7冊目 獄中からのレポート

獄中からのレポート ①

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 わたしは逮捕された。

 2042年の夏、十七歳になった年だった。


 四十人近い子供たちの誘拐は前代未聞の犯罪だった。まぁ考えてみればそうだろう。だが当時はそれほど大きな騒ぎにならなかった。社会ではもっと深刻な不況が蔓延していたし、誰が死んだわけでもなかったからだ。


 さらにわたし自身もまた未成年だった。それはムニャムニャたちの大それたイタズラ、という程度にしか思われなかったのだ。


 わたしはすぐに裁判にかけられ、未成年ということで五年の刑を言い渡された。


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 不思議とショックはなかった。

 手錠が嵌った時はびっくりしたし恐怖感があったけれど、それだけだった。

 なんとなく未来が閉ざされてしまった気もしたのだが、考えてみれば未来に明るい希望なんか最初から持ちあわせていなかった。


 

 その確信がわたしを支えていた。


 ケンちゃんやコトラ、そして家族のみんながわたしの正義を信じてくれていた。

 それだけで充分だった。


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 何よりさいわいだったのは、ケンちゃんとコトラが逮捕されなかったことだ。


 わたし以外の誰一人、警察に捕まることはなかった。

 二人は子供十字軍が設立された時の約束をちゃんと守ってくれたのだ。


 もう一つよかったことは、逮捕が金の大暴落の後だったということだ。

 金に価値がなくなった以上、連れ戻された子供たちにも危険はなかった。


 おかしな言い方だが、わたしは穏やかな気持ちで牢獄に入ったのだった。


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 コトラとケンちゃんはその五年の間、毎週のように面会に来てくれた。


 ちなみに面会は面会室という特別な部屋で行われる。

 その部屋は扉が二つあって、一つは監獄につながる扉、もう一つは外の世界とつながっている扉だった。

 窓には鉄格子がはまり、引き出しのない事務机が二つ並べてあった。


 殺風景だがとても綺麗な部屋だった。


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 最初の頃、二人はここに来るたびにいつも泣き出した。


「ごめんなぁ、レンジ。お前一人だけにつらい思いをさせて……」


 ケンちゃんはわたしの姿を見るだけで泣いてしまった。とくにつらい思いをしていた感じはなかったが、そう言われるとつらいような気がしてくるから不思議だった。


「レンジ兄ちゃん、僕が代わってあげられればよかったのに。ねぇ、お腹はすいてない? 寒くはない? 食べたい物があったらいつでもいってよ。毛布も持ってくるしさ。ねぇ、困ったことはないの? 食べたいものは?」


 コトラの気持ちはいつでも嬉しかった。だが刑務所の中は原則として差し入れが禁止されていた。もし差し入れが許されていたら、みんなの差し入れで監獄が天国になったかもしれない。


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「二人がこうしてきてくれるだけで、僕には十分だよ」


 それからわたしは二人の近況を聞く。

 主にケンちゃんの仕事の話とか、コトラの料理の話、それから子供たちの話だ。


 もちろん今も二人は子供たちとともに働き、働けない子供たちを食べさせていた。

 残ったり、戻ってきたりした五十人の家族をしっかりと守っていた。


 わたしは二人の話はもちろん、彼らの話を聞くのも大好きだった。みんなの顔がいつでも思い浮かんだ。一時間の面会時間はいつでもあっという間に過ぎてしまった。


「また来週来るからね」

「レンジ、俺たちはずっと家族なんだからな、忘れないでくれよ、また来るからな」


 二人はそういい残して名残惜しそうに帰っていき、また翌週には約束どおり顔を見せてくれるのだった。


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 ケンちゃんとコトラだけでなく、小さな子供たちも連れ立ってよく遊びに来た。

 マンションからこの刑務所までは二時間もの道のりがあるというのにだ。


 ヒカルやナガイたち子供十字軍のメンバーは、ちょくちょく顔を出しては、連れ戻された子供たちの様子を聞かせてくれた。

 もちろん話をするのは、ビシッと十字のマークを決めてから。


「レンジさん、報告します。ヤスヒコ君は大丈夫みたいです。先週はツバキちゃんの家の様子を見に行ったけど、お兄ちゃんとお母さんと楽しく暮らしてるみたいです。タカシ君は叩かれていたようだけど、本人のいたずらのせいでした」


 彼らの監視活動はまだ続いているのだった。

 彼らの報告では、連れ戻された子供たちのほとんどが、貧しいながらも幸せに暮らしているようだった。それがなにより安心できることだった。


「ずいぶんと細かく調べてくれたね。ごくろうさん」


 子供たちはビシッと十字のポーズで返事をする。

 なんという結束の固さ!


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 しかしそれは最初の一年までの話だ。


 連れ戻された子供たちが安全で平凡な日常に戻るようになると、報告することもなくなり、やがて監視することもなくなり、子供十字軍はゆっくりと消滅していった。


 本当はそのことが何よりうれしいことだった。


 ヒカルとナガイだけはそれでも毎週のように面会に来ていたが、三年目を過ぎる頃には顔を出さなくなってしまった。


 コトラの話では、二人は本格的にサッカーを始めたのだという。わたしも驚いたが、どこかの有名なサッカークラブが二人をスカウトしたというのだ。


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 のちに二人が照れくさそうに話してくれたところでは、二人はよく尾行の待ち時間にボールを蹴って遊んでいたそうだ。しかも音を立てないようにボールをコントロールしたことがまたよかったというのだ。そんなテクニックをもつ子供は日本中のどこにもいなかった。


 人生、何が幸いするかは誰にも分からない。


 付け加えると、その後二人は本当にプロのサッカー選手になった。

 そして五年余り、ヨーロッパで一流選手として活躍することになる!


 子供にはいつでも無限の可能性が眠っているのだ!

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