第35話 窮地に陥った仲間の前に、さっそうと主人公登場の回

 ソフィアの戦闘衣が限界まで損傷したのを見て、フェリックスが勝利を確信する。

「ガゼルト男子学院の勝利だ。我らが宿願ここに成就せり」

 しかし、その勝利宣言は早すぎた。男子学生に流星が降り注ぐ。エファの魔法だ。


 降り注ぐ流星を防御する為、フェリックスは強制徴収を中断せざる得なかった。

 予想外の攻撃に驚いている男子学生達の間を縫うように走り、エファ、ユーディット、コリュウ、チョーさんがフェリックス達の前に躍り出る。

「主役の登場よ。やられ役は這いつくばってこの私を崇め奉りなさい」

「主役のビッグチョーさんのお出ましでい。その他大勢の諸君は阿波踊りして崇拝しろ」

 チョーさんが体を大きく膨らませて、キノコが生えるように存在感を主張する。

「私より目立つんじゃない。あんたは引っ込んでなさい」

 エファはチョーさんの、先端が細くなっている下半身を掴み、後ろへと引っ張る。

「おおう!? またそんな所を掴むんなんて、だ・い・た・ん」

「え、何でそこが大胆なの?」

 マイペースなユーディットがどうでもいいことを尋ねる。

「ううむ。チョーさんがいるといつでもどこでも場が和むででござるな」

 コリュウはチョーさんの、ある意味すごいセンスに感心している。


 フェリックスとクリストフは、場違いなエファ達の掛け合いを呆れながら見ていた。


「エファ、あなた今までどうしてたの」

 ソフィアがエファに駆け寄ってくる。

「色々と事情があるのよ。それよりちょっと耳を貸しなさい」

 エファがソフィアに耳打ちする。話を聞いたソフィアが大きな瞳をさらに広げて驚く。

「あなた、そんなことができるの。たとえできたとしても、この戦いが終わったら何も残らないのよ。損するだけよ。それでいいの」

「私達の勝利、が残るでしょ。フローナ女子学院の一員としてそれで十分よ」

 エファは少し照れ、首を竦めながらも清々しい笑顔をみせる。エファらしからぬ台詞にソフィアが驚く。しかし、エファを見つめる瞳には信頼の火が灯っていた。

「エファ…… あなたのこと誤解していたわ。フローナ女子学院の為、頼むわ」

 ソフィアは後ろに下がり、多機能携帯魔機スマホを取り出して操作する。


 エファは大剣を具現化して構える。そして、フェリックスを見る。

「覚悟なさい。このエファ様がやっつけてやる」

「道化は無視したいところだが…… そうもいかぬか」

 ユーディットのおさげにしている黒髪を見た、フェリックスの瞳が妖しく光る。

「一撃で屠ってやる」

 フェリックスがエファに切りかかる。

 ソフィアでさえ反応できなかった高速の斬撃! しかし、エファは反応した。フェリックスの斬撃を大剣で弾き返す。


「ほう。俺の攻撃に反応できるとは、ただの道化では無いようだな。よかろう。次の一刀こそ、俺の本当の本気の攻撃を見せてやろう」

「本気出したって無駄よ。あんたの攻撃なんていくらでも防げるんだから」

「笑止。防げるものなら防いでみよ」

 フェリックスが再びエファに切りかかる。本当の本気と言うだけあって、さっきよりもさらに速い。しかし、エファは慌てることなく、隣にいるユーディットのスカートを捲し上げた。すらりとした美脚と純白のレースのパンティが衆目に晒される。


 うお?! と正面にいたフェリックスが驚愕し、立ち止る。

 きゃあああ、とユーディットが悲鳴を上げる。

 隙あり、とエファが飛び蹴りを繰り出す。

 ユーディットの下着に見とれてしまったフェリックスは全く動けず、エファのとび蹴りの餌食になる。


「ぐっ!」

 吹っ飛ばされたフェリックスは、それでも空中で一回転して着地する。しかし、戦闘衣の黄金の鎧のそこかしこが損傷している。

「き、貴様何を考えている。真剣勝負の最中になんということをするのだ」

 フェリックスが顔を真っ赤にして叫ぶ。真剣勝負を穢され、怒り心頭だ。しかし、耳まで真っ赤なのは怒りだけが原因ではないようだ。


「真剣勝負だと思うなら、女性の下着くらいでおたおたすんじゃないわよ。ちょっと色香を見せたら耳まで真っ赤にして、これだから温室育ちのお坊ちゃんは困るのよ」

「他人のスカートをめくって、何が色香よ。ユーディットさんが可哀想でしょ」

 多機能携帯魔機の操作が終わったのか、ソフィアがエファの横に来て説教する。

「そうだよエファちゃん、ひどいよ、ひどいよ。もうお嫁にいけないよ~」

 ユーディットは瞳に涙を浮かべながら軽く握ったグーでエファをぽかすか叩く。


「貴様のような道化のペースに乗せられるとは、一生の不覚だ」

 冷静さを取り戻したフェリックスが長剣をかざし、強制徴収、と叫ぶ。しかし、何も起きなかった。


「何故だ…… 何故、強制徴収が発動しない……」

「理由は一つしかないでしょ。あんた達の持っている管理者権限の割合が減少したのよ」

「馬鹿な、そんなことができるはずない……」

 フェリックスは戦闘衣のポケットから多機能携帯魔機スマホを取り出し、ヴァルキリーシステムの管理者権限の内訳状況を見る。

 フェリックスは自分の目を疑う。四十%以上買収していたフローナ女子学院のヴァルキリーシステムの管理者権限が三十%以下に減っていた。その減った分、第三者が管理者権限を買収していた。その第三者はエファだった。


「その足りない頭でも理解できた。管理者権限を増資したのよ。それを私が買い取った。管理者権限の母数が増えたからあんた達が所有している割合が低下したのよ」

 自分の策がうまくいったエファは満面の笑みを浮かべて種明かしをする。


 ヴァルキリーシステムの管理者権限は株式を模して作られているので、敵対買収を受けているときに第三者の買い手が確定していれば増資ができる。その増資分を第三者に購入させることで敵対者の管理者権限の保有率を下げられる。


「フローナ女子学院の逆襲の始まりよ。全員ボコボコにして泣かしてやる」

 エファがコリュウ、ユーディット、チョーさんを見る。

「私とユーディットで雑魚共を一掃するから、その間、コリュウとチョーはあのボンボンと陰険根暗の相手をしなさい」

「私も戦うわ」

 ソフィアが名乗り出る。しかし、エファは首を横に振った。

「あんたの口座の残高は戦える状態じゃないでしょ。あんたは皆を守って今まで十分頑張ったわ。あとは私に任せなさい」

 ソフィアが悔しそうに美しい顔を歪める。しかし、すぐに信頼の光を湛えた瞳でエファを見る。

「わかったわ。戦いに参加できないの残念だけど、あなたに任せる。でも、あなたの資金は大丈夫なの。増資した管理者権限を買うのに、三千万フローナを消費しているでしょ」

「大丈夫。ちゃんと原資は用意してある。安心して」

 エファはソフィアを安心させるように微笑む。しばらくエファを見つるソフィアだったが、エファの言葉を信じ、頷いた。


「エファ、頑張ってくれ。私たちの仇を討ってくれ」

 メイド服のエンリカが、やはりメイド服の友達と一緒にエファを激励する。

「任せなさい。皆も私とユーディットを応援して。皆の声援が私たちの力になるわ」

 青くさい言葉が恥ずかしかったのか、エファは首をすくめて、小さく震えた。

 熱い展開が好きなエンリカはエファの友情を前面に押し出した言葉に感極まる。


「よく言ったでござる、エファ殿。自分の為では無く、友の為に戦う尊さに気づいてくれたでござるね。このコリュウ、エファ殿のような主君に仕えられて幸せ者でござる」

 友情に弱いコリュウも感動し、男泣きしている。


「みんな、私達の代表として戦うエファとユーディットを応援だ」

 エンリカが率先して盛り上げる。同級生達が一丸になりエファとユーディットに声援を送る。今、フローナ女子学院初等部の学生達の心は一つになろうとしていた。


「コリュウ、チョー、やるわよ。ユーディット、ドジるんじゃないわよ」

 エファが男子学士の集団に突っ込む。男子学生もエファに押し寄せる。エファは近くにいた男子学生の顔面に飛び蹴りをくりだす。ユーディットがヴァイオリンを具現化し、攻撃力向上の曲を奏でる。攻撃力を増加したエファのとび蹴りをくらい男子学生が吹っ飛ぶ。

 離れた所から数人の男子学生が魔法攻撃をしかけてくる、が、すかさずユーディットが敏捷性向上の曲を奏でる。ユーディットの援護を受け、エファは悠々と魔法を避ける。


 ユーディットはエファの動きに合わせて巧みに援護の曲を変えていく。

 エファはユーディットの援護があることを想定して攻撃を組み立てる。二人の呼吸はピッタリ合っていて、つけいる隙がなかった。


「完璧なコンビネーションだ」

 エファとユーディットの戦いを見ていたエンリカが感嘆する。周りの女子学生達も、応援することも忘れ、エファとユーディットの華麗な戦いに目を奪われていた。

「ユーディットさんにこんな才能があったとは意外です」

 ソフィアの隣でクリスティナが囁いた。

 ドジで鈍くさいユーディットはヴァルキリーシステムの戦いでもクラスの落ちこぼれだった。しかし、サポートに回ったユーディットの働きは誰もが一目置くものだった。


「性格的にユーディットさんは援護役が向いていたのでしょう。でも、このフローナ安の中、あれだけ効果の大きい援護魔法を使えるなんて、かなりの額を貯めていたのね」

 ユーディットがかなりの額のフローナを貯めていた、というのはソフィアの思い違いだった。


 星降る舞踏会が始まる数週間前、ユーディットはエファの助言を受け、仕送りの多くをガゼルトに代えていた。今、ユーディットはガゼルトを消費しているので為替の影響を受けることなく効果の大きい援護魔法を使えるのだ。


 エファとユーディットのコンビが次々と男子学生を倒していた頃、コリュウとチョーさんもフェリックスとクリストフ相手に戦っていた。といっても、クリストフが消滅魔法を使おうとしたのを見てチョーさんは空高くへ逃げてしまったが……


 逃げたチョーさんは、ガンバレ、ガンバレ、コリュウ、フレ、フレ、コリュウ、と、ボンボンを振りながらチアリーダの真似を始めた。チョーさんの応援のおかげ、かどうかは定かではないが、コリュウはフェリックス、クリストフ二人を相手に善戦していた。


「忍法、分身剣」

 分身の術で現れた十人のコリュウの分身が忍刀でフェリックスとクリストフに切りかかる。しかし、フェリックスとクリストフは広範囲を迎撃できる魔法でコリュウの分身を攻撃し、消滅させる。

「忍法、火の鳥」

 火遁の術の上位の忍法をコリュウが使う。猛禽の形をした炎がフェリックスとクリストフに襲い掛かる。しかし、クリストフがブリザードの魔法を使い、火の鳥を消滅させる。その間に、フェリックスが疾風の如き速さでコリュウに迫り、切りかかる。コリュウは忍刀を振りかざし、フェリックスの斬撃をさばく。


「なかなかの太刀筋だ。だが、俺達二人を相手にどれほどの時間が稼げるかな」

「忍者にとって主人の命令は絶対。相手が誰であろうと、何人であろうと、何時間であろうと、時間を稼げと言われれば稼いでみせるでござる」


「フェリックス、合わせろ」

 クリストフがコリュウ向けて銃を撃つ。

 迫りくる魔法の弾丸をコリュウは動物的な反射で避ける。しかし、その動きが乱れた所をフェリックスに狙われる。フェリックスの長剣がコリュウの肩を切りつける。

「うぬ……」

 コリュウは前へ転がり、フェリックスの長剣の間合いから逃げる。しかし、そこにクリストフの魔法の弾丸が飛んでくる。コリュウは魔法の弾丸をどうにか避けたが、やはり動きが乱れた所をフェリックスに攻撃され、したたかに斬撃を食らう。


 ヴァルキリーシステムの中のことなので、いくら大剣で切られても実際に体が切断されるわけではない。だが、気力を使っているコリュウは、攻撃を受ければ気力が減り、気力が極端に減れば、死ぬこともありえる。


「いいコンビネーションでござる。しかし、耐え忍ぶことは忍者の十八番でござるよ」

 コリュウが気合いを入れる。

 フェリックスとクリストフ猛攻が続く。だが、いくら攻撃を受けようともコリュウは倒れない。これこそ、厳しい修行で身に着けた忍耐なのだ。


 遂に、男子学生の集団を全滅させたエファとユーディットが駆けつけた。

「早かったでござるなエファどの。あと十時間は稼げたでござるよ」

「強がりが言えるなら、次はあの陰険根暗の相手をしなさい。ボンボンは私が倒す」

「大将同士一騎打ちでござるな。あのナンバー2の御仁には邪魔させないでござるよ」

 エファとコリュウの会話を聞いたフェリックスとクリストフが目くばせして頷く。


「いいだろう。俺と貴様の一騎打ちで勝敗を決しよう」

 フェリックスが一人で前に出てくる。

「あらあら、意外と物わかりがいいじゃない」

 エファも、コリュウとユーディットに下がっていなさい、と言って一人で前に出て行く。

 エファとフェリックスが少し距離を置いたところで対峙する。

 両学院の最終決戦も大詰めを迎えようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る