それがこぼれるまで ④

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 コトラとコウジ、この二人が衝突するのは時間の問題だった。

 都会とはいえ、世間は狭い。まして子供たちの世界はもっと狭い。


 繰り返すようだが、コトラは正義感が強く、それを通すだけの腕っ節があり、心優しい子供になった。近所の子供たちはずいぶんとコトラになついていたし、浮浪少年たちのあこがれのリーダーだった。


 対照的にコウジはとにかくイヤな奴だった。彼はお金があったがそれだけだった。友達というものをカネをばら撒いて買っていた。コウジの周りには同じような金持ちのボンボンが取り巻きについていた。そして下町に繰り出してはちっちゃな子供たちに意地悪をして楽しんでいた。


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 二人はそれとなく互いの事を聞き、意識するようになっていたのだと思う。


 それはちょっとした闘争だった。

 金持ちと貧乏人の子供の闘争だ。


 だがその日までは、二人はお互いに相手を避けていたようだった。


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 運命のその日。

 それは七月一日。


 その日は、わたしたちがこの街にきた記念日であり、わたしたちにとっては特別な意味をもつ日だった。


 その日にだけ、わたしたちは三人でパーティーを開いていた。

 それは本当に些細なパーティーだった。


 その日にだけ、わたしたちはケーキを買っていた。

 イチゴの乗ったショートケーキ。


 それが当時のわたしたちに考えられる最高の贅沢で、最高のご馳走だった。


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 わたしたちの運命を変える大事件は、そのパーティーの最中に起きた。


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 その日、七月一日の昼ごろ。


 コトラはわたしたちが一年間貯めた小遣いを握りしめ、一人でケーキを買いにでかけていた。ちなみにその日だけはわたしもケンも仕事を休ませてもらっていた。ミクニ老人も特別に許してくれていたからだ。


「まぁたまに休むぐらいはかまわんさ。家族で過ごすといい」


 だからわたしとケンは昼までたっぷりと眠り、やがて起きだすとコトラが帰ってくるのを待った。スーパーまでは結構距離があったから、帰りを待つ間トランプをして遊んだ。だが時間はどんどんと経過した。


 なにかおかしいな、と思うほどに。


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「おそいな、コトラのやつ」とわたし。


「なにか怪我でもしたのかな? いつもだったら走って帰ってくるのにな」

 ケンも心配そうにさっきから玄関をチラチラと振り返っている。


「そうそう、去年は見事にケーキが片寄っててさ……」

「そうだよ、見事にぐちゃぐちゃになってたよな!」


「それであいつ泣いたんだよな」

「そうそう! そうだった。あれからもう一年かァ」


 そんな事を話していたら、ドアが静かに開いた。


 なにかあったな。

 わたしたちはすぐにピンときた。


 コトラがそんな様子で帰ってきたことなど一度もなかったからだ。


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「……ただいま」


 そういうコトラの声は沈んでいた。笑顔を浮かべようとしていたけれど、なにか暗い影が差していた。だがその手にはちゃんとケーキの箱があったし、怪我をしている様子もなかった。それで少し安心した。


「遅かったね、コトラ」わたしはそう聞いた。

「ごめん、ごめん」コトラは無理に明るく振舞っているように見えた。

「どうかしたのか?」ケンが聞いた。


 コトラは静かに、しかし何かを振り払うようにブンブンと首を振った。


「ううん。ちょっと嫌な事があってさ、歩いて帰ってきたんだ」

「そうか、まァいいさ、パーティーを始めようぜ!」とケン。


 コトラの雰囲気を変えようと、わいわいとパーティーの準備をした。しばらくすると机の上に食パンが三切れと、コトラの作ったキャベツのスープ、それにベーコンと目玉焼きがのった。


 それはわたしたちにとって、とにかく栄養のあるご馳走だった。


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「とにかく乾杯だ。一年間、頑張った俺たちに!」

 ケンがグラスを掲げる。


「頑張った僕たちに!」

「ありがとう兄ちゃんたち!」


 わたしたちはオレンジジュースで乾杯した。そしてお腹がすいていたからガツガツとご馳走を食べた。どれもほんとうにおいしかった。そしてあっという間にご馳走の時間は終わり、待ちに待ったデザートの時間になった。


「ジャンジャジャーン!」ケンのファンファーレとともに箱が開いた。

「うぉぉぉ」わたしも思わず歓声を上げた。


 一年ぶりの再会! ショートケーキ!

 大きなサイズではないけれどまん丸だ。

 真っ赤なイチゴが六個、まっしろな雲のような生クリームの上にちょこんと乗っている。その神々しい姿!


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 だがコトラ一人だけが浮かない顔だった。


 しかしその時にはわたしとケンはショートケーキの魔力にとらわれていた。

 箱をとり、包丁できっかり三等分に分けた。イチゴはひとり二つずつ。喧嘩することはなかったが、それでもきっちり分ける。


 さっそく皿に取りわけると、わたしとケンは「いっただきまーす!」と同時に手を合わせた。


 


 


 コトラが身を震わせていた。


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「いったい何があったんだ?」とわたし。

「俺たちに話せよ」


 ケンもわたしも目の前からケーキをどけた。

 今はコトラの方がずっと心配だったからだ。


「実はさ、今日、スーパーで、コウジにあったんだ……」

 コトラはこぶしをグッと握り締めていた。


「僕、兄ちゃんたちにもらったお金でケーキを買おうとしてた。そこにコウジがやってきたんだ。仲間が二人いた。あいつら三人で三つの大きなケーキを買ったんだ。一人一つずつ」


「いやみな連中だぜ」とケン。

「でも、そんな事は分かってる、そうだろ?」


 わたしには話の続きがあるのが分かった。それぐらいではコトラを傷つけることはできないからだ。


 なにがコトラを傷つけたのか? わたしはそれが恐ろしかった。


 それはきっとわたしとケンをも傷つけるだろうから……

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