第2話 1年間の片思い

わたしには1年くらい一方的に思いを寄せてる人がいた。彼はバンドマン。彼氏にしてはいけない「3B」と世間で言われている「美容師」「バーテンダー」「バンドマン」のうちの一つである。わたしは高校を卒業してから、趣味程度でバンドをやっていた。だから出会うとなると、クズのようなバンドマンばかりであった。クズとはわかっていてもステージに立つと、スポットライトに照らされて然程かっこよくない顔もその瞬間はとてつもなくかっこよく見えたりするのだ。とてつもなくは言い過ぎかもしれないが。おまけに女子の心を撃つ一言や仕草も多用するため厄介だ。良い曲を歌っていても、実際はクズなのだ。すべてのバンドマンが悪い訳ではないが、このクズたちによって「彼氏にしてはいけない3B」と纏められてしまうのだ。


わたしが後に好きになるバンドマンは当時高校生だったのだろうか。身内の寄せ集めイベントで、対バンしていたらしい。彼ははっきり覚えていると云うのだが、わたしは申し訳ない程記憶にはなかった。競争心の強いわたしは、歳下のバンドというだけで対抗心を持ってしまっていた。だからあまり歳下のバンドに興味がなかったのだろう。


その後しばらくして、彼らは音楽好きなら誰もが知っているフェスによく出ていた。彼らの曲を再び聴いたのは、その後また行われていた身内の寄せ集めイベントである。10人、いや5人程度しかいないライブハウスの隅でわたしはその日客として観ていた。どうしてあの頃もっと興味を持たなかったのだろうと思うほど、彼らの曲は魅力的であった。


その後、打ち上げには参加させてもらったものの彼らの姿はなかった。後日某CDショップでCDを買い、SNSでボーカルの彼を見つけてライブの感想でも伝えたような気がする。「名刺替わりのCDです。」と返信もくれた。


この時点では、バンドマンとファンのような繋がりだったのでそれ以上深い仲になることもなかった。暫くして、初めて行った夏フェスで会うことが出来た。客として来ていたわたしと、出演者として来ていた彼。何気なく歩いているとファンと会話している姿を見かけた。ステージを観た直後ということもあり、一言喋りたいと待っていた。一言のつもりが色々と喋り、あの身内の寄せ集めイベントの話にもなった。驚くことに彼はわたしの当時のバンド名を覚えてくれていた。「今度みんなで鍋パをするの予定なのでよかったら来て下さい。」そう言ってくれた。


2ヶ月程経ってからその「鍋パ」が開催された。忙しい合間を縫って参加した彼は、以前から深い仲の友人たちと話が弾んでいた。繋がって間もないわたしはその日特に話をすることはなかった。彼はその日全員に新しいアルバムの音源をくれた。わたしはそのアルバムまで自分で買い、すっかりファンになっていたのですごく嬉しくて、翌日お礼のメールを送った。彼は返信で「また誘ってくれたら飲みにでもいきます。」と言ってくれていた。ファンということもあったので余計に嬉しく思えた。


その4ヶ月後、念願の飲みへ行くことになった。駅の近くで待ち合わせをして居酒屋へ。元々わたしは人見知りということもあり、そしてファンということもあり、緊張で全然喋ることが出来なかった。それでも彼は「楽しかった。また行こう。」と言ってくれていた。


その後も何度か飲みに行った。彼は他のバンドマンとは違い、自分の意思をしっかり持って音楽と向き合い、なにより真面目なのである。わたしが言う「クズなバンドマン」ならば飲んだ後にホテルへ誘うのがお決まりだ。彼からそういう素振りも見せられたことはない。わたしが彼にとって魅力がない女に見えたりのかもしれないが。周りからも「真面目」だとよく聞いていた。


彼のことを好きになったのははっきりいつだったかは覚えていないが、叶わない恋だと知りながらも連絡が来ると舞い上がってしまうくらい嬉しくなっていた。それと同時にどんどん忙しくなる彼。わたしごときが邪魔をしてはいけないし、でも気持ちは膨らむ。同じく、バンドマンに恋をしていた友人と飲みに行くとこの話で持ちきりだ。彼女もわたしも社会人。彼と彼はバンドマン。彼女とわたしは主に出会いがない。だから簡単に切り捨てたりすることが出来なかった。そしてある日飲みに行くと彼女から「これ知ってる?」とあるアプリの話を聞いた。それは趣味から出会うことが出来るいわゆる「恋活アプリ」だ。「出会いがないから、わたしらは彼のことを忘れられへんねん。」彼女はそう言った。確かにそうだ。もっと出会いがあれば、もっと良い人なんて山ほどいるだろう。そう思った。彼女はすでにそのアプリを始めていて、色々と教えてくれた。そういうアプリには正直戸惑いはあったが、彼女の話を聞いたり、友人の友人がそのアプリで出会い結婚しているという話も思い出して「どうせ良い出会いはないだろう。」という曖昧な気持ちでわたしも始めることにした。


これは、好きなバンドマンの彼を忘れるためだった。売れてるバンドマンに相手にしてもらい自惚れていられる年齢でもない。女としての魅力がなくなってからでは誰も拾ってはくれないだろう。元々魅力もなにもないわたしが、女として見てもらえなくなった先に何が残るのだろうか。そんなことまで考えて、自分で自分の将来が少し怖くなった。別に恋愛しないと生きていけない訳ではないが「将来」というところに焦点を置けば、女ならば誰でも少しは考えてしまうのではないだろうか。だけど「恋活アプリ」に頼る日が来るとは自分は思ったことがなかった。

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