走るムニャムニャ ③

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「あれから一ヶ月ね、もうすっかり元に戻った?」


 サンドイッチを食べ終わると、レイはパンくずをスカートからはらい、大きく伸びをした。当時のレイは二十五歳、わたしから見ても急に大人になったように見えた。


「まぁね。でもなんていうか、うまく居場所が見つけられない感じなんだ」


 わたしたちの足元にはハトが集まってきていた。

 レイの落としたパンくずを食べに来たようだ。


「五年間も一人でいたんだからね。でも焦ることはないのよ」

「みんなそう言ってくれる。でもなかなかそうもいかない」


 その中に一羽、真っ白いハトがいた。その一羽だけが他のハトに邪魔されて、うまく食べ物にありつけずうろうろしていた。

 そのハトはなんだか自分に似ている、そう思った。


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「のんびりすればいいのよ、人生の夏休みだと思って。あなたはみんなを守るためにたった一人で犠牲になったのよ。そのことは、みんなだってちゃんと覚えているわ」


「そうなのかな? でも僕はもう少しちゃんと歩かなきゃいけないと思うんだ。上手くいえないけど、自分がだめにならないように、前に進まなきゃいけない気がするんだ」


 そう、こいつみたいに。

 わたしはその不器用な白いハトを見て思った。


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「えらいね。レンジ君のそういうまじめなところって、大事よ」

 レイはジッとわたしを見つめてきてそう言った。


 もちろん照れたので、わたしはまたその白いハトを見つめながら答える。


「違うよ。ただの性格だよ。でもほんとうに困ってるんだ。自分がどうしたいのか、どうなりたいのかが、まるで分からないんだ。このままずっとわからないんじゃないか、ってなんだか怖くなってくる」


「うーんナルホドねぇ……じゃあ、あたしが決めてあげようか?」


 彼女の言葉にわたしはすっかり驚いてしまった。

 その発想、考えはなかった。まるっきり予想外の展開。


「えぇっ?」


 大きな声を出したせいだろう。ハトがバタバタと飛び立っていった。


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 こんなことってアリなんだろうか? とも思ったが、彼女がそれを告げてくれるというのは、わたしにとって神様や天使から命令されるような感覚だった。

 もっと簡単に言えば、わたしはこの時、運命を感じたのだ。


「だからさ、あたしが決めてあげる。そのかわり、一度聞いたら必ず実行してくれなくちゃだめよ。どうする? 聞く? 聞かない? ちなみにこれはたった一度のチャンスだからね」


 彼女はわたしをまともに見つめていた。

 もちろん、さらに照れた。


 それで空を見上げた。

 


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「聞かせてよ。ぜったい実行するから」


 わたしは即断した。

 それを聞いて彼女は微笑んだ。


 さぁ、わたしの運命やいかに?


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「レンジ君、あなたはこれから大学に行って、お医者さんになりなさい。時間はかかってもかまわないわ。でもとにかく最後までやり遂げて、お医者さんとして大学を卒業しなさい。これが一つ」


 レイはピッと人差し指を立てた。


「医者になるの? しかも、まだあるの?」

「あるわ。お医者さんになって大学を卒業したら、あたしを迎えに来て」


 レイはさらにピッと中指を立てて、Vサインを作った。


「えっ?」

 

 それからもう一度。


「えっ?」


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 わたしは完璧に混乱していた。


 これは結婚の申し込み?

 これはうれしい展開なのだろうか?

 それとも単なる勘違い、または拡大解釈みたいなものだろうか?


 わたしはポカンとして彼女を見つめた。


「聞いたんだから、どっちも実行してくれなくちゃだめよ」


 レイはちょっとうつむいてそう言った。

 彼女の耳の先がピンク色に染まっていた。


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 その言葉! 勘違いではなかった。

 わたしは天にも昇るようなうれしさだった。


 あのハトのようにどこまでも高く舞い上がれる気がした。


 医者か、なってやろうじゃないか!

 そしてレイを迎えにいくんだ!


 それはすばらしい目標だった。


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「あ、でもさ……」

 と、なんとも歯切れ悪くわたしはつぶやいてしまう。


「だめなの?」

「違うよ。でもさ、大学に行くには、それも医者になるなら、時間がすごくかかる。たぶん十年くらいかかるよ。それにお金だってすごくかかる」


 それを考えると気が重くなってしまった。


「レンジ君、今のあなたには時間がたっぷりある。それにお金だってたっぷりあるのよ。それからわたしはちゃんと待ってる。だからなにも心配しなくてもいいのよ」


 レイはそういってくれた。

 ここまで言ってもらって何を迷うことがあるだろう?


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 わたしは立ち上がった。

 わたしの中でずっと止まっていた時計が、今再び動き出したのだ。


 こうしてはいられない!


「ありがとう!」


 そういうが早いか、わたしは走り出した。

 走らずにはいられなかった。


 公園を横切り、俯いて歩く町の人たちをかき分け、マンションに向かう。


 すぐにでも勉強をはじめなきゃ!

 遅れた分を取り戻さなくちゃ!


 視界がどんどんと明るく開けていく。


 若者よ、走れ!

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