第34話 主役登場前の準備の回

 ソフィア達が戦っている庭に向かっていたエファは庭から少し離れた所で立ち止り、多機能携帯魔機スマホを取り出しフローナの為替状況を確認する。

「すごい下がってるよ、エファちゃん!」

 エファの隣で多機能携帯魔機スマホの画面を覗き込んだユーディットが驚愕する。一ガゼルトが〇.五フローナと、ガゼルトの半額までフローナ安が進行していた。


「これだけ下がっていたらソフィア達も勝負にならないわね」

 エファはフローナ女子学院のヴァルキリーシステムの状態も調べる。管理者権限の四十%がガゼルト男子学院に買収されていた。そして、その数値は上昇を続けていた。

「ヴァルキリーシステムの管理者権限も買収されてるし、四面楚歌の絶体絶命ってやつね」

「エファ殿。拙者が死力を尽くして戦うでござるよ」

 気力で忍法を使うコリュウの場合、為替変動は関係ない。しかし、いくら忍者のコリュウでもガゼルト男子学院全員の相手はさすがに荷が重い。


「駄目だよコリュウちゃん。コリュウちゃんみたいに気力を使う人は、気力を使い過ぎたら死んじゃうんだよ。ヴァルキリーシステムの安全機構も作動しないんだからね」

 ユーディットがコリュウの身を案じる。しかし、エファの考えは違うようだった。

「死力を尽くすなんて当たり前。あんたは私の奴隷なんだから、無様な戦いをしたら死んだ方がましだと思う拷問にかけるからね」

 そう言うとエファは多機能携帯魔機スマホの電話機能を立ち上げ、電話をかける。


「うう、コリュウ…… 忍者とはつらいな。骨は俺が拾ってやるから、精魂尽き果てるまで思う存分滅私奉公しろよ。主人の為、お一人様総玉砕だ。竹やりで天を貫くんだ」

 チョーさんがハンカチで目元を押さえ、およよよ、と涙を流す。

「うむ。命を懸けて主人の命を遂行することこそ忍者の本懐。このコリュウ、未熟者でござるが、忍びの生き様とくと見せつけるでござる」

「そんなの駄目。命を懸けるなんて冗談でも言うもんじゃないよ、コリュウちゃん」

 ユーディットは涙声になりながらコリュウの腕にしがみつく。

「女の子を泣かせるなんて罪な男だぜ、コリュウ…… ああ、天よ笑うなら笑うがいい、この忍者という愚直で融通の利かない男の生き方を。しかし、その目に焼き付けてくれ。コリュウが死に際に咲かせる、男の意地という花を」


「あ、もしもし、叔父様。エファです」

 三文芝居めいた三人の掛け合いを無視してエファは電話に出た相手、仕送りを止めた張本人である叔父と、普段は隠している当たりが柔らかく人好きのする猫なで声で話す。

「……ええ。そういうことです。さすが叔父様、判断が迅速で的確です」

 猫なで声とは裏腹にエファは、計算通り、と顔に書かれた腹黒い笑みを浮かべる。


「あんた達、行くよ」

 エファが走り出そうとする。

「待って、エファちゃん。勝ち目はあるの」

「愚問よ。私の戦いとは須らく、勝つことよ」

 エファが自信満々に答える。とっておきの策がある、という顔つきだ。

「でも、コリュウちゃんに無理させちゃ駄目だよ」

「大丈夫よ。コリュウには目一杯働いてもらうけど、死ぬまでなんてやらせないよ」

「そこまで拙者の身を案じてくれるとは…… 拙者、感動で涙が止まらないでござる」

 主人の温情ある言葉にコリュウは感銘を受け、男泣きする。しかし、温情、と思ったのはコリュウだけであり、エファは極めて現実的でドライだった。


「当り前でしょ。あんたは私に雇われた身なのよ。いわば私の資産よ。勝手に死なれたりしたら損失じゃない。あんたには自由に死ぬ権利なんてないんだからね。死んでいいのは、多額の生命保険を掛けた直後くらいなものよ。そのことを忘れるんじゃないわよ」

「う、うむ。分かったでござる」

「多額の生命保険を掛けられたときは要注意だな。暗殺されるぞ、コリュウ」

 言わなくてもいい不吉なことを、チョーさんがぼそりと呟いた。

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