第2話 そして僕は出会った

 時が止まった。

 その時のことを思い出すと平四郎はいつも鮮明に思い出す。バス越しの窓から見た外国人の女の子。輝くような銀髪。切れ長の目でまつげが長いとびっきり可愛い子だ。その時の平四郎は小学六年生。修学旅行で京都に向かうバスの中だ。トイレ休憩で立ち寄ったバーキングエリアでその女の子を見たのだ。向こうも修学旅行へ行くどこかの小学校のバスだろう。

 バスがサービスエリアに入った時、平四郎はトイレへ行くという友達の誘いを断り、休憩時間の10分をボーッと窓の外を眺めて過ごすことにした。遅れて入ってきた女の子のバスはぴったりと平四郎の学校のバスに横付けされた。ちょうど席が同じような場所だったので、ガラス越しにわずか1メートル少々という距離で顔を突き合わせたのだ。

 小学校六年生だ。異性への興味などまだ男子には早く、他の男子と同様にクラスの女子には全く興味ない平四郎であったが、その黒髪の女の子からは目が離せなかった。女の子は平四郎がこちらを見ていることに気づいて、顔を赤らめ、一瞬視線を落としたが、平四郎の方を向いた。目と目が合う。お互いが吸い込まれるように見つめあう。

(なんて神秘的で可愛いのだ)

 思い出す度に脳に刻まれた映像に思わず、平四郎は独り言を言ってしまうくらい可愛いのだ。クラスの女子、いや、学校中の女子を探してもこんな可愛い子はいない。

 平四郎は自分の顔が火照って熱くなるのを感じた。バスの向こうの女の子も顔が赤くしているのが見えた。

 どのくらい見つめ合っただろうか。友達が戻って来始めたので、平四郎は慌ててノートを取り出した。A4サイズ1ページに大きく、ボールペンで書いた。

「清水寺に行く?」

 なぜそんなことを書いたのだろうか。今でも分からない。女の子もノートに「YES」と書いて平四郎に見せた。そしてコクンと頷いた。やがて人数が揃ったバスはドアを閉めて動き出した。隣の友達が平四郎に話しかけてきたが、平四郎の目はその女の子に向けられたままであった。女の子の口がゆっくり動くのが分かった。

「待っているです……」

「行くよ……すぐ行くから……」

 平四郎もそうつぶやいた。目の前が暗くなり、白い文字でこう刻まれた。


『魔法艦隊提督公女のパートナーに選ばれました』

                    *

「はあ……。またかよ」

 平四郎は目覚めた。ここ毎日、昔の夢を見る。あの美少女の夢だ。出会った時の小学生の時の夢から、二人が成長した後に一緒に暮らしている夢などバリエーションは豊富な夢だ。自分の妄想力は無限なのかと思うほど、夢の中で様々な年代になって『フィン』と過ごしている。

 彼女に初めて会ったのは自分が六年生の頃だから、もう10年近くが経過している。彼女とは修学旅行以来、一度も会っていないというのにだ。 

 今の平四郎は19歳。職業は自動車整備士だ。小さい頃からメカが大好きで将来は宇宙戦艦を作ると公言していた。さすがに現代の日本では宇宙戦艦は作ることができないけれども、その欲求は部屋に飾られた自作の模型で紛らわしていた。型から作る本格的なもので、設計デザインから制作まで全て自分でやっていた。腕はプロ級でプロモデラーとして十分やってはいける技術はあったが、あくまでも趣味の範囲でしか考えていなかった。作った架空の戦艦模型が、ネット上で10万円以上の値が付くこともざらではあったが、それを職業にする気はなかった

 自動車整備の仕事を選んだのは、メカが好きな自分に合っていると思ったから。別に車じゃなくてもよかったが、自分が直したり、組み立てたりしたものをすぐ客が使ってくれることに価値を感じていた。でなければ、飛行機でもよかったし、戦車でもよかった。

 何か物を作る仕事をしようということは中学校卒業時に決めていた。全教科オール5で教師が地元の進学校に行くように勧めたが、がんとしてはねのけた。そして、自分の進みたい工業高校へ進み、そこでも開学始まって以来の天才と騒がれ、工業大学の推薦や有名企業から誘いもあったが全て断った。理由は自分で好きなものを作りたいから。就職した会社も大手ではなくて、輸入車を整備、レストアして売る小さな会社だ。小さいなりに顧客は金持ちが多いので繁盛している会社である。

「やあ、平四郎君。わしの964どうだね」

「これは鷲津社長。わざわざ、来てくれたのですか」

「また、君の神業が見たくてね」 

 鷲津はレストランチェーンを経営している社長だ。今年で52歳になる。金持ちなのだから、新車を買って乗ればいいのに、旧車を手に入れて整備することが趣味なのである。ただ、車の目利きが今ひとつなので、一目気に入ったら即買して故障に悩むということを繰り返していた。

 このポルシェ964もオイル漏れで昨日、この工場へ運ばれてきたが平四郎が見る限り、他にもトラブルがありそうであった。

「パッと見、これはスルーボルトのOリングがやられていますね。油温が上がると劣化すると言われていますからね。前のオーナーは街乗りが多かったのでしょう。エンジンのオーバーホールが必要です」

「ほう」

「あとディストリビューターのベルトが切れかかっていますね。切れると異常燃焼を起こしてエンジンが破損してしまいます。この際、交換したほうがいいでしょうね。あと……」

「もういい。全部、君に任せるよ。直すだけじゃなくて、その後のチューンアップもお願いしたい。2、3ヶ月は預けるから好きなようにカスタマイズしてくれ。わしが官能でもだえるようなチューンしてくれればいい。金に糸目をつけないよ」

「分かりました。お任せ下さい」

 平四郎は喜々として作業に取り掛かる。車をリフトで上げてアンダーカバーを外して自分の見立てを確認し、エンジンを下ろしてオーバーホールするのだ。

「親父さん、すごい若者がいたもんだ」

 鷲津は作業場から事務室へ移動した。ここ十年来付き合っている工場の社長とお茶を飲みながら平四郎の作業を見ている。

「ああ。わしも驚いている。奴は見ただけで原因が分かる能力があるようだ」

「見ただけで?」

「初めて見る車でも、設計図を見るかのように頭の中で構造を映し出せるそうだ。わしもその話を聞いた時にそんなバカなと思ったが、奴の働き振りを見る限り、嘘ではないようだ」

「輸入車4台のオーバーホールを同時に3日間でやったと聞いたが……」

「しかも定時でな。残業もせずにやるとは神業としか言い様がない」

「さすがだ。経験のいるポルシェの整備をあの年でこなすとは、天才だな」

「こんな町工場で働くのがもったいない。やる気になれば、奴はロケットでも組立てられますよ」

「それが冗談に聞こえないのが彼のすごさだ」

 鷲津は湯呑みに残ったお茶をぐいと飲み干した。修理だけなら夕方には車は直りそうだ。普通の整備工場なら、それだけで少なくとも1週間は待たされるであろう。

                   *

 バスで見つめあった子と平四郎はまた出会った。京都は清水寺の舞台の上である。バスでは分からなかったが、その子はスラリとした体型で、やせ型。背は平四郎と同じくらい。ひとつに編んだ銀髪を左肩に乗せている姿が印象的であった。頭にちょこんと乗せたチェックのベレー帽がめちゃくちゃよく似合う。小学生ながら、気品があるお嬢様って感じだ。どこかの金持ち私立学校だったのだろう。ブランドものだと思われるタータンチェック柄の制服が、何故か古い寺によく合っていた。

 平四郎はこの時、勇気を出してこの子に名前を聞いた。日本語が通じるかとちょっと心配したが、それは杞憂であった。

「フィン……」

 その子は名乗った。どこの国の女の子だろう……と小学生の平四郎は思った。

「あ、あなたは?」

 恥ずかしそうにその子も聞いてきた。

「へいしろう、東郷平四郎」

「平四郎? 平四郎君……。素敵な名前です」

 その子はポツリとそう言った。言ってから顔が真っ赤になった。平四郎は思わず、持っていたカメラで写真を撮っていいかと尋ねた。今思えば、小学校の男子の行動じゃない。その子は恥ずかしそうにコクッと頷いた。平四郎と一緒に映した女の子の写真。今も免許証ケースの中にそっと忍ばせている。

 写真を撮った後のやりとりも鮮明に覚えている。それは平四郎には忘れられない記憶であった。今でも時折、脳の底からその記憶が蘇る。

「フィンちゃんって、どこの国から来たの?」

 その少女は答えるのに少し間を置いた。。

「……メイフィア王国です」

(そんな国あったかなあ?)

 平四郎は社会科で習った記憶をたどったが、国連加盟国でそんな名前の国はなかったと思った。社会科は得意教科である。

「遠い世界。トリスタンにある国。魔法の国です」

「トリスタン? 魔法の国?」

「そうです。そして、今のわたしは心だけ」

「心だけって?」

 どう見ても目の前の美少女は存在がある。平四郎はそっとフィンの手を取った。恐ろしく軽い。重さが感じられない。平四郎は驚いたが、目の前の美少女の銀色の瞳に魅せられて手を離すことができない。この子と離れたくないという気持ちがそうさせた。

「わたしの体は、トリスタンにあるです」

「そこへ行けば、君と一緒にいられる?」

「はいです……。でも……」

「でも?」

「そこで平四郎君は、わたしのために働かなくてはいけないです」

「……働くよ。君のためならどんなことでもするよ」

 コクンと少女は頷いた。

「待ってるです。平四郎君はわたしの艦長様」

「艦長? 船の艦長ってこと?」

「飛空船の艦長。わたしの魔法艦隊旗艦の艦長様」

 そう言うとフィンは顔を赤らめ、ぎこちなく右手の人差し指をそっと自分の唇につけた。それをゆっくりと平四郎の唇に当てる。

「フ、フィンちゃん」

(これって、間接キス!)

 もじもじするフィン。平四郎も固まる。

「これで平四郎くんがわたしの国へ来ても困らないです」

「困らない?」

 こくんと頷くフィン。意味は分からなかったが、平四郎はなんとなく幸せな気分であった。

『トリスタンの4言語をマスターしました』

                  *

 平四郎はステアリングを握って高速道路を走っている。今日、エンジンを下ろしてオーバーホールしたポルシェ964の試運転中である。ポルシェ独特の官能的なエンジン音はこの車がいい状態にあることを示していた。

「うん。完璧だ。調子が出てきた。鷲津社長、これは喜ぶぞ」

 平四郎は鼻歌を歌いながら、ウィンカーを出して右車線に移動する。慣らし運転を終えて少しぶん回すのだ。アクセルを踏むと一挙に加速する。市販のレーシングマシンと呼ばれるポルシェ。964型の911。日本でかなり売れた車である。ディプトロと呼ばれるオートマチックトランスミッションを持つ。平四郎はシフトノブを右側ゲートに倒し、進行方向に動かし、ギヤを上げていく。

「来るです、 平四郎くん」

「え?」

 女の子の声と共に前が急に光った。光の中に道がある。そこへポルシェが吸い込まれる。

「何だ? これは現実か、夢か!」

 クオオオオオオオオッ……。ステアリングを握りながら平四郎は確信した。これは夢なんかじゃない。ついに行く時が来たのだと。

                   *

「おい! あんたどうした? 事故でも起こしたのか?」

 平四郎は目を薄らと開けた。あごヒゲをはやした渋いおじさんである。ゆっくりと体を起こす。このおじさんが乗っていたのであろう馬車が目に入る。後ろを振り返るとポルシェがひっくり返り燃えているのが目に入った。

(おいおい……鷲津社長にどやされるじゃないか!)

「あんた、この国の人間じゃないな? 見たところタウルンの人間ぽいが。あの燃えているのはなんだ?」

(タウルン?)

 おっさんの話している言葉は、聞いたことのない言語の発音で耳では理解できないのだが、何故か頭の中で意味が日本語に変換されているのだ。おっさんは燃えているポルシェを指差している。

(あ~あ。鷲津社長のポルシェ、おシャカ。どうしようか)

(いやいや、そんなこと考えてる暇はない!)

「ここは?」

 平四郎はそう尋ねる。今まで走っていた高速道路ではないことは確かだ。おっさんの格好から日本語が通じるとは思えなかったが、何故か会話はスムーズにつながる。

「事故で軽い記憶喪失にでもなったのか? 綺麗なメイフィア語を話すところをみるとタウルンの人間じゃなさそうだが」

「メイフィア語? そんなの話していませんよ。僕が話しているのは日本語で……」

「何言ってる。お前の話しているのがメイフィア語だ。そんなに綺麗な発音をしてメイフィアの民じゃないというのはおかしな話だ」

(おかしな話って、こっちが聞きたいぐらいだ)

 そう平四郎は思ったが、こんな変な世界に現実に自分はいて、そこで言葉が何故か通じるというのはある意味ありがたいことではある。

「ふーむ。変わった男だ」

「は?」

 平四郎はそう言われて自分の格好とおっさんの格好を見比べた。作業服のつなぎ姿ではあるが、それを差し引いても格好の違いは時代や世界を超えたところに起因している状況であった。

(完全に日本じゃないな。ここは)

 声をかけてくれたおじさんはどう見てもヨーロッパ系の外人って感じだ。格好は田舎だからなのか、それとも時代が違うのか吊りズボンにシャツに帽子と今時にないダサい格好だ。馬車を見て時代錯誤な感じがしてならない。何が自分の身に起こったのか分からない。ただ、男が人間臭さ過ぎて、ここが死後の国ではないことだけは平四郎は理解した。こんな天使はさすがにいないだろう。

「とにかく、自分は日本という国に住んでいて、車を運転していたらここにいたんです。信じられないかもしれないけど」

「日本? 車? わからんことをいう青年だ。あの燃えているのが車というものか?」

「車知らないんですか? ここが日本じゃないのでしたら、どこの国ですか?」

「ここは魔法王国メイフィアさ。国都クロービスから30キロ離れた町パークレーン。メイン街道から外れた間道で滅多に人が通らんところだ。わしが通りかかって、お前さんはラッキーだったな」

「メ……メイフィア……」

 平四郎にとって知らない地名ではない。あの美少女が口にしていた名前だ。

「お前さん、名前は?」

「東郷平四郎(とうごうへいしろう)」

「ヘーシロー。変わった名前だな。わしはバルド。バルド商会って名の飛空船の整備工場をやっている。中古の販売や修理、改造、なんでもござれ商売だ」

「く、飛空船?」

 ボーッとした平四郎の頭が冴えていく。空を見上げると遠くに、飛行船のような物体が飛んでいる。

「ああ、あれはハンターの狩猟艦だな。砲艦クラスの船だ」

「すげえええっ……。乗ってみたい。いや、あれをいじってみたい」

 普通ならこの異常状態に頭がパニくるところであるが、平四郎の好奇心はそれを完全に凌駕した。持って生まれたメカニック魂である。その様子を見ていたバルドは大きく頷いた。

「平四郎って言ったな。これも何かの縁だろう。よかったら俺んところに来ないか? ちょうど人手が欲しかったんだ」

 そう言ってバルドは手を差し出した。機械油の汚れが染み込んだ職人の手である。平四郎にはその手が好きだと感じた。迷いなく平四郎はその手を握って立ち上がった。

(何だかわからないけど……。ここはこのおっさんについていくべきだろうなあ。異世界に飛ばされたぽいからな。どう考えても。それに……)

 あの銀髪の少女、フィンに会える気がした。あの時の約束を果たす時がきたのではないかと平四郎は思った。

                   *

「おやっさん、いい若者が入ったね。どこで見つけたんだね」

「ふふん。内緒だ。わしは思ったね。奴を見たとき、コイツは天才だとね」

 そうバルドは常連客の船長とソファで会話をしている。カウンターでは、客と船のカスタマイズプランの相談を平四郎が慣れた様子で進めている。設計図に赤鉛筆で記入し、時折、計算機で計算して数字を書き込みながら、熱心に説明をしている。

 バルドは空獣ハンターを主な顧客にしている中古飛空船のパーツショップ、バルド商会を経営している。国軍の下げ渡しの武器やパーツを仕入れ、それを顧客に売りつける。ものがものだけに儲けも大きく、さらに最近、空獣がよく出没するとかでハンターの客も増えて商売は繁盛していた。特に3ヶ月前に平四郎と出会って、彼が仕事を覚えると共に、客が増えてきた。

 この世界のことを全く知らない平四郎であったが、飛空船の仕組みはすぐ理解し、その整備もすぐに覚えた。何故か言葉の壁がなく、この国の言語であるメイフィア語が理解できて、話せることが大きかった。驚いたことに文字まで読めるのだ。

 ハンターが使用する武装した飛空船に限らず、旅客用の飛空船の整備をするにも専門教育を2年は最低受け、現場の整備工場でみっちりと修行して10年で一人前と言われる。それなのに平四郎は1ヶ月で基礎を覚えると3ヶ月後の現在では、自分の代わりに顧客の船のカスタマイズプランを提示し、そのように船を改造するまでになった。

バルドはそう思っていた。

(こいつは天才だ。それしか言い様がない)

 信じられないことに10年どころか20年以上の経験値を一瞬で身につけてしまった。この3ヶ月で教えたバルドの能力をほぼ受け継いだと言っていい。

(最初はあんな大きなものが空を飛ぶなんて信じられなかったけれど、要は浮遊石の力と魔力という名の電気が使われていると思えば原理は簡単)

 平四郎はこの世界に来て一番驚いたのは『浮遊石』という物質があることであった。これは、このトリスタンでは珍しくない物質で、石だけど重力を無視して空中に浮かんでいるのだ。その特殊な能力を抽出して飛空船は空に浮かんでいる。船はこの石の力をコントロールして上昇したり、下降したりすることができるのだ。

(まあ、昔で言えば水素ガスを使った飛行船といったところか。ガスが石に変わったと思えばいい)

 ちなみにこのトリスタンの住人は、全員、空に浮かんでいる浮遊大陸や浮遊島に住んでいる。それらは巨大な浮遊石の塊でできており、それで空中に浮かんでいるのだ。もちろん、地上には海と大陸があるが、過去の出来事で人が住めない場所になっているとのことであった。

 空中武装艦の整備、改造に夢中であった平四郎には、興味がないこともあって、この世界のことは飛空船ほど知らなかった。

「ですから、ここで武装を増やすよりもエンジンをチューンして、スピードを20%上げることをお勧めします。主砲は二連装35センチ魔弾砲を載せるよりも、追尾型ミサイルランチャーを左右に載せた方が攻撃力は上がります」

「そうだな。平四郎くんに言われるとそうした方がいいような気もする」

 今日の客は中堅どころの空獣ハンターである。船は旧式の駆逐艦クラスで空獣ハンターの中では中々大きなクラスの船を所有していた。最近、C級の空獣退治の仕事が多くなり、その仕事を受けるための船の強化をしに、このバルド商会にやってきたのだ。

「今までのメインターゲットはD級だったんでしょ。それなら、それを生かして火力よりもスピードだと思います。昨日、軍から旧式のロケットランチャーシステムが2基入ったんです。今なら安く取り付けますよ。35ゼスト魔弾砲をつけてもいいですけど、魔力消費はバカになりません。数発の射撃で魔力切れで無用になる危険性もありますし」

 ちなみに『ゼスト』という単位はトリスタンの長さの単位。1ゼストは1センチとほぼ変わらない長さだ。100ゼストで1パイル。1000パイルで1グローナと長さの単位が決められている。

 魔力という概念も現代の日本で暮らしていた平四郎には、にわかに理解できない現象ではあったが、これも持ち前の想像力で納得していた。要するに電気と同じと考えたのだ。魔力は魔法王国名メイフィアに住む人間は大抵持っている。人によって力の大小があり、その力をエネルギーとして活用することでこの国のインフラは成り立っていた。

 ちなみに平四郎の魔力は、バルドに拾われた時に一度計測したが、値は0ということで全くないということであった。この世界で魔力を持たないタウルンという国に住む人々ですら、10~50の魔力を計測できるというのにである。ちなみにメイフィアの住人の平均が500~1000。軍人などの訓練された人間が3000~5000。特権階級である貴族で10000前後というのが一般的らしい。武装された飛空船を動かすには最低1000以上は必要と言われる。これも船の大きさ、装備に左右される。今日のお客の魔力は3860とかなり高いのだが、駆逐艦クラスの船を動かし、さらに攻撃、防御にも魔力を使うとなると、乗組員の能力を合わせても攻撃に余裕があるわけでもなかった。

 35ゼスト魔弾砲は、メイフィアではかなりポピュラーな武器である。国軍の対空獣用パトロール艦の主力武器であり、魔力の特性に応じて属性を変換し、攻撃することができる。属性に対する汎用性が優れており、またレベル5までの魔法弾射撃ができるとあって、空獣ハンターたちにとっては目標とするパーツなのである。

(だが、魔力消費が激しすぎる……)

 国軍の将軍クラスでも連続発射は10発撃てるかどうかだ。それなら、無理せずに魔力消費が少ないロケットランチャーによるミサイル攻撃にした方がいいというのが平四郎の持論だ。その意見で船を改装し、着実に成果を挙げるハンターが出てきて平四郎の信用はうなぎのぼりであった。

「平にい。見積もりができたよ」

 ファイルを持ってきたのは、このバルド商会の看板娘ルキア。オレンジ色のクールフェミニン風のショートカットの髪に作業帽をかぶっている。作業帽からぴょんとアホ毛が一本飛び出しているところはご愛嬌というものだろう。年齢は15歳でバルドの一人娘なのだ。この商会の経理が主な仕事だが、それは父親のバルドがどんぶり勘定で商売するために、このしっかり娘が財布の管理をしないとあっという間に経営が傾くからだ。

 バルドときたら生粋の職人気質なので、欲しいパーツがあると見境なく買い、気に入った船には商売抜きで取り付けてしまうのだから、誰かが歯止めをかけるしかない。母親は幼い時に病気でなくなっているから、ルキアは小さい時から自立していた。家ではバルドの世話から、商会では従業員への昼のまかない作りから経理、それにメカニックの仕事までこなしている。スーパー15歳なのだ。

 つなぎの作業着を愛用していることから察するとおり、ルキア自身は飛空船いじりが大好きなようで、経理や仕入れよりも一日中メカをいじっていたい性分であった。

 パラパラと書類をめくって平四郎がチェックをする。ルキアの仕事は大抵完璧だが、それでもミスは誰にでもある。それをしないようにするためのチェックだ。

「ランチャーの規格はⅢ型駆逐艦のものだから、ジョイントするのに加工しないといけない。ブッシュ類の交換が必要だが廃艦のパーツがあったからあれを使おう。新品使うと値段が上がるからね。部品の手配はしてあるの?」

「平にい、そこは抜かりないよ」

「よろしい」

 平四郎はポスッとルキアの頭に軽く触れた。いつもの褒める時の仕草だ。ルキアは嬉しそうにしている。

「お前さんとこ、後継ができたみたいだな……」

 客が微笑ましそうに二人の様子を見てつぶやいた。バルドは思わず、茶を吹きこぼす。

「ゴホゴホッ……。馬鹿言ってんじゃねえ。ルキアはまだ15だ」

「平四郎はいくつなんだ?」

「奴は19とか言っていたが、それを証明する術はない。平四郎は別世界から来たと言っているが、本当のところはどうのか俺では分からん」

「異世界からやって来た人間か……」

 このトリスタンにそういう人間はいる。機械国といわれるタウルン共和国はそんな異世界から来た人間や子孫が作った国なのだ。彼らはメイフィアの民とは違い、魔力がない。魔力がないから、機械でものを動かすのだ。

「異世界から来たってことは、パンティオン・ジャッジのためにやってきた英雄という可能性もある」

 客の男はしたり顔でそう言った。パンティオン・ジャッジというのはこれからこの世界で始まる人類存亡をかけた一種の儀式なのである。

 このトリスタンは500年ごとに災厄に見舞われる。それはトリスタンに住む生物の90%の生命を奪う。1000年前の災厄では、地上の大陸は破壊と汚染で人が住めなくなり、海も腐海と呼ばれるものになってしまった。生き残った人類は、かろうじて浮遊大陸に逃れ、500年の歳月を経て何とか今の文明を取り戻したと言われる。だが、その次の500年で浮遊大陸に築いた文明も破壊され、また、一から作り直したとされている。

 そして、その500年ごとの災厄の度に人類が生き残ることができたのは、異世界から来た人間の存在があったと言い伝えられている。

 人々はその異世界人を「英雄」と呼んでいた。今のメイフィア王国の祖先はその英雄の子孫であると言い伝えられていた。バルドはメイフィア人なら小さい頃に学校で教えられる歴史を思い出したが、それと平四郎がリンクすると考えただけで馬鹿らしいと思った。

「ははははっ……。平四郎は確かにすごい奴だ。だが、奴はメカニックの天才に過ぎない。英雄なんてことがあるものか。まあ、異世界から紛れ込むという現象は珍しいがないわけじゃない。現に機械国家タウルンはそういう人間が集まってできた国だし。平四郎もそういう類さ。魔力がないのが何よりの証拠」

「ふむ。まあ、普通に考えればそうだが。だが、お前、ルキアちゃんに婿を取らんわけにはいかんだろ」

「そりゃ、今はまだ早いが、婿というなら平四郎が一番候補だろうな。わしの目に適う男は今のところ、奴しかいない。まだまだ修行がいるがな。がはははっ……」

 バルドは右手でパンパンと自分の後頭部を叩いてそう笑った。ルキアはしっかりしている娘だが、まだ、幼いとバルドは思っている。平にいと呼んで平四郎とはまんざらでもないようだが、色気も素っ気もない作業着で平気で接しているところを見ると、まだまだ、色恋沙汰には程遠いだろう。


カラン……。

扉に取り付けられた鐘が鳴った。

「へい、いらっしゃい」

 バルドが扉に目をやる。逆光に照らされているので、表情は見えないが国軍の士官服を着た女の子二人である。国軍と書いたが正確にはデザインコンセプトが似ているだけで、街でよく目にするものとは違っていた。白を基調とした端正なもので、王国の近衛隊かと見間違える華やかさである。短いタイトスーツスカートがシックで大人ぽさを強調しているが、二人共明らかに若く、その違和感が逆にバルドをクギ付けにした。

 2人ともおそらく20歳は超えていないだろう。軍服よりも学生服が似合うといった感じだ。この若さで士官ということは、生まれが貴族なんだろうとバルドは思った。

「国軍のお嬢様方が何の用で?」

 バルドはそう訪ねた。ここは空獣ハンター専用のパーツショップであり、国軍の士官が来る場所ではないからだ。もちろん、バルドはパーツの納品で基地に顔を出すから、全く関わりがないわけでもないが。

(もしかしたら、先日のパーツ取引の契約で何かあったか?)

 この二人は秘書官で、契約関係の問題解決のために店を訪れたとバルドは早ガッテンをした。

 ツカツカ……っと女性士官が歩いてくる。その後ろというか、歩く女性士官の後ろの上着をちょっと握ってもう一人がオドオドと付いてくる。歩いてくる短いオレンジ髪の女性士官は、制服がはちきれるんじゃないかと思うくらいパツンパツンの胸の豊かさである。

「私は第5魔法艦隊所属。公女艦隊司令部付き少尉、ミート・スザクと言います」

 そう言って自信ありげな態度でその少女は胸を張った。パツンパツンがパツパツになる。

「だ、だい5まほう……」

 バルドは驚いた。そりゃそうだ。

(第5魔法艦隊と言えば……)

 バルドはミートと名乗った少女の後ろを見た。どこかで見たことのある美少女である。銀髪の長い髪を編んで左肩に乗せている。先端部分を赤いリボンで縛っている。ミートの右腕には第5魔法艦隊のエンブレムであるⅤの字に2羽の小鳥があしらったデザインのワッペンがあり、襟には白いライン1本と星が1つある。これは少尉の印だ。後ろのおどおどしている少女はそれとは違い、ラインが3本。しかも金のラインである。星はない。

(准将……この小娘が……)

 答えは一つである。

「こ、公女殿下でありますか!」

 バルドは直立敬礼をする。カウンターの客も同様だ。別にバルドも客も軍人ではないが、メイフィア王国の公女にはそれなりの敬意を持って当たるのが一般常識であった。

「店主、堅苦しいのは抜きです」

 そう言ってミートは、そっと右手の人差し指を口につけた。

「ほら、フィン、店主殿に挨拶を……」

「は、はい……。め、メイフィア王国第5公女、フィン・アクエリアスです。階級は准将。第5魔法艦隊アドミラル(提督)を勤めているです」

 たどたどしく、そう少女はミート少尉の後ろに隠れてそう言った。公女の割には人見知りしすぎである。

「その公女殿下がこんなところに何の用で?」

 魔法艦隊は今回特別編成された国軍のエリート集団のはずである。見た目17、8才の小娘が少尉だとか、准将というのはちょっと理解できないところもあるが、これから始まることを考えれば、それもありえない話ではない。それにしても魔法艦隊の提督とその副官なら、こんな場末のパーツショップに顔を出すより、国軍の整備されたエアドックで艦隊の整備を監督するのが常識であろう。

(ということは……)

 店に用事があるわけでないことは明白だろう。バルドは店の奥で商談中の平四郎に目をやった。何だか嫌な予感がした。美しい少尉が口を開いた。

「ここに腕利きのマイスターがいると聞いたよ。異世界から来た男」

「マイスター? 平四郎はまだその域じゃない。マイスターの資格も持ってねえ」

 マイスターというのは、国家資格で戦列艦クラスの整備が担当できる。飛空船のスペシャリストである。国軍に数十名いるが民間にマイスターの称号を持つものなど数える程しかいないのだ。

「平四郎? 平四郎って言ったね! その人、どこにいるの?」

 ミート少尉がキョロキョロと店内を探す。騒ぎを聞きつけて平四郎は二人に近づいていく。ミート少尉の後ろで、ブルブルと震えている美少女。もはや、子犬と飼い主のような状況である。ミート少尉は振り返って子犬のような上官に確認する。

「フィン、平四郎って探している男だよね」

 コクコクと頷くフィン。もう顔が真っ赤である。

(これがこの世界を救う英雄? フィンのパートナー?)

(別にどってことない男じゃないか。まあ、顔はフィン好みだし、イケメンと言えなくはないけれど……)

 ミート少尉はじっと平四郎を見る。彼女の表情を見ると期待していたのとは違い、少々がっかりした感じが出ていた。

(この男がトリスタンを救う? ありえない……。そりゃ、フィンがこの世界を救うよりは可能性はあるかもしれないけど……)

改めて自分の後ろでプルプルしている子犬みたいな親友をちらりと見る。

(仕方がない。これも親友のため!)

 ミート少尉はぱつんぱつんの胸を突き出して、サッと敬礼をする。自己紹介だ。

「初めまして。私は第5魔法艦隊所属……」

「ミート・スザク少尉でしょ。さっき、親方に話していたのを聞いたよ。僕が東郷平四郎です」

 平四郎はそう言って右手を出した。握手である。この世界でも初対面の人間に挨拶がわりで握手する習慣があった。ただ、相手が若い女の子でもするかどうかは微妙であったが、ミート少尉はおずおずと右手を出す。そして後ろを振り返った。

「フィン、あなたが夢にまで見た人よ。フィン!」

 フィンは両手で顔を覆っている。耳が真っ赤だからおそらく異様なくらい赤面しているはずだ。その姿を見て、ミート少尉は親友の状況を大体理解したようだ。

「フィンゃん……だよね」

 平四郎はミート少尉の背中に隠れている銀髪の美少女に声をかける。銀髪の美少女はそれに応えて、やっと蚊の鳴くような声を出した。

「フィン……アクエリアスです……」

「ど、どうしたの? フィン? いくら、男の人の前で緊張すると言っても……」

 モジモジしてそれ以上話さない銀髪少女に、オレンジ髪の少女が助け舟を出す。

「フィンは第5公女。第5魔法艦隊提督なのよ。一応、この国では偉い人扱いだけど、そんなことは気にしないでとのこと。それで、単刀直入に言うわ」

 ミート少尉は目がクリッとした可愛い顔をしている。何より、大きな巨乳が動くたびにバイン、バインと揺れる。だが、平四郎はそんなセクシーなミート少尉より、スレンダーで清楚な佇まいのフィンの方に目がクギ付けであった。

「フ、フィンちゃんだよね? 小学生の時に……」

 平四郎がそう言いかけると、清楚な軍服少女の顔がさらに真っ赤に染まっていく。ピンクをを通り越して、もはや赤だるまが爆発しそうな勢いだ。

「う、うう……」

 突然、涙目になったフィンが店から、ものすごい勢いで飛び出して行ってしまったではないか。慌ててミート少尉が後を追いかけていく。店内にいた者は。みんなあっけに取られてその場でフリーズした。

 10分後ぐらいして、渋々、ミート少尉が戻って来た。宿舎の部屋にこもって出てこないという。

「フィンの馬鹿。やっと会えたというのに恥ずかしくて会えないってなんなの!」

「はあ……」

 待っていたバルド商会の面々もため息しかでない。何だか非常に残念な空気が漂う。

「しょうがないわ。ここは副官の責務を果たさないと。一応、確認させてもらいます」

 ミート少尉は両手を腰に当てて、顔を前に倒して平四郎に接近する。

「あなたの名前は、東郷平四郎で間違いない?」

「あ、ああ」

「で、異世界、えっと、日本だったかな? そこから来たということで」

「一応そうだけど……」

「年齢は19歳っと」

「な、なんで知ってるんだ?」

「あなたのことは調べがついています。一応、別人だと困るので確認しているだけ。この世界に召喚されて気の毒とは思うけど」

 コクコクと平四郎は頷いた。この異世界に平四郎を召喚したというなら、迷惑をかけられているのは平四郎の方だ。

「で、あなたは12歳ぐらいの時にフィンに会っているよね」

「あ、ああ。会ってる」

「はい。決まり。あんたを今から第5魔法艦隊旗艦の艦長に任命します。身分は国軍少佐相当。これはメイフィア国軍特別条項規則に則り、第5公女フィン・アクエリアスの名のもとに発令される特別人事です。私たちと共にパンティオン・ジャッジを戦い抜こう」

「はあ?」

「パンティオン・ジャッジ……」

 バルドから以前に聞いたことがある。2年後に起こるという空獣の災厄のために戦う艦隊を選抜する戦いのことを言う。まず、このメイフィアの代表を決め、その代表が他の国家と戦い、勝った艦隊が空獣と戦うという。平四郎には少し理解できない点もあったが、この世界では重要なものらしい。

「フィン提督は、あなたの力を頼りにしています。報酬は月12ダカット金貨。食事、服、住居は提供します。休みは不定期。これは飛空船に乗るから仕方ないことよ。条件は悪いと思うけど、これが私たちの精一杯の条件。受けてくれますよね?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな端金で平にいをこき使おうなんて虫が良すぎる。いくら、パンティオン・ジャッジだからって、ひどすぎる」

 黙って聞いていたルキアが口をはさんだ。結構な怒り口調である。

「大体、突然現れて平にいを艦長なんて変。それに命令した本人はいないし、少尉かなんだか知らないけれど、偉そうに命令するな!」

「なんだって! 小娘が国軍に逆らうのか!」

「うるさい! あんただって小娘じゃないか。胸だけ大人だからって偉そうにするなよ。大体、そんなエロっちい体で魔法艦隊の士官なんてこの世の終わりだよ」

「エロっちい言うな!」

「まあまあ、二人共そこまでだ」

「だってお父さん」

 娘とオレンジダイナマイト少尉が口喧嘩になるのを見て、バルドが間に入った。本当はルキアが言ったことをバルドがこの突然来訪した軍人娘に浴びせたかったようだ、先に言われて仲裁役を買う羽目になった感じだ。

「少尉さんや」

「なんでしょう」

「娘の言い分も世間一般でいう普通の見方だ。それはあんたでも分かるだろうよ」

「無理を言っているのは承知しています」

 ミート少尉は頭に乗せた軍帽をそっと取った。それを両手で胸元に当てる。

「それにだ。平四郎を第5魔法艦隊旗艦の艦長、少佐待遇って話だが、それにしては報酬が少ないのではないか。通常はその3倍でも足りないくらいだ」

「第5魔法艦隊は予算不足なのです。これが精一杯であることを理解してください」

「だがな。平四郎の腕は親方であるこの俺が一番知っている。艦長はともかく、整備士の腕は随一だ。おそらく、戦列艦だってこいつなら軽く扱えるだろうよ。だがな、その腕が月にたった12ダカットって腕を見くびるのもほどほどにしろっと言っているんだよ!」

 勢いよくバルドがドンとカウンターを拳で叩く。一瞬、ビクッとなったミート少尉であったが、それでも目をそらさずバルドを睨みつける。その目には決意の火が灯っていた。

 そんな中、当の平四郎がおずおずと口をはさんだ。

「親方。報酬の件はいいよ。今だって、別にもらってないし」

「な、なんだ。金が欲しいならそう言えばいいのに。今月から給料を出そう」

「いや。お金じゃないんだ。親方もこの件については、考えがあるんだろう?」

 そう言って平四郎はバルドに視線を送った。前にバルドと語った件である。もうすぐ、『空獣の災厄』が起こる。それは500年に1度必ず起こるこの世界の必然なのだ。現在は平和すぎて、人々は危機を実感できないでいる。だが、この世界は続かない。持続しないのだ。必ず空獣の大群がどこからともなく現れ、この世界を徹底的に破壊し尽くすのだ。バルドはこういう商売で空獣ハンターたちと接しているので、その危機感をいつも肌で感じていた。その審判の時は伝承によれば2年後なのだ。

(ふう~。ついに来るべきものが来たということか)

「まあ、決めるのは平四郎、お前自身だがな。わしは止めはせんよ」

「あなたはフィンを見殺しにする情けない男じゃないよね」

 ミート少尉がそう言って平四郎に片目を閉じた。フィンとの経緯上、この青年が自分たちの仲間になることは確実と踏んだのだ。

「ああ。小学生の時からの約束だからね。僕はフィンゃんの艦隊に行く」

「ふふふ……。そう来なくっちゃ。契約成立」

 ミート少尉は右手を差し出した。平四郎は握手をする。

「親方、今までありがとうございました」

「ふん。お前自身で決めたことだ。それにこれが今生の別れでもあるまい。どうせ、艦隊の本拠地はこのパークレーンなんだろ。お前の家はここだ。いつでも戻ってこい」

「親方……」

 だが、バルド並みにカウンターをバンっと叩いた人物がいる。ルキアである。

「あたしは納得できないからね。ミート少尉、あたしも第5魔法艦隊に雇いなさいよ」

「え、えええええっ。ちょっと、待て、ルキア」

 バルドが慌ててルキアを制する。平四郎が抜けて娘のルキアまで抜けたら、商会の経営が傾くというものだ。

「お前のような小娘にできる仕事はない」

 ミート少尉はきっぱりとそう言った。

「本当に?……。第5魔法艦隊といっても随分と台所事情は苦しそうだけど」

(ギクッ)

 ミート少尉は痛いところを突かれたと思った。そう。平四郎の給料の件をもってして、第5魔法艦隊の財政事情が苦しいことが露見するのは難しいことではない。

「弾薬の補給とかメンテナンスとか、あたしらの民間中古ショップを利用したほうがいいんじゃない? 正規ルートの半値以下だよ。それに魔法艦隊なら報酬で船を揃えていくんだよね。今後、船の買い入れも民間ルートなら安く手に入るんだけど……」

「ほ、本当か」

 思わず、叫んでしまったミート少尉は慌てて頭を左右に振って、コホンとひとつ咳をした。

「いえ、結構です。民間人の力など借りるわけには……」

「あらあ。それは本音?。あたしがパーツの調達から修理、人員集めをやれば助かると思うけど。そういうこと、副官のあなたが全部やるんだろ。オーバーワークじゃない?」

「うううっ……」

 図星だったようだ。ミート少尉の役割は提督であるフィンの補佐。これだけでも大変なのに、フィンが全く提督の仕事に向いていないものだから、艦隊の経営すべてが彼女にかかっていた。最近肩こりがひどいのは、そういう面での書類作成や交渉事に時間が取られているせいだろう。

(単に成長したおっぱいが原因という説もあるが)

「あたしだったら、そういう面も引き受けてさらにメカニックとして平にいの助手もできるよ。雇いなよ」

「……わ、分かった。あなたを第5魔法艦隊直属主計官に任命します。後でフィン提督に承認してもらいます」

「やった!」

「おい、ルキア。待ってくれ。お前がいなくちゃ、この商会はどうなるんだ」

 父親んの泣き言を娘は意に介さない。

「お父さん。第5魔法艦隊付きといってもあたしの職場はここ。このバルト商会が第5魔法艦隊の司令部ってことで。あたしまで船に乗っていたらお金の管理ができないじゃない」

「そういうことか」

「お父さん。大船に乗った気持ちでいてね。今日からバルト商会は第5魔法艦隊直属のパーツショップになるから、これは空獣ハンターのお客さんにもすごい宣伝になる。この国一番の店ってわけ」

「ルキア、お前は商売上手だな」

「任せてお父さん」

 がしっと手を取り合う父娘。転んでもタダでは起きないたくましさがある。それを横目で見ながら平四郎はミート少尉に話しかけた。ミート少尉はしっかりしているので年上に思えるがフィンと同じ年で18歳だ。

「ミート少尉。騙されたって思っている?」

「いや。思ってない。むしろ、助かる。お察しの通り、私たち第5魔法艦隊の財政事情は逼迫している。クロービスの軍港に停泊するお金にも逼迫していて、この田舎町の港に来ているのだ。ここなら首都にも近いから。停泊料も半分以下で助かる。民間のパーツショップとは言っても、バルト商会は空獣ハンター専門で名高いところだし、私たちの艦隊のメンテナンスをお願いできれば助かると思う」

「そうか……」

「平四郎、あなたは今日から我が艦隊の一員だ。艦隊のことはおいおい話していくから」

「了解」

「まずは、第5魔法艦隊の仮司令部に集合だ」

「仮司令部?」

 第5魔法艦隊の仮司令部。一体どんなところであろうか。


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