第3話 処女航海

 青い空を3隻の空中武装艦がデルタ隊形で飛んでいる。高速巡洋艦と護衛の駆逐艦2隻である。平四郎は先頭を行く高速巡洋艦レーヴェテインの艦長席に座って青い空と雲を眺めて、時折、雲の隙間から見えるどす黒い海と灰色のガスに覆われた陸地を眺めている。

「このトリスタンという世界。みんな空中で暮らしているのか?」

 平四郎は誰に言うでもなく、そう問いかけた。ブリッジには艦の操縦に従事している人間が5人いる。まずは副官のミート・スザク少尉。制服がはじけそうなダイナマイトな人である。フィンの同級生で超世話焼きの有能な副官だ。年齢は19歳。

 副官といってもリーダー性が皆無にフィンに代わって、実質この第5魔法艦隊をとりしきっている。なんでもハキハキしゃべる明るい女の子だ。ただ、一言多いのと少々、おせっかいなところがある。今朝も旅館で寝ていた平四郎を起こしに来たのだが、顔を洗えとか歯を磨けとか、朝食はよく噛んで食べなさい……等とまるで母親のような感じであった。

 操舵手として舵を預かるのがカレラ・シュテルン中尉。ショートカットのウルフスタイル。髪はフィンと同じく銀色。軍服が似合うお姉さんだ。船を動かしたら右に出るものはいないという才能の持ち主。昨日、口説いて第8パトロール艦隊から引き抜いた。現在のところ、その腕前のとおり、船を確実に運行している。

 さらに通信担当のプリム・ケイマンちゃん、防御担当のパリム・ケイマンちゃん。双子の姉妹。一卵性なので見分けがつかない。二人共、長い金髪の髪をツインテールにしている。背が低く、まるで小学生みたいだが年齢は15歳ということだ。一応、髪を止めているリボンが赤いのがプリムちゃんで、白いのがパリムちゃんとのことだ。髪のリボン以外で見た目は見分けがつかないが、喋れば分かる。プリムちゃんはおっとりとした口調であり、パリムちゃんは「おじゃる」が語尾につく不思議ちゃんなのだ。

 攻撃担当が平四郎以外では唯一の男、ナセル・エンデバーク。年齢は平四郎より2つ上の21歳。もじゃもじゃの金髪の髪を無造作に伸ばした長身細身の男だ。メガネをかけて時折、それを中指で上げながらしゃべる癖がある。それは少々キザだが、気さくな性格で平四郎にいろいろと軽い口調で話しかけてくる。あと、ここにはいないが艦内の生活面のサポートをしてくれるメイド長のアマンダさんという20代半ばくらいの女性がいる。フィンの家に仕えている侍女という人だ。

 この第5魔法艦隊旗艦レーヴァテインの乗組員は異様に女子率が高い。これはこの艦隊の最終目標が巨大な空獣であり、それが『メンズキル』という男だけを殺す特殊な音波攻撃があることが理由だ。音波攻撃をしてこないB級以下の空獣を狩るパトロール艦隊や打撃艦隊では、乗組員の大半は男であるが、それ以上を相手にする魔法艦隊は女子率が高いのだ。何はともあれ、職場に可愛くて美人な女性がいるのは悪くない。

 平四郎の独り言のような問いに答えたのはやはり、気さくなナセル。

「何だ? 平四郎は居候した商会でこの世界のレクチャーしてもらわなかったのか?」

「……教えてもらっていないよ。というか、飛空船のことばかりで聞かなかったというのが正解だ。断片的に知識はあるけど、正式には聞いてないから」

「平四郎は異世界から召喚されたというのに適当だな~。じゃあ、この機会に俺が少しレクチャーしてやるよ」

「ナセル! 役割がおろそかになっていませんこと?」

 そう副官のミート少尉が割って入る。

「ミート、俺の役割は攻撃担当。現在、第5魔法艦隊は巡航中で敵影はなし。つまり、今は暇ということで。艦長に有益な情報を伝える任務を遂行します」

「もう緊張感ないんだから」

 渋々、ミート少尉はナセルの行動を黙認する。

「平四郎、この世界トリスタンは4つの浮遊大陸と無数の浮遊島から成り立つ。全部、空中に浮いていて、人間はそこで暮らしている。俺らの魔法王国メイフィアは、魔法族の人間が住む第1大陸に位置する国だ。第2大陸、第3大陸と別の種族の人間が住んでいる。ちなみに同盟を結んでいて、この世界には戦争が起きたことはない」

「戦争が起きたことないって、君たちはすごい平和主義者だな」

 平四郎はトリスタンの人間の博愛主義に感動した。平四郎のかつていた世界では、戦争がない年など存在しなかった。

「500年に一度、人が滅びるかも知れない災厄があるんだ。人間同士で争っている暇はないよ」

 ナセルの口調はさらりとしたものだが、よく考えると怖い内容だ。500年に一度、必ずやってくる災厄に備えて、この世界の人間は日々生きているということになるのだ。話題を変えようと平四郎は考えた。

「地上にはだれも住んでいないのか?」

「この下、分厚い雲の下に広がるのは、酸の海だ。生物など存在しない。希に人が住める島があるって話だが、基本的には死の世界さ」

「酸の海?」

「ああ。突っ込めば、この船もあっという間に溶けてドカンさ」

 そう言ってナセルは両手で弾けるジェスチャーをした。この男、話すときはボディランゲージをするから話が分かりやすい。

「それで君たちは昔から、空中で暮らしていたというわけか」

「遠い昔は地上に住んでいたという話だけど、それは千年も二千年も前の話しってことだ。500年に一度、このトリスタンに現れるS級の空獣が地上を全て破壊し、海を酸の海に変えたと言われている。本当かどうかは知らないが……。ありえない話じゃない」

「S級の空獣?」

 平四郎はナセルの話からもいろいろと聞きたいことが出てきたが、探知魔法による索敵で前方から近づいてくる船があるとプリムちゃんが告げるので、話を中断せねばならなかった。

「前方から接近中の船がありますうううう。認識魔法により識別可能ですうう」

「どこの船です?」

 副官のミート少尉がそう問い直す。

「メイフィア所属、パトロール艦隊だと思われますううう」

 同時にパトロール艦隊も進んでくる艦影を識別した。

                    *

「所属、第5魔法艦隊旗艦レーヴァテイン他、護衛艦2隻」

「ほう? 何かと噂の第5公女の高速巡洋艦か……」

 そうつぶやいたのはメイフィア国防軍第12パトロール艦隊司令のウルバヌス中将であった。彼の艦隊は第1大陸に位置するメイフィア王国の東側の巡回パトロール中であった。

「こんなところを航行中とは、試験航海中ってところか」

 そうウルバヌスは接近してくる高速巡洋艦を見る。

(あれが飛空船の天才ハメルが設計して建造したという船か……。なかなか面白いではないか)

 全長159mのレーヴァテインは、109mのウルバヌスが乗るパトロール護衛艦よりも大きい。だが、所詮は巡洋艦で、他の公女に与えられた戦列艦に比べると大きくはない。

「司令、第5公女殿下はかなりの魔力をお持ちと聞いてますが、なぜ、通常の戦列艦クラスを与えられなかったのでしょうか?」

 そう副官が尋ねた。彼は士官学校を出て副官に抜擢された優秀な青年であった。

「まあ、所詮、序列は5位だ。他の公女方の経験値を上げるための練習相手だから、変わった戦いが展開できるためであろう。あのタイプの巡洋艦はスピード命だからな。戦列艦の火力をもってしても当たらなければ、そこそこ戦えるかもしれない」

「大丈夫でしょうか。S級が現れるまでは、あと2年もないのでしょう?」

「ああ。おかげでちょくちょく、こじんまりとした奴らが出てきている。それを見つけ、早いうちに撃破するのも我々の任務の一つだ。どれどれ。公女様が敬礼をしている。こちらもお返しせねば……」

 艦橋がすれ違うときに艦長及び司令官は起立して、敬礼をするのが魔法王国メイフィア艦隊の決まりであった。

                  *

「平四郎少佐、儀礼です。起立して友軍のパトロール艦に向けて敬礼してください」

 そう副官のミート少尉に言われて、平四郎は立った。ブリッジの乗組員みんな起立している。

(敬礼って、やっぱり、右手を伸ばして頭に……)などと考えたが、後ろのフィンを見ると胸に右手を伸ばして当てている。これがこの世界の敬礼らしい。そういえば、昨日のカレラ中尉もミート少尉も同じことをしていた。平四郎も同じように敬礼する。

「通信入ります!」

 通信担当のプリムちゃんがそう報告する。艦橋のモニター画面に第12パトロール艦隊の旗艦デトマソの艦橋が映される。

「第12パトロール艦隊司令官のウルバヌス・ガガ中将です。第5魔法艦隊提督、フィン・アクエリアス第5公女殿下でいらっしゃいますね」

「は、はい。中将閣下。お初に……お目にかかります」

 フィンがそう応えた。

「それにブリッジにいるのが、異世界から来た青年だな。君の噂も聞いているよ。公女のいや、この世界のために頑張ってくれたまえ」

 平四郎はなんて答えて良いかわからない。敬礼したまま無反応な平四郎を無視して、ウルバヌスは再び、フィンの方へ話題を振る。

「一応、お聞きしますが、公女殿下はどちらに向かう予定ですか?」

「は、はい……あの……」

 フィンは話し慣れていないのか、モジモジしている。ここでも人見知り健在である。そこで副官のミート少尉が割って入った。

「私、副官のミート少尉が代わりにお答えします。当艦隊は東へ300キロメートル。マルビナ浮遊島を一周して、首都クロービスに向かう予定です。途中、射撃訓練を実施する予定です」

「そうですか。マルビナ島付近は射撃訓練にはもってこいの場所ですからな。安全とは思いますが、最近、何頭かC級の個体が出現してきています。ご注意ください」

「了解しました。フィン提督も旗艦の安全航海をお祈りしていますと言っております」

 ミート少尉はテキパキとそう代わりに応えた。でないと、フィンに任せておいては長く微妙な空気が流れてしまう。やがて映像が切れた。第12パトロール艦隊、総数7隻が通過していくのを平四郎は黙って見ていた。

(C級の空獣?)

 平四郎はバルド商会で働いていた3ヶ月で、空獣ハンター達から、多少の知識は仕入れていた。彼らのターゲットはD級が最大で、その下のE級に分類される空獣亜種族が主な獲物であった。C級と呼ばれる大きさの空獣と戦った話は聞いたことがなかったのだ。

(僕はとんでもない世界に来てしまったのかもしれない)

 そう思ったがそれは後悔ではない。平四郎はそっと提督席のフィンを見た。自分は初恋の相手であるフィンに会いたいためにこの世界に来たのだ。だが、そんな平四郎の思いもフィンには通じているのか、通じてないのか……。フィンは平四郎と視線が合うとすぐ目をそらしてしまう。時には別室へ移動してしまうのだ。今も平四郎が提督席に座るフィンに視線を送るとフィンは慌てて目を左へ向けてしまう。

(嫌われているのか?? いや、待て! 今まで失念していたが、ここの住人、魔法国家メイフィアの民ってことは……。みんな、魔法が使えるのか!? 使えちゃうのか!?)

(いやいや。3ヶ月バルド親方やルキアとは一緒に暮らしていたけど、そんな素振りはなかったはずだが……。だけど、フィンちゃんはとんでもない魔力の持ち主だと言うし。まさか、上級の魔力を持つ人間はいろんなことができるのでは?)

 となると、平四郎はやばいことに気づいた。フィンの魔力で心の中を読める魔法が使えたりして! そうしたら……。例えば、自分が妄想したエロい映像も全部分っちゃっているとか! いや、フィンについては、エロ妄想はしていない。ミート少尉には少ししたけど……。あのエロボディで平然としている健全な男子はいないだろう。

(こういう話はやはり、男同士じゃないと)

 平四郎は席を離れるとスタスタとこの船で自分以外の唯一の男であるナセルのところへ行く。ナセルの肩をポンと叩く。

「な、何?」

 椅子に座って退屈そうに足を上げてあくびをしていたナセルは、暇がつぶせそうと思って、うれしそうな顔を向けた。

「なあ、君たちって、魔法王国の住人というなら、魔法が使えるのか?」

「はあ? 何だ、そんなことか……」

「そんなことってなんだよ。魔法で人の心が読めるとか、ものすごい攻撃魔法が使えるとか、空が飛べるとか、モンスターを召喚できるとか、相手を眠らせるとか?」

「くっ、くははははは……。なんだい? そりゃ? そんな超人がいたら俺は会いたいぜ! 平四郎、お前、笑いの神様が降臨したのか? 降臨したんだろう?」

「笑いの神って! 僕はお前を笑わせるために聞いたんじゃない!」

 平四郎が本気で怒ったのを見て、ナセルは真面目顔になった。こいつのこういうところが平四郎は気に入っている。

「いや、すまん、すまん。魔法王国といっても、そんな魔法が使えるわけじゃないんだ。この国の住人は魔力を持っているものが多いけど、その魔力の変換先は限定されるし、触媒となるものがないとダメだ。例えば……」

 ナセルは懐からハンドガンらしきものを出す。

「これは軍人に支給されるごく普通の護身用の武器だけど、これは持っている人間の魔力に反応して使えるんだ」

 そう言うとマガジンを取り出し、銃弾を外して平四郎につまんで見せた。

「この弾に俺の魔力が込められて、魔弾が発射される。言わば、魔力も銃という触媒がないと使えないんだ。ただの謎のエネルギーってわけさ。ちなみにこの武器は軍隊の人間や治安を守る保安部隊の訓練された人間しか手に入らない。だから、一般人には攻撃魔法なんて無理さ。なあ、平四郎」

「な、なんだよ。急に改まって」

「もし、そんな人の心が分かる魔法やら、眠らせる魔法があって使えたら……」

「使えたら?」

「そりゃあ、男天国、ハーレムだ! 女の子食べ放題。イタタタタ……」

 急にナセルが叫びだした。いつの間にか横にミート少尉がいて、ナセルの耳を引っ張っていた。

「何? 男同士、こそこそ話しているの? エッチなこと話してるんじゃないでしょうね?」

 そう言うとミート少尉の大きな胸がプルンと揺れた。

「相変わらず、少尉はいい乳してるなあ……」

 本当に心から感心してナセルが言ってはならないことを口に出す。この男、天然で失礼な奴だ。

「乳言うな!」

 パーン!

 今度は容赦なくミート少尉の平手打ちがナセルの頬を直撃する。

「痛っ……。容赦ないなミートは」

 ナセルは頬をさすって、椅子に座りなおす。平四郎がナセルをいい奴だと思うのは、女の子に叩かれても反撃しないところだ。いつも笑って許している。といっても、暴力ふるうのはミート少尉だけだが。この二人を見ているとただの夫婦漫才か、ただのノロケのしか見えないのだ。

「平四郎も気をつけてください。この男とつるんでいると毒される」

 ミート少尉がそう言って睨むので、渋々、平四郎は自席に戻るしかなかった。後で詳しくナセルから聞いた話によると、一般的なメイフィア国民は微力な魔力を使って機械を動かすのに役立てるぐらいしかできないのだ。電気を使って生活に必要な機械を動かすのと同じである。魔法王国メイフィアといっても魔力=電気という図式で考えれば現代日本と変わらない。ただ、魔力が桁外れに強い人間もいて、そういう者だととんでもないことができたりするそうだ。それはこのレーヴァテインを動かしているフィンを見れば分かる。

「そろそろ、お昼ご飯の時間ですよ~」

 そう言って、艦橋にメイド長のアマンダさんが給仕の女の子2人を連れて現れた。ワゴンに飲み物とパンらしき食べ物が乗っている。メイド長のアマンダさんは、エプロンドレスがよく似合う長身の新妻って感じの格好だ。長い髪をポニーテールにしていて、フリフリのメイド姿でボディは、出るところはしっかり出て、引き締まっているところはきゅっと引き締まっている感じだ。

(こんなところで、リアルメイドさんに会えるとは……)

 平四郎は少し感動していた。このリアルメイドさんは、乗組員の艦内での生活をとりしきっているのだ。平四郎はアマンダさんと一緒に来た2人を見た。

 給仕している2人の女の子は、ちょっと変わっている。よく見ると、メイド服の背中に小さな翼(コウモリ?)が生えていて、ひらひらしているし、よく見ると口元に小さく2本の牙が見え隠れする。二人共、ミニスカートから細い生足を出し、ハイヒール姿であったが、てきぱきと給仕する。顔は二人共ソックリであるが、一人は金色の髪、もう一人は銀色の髪である。

「はい、艦長様。本日のランチは、一角獣のミンチ肉が少しだけ入ったコロッケをパンにはさんだコロッケサンドだわん」

 金髪の髪のメイドさんが、そう言って平四郎に食事を差し出す。

(だわん?)

 おかしな語尾に平四郎は金髪のメイドさんの顔を見る。幼い感じもあるが、顔は恐ろしいくらいの美形である。にっこり笑うその顔を見ながら、平四郎は差し出されたカップに口を付ける。魔法王国メイフィアで広く飲まれているシャワソーダという炭酸水だ。色は赤いが味は、コーラと変わりがない。金髪ちゃんが持ってきたサンドイッチもいわゆるコロッケパンと大差ない。

「にゃうん! ダメだにゃ」

 前の方で後ろのスカートを抑えている銀髪ちゃんが声を上げた。どうやら、ナセルの奴がミニスカートをめくったらしい。

「あなたねえ! 魔人形『ドール』のスカートめくって何が楽しいのかしら?」

「イタタタタ……」

 またしても、ミート少尉に耳を引っ張られている。

「魔人形?」

 平四郎は給仕を続けている2人を見ながら、つぶやくとアマンダさんが笑いながら教えてくれた。

「平四郎さん、2人は魔力で動く使役用魔人形なんです。金髪の方がゼパル、銀髪の方がベパルといいます」

「魔法ですか?」

「はい。メイド長の資格があると使用が許可されるのですが。まあ、彼女たちはメイドの仕事以外にもなんでも言うことは聞きます。体も通常の女性となんら変わりないのですが、くれぐれも夜伽などを命じられませんよう」

「夜伽って……」

 平四郎は顔が真っ赤になる。すると、なんだか後方からゴゴゴ……と黒い重苦しい圧迫感を感じた。そちらを見ると、フィンと目が合う。ちょっと怒ったような目つき。でも、フィンはすぐ下を向いてしまった。

 先程まで食べていたコロッケサンドのタレが口元に付いているのが超絶可愛い。フィンってお姫様なのに、なんとなくそんな感じがしない。いや、普通の女の子よりはどことなく、気品があるにはあるが、いいところのお嬢さんという感じで、お姫様という近寄りがたいオーラがないのだ。(手を伸ばせば届く?)みたいな親近感がいい。

「おや? おかしいわ……。機関室に異常、船の推進力が落ちている! 浮遊力も下がってきている」

 船を操っているカレラ中尉が、そう報告する。通信担当のプリムちゃんが、機関室の状態をモニターして慌てて状況を伝える。

「魔力が後退していますううううう。30%低下、どんどん、低下していきますううう!」

「まずいぞ! 原因は?」

 カレラさんとプリムちゃんが、同時に平四郎を見る。平四郎はドキっとしたが、心当たりはない。魔力低下はこの船の推進力であるフィンの状態ということである。ミート少尉がフィンのところに駆け寄り、そして、平四郎に叫ぶ。

「平四郎、魔力を貯蓄バッテリーに切り替えてください。提督の魔力供給に問題があるようです」

「え? ああ、このレバーを上げて自動航行ボタンをONにする」

 船に関しては平四郎の得意分野だ。すぐさま、艦長席の計器を触り、レーヴァテインの蓄魔力システムを起動させた。これで通常航行ならしばらくは可能だ。これは艦を動かす提督が休む場合に使うシステムである。

 一時の魔力切れでレーヴァテインは、下降して下の分厚い雲の層に突っ込もうとしていたが、蓄えられた魔力を使ってカレラ中尉が船の姿勢を立て直した。

「危なく、『深淵の雲』に突っ込むところだった」

 船が安定してカレラ中尉が安堵の声をあげた。

「『深淵の雲』?」

 平四郎の問いにカレラ中尉が答える。

「金属を溶かす雲海のことだ。特殊な飛空船以外はあの中に入ることはできない。『深淵の雲』は広く、このトリスタンに分布するがほとんど定位置にある。けれど、中には移動してくる危険地帯もあるんだ。航路から外れた場所を移動するときは気を付けないといけない」

「へえ。そんなものまであるのか」

「『深淵の雲』の中では、空獣も生き残れないからな。怖いところだ」

 そうナセルが補足する。また、平四郎の知識が増えた。

 艦の航行が安定したのを確認して、ミート少尉はフィンのところに足を運んだ。そしてフィンの手を取ると艦橋を出て、フィンの部屋『提督の私室』に行く。部屋に着くとミート少尉はフィンを問い詰めた。まあ、この賢明な公女の親友はある程度分かっていたのではあるが。

「フィン! どうしたの? 急に魔力供給を乱して」

「だ、だって、平四郎君の夜伽に魔人形って」

「ば、馬鹿ね。あんなの冗談に決まっているじゃない。男はエロい動物だけど、平四郎はそこまで度胸はないわよ」

「そうでしょうか……」

「もう、フィンたら、私の前では普通にしゃべれるのに、どうして男の子の前だとそんなに恥ずかしがるの。それじゃあ、思いも伝わらないよ。フィンって男嫌いなの?」

「ち、違うよ。どちらかというと、男の人大好き。男の人とお話、もっとしたいし、男の人に触られて、ちょっとエッチなことされてみたいです」

「エ、エッチって、第5公女ともあろう方が大胆な。でも、男の子なら誰でもいいわけじゃないよね」

「う、うん」

 そううなずくとフィンは顔が赤くなる。

(平四郎か、平四郎だよね。この反応。はあ~)

 と心の中でため息をつくミート少尉。分ちゃいたが、今回、第5公女に選ばれた親友は、異世界の青年に恋をしてしまっているらしい。この病はかなりの重傷だ。ミート少尉が見たところ、相手の平四郎もフィンに惚れている様子だから、これは相思相愛である。ただ、問題は2人とも恋愛初心者で簡単に進まないだろうと想像できたことだ。それにフィンには第5公女、魔法第5艦隊提督としての責務がある。

「代わりに私が平四郎に言ってあげようか? フィンは平四郎のことが大好きって」

「だ、だめです! 言っちゃダメです。わ、わたしから伝えるから」

「いつ?」

「こ、心が通じてわたしに勇気がわいてきたら……」

(はあ~)

 この恥ずかしがり屋では、一生言えないとミート少尉は思った。それは、平四郎も同じだろうとも。いずれにしても、平四郎のことで心を乱しただけで、艦の操縦に支障がきたしたら意味がない。

「フィン、多分だけど、平四郎もフィンのことが絶対好きだよ。これは間違いないよ。だから、安心して。あと、男の人は女の人に一途でも、つい目が他の女の人にいっちゃうことがあるの。そういう動物だから、いちいち、落ち込まない。でも、フィンの方も少しはアプローチしないと、彼を他の女の人にとられちゃうぞ」

「う、うん。ちょっとは、恥ずかしいけど、がんばって、平四郎君と話してみるです」

「そうするといいよ。じゃあ、艦橋に戻ろうか」

 ミート少尉は、部屋を出るフィンの後ろ姿を見ながら、この親友に降りかかるこれからの数奇な運命を思いやった。

「女王陛下、フィン・アクエリアス第5公女殿下は、マルビナ浮遊島付近に処女航海後、首都クロービスに夜には帰投予定です。明日には第4公女殿下、明後日には第3公女殿下が到着の予定です」

「いよいよ……ですね。外務大臣」

 魔法王国メイフィアを統べる女王マリアンヌ・ノインバステンは、傍に控える外務大臣ジオ・ハムラビに確認する。目の前には地図が広げられ、第1大陸とその周辺。メイフィア所属のパトロール艦隊の位置と、対空獣用の打撃艦隊の位置が示されている。そして、今回の主役の公女が率いる5個の魔法艦隊の位置も示されている。探索魔法レーダーにより、おおよその位置がわかるのだ。

「S級空獣の復活まで2年を切りました。我々トリスタンの存亡がかかっています。どの公女様が我が国の代表になりますでしょうか」

 ジオは老練な閣僚であった。若い頃から外交官として他国とつながり、各国に強力な人脈を作っていた。最近は妖精国ローエングリーン大使を勤めていたが、女王マリアンヌに請われて外務大臣となっていた。

「ふふふ……。それはわたくしに決まっています。ジオ大臣に女王陛下」

 部屋のドアを開けてツカツカと近づくながら、金髪のロングヘアをなびかせた美しい娘が口を開いた。ピンクのルージュが艶かしく光っている。

「マリー。パンティオン・ジャッジは真剣勝負の艦隊戦。油断しているといくらあなたでも、足元を救われるわよ。楽に勝てるとは思ってはダメ」

 マリアンヌ女王がマリーと呼ぶのは自分の一人娘である。マリー・ノインバステン。現王家の唯一の後継者であり、第一公女として第一魔法艦隊を率いている。マリーは自身満々な口調を改めようとはせず、勝つことが自分の責務であると強い信念をもっていた。

「5人いる公女と言っても、わたくし以外は王家とは何のつながりもないのです。前回のS級との戦いでも世界を守った英雄の子孫であるノインバステン家の血を引くものとして、この国の代表はわたくしが務めます」

「マリー。第5公女フィン・アクエリアスには、異世界から召喚した青年がパートナーとして従っていると聞いています。あなたは私たちの祖先がかつて異世界より召喚した人間と結ばれて、今日に至っていることを忘れていませんか?」

 マリアンヌ女王は、娘であるマリーの実力をよく知っているだけに、自信に満ちた娘の言動には理解があったが、それでも何が起こるか分からないのが代表を決めるパンティオン・ジャッジであり、その後の対空獣との戦いなのである。我が娘が代表になり、見事に世界を救うことを女王として望むが、母としては何事もなく結婚し、幸せになってもらいたいと思ってしまう。

「お母様。わたくしの旗艦、コーデリアⅢ世は史上最大、最強の戦列艦です。そして、わたくしの第1魔法艦隊は他に戦列艦4隻、巡洋艦8隻、駆逐護衛艦15隻の艦隊。他の公女の艦隊とは、戦力が圧倒的に違います。この第5魔法艦隊は旗艦でさえ、高速巡洋艦。あとは駆逐艦2隻です。これで勝てるはずありませんわ。異世界から来た勇者がいようとも、優劣がひっくり返るとも思えません」

(わたくしのライバルになるのは、せいぜい、第2艦隊のリメルダぐらいよ。それでも、わたくしの方の戦力が上だわ。問題は他の国家の艦隊ですわ。なんとしてでも、勝ち残り、この世界を救うのです。それが死んだコーデリア姉さまの願い)

 マリーは七年前に空獣の襲撃で亡くなった姉のことを思った。公式には飛空船の整備不良による事故で片付けられていたが、実際は空獣によって殺されたのだ。その時、姉が残してくれた設計図で作られたのがマリーの旗艦コーデリア三世なのだ。姉は母の後をついで第33代女王の座につくはずで、その時の名前がコーデリア三世となったからだ。長い歴史でノインバステン家ではコーデリアという名の女王が2人出ていたからであるが。

「マリー。空中武装艦同士の戦いは、船の性能や数だけで決まるわけではありません。戦術や戦略も重要ですが、我がメイフィアの場合、魔力の大きさも重要なファクターです」

「その魔力でも、わたくしは第一公女として他を凌ぎます。私の魔力は12万。5位のフィンは4万5千と聞いています。わたくしの敵はタウルン、ローエングリーン、カロンといった他の国の代表です。なんとしてでもそれらを撃破し、対空獣の指揮をとるトリスタン連合艦隊の指揮官にならないといけないと思っています」

 パンティオン・ジャッジの覇者はトリスタン連合艦隊を率いる。その艦隊の主力となる国家の領土がその連合艦隊の本拠地となる。すなわち、マリーが勝ってその地位につけば、メイフィア王国が艦隊の本拠地となる。そうなれば、獣の災厄に対して比較的安全な地となる。それでも『獣の災厄』での被害は免れないが、連合艦隊の本拠地となる国は他国よりも被害は少なくなることが予想された。

 最新の被害予想から判断するに、メイフィアが覇者となれば、被害は10%抑えられる。それで命が助かる人は200万人に昇る。

(わたくしは200万人の民の命を預かっているのです。絶対負けるわけにはいかないのです。姉さまの意思を継ぎ、獣の災厄から人々を守る)

 マリー・ノインバステン王女、19歳。透き通るような美しい金髪に真っ白な肌、抜群のプロポーション。国民から愛され、その魔力の高さから魔法王国メイフィアの至宝とまで言われている第一公女である。第一公女として第一魔法艦隊を与えられたマリーは、王家の財力と国軍との強いパイプを生かして、優秀な人材を確保し、また、装備も十分に整えていた。その戦力はメイフィア国軍の最強の艦隊である第1打撃艦隊を凌駕していた。

 マリーはそんな艦隊を率いる提督で階級は大将なのである。

「お母様。そろそろ時間です。わたくしは艦隊司令部へ向かいます」

 マリーはそう言うと、長い手足が優雅に映えるドレスを翻しながら、軽やかに部屋を出て行った。

                   *

港を出て15時間が経過した。艦橋から見る景色にマルビナ島と言われる浮遊島が見えてくる。その周りに無数の岩が浮遊している。風が強いのか、その岩は風に合わせて複雑に移動している。その岩をターゲットにすることでこの地は空中武装艦の射撃訓練に適していることで有名であった。第5魔法艦隊はここで編成されてから初めての本格的訓練を行うのだ。

「これより、第5魔法艦隊は射撃訓練を行う。想定先頭空域に急速接近、急上昇の後、上空4千メートルより、急速下降し、主砲、副砲を3連射して離脱。目標を破壊する。提督よろしいでしょうか?」

 ミート少尉が作戦を告げて、フィンに同意を促す。

「了解しました。あ、あの……」

 フィンは何か平四郎に言いかけたが、またもや顔が真っ赤になってしまう。それを察したミート少尉。

「護衛の駆逐艦2隻は、本艦の後に続かせます。提督は魔力を集中してください。平四郎はデータの収集をお願いします。演習データは今後の船のカスタマイズに役立つはずです」

「そうだね」

 そう平四郎は答えた。おそらく、フィンはそのことを平四郎に言いたかったのだろうと納得した。平四郎の仕事はレーヴァテインの艦長だが、今はこの世界のことがまだ分からず指揮はできない。それよりも得意な機械いじりの方面で今は活躍できそうだ。

「あと20秒で上昇に移ります。総員は体を固定してください」

 操舵手のカレラ中尉がそう告げる。平四郎は慌てて座席のベルトを付ける。

「主砲、副砲とも準備OK。35ゼスト魔弾砲改は、火属性を選択。ファイアエクスプロージョンL5を斉射する」

「目標に接近後、魔法防御クリスタルウォールを発動するでおじゃる」

 攻撃担当のナセルと防御担当のパリムちゃんの声。

「18、19、20。レーヴァテイン上昇します!」

 カレラ中尉の操縦で高速巡洋艦が156mの長さの艦体を上に向けて急上昇する。エアマグナムエンジン全開で、あっという間に目標中域へ到達する。そこから、放物線を描くように目標の浮遊岩に急降下で接近する。

「レベル5到達。ファイアエクスプロージョン発動、斉射三連!」

 2門の主砲と1門の副砲が火を噴いた。高速巡洋艦レーヴァテインの主力武器だ。目標の浮遊岩が粉々になる。後に続く、駆逐艦も魔法制御の高速魚雷を発射し、2つの浮遊岩をくだいた。

「レーヴァテイン、ターゲットより離脱。これより水平航行に移る」

 カレラ中尉の冷静な声に平四郎は攻撃体制に入ってからの出来事を思い出した。高速での移動中にターゲットに当てるのは容易なことではない。当てたナセルは相当の腕ということだ。

「今の攻撃、主砲は1つ外したわね。ナセル、一撃必殺じゃないと、この船では勝てないわよ」

 ミート少尉が、後方の目標の破壊状態を調査して、そう攻撃担当のナセルに告げた。ナセルは、主砲の弾道記録を確認しながら原因を分析する。

「ああ、わかっているけど、思いのほか振動が激しいんだよな。補正値をもう少し調整しないとダメだな。外したのは前方下の主砲だよな。平四郎、その辺の調整はお前の領分だろ?」

「ああ。帰ったら調整する。とりあえず、今はプラス2の補正を加えておけ」

 レーヴァテインには2門の主砲と2門も副砲があるが、それぞれ1門ずつは後方用であるために、突撃して撃つのは前面の上と下につけられたものだけになる。

「2隻の駆逐艦の空中魚雷は、6発中2発命中。まあ、及第点。フィン、初めてにしてはうまく艦隊を操っているね」

 ミート少尉に言われてコクンと頷くフィン。副官に誉められる提督というのもどうかと思うが、フィンのキャラでは違和感がない。

「よし。続いて第2ターゲットへの攻撃に移る。攻撃は雷属性に変更。ライトニングボルトレベル3。提督、よろしいか」

 ナセルが次の攻撃態勢に移る。先程は火属性の攻撃、次は属性を変えるのだ。これは珍しいことである。通常、艦を指揮する人間によって属性は固定される。なぜなら、魔法弾攻撃はその人間の得意技でもあるからだ。火属性なら火属性、氷属性なら氷属性と固定化されているのだ。

 フィンがコクッとうなずく。平四郎は一人だけ、何もしていない自分が恥ずかしかった。いざ戦場に出ると艦長として何かできることはないかと考えても、思いつくことはなにもない。

「ライトニングボルトレベル3、発射!」

 ナセルが叫ぶとレーヴァテインの2基の主砲からライトニングボルトと呼ばれる雷撃弾が発射される。それは目標である浮遊石に命中し、それを木っ端微塵に打ち砕いた。

「第3ターゲット、水属性に変更。コールドバレットレベル4、発射!」

「この攻撃、全部フィンちゃんの魔力?」

 平四郎は艦橋からレーヴァテインの攻撃が次々とターゲットである浮遊石を壊していくのを見て感心した。この世界に来て3ヶ月。空獣ハンター相手の商売をしていたので、目の前の攻撃がどれほどのものなのか平四郎はおおよそわかっていた。どれもがとんでもない攻撃力であり、空獣ハンターが狙うD級の空獣なら一撃で討ち取れる威力があった。大きな体でも空を縦横無尽に飛ぶ空獣も、この攻撃なら仕留められるだろう。ミート少尉が平四郎の質問に答える。

「フィンのすごいところは、あらゆる属性攻撃を瞬時に切り替えて攻撃できるところ。マルチっていう能力だけど、これは他の公女様にはない能力」

「マルチ?」

「そう。空獣にも種類があってそれぞれ弱点の属性があるは知ってるよな。マルチの能力をもつフィンなら、複数の空獣と対峙しても問題ない」

「ふーん」

 平四郎は感心してフィンを見る。フィンは恥ずかしそうに視線を下にした。

「ただ、問題がある。フィンの魔力はMAX4万5千。今のままなら、レベルによるけど一発で1000の魔力を消費するから、連続発射は30発撃てれば上等。この船の航行やシールド、護衛駆逐艦2隻を動かす魔力も必要だからね」

「提督であるフィンちゃんの耐久力にかかってくるというわけか」

「一回枯渇すると一時間はあけないと完全回復しないのよ。フィン、休憩しましょう」

「う……うん」

 演習で撃ちまくった主砲のせいでフィンの魔力は枯渇しているらしい。ミート少尉が言うには、訓練を重ねることで消費魔力を減らすことができ、発射回数もふえるということらしい。それで今回の演習が組まれたわけではあるが、平四郎が見るにフィンの消耗はかなり激しらしい。疲れきってフィンは提督席でぐったりしている。

「俺たちの魔力も使うけど、提督ほどないからな。第5魔法艦隊はフィン公女様しだいというわけさ」

 ナセルたちも魔力供給はしているが、4、5千程度なのでそれぞれの役割で精一杯なのだ。ナセルは攻撃ユニットを動かすのに精一杯なのだ

「射撃訓練、一時終了。航行しつつ、フィン提督の回復を待つ。フィン、いい?」

「はい……ミートに任せるです」

「ん?」

 平四郎が何げに視線を向けた東方向に飛んでいる物体を見つけた。

「何か飛んで近づいてくるけど、あれはなんだ?」

 指を差した。乗員が一斉に目を向ける。

「うそ! こんなところで出くわすなんて!」

 ミート少尉が慌てて索敵魔法のシステムで確認する。しかし、その物体は探索魔法を無効にする体らしく、正確な距離がつかめない。

「ありゃ、こちらを認識しているな。追ってくるぞ」

 ナセルがどうするかの判断をして欲しいとミート少尉とフィンの方向を見る。フィンがそれに応える。おとなしい顔をしていても、この緊急事態にはとっさの判断をする。

「ぜ、全力でこの空域を離脱します。現在、この船は攻撃力がない状態です。プリムちゃん、至急、近くのパトロール艦隊に連絡するです。至急来援をお願いしてください」

 フィンの判断は正しいだろう。なにせ、射撃訓練で景気よくぶっぱなしたせいで、レーヴァテインは主砲、副砲による攻撃ができないのだ。

「はいですうう、提督。こちら、第5魔法艦隊旗艦レーヴァテイン。空獣らしき生物と遭遇。至急、救援を乞いますううううう。繰り返しますうううう……」

 プリムちゃんの通信を聞きながら、平四郎はフィンに聞く。

「フィンちゃん、あの空獣から逃げ切れるの?」

「わ、分からないです」

 命令しておいて、この答えはない。とりあえず、フィンとしては想定外のことが起こったので逃げようと思っただけであろう。だが、どんどん追いついてくる空獣を見るとこれでは追いつかれるのも時間の問題だろうと平四郎は思った。高速巡洋艦を凌駕するスピードとは侮れない。

 平四郎は自分が座る席の計器を使って空獣のスピードとレーヴァテインの航行速度を計算する。5分もしないうちに追いつかれることが計算によって確認できた。すぐさま、結果をフィンに告げる。

「まずい! どうしよう……」

 いつも強気のミート少尉の声が弱々しい。それほど空獣は驚異であった。

「空獣の正体が判明。形からカプリコーン。B級です」

 カプリコーン。山羊を思わせる巨大な巻いた角が特徴の空獣。体型はサメのようだが頭はヤギで大きな翼で高速移動する恐ろしい生物である。

「B級のカプリコーンだって! 珍しいのに当たったな。こりゃ、たまげた」

 ナセルがそうおどけてみたが、誰も笑わない。彼なりに考えて乗組員をリラックスさせようと思ったのであろうが、完全に外した感じだ。仕方がないのでナセルは平四郎を見て両手を広げた。平四郎にあとを引き継ぐという仕草だ。ここでバトンを渡されても困る。平四郎は両手でクロスさせて拒否する。

「カプリコーンの攻撃は氷結系ブレスでおじゃる」

「パリムちゃん、シールドは氷属性に合わせて、いつでも準備しておきなさい」

「ミート少尉、了解でおじゃる」

「ミート少尉、B級の攻撃力は数値にしてどれくらい?」

 平四郎が聞いた。C級については空獣ハンター達から聞いた話でおおよそ攻撃力を把握していた。C級で500~1000ってとこだ。ハンターたちの船にシールドパーツを組み合わせる問に配慮した数字だ。だが、B級についてはデータがなかった。

「士官学校で習ったとおりだと、確か、攻撃力5000」

「ご、5000!?」

 平四郎は瞬時にこれはまずい状況だと判断した。このレーヴァテインの魔力シールドの耐久力は3000程である。C級空獣なら遠距離攻撃は弾けるが、B級だと一撃でシールドが飛び、船自体の装甲にまで被害がくることが予想された。

「ミート少尉、フィンちゃん。このままじゃ、確実に追いつかれるし、戦えばレーヴァテインのシールドじゃもたない」

「じゃあ、どうするの!」

「へ、平四郎さん、何を?」

「このままだと追いつかれるから戦おう。前方に大きな浮遊岩がある。カレラさん、全速力であの岩を旋回してください」

「了解だが、旋回する前に追いつかれる」

「プリムちゃん、周辺上空の状態は?」

「西からジェット気流がありますうううううう」

「それはラッキーだ」

「どうするんだ? 平四郎」

 ナセルが不思議そうに平四郎に尋ねる。この異世界から来たメカ気狂いが、戦術面にまで言及するので興味をもったのだ。

「装備したウィンドフィンを使うんだ。これで風を捉えて加速する。スピードが35%増して空獣との相対距離を保てる計算になる。カレラさん」

「分かった。ウィンドフィン展開」

 レーヴァテインの下部から帆柱が伸びると同時に帆が開いた。それがジェット気流を捉えて加速する。エアマグナムエンジンを搭載するレーヴァテインはそれだけで、空中武装艦の中でも高速を誇るのであるが、風の力を加えることでさらにスピードを上げたのである。

「ナセル、右方向に機雷20基射出。射出スピードは10Z/S」

「それはいいが、射出スピードが遅くないか?」

「時間差をつけるのさ」

 平四郎はそう言ってフィンとミート少尉を見た。平四郎の作戦を副官席で分析したミート少尉は納得したように頷いた。

「このまま進むと射出した機雷群より早く迂回ができるというわけね」

「平四郎くん、頭いいです」

 フィンも理解したようだ。浮遊石をUターンするコースを飛ぶレーヴァテインはかろうじて機雷群を通過できるが、後を追ってくる空獣は機雷群に衝突する。そこへありったけの魔法ミサイルをブチ込むのだ。機雷もミサイルポッドも平四郎が出航までにレーヴァテインに装備した武器なのである。

「空獣が攻撃してきたでおじゃる! 氷結弾3つ接近」

「回避するです!」

 フィンの命令と共にカレラ中尉がレーヴァテインの姿勢を僅かに変えた。氷結弾がかすめて通過する。そして前方の浮遊石に命中してそれを粉々にした。凄まじい衝撃波と音が響く。レーヴァテインも大きく揺れる。

「きゃあ~」

 フィンを始めレーヴァテイン女性乗組員が悲鳴を上げる。みんな椅子にしがみつく。カレラ中尉は操舵輪につかまりかろうじて転倒を免れた。

「な、なんて攻撃だ!」

 平四郎も驚いた。氷結弾一発で直径10ゼストの岩が粉々だ。

(獣の災厄ってよくいったものだ。あんなのが人間が住んでいる町にやってきたら……)

 おそらく、このB級と言われる小さな空獣でも町を消滅させるに1時間とかからないだろう。B級は空獣の中でもまだ小さい部類なのだ。

「さらに氷結弾2つ来るでおじゃる」

「回避!」

 レーヴァテインはカレラ中尉の巧みな操縦で雷撃弾をかわすが、このままでは撃沈は必至だ。レーヴァテインのシールドでは完全に防げないと思われた。しかし、最小限の姿勢変更でかわすレーヴァテインはスピードを落とさないで直径1グローナはある大きな浮遊石を旋回しきった。射出した機雷が進んでくるのを右側に確認しつつ、それを通り過ぎると急速に180度方向転換をする。

 高速巡洋艦をこのような動きができるのは、カレラ中尉の名人芸とレーヴァテインの能力、そして平四郎の手によるチューニングの結果であった。平四郎は2基あるエアマグナムエンジンの出力を左右で異なる値にできるようにしていた。左のエンジン出力を0にして、そのパワーを全て右に振り分けることで艦の急激なターンを可能としたのだ。後にこの動きは第5魔法艦隊のアドミラルであるフィンの名前がついた「フィンターン」と呼ばれることになる。

「今だ、ナセル、撃ちなさい!」

 ミート少尉が叫ぶと同時にナセルが発射ボタンを押す。

「了解! 死んでくださいよっ」

 バシシュウウウウ……。

 平四郎が新しく取り付けたミサイルポッドから、と6本のミサイルが放たれる。機雷の中に突っ込んだ空獣はこのミサイルを受けて大爆発の渦に巻き込まれる。

「やったですうううううっ」

「これは効くでおじゃる」

 ぎゃうううう……

 苦しむカプリコーンの咆哮も聞こえる。この攻撃で生き残れる生物などいるとは思えないと平四郎は思ったが、それは過信であった。大爆発の煙をかき分けてそのカプリコーンがレーヴァテインに取り付いたのだ。

 ガシンっと鈍い音がしてするどい爪を立てて、カプリコーンがレーヴァテインの艦首につかまった。翼がボロボロになり、うまく飛べないので突っ込んでレーヴァテインに取り付いたのだ。

「ま、まずい。フィン、魔力は回復した?」

 ミート少尉がフィンを見て叫ぶ。20分ほど経ったので多少は回復していた。 フィンは船に魔力を送り込む。だが、まだ回復途中で十分でない。

「ナセルさん、撃てる?」

「フィン提督、ビーストバスターレベル3が精一杯だ」

 ビーストバスターというのは聖属性の攻撃魔法弾であった。光の剣状のビームが空獣を貫くのだ。属性補正値を無視する無属性攻撃であり、空獣退治に特化した攻撃方法であった。

「この距離なら十分です。ナセル、撃ちなさい!」

 ミート少尉がそう命令する。

「おお!」

 ナセルがボタンをバンっと叩いた。主砲の一基から光の剣が放たれて艦首に取り付いた空獣を貫いた。

 ギャウウウウウウウッ。

 カプリコーンは艦首から引き剥がされる。だが、それでもそれは致命的な攻撃にはならなかった。ボロボロの翼を使って体制を立て直すと至近距離から氷結弾を放ったのだ。瞬時にカレラさんが左に艦を傾けて回避しなければ艦橋直撃でみんな死んでいた。

「ダメだ、レベル3じゃ弱すぎたんだ」

 ナセルがパネルを叩く。フィンがふりしぼった魔力で生成した攻撃では倒しきれなかったのだ。それはすなわち、敗北を意味していた。なぜなら、もうレーヴァテインに攻撃手段はなかったからだ。

「ま、まだです。も、もう一度……ナセルさん……」

 フィンがもう一度攻撃を試みようとするが、それはあまりにも体に負担をかけた。たちくらみでフィンの意識が朦朧とする。

「フィンちゃん!」

 平四郎が駆け寄った。フィンの手を取る。

「へ、平四郎君……だ、大丈夫だよ……。もう少し、振り絞ればあと一発くらい」

「冷凍ブレス来るでおじゃる~っ」

 すさまじい爆発音が鳴り響き、レーヴァテインは大きく揺れる。平四郎は体の姿勢を保つためにフィンの体をギュッと抱きしめた。シートベルトで体が固定されているフィンや他の乗組員とは違い、平四郎は何も固定具なしに立っているのだから。

「シールド消滅でおじゃる」

 どうやら一発はシールドが防いだようだ。だが、トドメの次の一発を放とうとカプリコーンは翼でホバリングをしながら大きな口を開けたのだ。

「平四郎君、ごめんなさい。ここで終わりのようです」

「フィンちゃん、諦めちゃだめだ!」

「最後に……わたしは平四郎君のことが……うっ」

 フィンは魔力を急激に失って気を失ったようである。

「フィンちゃん! くそっ!」

(このままでは死んでしまう。彼女を守れない……)

 フィンを抱きかかえたまま、平四郎は空獣をにらむ。何だか体が急激に熱くなっていくのが分かる。体の中から燃え上がるような感じだ。気を失ったフィンの胸から一本の赤い糸が伸ばされ、平四郎の胸からも同様に赤い糸が伸びる。先端が合うとよじれて結ばれていく。キュッと結び目が出来た時、平四郎はフィンの手を取ってフィンが座る席の魔力チャージ盤に触れた。同時にそれが光る。平四郎の黒い瞳が赤くなった。

「コネクト!」

(うおおおおおおおおおおっ……)

(この出来損ないの飛びヤギ野郎が! ここで消滅しろ!)

「激アツの時間だ!」

 平四郎の叫びと共に魔力ゲージが急に上昇していく。それは黄色からオレンジ、そして赤になり、メーターを振り切る。

「魔力上昇。999万超ですうううううっ……計測不能ですうううう」

 プリムちゃんが驚いて叫ぶ。平四郎は人が変わったように空獣を指差し命令する。

「ナセル、撃て!」

 平四郎の命令にナセルは反射的にボタンを押す。同時に十分にレベルを上げたビーストバスターが火を噴いた。無数の光の剣はナセルのボタン一つで連弾となり、2つの主砲から放たれた攻撃は連弾となった。その数、100発×2の200連擊。無数の光の剣にハリネズミのように突き刺される空獣。

ギャアアアアアアアアッツ!

 断末魔の咆哮を上げて、カプリコーンはボロボロの体を痙攣させた。さすがのB級空獣もこの攻撃の前に息の根を止められた。

「ビーストバスターレベル7の100連発だと! 35ゼスト魔弾砲改の許容レベルが7だったからとはいえ、こんな連続こんな攻撃などありえない」

 オーバーフローの攻撃で35ゼスト魔弾砲は焼きついてしまい2基とも使用不能になってしまった。砲身そのものが溶けてしまったのだ。100連発の攻撃がいかにすさまじいかこれを見ただけでも分かる。

「ありえない……。ちょっと、チート過ぎるぜ、この攻撃は……」

 ナセルはそう呟き、そのありえない攻撃を可能にした二人の人物を見た。魔力が一時999万という数字が出ていた。おそらく、計器の最高値で実際の魔力はもっと上だろう。そんな数値はこのトリスタンでは常識外であった。

「B級空獣を倒したんだ私たち」

 ミート少尉が放心状態でそう呟いた。一呼吸おいてプリム&パリムちゃんの双子姉妹が両手を上にあげて喜びのポーズをした。

「やったですうううううううっ……」

「すごいでおじゃる」

 プリムちゃんとパリムちゃんの歓声だ。そんな中、平四郎はフィンの方をそっと見た。気を失って目を閉じている。あの魔力はフィンのものなのか、それとも平四郎のものなのかは定かではな方が二人によって奇跡が起こったのは間違いないようであった。

「うっ……」

「フィンちゃん、気がついた?」

「く、空獣は?」

「何だか凄い攻撃が発動してやっつけちゃったみたい。おかげで主砲が2つおしゃかになっちゃったけどね」

「B級の空獣を倒したの? あっ……」

 まだ貧血気味なのかフィンが目を閉じる。平四郎はアマンダさんを呼んでフィンを提督室に運ばせた。後はミート少尉に任せておけば十分だろう。倒したB級空獣の死体を回収して駆逐艦に運ばせて王都に帰還するのだ。


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