そして牢獄へ ⑤


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「おれたち、なかなか頑張ったよな、レンジ」


 その日の会議でケンちゃんはそういってくれた。

 わたしはうなずいた。本当によく頑張ってきた。自分でもそう思えた。

 そしてなにより、これはみんなで勝ち取った勝利だった。


「そうだ! 明日はお祝いをしよう!」

 コトラが元気にそういった。とはいえ、たぶん前々から計画を練っていたのだろう。ずいぶんわざとらしかった。


「晩御飯にはピザを作るからさ、そしたらデザートにはさ、久しぶりにショートケーキを食べようよ。あの頃みたいに。もちろん、今度はみんなでさ」

「ケーキ! ピッツァ! キュージューニンブン!」

 とキョウコさんが呪文でも唱えるように言った。


「キョウコさん、どうでしょうか? お願いします!」

 コトラは拝むように手を合わせる。

 もちろんわたしたちも、その後ろで一緒になって拝む。


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「今月も家計が苦しいんだけどねぇ……今回は特別に許可するわ」

 するとその場にいた子供たちからワッと歓声が上がった。


「ケーキは十個、いや二十個は作らないとなぁ。がんばらなくちゃ」

 コトラは腕まくりしながらそういった。そしてケーキ作りのメンバーにさっそく買い出しの指示を出し始めた。


「明日の仕事は全部休みにしてくるよ」

 ケンちゃんもそういって仲間を集めて打ち合わせを始めた。


「あたしも明日の事務所は早めに切り上げてくるね」

 とレイ。そういってリュウイチと一緒に自分の部屋へと戻っていった。


「あんたは?」

 とキョウコさんが聞いてきた。


「よし! 僕は学校サボるかな」

「駄目に決まってるでしょ!」

 やっぱりスリッパで叩かれてしまった。

 キョウコさんは相変わらず手厳しい。


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 その翌日、わたしはいつもどおり学校へ行った。


 出かけた朝、珍しいことにみんながいなかった。


 コトラは店へ早々に出かけていたし、ケンちゃんも同じく仕事に出かけていた。


 レイは事務所にいつもより早く出発し、キョウコさんは珍しくミクニ老人の所へと戻っていた。


 子供たちだけはマンションのあちこちにいて、わたしが通りかかると十字のマークで楽しそうに合図してくれた。


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 質屋の前を通りかかると、店に張り紙がしてあるのが見えた。

 ガラスの向こうは真っ暗で、棚からは全ての商品が消えていた。


 近くに行ってみると、倒産したことが分かった。カゴ婆さんの姿は見えなかった。


 後に分かることだが、カゴ婆さんは金の大暴落で大赤字を出したのだった。

 金がさらに値上がりするのを待っていて、大量の金を手元に残していた。

 それが一夜にして鉄くずと化してしまったのだった。


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 わたしは少しばかりの後悔を感じた。


 ヒダカ老人の言葉をカゴ婆さんに伝えることも出来たのだ。


 現実的にはそれどころではなかったのだが、方法がなかったわけではない。


 だが仕方なかった、と思うよりほかなかった。


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 授業はこの日、あまり熱が入らなかった。

 みんなで過ごす久しぶりのパーティーが楽しみだった。


 コトラやケンちゃんとショートケーキを食べる、それはわたしたちにとってとても感慨深いことだった。


 コトラが金の涙を流すきっかけになったのが、ショートケーキだった。

 思い起こせばあれから五年もの歳月が流れていた。


 ずいぶんといろんなことがあった。

 あわただしくも、楽しい日々だった。


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 そして待望の放課後がやってきた。

 その日の授業は昼で終わりだった。


 わたしはカバンに教科書を詰め込むと、真っ先に学校を飛び出した。

 たぶんまだ誰も帰ってきていないだろう。

 それでも家に、自分の家に帰るのが楽しみだった。


 


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 マンションの前にパトカーが止まっていた。

 十台以上が並んでいる。


 そして子供たちがマンションから引きずり出されていた。

 子供たちは泣いていた。

 子供たちはうなだれていた。


 制服姿の警官が次々にマンションに入り、子供たちを連れ出していた。

 

 


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 子供たちを迎えに、親たちが来ているのを。

 子供たちをいじめていた父親が、母親が、一人で、あるいは二人で、嫌がる子供たちの手を掴んでパトカーに乗せようとしていた。


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「やめろ!」

 わたしは叫んでいた。


「やめてくれ!」

 わたしは怒号していた。


 警官、子供、親たちの動きが止まり、突然現れたわたしをジッと見つめていた。


!」


 わたしは走り出した。

 警官が制止しようと前に飛び出てきた。

 わたしはその腕をかいくぐり、子供たちを連れ出そうとする親たちに迫った。


! !」


 また警官が来た。

 わたしはその手を払いのけた。

 子供たちがすがるようにわたしを見つめている。

 実の親の手を振りほどき、わたしのもとへ駆け寄ろうとしていた。


 何人もの子供たちが同じように、わたしを求めていた。


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「ふざけるな! ひとさらいが!」


 そう言いながら、一人の男がわたしの前に現れた。

 ボロボロのコートを着た男だった。右手には酒瓶があった。

 それはレイとリュウイチの父親だった。


「オレの大事な子供をさらいやがって!」


 その言葉がわたしの怒りに火をそそいだ。

 うなじの毛がちりちりと逆立ち、心臓には一気に血が流れ込んだ。


 わたしは激怒していた。


! !」


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 警官たちがさらに集まった。

 わたしの胴体に腕が絡みついた。右手が押さえ込まれた。

 左手がねじり上げられた。首もとに太い腕が食い込んだ。

 それでもわたしは進んだ。


! ! ! ! ! !」


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 出し抜けにわたしはレイの父親に殴られた。

 右の頬を一度。それから頭の辺りを殴られた。


 そして警官たちが彼を取り押さえ、わたしも地面に引きずり倒された。


 口の中に血の味が広がった。だが痛みは感じなかった。

 それ以上に激怒していたからだ。


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! ! ! !」


 だがその時、スーツ姿の男が目の前に立った。

 二人組みの男だった。


 そのうちの一人が、今度はわたしを無理やり立たせた。そして腹部に強烈な膝蹴りを入れてきた。息がつけなくなり、猛烈な痛みが広がった。目の前が急に真っ暗になった。


 そしてもう一人の男が小さな紙を広げながら言った。

「レンジ、だな。お前を幼児誘拐の罪で逮捕する」


「かえせ……僕の家族を……」


 


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 わたしの両の手首にガチャリと銀色の手錠が冷たく嵌るのを。


 わたしは逮捕された。

 

 それから五年もの長きにわたり、わたしは投獄されることになる。




 ~ そして牢獄へ 終わり ~


 

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