼けなどしない。第2に右手のペンだこ。君は物書きか新聞記者などのライターをしている可能性が高い。第3に足に履いているヒール。君は普段は履いていないのでしょう? ふくらはぎの筋肉が悲鳴をあげていますよ。第4にその栗色のショートヘア。深窓のお姫様ならそんな活動的な髪型にはしない」
ズバリ言い当てられて、ラピスは言葉がない。どうやら、この変人学者には正体はバレバレなようだ。
「さすが教授。正直に言います。メイフィア・タイムズのラピス記者です。ジャーナリストとして、国民に正確な情報を伝えたいのです。衛兵に知らせてわたしを逮捕しますか?」
「いいや。君のような美人は大歓迎だよ。対空獣にはなんの役にも立たない無能な軍人共に比べればマシさ」
そう言いつつ、女たらしの異名を持つ教授だけあって、いつのまにかラピスの肩に手をやり抱き寄せて、腰に手を当てると見せかけてお尻をさわさわと触っている。
(女性を口説くのがうまいんじゃなくて、痴漢じゃないのか?)
ラピスは心の中で舌打ちしたが、ここは騒ぐと自分が不利なのでグッとこのセクハラに耐える。
「で? 教授の予想は? やはり、第1艦隊で決まりですか?」
「いや。僕は第5魔法艦隊フィン・アクエリアス嬢が勝つと予想していますよ」
「へ?」
思わずラピスは聞き返した。予想だにしなかった回答なのだ。相変わらず自分のお尻をなでてくるエロオヤジなので、何かの冗談と一瞬思ったが、この変人教授は発言する時には必ず何か根拠があって話すということをラピスは知っていた。その根拠が思いもよらぬことが多く、それで変人という名が付くのであるが、それが当たる時があるから、この男はこの場に招かれているのである。
「その根拠は?」
「先ほどの前哨戦。異世界の青年が一瞬でヴィンセント伯を倒したよね」
「確かにすごいですけど、あの青年は魔力0と聞きます。倒したのはすごいですが、ヴィンセント伯が油断していたようですし」
「君は見抜けなかったようだね」
「え?」
平四郎の攻撃は30発にも及んだが、あまりの速さに一般客には1、2発のパンチが当たったようにしか見えなかったらしい。それをこの記者に教えてやる義理もないと思ったハウザーは、違う言い方をした。
「勝つといっても45%くらいかな?」
(45%でもありえないわ!)
「第5魔法艦隊は艦艇4隻。旗艦レーヴァテインは高速巡洋艦で後は護衛駆逐艦という編成で最も戦力は劣ると言われています。攻撃力は第4魔法艦隊のリリムさんの半分にも満たないのにどうすれば勝てるのですか?」
「君の考えるものさし、既成概念にとらわれていないかい?」
「既成概念?」
「確かに他の公女方の戦列艦の火力は第5艦隊を凌駕している。だが、戦いの勝因は火力と誰が決めたんだい?」
「それは空獣を倒す時に魔法攻撃が必要ですから……」
「人間の魔力を変換し、空獣の耐性を考慮にいれた魔法弾による攻撃。これは人類が何千年もかけて考案した対空獣への対処法。だが、そのやり方はもう通用しないかもしれない。前回の500年前の成功で打ち止めということさ」
「どういうことですか?」
「そもそもこのパンティオン・ジャッジの制度はどうして生まれたと思う?」
「それは……。切磋琢磨することで魔力レベルを上げて空獣に対抗する力を付けるためで」
「ダメだなあ……。そういう学校で習った通りの答えじゃ、人類は生き残れないよ。もう一度、歴史をさかのぼってパンティオ・ジャッジの真の意義を考え出したまえ。既成概念が壊れた時に新たなものさしが生まれる。まあ、第5魔法艦隊がそれに気が付けばの話だけどね。」
そう言って、ハウザー教授は右手を上げた。これで取材は終わりという合図らしい。
(な、何だか答えをはぐらかされたような……いや、何だか下半身がスースーするような?)
立ち去るハウザー教授が左手に引っかけているシルクの布切れを見て、ラピスはかあっ~と顔が赤くなる。
(あの男、いつの間に!)
「ああ、ラピス嬢。センスのよいモノを身に付けていますね。そのセンスにヒント1。第5魔法艦隊の艦長、異世界の青年に注目。第2に旗艦を設計した人間に注目。第3にフィン嬢がなぜ選ばれたかに注目……ちょっとヒント出し過ぎかな」
そう言うとクンカクンカと布切れの匂いを嗅いで立ち去る教授。思わず精神的ダメージで床に這いつくばるラピス。
(気がつかなかった私も悪いけど……。一体どうやって脱がせたんだ~)
「パシっ!」
と手を叩く音がしてラピスはその方向を見た。今晩の主役の一人であるリメルダ第2公女が青年と向き合っていた。何やら話が決別したようで、プンプン怒ってリメルダが立ち去ろうとしている。
(あれは……。異世界から来た青年? 確かトーゴー…ヘイシロウとか。面白くなってきたわ!)
ラピスのジャーナリストとしての魂に火が付いた。これでスクープをゲットすれば、失った下着ぐらい賄賂として安い方だ。
*
「姫さま、姫さま……。交渉はうまくいきましたか?」
第2公女リメルダは、パーティー会場を足早に去ると、あてがわれた部屋に閉じこもった。侍従である妖精族、ケット・シーのナームが心配そうにリメルダに聞く。この妖精族、ケット・シーは猫の姿をした生き物で、妖精国家ローエングリーンに多く生息する種族である。魔力にあたる妖力が強い種族であり、その力を買われてこの世界のいたるところで活躍していた。
「交渉は決裂よ! ナアム、あの異世界の男、生意気にも私の差し出す手を払ったのよ! 屈辱的だわ! アイツめ、この私を拒否するなんてありえないわ。ありえない!」
「フフフ……。姫さま、姫さまにしてはずいぶんご執着のようですね!」
「う、うるさい! ナアムがあの男を艦長に引き抜けって言うから、不愉快な思いをしたじゃないの! 私は別に艦長はあなたでも良かったのに」
「彼に振られたならこのナアムが務めますよ。でも、姫さまとあの異世界の青年。何だか、ナアムの占いによると浅からぬ縁があるみたいですよ」
そうケット・シーのナアムはくるりと宙返りをした。ケット・シーの占いのダンスだ。
「いいよ。その占い、当たらないから!」
「はいはい。姫様はパーティー会場には戻らないのですか?」
「もう疲れたから寝る!」
「お風呂も入らず?」
「……」
「どうします? 姫さま」
「このままじゃ、気持ち悪いからやっぱり入るわ」
「はい。準備はできています。姫さま」
ナアムは召使いを呼ぶと仕えている主君のドレスを脱がせ、念入りに体をマッサージするように命じた。
(姫さま、ケット・シーの占いは、特にナアムの占いは当たるんです。あの異世界の青年、姫さまの運命の人になるって出てます)
そう心の中でナアムはそうつぶやいていた。首からかけたペンダントを触る。幼馴染で婚約者だった男からもらったペンダントだ。その幼馴染も国を追われて今は行方不明になっている。
リメルダもリメルダで、湯船に浸かりながらさっきの出来事を思い出していた。
(私を拒絶するなんて……。初めて……。あんなにはっきりと私にモノを言うなんて。あんな男、初めて……)
*
「フィンの第5魔法艦隊はなんの期待もされていない。僕が異世界からきた人間ということがせいぜいプラス要因だけのようだ」
いつもの安宿に帰って平四郎は、堅苦しい儀式用の軍服の上着を脱いだ。トラ吉はもうベッドの下の専用の寝床にうずくまっている。
「旦那~。そりゃ、誰が見てもかませ犬以下だにゃ。総艦数4隻。旗艦は巡洋艦って、火力だけでも他の公女方に比べると半分以下だにゃ。いくら魔法力が強くても触媒たる武装した飛空船がそれじゃ、旦那やフィン公女の能力が生かせないと考えるのが普通だにゃ」
「そこだ、そこだよ。なあトラ吉。この国の艦隊戦は派手な魔法攻撃の応酬なんだろ?」
「まあ、そうですけど。強力な魔力を魔法攻撃に変えて相手の船を攻撃するにゃ。そして、防御も魔法障壁がまず防ぎ、それが突破されると物理的耐久力で防ぐという流れだにゃ」
「その戦い方、昔から決まっているのか?」
「ここ2000年は変わっていないと思うにゃあ。たぶん。パンティオン・ジャッジが始まった2000年前。「ゴリアテの悲劇」の頃からずっと変わっていないって言われているにゃ。」
ゴリアテの悲劇というのは、1000年前の空獣攻撃でのこの世界の人間の5分の4が死に絶え、地上世界が死の世界に変わった出来事をいうらしい。天空の浮遊する大地に逃れた人間が現在の国家をつくったらしいが。
「単なる撃ち合いだと負けるけれど、そうじゃない戦いに持ち込んだから勝機はないだろうか? パンティオン・ジャッジがきたる空獣との戦いにあるなら、新しい戦い方があってもいいだろう?」
「旦那、いいこと言うにゃあ。異世界から来た人間は発想が違うにゃ。戦い方を変えるって……。旦那ならやれるかもしれなにゃ。まずは、どうやって戦うかじっくり考えることだにゃ。それより、旦那さっきの告白やるねえ。いきなりプロポーズとは驚いたにゃ!」
トラ吉のやつ、こっそり会話を聞いていたらしい。いやらしい猫だ。
「いや、あれはちょっとした間違いで……」
「それでもOKもらったにゃか?」
「そうなんだ!」
平四郎はプロポーズしたシーンを思い出した。フィンが恥ずかしそうにうつむいてコクンとうなずき、返事をしてくれた場面を脳内で何度も繰り返し映像化する。
「ああ……僕はなんて幸せなんだ!」
「でも、そのフィアンセにキスどころか触ってもいけないんだにゃ」
「まあ、そうだけどね。でも、手ならいいんだって! フィンちゃんの手に触っちゃった」
「はあ~。旦那はいい年して小学生のような思考回路ですにゃ。今時、中学生でも手握っただけで満足しないにゃ」
「うるさい! 僕はそれでも満足なんだ!」
「そんなにガマンしても結婚は絵に描いたモチだにゃ。第5魔法艦隊が勝つ確率は限りなくゼロにゃ」
トラ吉はあくびをして寝始めた。平四郎は明かりを消して目を閉じた。
(確率ゼロだって?いや、僕はありとあらゆる手を使って勝つ! 勝ってフィンちゃんと結婚するんだ。それがこの世界での僕の使命だ)
本当はこの世界、トリスタンを守ると言いたいところだが、自分のようなちっぽけな人間には荷が重すぎると思ったのだ。平四郎としては心のよりどころであるフィンが第一だと強く思った。
*
「ゴリアテの悲劇。改めて調べてみるとこの世界の人間はよく生き残ったと思うわ」
メイフィア・タイムズの女性記者ラピスは、新聞社の戻ると過去のデータを検索してみる。メイフィア・タイムズのデータベースは、なかなかのものでこれまでの空獣による破壊から逃れた貴重な情報が蓄えられていた。これ以上のモノになると国の情報局しかないだろう。
ゴリアテの悲劇
2000年前に起きた人類滅亡の危機
エターナルと呼ばれるS級の空獣を中心とする巨大空獣の群れに立ち向かったトリスタンの連合艦隊1万隻は、突如、空獣たちが発したサウンドウェーブにより沈黙し、すべてが破壊された。空獣を狩る方策を持たなくなった人類は、魔法族、機械族、妖精族、霊族を問わず殺戮された。地上は人の住めない大地に変わり、海は死の海へと変貌した。
「サウンドウェーブ……音波ブレス。今では『メンズキル』と呼ばれる厄介な攻撃」
ラピスは資料のページをめくりながら、ため息をついた。この特殊攻撃のおかげで国軍の大半が機能しなくなったのだ。
エターナルやA級の空獣が発するこの特殊攻撃は、人類の中で男性のみに効果を発揮する。この音波を浴びた男は確率3分の1で死に至るのだ。ゴリアテの悲劇では、空獣を駆逐しようと集結した人類の軍団は、このブレスを3度浴び、ほぼ男で編成された連合軍は混乱したまま、空獣との死闘に入り壊滅したのであった。
「その後、エターナル空獣に対するのは女性となったが、元来、女性は戦闘力で男性に劣り、魔力でも劣った。そこで考え出されたのが、魔力の優れた娘を全世界から選び、競わしてレベルを上げ、選ばれた娘が空獣に相対するパンティオン・ジャッジの仕組みが作られた。少数の人間で旗艦を操作する仕組み、主要艦以外は原則無人で提督が操るようになった」
1500年前の女性のみで編成された艦隊は、不慣れなせいもあり全滅。人類はまた壊滅の危機にあったが、最後に残った戦列艦グーテンベルクの最後の攻撃がエターナルを負傷させ、何とかこれを退けることができた。
その500年後。今度はパンティオン・ジャッジで選ばれた妖精族の女王が見事にエターナル空獣を退けた。
そして今から500年前。魔法族で初めて選ばれたマグダレーテ・ノインバステンが、異世界の男とパートナーになり、復活したエターナルを倒して人類の危機を救った。
「それから500年がたち、また人類は空獣の脅威にさらされようとしている。今回、私たち人類は生き残れるか。公女たちの戦いにかかっているわ。となると、第5魔法艦隊の異世界から来た少年というのが気になるわね」
ラピスは平四郎に関するデータファイルを見た。情報検索の魔法を使い、手のひらに国防省が保管しているデータを映したのだ。ちょうど、現代日本ならスマートフォンで検索している感じだ。無論、国防省のデータにアクセスしても普通は見ることはできないのだが、ラピスはある程度のレベルまでのセキュリティを突破して情報を得る方法を得ていた。
バレるとやばいのではあるが、これも人類が滅びるかどうかに関わる問題なのだ。ジャーナリストの真実を伝える使命の前には多少は許されるだろうと考えていた。
東郷平四郎 21歳 男 出身 日本 魔力0
「魔力0 うそ? ありえないわ。魔力0であのヴィンセント伯爵を倒すなんて」
(これは匂うわね。秘密の匂い。何か秘密があるのかもしれないわね)
そもそも魔力が0なんてありえない。魔力が低いタウルン人でさえ、計測すれば10~100はある。0というのは不思議な数値なのだ。
魔力は一般的に20歳前後が最も高くなる。その後、年齢と共に下降していく。だから、年寄りの魔法使いなどというのは、この魔法国家メイフィアではありえない。国防軍は訓練してこの魔力を磨き、相応の兵力として活用しているが、それは時折現れる、D級空獣、C級空獣を退治することが精一杯であり、今後現れるであろうB級、A級、さらに最終復活するであろうS級空獣には、歯が立たないというのが通説であった。
ただ、どれもが500年前からに言い伝えに過ぎず、そんな大きな空獣がいるなんて信じられないというのが大半の国民の思いであった。ここ2、30年では、B級空獣を仕留めた話がまるで風物詩のように語られるに過ぎなかった。
(この異世界の青年がどう関わっていくのか……。興味がわいてきたわ!)
第2魔法艦隊提督リメルダが彼をスカウトしたという話を聞いたが、分かるような気がする。(この青年は何かをやってくれる)ラピスは何だかわくわくしてきた。あのエロ教授の言ったとおり、この艦隊は何かやってくれそうであった。
(なんだか、この男の子に興味をもっちゃった。これは体当たり取材確定ね!)
ラピスは意を決し、編集長に特別出張願いを出した。差し出された書類の取材先に書かれた場所を見て編集長は驚く。
「ラピスくん。この船に乗るのかい? 下手したら死んでしまうよ」
「大丈夫です。パンティオン・ジャッジは勝負がついたら降伏する決まりですし」
「そりゃそうだが、艦橋に直撃を喰らえば即死もある。。わざわざ、負ける船に乗らなくても」
「編集長、既成概念にとらわれていませんか?」
「既成概念? なんだそりゃ?」
「ふふふ。スクープを期待していてください。きっと、あっと驚く結果を出してご覧に入れますわ」
そう言って、ラピスは栗色の髪を耳にかけた。許可証に編集長のサインをもらうと、メイフィア・タイムズのビルを出た。許可証の取材場所には、
「王国所属艦番号3771第5魔法艦隊旗艦レーヴァテイン」とあった。
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