それがこぼれるまで ⑤


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「僕は知らんぷりした。お金を払ってケーキの箱をもらって、それからさっさと店を出ようとした。そしたら、あいつらも出てきた。コウジは最初から僕を馬鹿にしていた。他のやつも僕を馬鹿にしていた。僕が大事にケーキを抱えていたのを笑ってた。でも僕には本当にこのケーキが大事だったんだ。兄ちゃんたちががんばって働いたお金で買った、特別なケーキだったから」


 コトラの言葉にわたしたちも泣きそうになってしまった。


 そう、このショートケーキは一年間を無事に乗り切ったご褒美であり、最高の贅沢だと信じていたからだ。


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「そうしたらコウジのやつ、僕が見ているのを知っていて、店の前でケーキの箱をあけたんだ。そしてイチゴのところだけを食べて……それから


 わたしは絶句してしまった。それは『お金を持つ』ということがどういうことなのか、それを見せつける行為だった。少なくとも、わたしたちにとってはそうだった。


「オレはおまえたちとは違うんだ!」

 コウジの声が聞こえるようだった。

「オマエたちみたいな貧乏人と違うんだ!」


 それはわたしにとっても許せない行為だった。

 それを見せつけられたコトラがかわいそうだった。


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「そんで、あいつは言ったんだ。わざと僕に聞こえるように言ったんだ。ショートケーキはイチゴのところだけがおいしいから、あとはいらない、ゴミなんだって。それから二人にも同じように食べさせて、捨てさせたんだ。カステラをありがたがって食べるのは、貧乏人だけだよ、って」


 コトラは悔しさを搾り出すように、涙をこらえるように、ゆっくりと、はっきりと何があったのかを話す。


「僕はケーキをしっかりと持っていた。でも急に軽くなったんだ。僕はそれが悲しかった。僕はこれがどんなに特別なケーキなのか知っている。どんなに苦労のつまったものか分かっている。でもあいつの言葉で、それがつまらないことみたいに、そういわれてしまった。僕はそれがとても悔しかった。悲しいし、つらいし、でもやっぱり悔しいんだ。こんなにおいしいケーキなのに!」


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 それ自体はたいした意味がないと思うかもしれない。

 でも違う。


 コトラはいつも最後の一口にイチゴを食べるのを楽しみにしていた。

 それはわたしたちも一緒だ。最後のイチゴをほおばる時、わたしたちは無限の幸せを感じることができた。


「ちくしょう! 僕は悔しい! 僕はお金がほしい! あいつに、あんな奴に、馬鹿にされたくない!」


 コトラはもう一つのイチゴもフォークにさして食べた。


 その直後だった。


 


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 コトラの目から涙が一粒、頬をつたってこぼれ落ちた……


 ……


 小さく、しかしすっきりとした音色が響いた。


 それはあまりに場違いな音だった。


 だから最初は何が起こったのかに気がつかなかった。


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「貧乏が嫌なんじゃない! 欲しい物だってなんにもない! でも僕はお金が欲しい!」


 コトラの目からはまたも涙が零れ落ちた……


 ……


 またもや澄んだ音。


 それはなにかスプーンがお皿に触れたような音だったが、それよりもずっと深く、なにやら高貴な音がした。


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「悔しいんだ! たかがお金のことで馬鹿にされるなんて! みじめにさせられるなんて!」


 その頃にはわたしとケンちゃんは異変を感じていた。

 コトラの魂の叫びを妨害する場違いな音色が気になっていた。


 いったいなんなんだよ? こんな時に。


 そう思ってわたしたちはコトラの皿の上を見た。


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 そこに金色の粒が二つ転がっていた。


 真っ白なお皿の上、ショートケーキに寄り添うようにして、二つの金色の小さな粒が転がっていた。


 それはキンに縁のないわたしたちが見ても、だった。


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「なんなんだ……?」


 ケンがつぶやいた。その答えはすぐに明らかになった。


 コトラの涙がもう一粒、まさにわたしたちの目の前で零れ落ちた。


 それは最初、透明な水だった。だが空中を落ちていくうちに氷のように固まり、その小さなしずくの内部から金色の光があふれ出し……


 

 澄んだ音をたてて皿の上にコロコロと転がった。


 それは金の涙だった。


 


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 そこで冒頭の話を思い出してもらいたい。


 キリンの首がなぜ伸びたのか?


「それはキリンが一生懸命首を伸ばしたからです」

 わたしはそういった。


 コトラがなぜ金の涙を流したのか?

 答えは簡単だ。


 コトラが心の底からキンを、カネを求めたからだ。


 これが進化でなくてなんだろう!

 これが奇跡でなくてなんだろう!




 ~ それがこぼれるまで 終わり ~

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