第36話 エファVSフェリックス。ラスボスの実力を見せる回
フローナ女子学院とガゼルト男子学院の学生が、対峙しているエファとフェリックスの周りに集まり左右に分かれる。全員が固唾を飲んで見守る中、フェリックスが魔法を詠唱した。
「終わりなき火炎の乱舞。インフィニティブレイズ」
フェリックスの前方に魔法陣んが現れ、そこから無数の炎の矢が打ち出される。
右手に指揮棒を具現化させ、エファも魔法を詠唱する。
「天使の子豚、万物飲食モード。全て食べちゃいなさい」
エファの周囲に六匹の羽が生えた天使の子豚が現れる。天使の子豚達は大きく口を開け、迫りくる炎の矢を飲み込み、もしゃもしゃと咀嚼して、おいしそうに嚥下する。
「ふざけた魔法だが、俺の魔法に対抗できたこと誉めてやろう」
炎の矢が飛び交う中、フェリックスがエファに切りかかる。エファも天使の子豚の守護を維持したまま、指揮棒を大剣に変換させ、フェリックスの剣をはじく。
「あんたの方が格下のくせに、誉めてやろう、なんて偉そうにしてんじゃないわよ」
エファと切り合いながらフェリックスはさらに新たな魔法を詠唱する。
「すべてを浄化せよ。聖なる光剣、セイクリッドノヴァ」
天空からエファめがけて何本も光の剣が落ちる。
エファも大剣でフェリックスを攻撃しながら、再度、天使の子豚万物飲食モードを発動し、新たな四匹の天使の子豚を具現化し、光の剣を食べさせる。
「魔力の縄よ、彼の者を束縛せよ、万物拘束」
エファが魔法を詠唱する。光り輝く魔法の縄がフェリックスの体を捕らえる。
「しまった!」
魔法の縄に自由を奪われたフェリックスが棒立ちになる。
「隙あり!」
エファはフェリックスの顔面にめがけて飛び蹴りを繰り出す。エファの必殺の一撃だ。だが、フェリックスの口元に笑みが浮かぶ。
「かかったな」
フェリックスは体に力を入れ、いともたやすく魔法の縄を引きちぎる。フェリックスは魔法の縄にとらわれたふりをしてエファの攻撃を誘導したのだ。
自由を取り戻したフェリックスはエファの飛び蹴りを避け、長剣を切り上げる。
「魔法剣、業火!」
長剣がエファを切りつける。同時に刀身から炎が生まれ、エファの体を火炎が包む。
「このー!」
エファは空中で体を回転させる。無理な体制だったが、強引に軌道を修正して、フェリックスの後頭部に後ろ回し蹴りを叩きつける。
「ぐおっ!」
フェリックスが吹き飛ぶ。
フェリックスが立ち上がる間に、エファは黄金の如雨露の魔法で体を包む火炎を消す。
エファとフェリックスの戦闘衣はお互いに大きな損傷を負っていた。
周りで見ていた学生達が大きく息を吐き出す。エファとフェリックスの激しい戦いぶりに呼吸を忘れていたのだ。
女子学生の間からは、やっぱりフェリックスさんは強い、という声が聞こえ、男子学生の間からは、フェリックスと互角なんてエファさんはすごい、という声が聞こえた。
「クリスティナさん。今の為替はどうなっていますか」
浮かぬ顔のソフィアが隣にいるクリスティナに尋ねる。
「依然として極端なフローナ安の状態です。もう、ガゼルドの半分以下です」
ソフィアの表情が厳しくなる。フェリックスと互角の戦いを演じるエファだが、フローナを使っているなら、フェリックスの倍以上消費が激しいことになる。いくらエファが資金を調達していたとしても、先に尽きるのは自明の理だ。
ソフィアと同じことをフェリックスも考えていた。
「自分から主役と豪語するだけあって素晴らしい技量と資金だ。だが、為替がガゼルト有利である以上、フローナを使っている貴様に勝ち目は無い。潔く負けを認めてはどうだ」
「ご心配なく。私が使ってるのはフローナじゃなくてガゼルトなんだから」
「はったりはよせ。この我らの襲撃を予測しない限り貴様にガゼルトが買えるはずがない」
「だから、予測したのよ。あんた達の襲撃をね」
目立ちたがりのエファはフェリックスに向かって得意げに語りだす。
「最初に気になったのは夏休みに入った直後よ。緩やかなフローナ高が続いてた。もしかして、誰かが目立たないようにフローナを買い溜めし、後で一気に売りに出してフローナ安を誘導しようとしているんじゃないかって思った。夏休みの中ごろになってもフローナ高が止まらないのを見て誰かが暗躍しているって確信したわ。フローナは両学院のみで通用する特殊な通貨。その為替を操作するとしたら、やはり、両学院の学生しかいない。でも女子学院の学生がフローナの為替を操作しても利点は少ない。とすれば、誰が暗躍しているか容易に予想がつく。ね、簡単に推理できるわけよ」
犯人はお前だ、と言わんばかりにエファは意味ありげな視線でフェリックス見る。
「一見もっともらしいが、貴様の説明には穴がある。俺達がフローナを買い溜めしていたと分かっても、そのことから星降る舞踏会でフローナ女子学院の制覇に乗り出すことまでは予測できまい」
「そんなの簡単よ。私も入学した時から両学院の制覇を考えてたもん。方法もあんた達が今回やったのとほぼ同じことを思いついてた。仕送りさえ止められていなければあんた達より先に実行してやったわ。そんな私にかかればあんた達の行動なんて丸わかりよ。だから、今日に向けてガゼルトを貯め込んだのよ」
エファは実に愉快そうに高笑いする。対照的にフローナ女子学院の学生達は静まり返る。さすがに誰も、エファが両学院の制覇を考えていたとは思いもよらなかったのだ。
「俺と同じく両学院の制覇を考える者がいるとはな。どうやら貴様を甘く見ていたようだ」
フェリックスのエファを見る目が変わる。チョーさん達との漫才的な掛け合いが印象的だった為、道化と見ていたが、自分と同等の技量と野望をもつ強者と見直したのだ。
「悪いけど、あんたなんかと一緒にしないでくれる」
フェリックスと違い、エファは徹頭徹尾上からの目線を変えない。
「私は純粋に両校の制覇を目指していたけど、あんたは違う。両学院の制覇を謳っておきながら、その裏に別の目的があるでしょ」
フェリックスの表情が固まる。明らかに動揺している。
「もし本気で勝つ気だったら、完全に戦力を分断すべきよ。それなのに、あんた達は私を含む十人を監禁するにとどめた。何故、二十人というクラスの半分ではなく、十人にしたのか。そして、あんた達はあえて人数の多いソフィア達を先に攻撃した。勝率を考えれば、少数の私達を先に攻撃して殲滅してから人数の多いソフィア達を攻撃すべきでしょ。つまりあんた達の行動は、両学院の制覇という観点からすると矛盾点だらけなのよ」
矛盾点を指摘されたフェリックスは、感情を消すかのように無表情になり、黙る。
「どうしたのよ、何とか言いなさいよ」
エファがフェリックスに催促する。しかし、フェリックスはエファの問いを無視する。
「ここに至っては、もう喋ることは無い」
フェリックスは長剣を構え、エファに突進してきた。
「そっちがその気なら、ボコボコにした後で無理やり口を割らせてやる」
エファも大剣を構え、フェリックスを迎え撃つ。
二人は剣で激しく打ち合う。
斬撃入り乱れる間に至近距離で豪快な魔法を放つ。
さらにエファは隙を見ては飛び蹴りを繰り出していた。
初等部のレベルを超えた二人の戦いは両学院の代表戦にふさわしいものだった。
実力伯仲の二人だが、それでもほんの少しの差があり、わずかにエファの方が上だった。次第に、エファの戦闘衣の損傷に比べ、フェリックスの損傷の方が大きくなる。
「エファちゃん、頑張って! もう少しだよ」
汗ばんだ両手を、ギュッ、と握りユーディットがエファに声援を送る。
「ここまで来たら、何が何でも勝ちなさいよ、エファ」
ソフィアも、今か今かとエファの勝利を待ち望む。
「まさか、フェリックスが負けるのか……」
クリストフが呻いた。ガゼルト男子学院初等部最強のフェリックスが負けるとは微塵も考えていなかったのだ。
「ここで、ここまで来て、負けるわけにはいかん」
クリストフは後方にいるクラスメイトの男子学生達を見る。
「みんな、校歌で勝負を決する」
クリストフの指示を聞いた男子学生達が戸惑いを見せる。
「フェリックスとエファさんの戦いは一騎打ちじゃないのか。そこに横やりを入れるなんて騎士道精神にもとるのではないか」
一人の男子学生が異を唱える。しかし、クリストフは首を横に振る。
「騎士道精神に反しようとも、俺達には勝たねばならない理由があるだろう」
勝たなければならない理由、に思い至ったのか、異を唱えた男子学生が苦しそうに頷く。
「……そうだな。わかった。卑怯者と罵られようとも勝利の為に俺はやるぞ」
「よし、やるぞ。皆、出し惜しみはするな」
クリストフが校歌を歌いだす。クリストフに続き、男子学生達は順番に校歌を歌いだす。
「校歌?!」
男子学生が校歌を歌いだしたことにソフィア達が気づく。
「一騎打ちのはずなのに、卑怯なやつらだ」
エンリカが忌々しげに言葉を吐き捨てる。
フローナ女子学院とガゼルト男子学院の校歌は、絶大な威力を誇る極大魔法の詠唱になっている。極大魔法は、詠唱に参加した者の出資金額の合計が攻撃力になる。クラス全員が参加できる校歌は、まさに学院の最大の切り札なのだ。
「校歌……?」
「校歌だと……?」
戦いに集中していた為、気づくのが遅れたエファとフェリックスも校歌に気づいた。二人は一旦攻撃の手を止める。
「一騎打ちじゃ負けるからって、校歌に頼ろうってことね」
エファは冷たい視線でフェリックスを見る。フェリックスは苦しそうに表情を歪める。仲間が校歌を歌っている事実は、仲間でさえフェリックスが負けると認めた証拠だった。
「卑怯者と罵るなら罵ればいい。だが、俺には勝たねばならない理由がある」
フェリックスは背中に羽のアタッチメントを付けて大きく飛び、クリストフ達の近くに着地する。フェリックスが長剣を天高くかかげる。刀身が淡く光、校歌が進むにつれ、その光は強度を増していく。極大魔法の魔力がフェリックスの長剣に集約されているのだ。
エファも靴に着けた羽のアタッチメントを使ってソフィア達の近くに飛ぶ。
「ソフィア、こっちも校歌よ」
校歌には校歌でしか対抗できない。それは学院にいる者ならだれもが知っている常識だ。しかし、ソフィアは校歌の発動を躊躇う。
「エファ、あなたは知らないかもしれないけど。校歌の魔力を武器に付与できるのは、ヴァルキリーシステムの管理者権限を持つ者、つまり、生徒会の会長だけなのよ」
両学院のヴァルキリーシステムの管理者権限は、原則、生徒会長に付与される。エファも増資分の管理者権限を持っているが、ソフィアの所有数の方が多いのだ。
「ならあんたの剣に校歌の魔力を付与させればいいでしょ」
「私の今の口座の残高じゃ、フェリックスさんとは戦えない……」
校歌の威力が両学院で互角だったとしても、使用者自身の残高が劣っては、負けてしまう。フローナ安の今、ガゼルトを持っているエファしかフェリックスとは対等に戦えない。
「だったら、あんたが持っている管理者権限を全部私に売りなさい」
「無理よ、生徒会長の管理者権限全部を買うためにいくら必要だと思ってるの」
ソフィアが横にいるクリスティナを見る。クリスティナが素早く答える。
「約七千万フローナ必要です」
「いいわ。七千万フローナで買う。今すぐ管理者権限を全部私に売って」
「エファ…… あなたそんなお金を持っているの」
「資金は用意してあるって言ったでしょ。七千万くらいあるわよ」
「用意してあるって…… いったいどうやってそんな大金を……」
「説明は後でするから、早く管理者権限を売って。時間が無いわよ、ソフィア」
男子学院の校歌はすでに半分まで進んでいた。
「分かったわ。クリスティナさん、エファに生徒会長の管理者権限を全部売ってください」
クリスティナが
「皆さん、生活に必要な最低限を残して、残りは校歌へ出資してください」
ソフィアが校歌を歌いだす。ソフィアに続いて周りの女子学生も順番に歌いだす。
エファは右手に持った大剣を天にかかげる。校歌が進むにつれ大剣が光を帯びる。
「資金はね、叔父様に借りたのよ」
エファがソフィアの耳もとで、彼女だけに聞こえるように小声で囁いた。三日月の離れから庭に向かう途中、叔父に電話したエファが頼んだのが資金の融資だった。
校歌を歌っていたソフィアは両目を見開き、驚く。言葉が無くても、ソフィアの表情が、借りたお金を使ってしまって返す当てはあるのか、と雄弁に語っていた。
「大丈夫。どうにかする。そんなことよりも、フローナ女子学院の一員として皆と戦って、勝利することの方が大事よ」
エファは首をすくめて、ぶるっ、と震える。ソフィアが両手でエファの空いている左手を握る。ソフィアのエファを見つめる瞳は、ありがとう、と語っていた。
両学院とも校歌が歌い終わる。
極大魔法の魔力が付与されたエファの大剣とフェリックスの長剣は眩く光り輝いている。
先に校歌を歌い終えたフェリックス達は、フローナ女子学院の校歌が終わるまで待っていた。一騎打ちの約束を違えた上に、相手の準備が終わる前に攻撃するという卑怯の上塗りは、さすがに彼らの騎士道精神が許さなかったのだ。
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