第30話 敵のボスが本性を現す回

 星降る館の一室でソファに座り、百インチの映像魔機テレビに映る食堂での戦いを見ていたフェリックスが豪奢な金髪をかきあげ、楽しそうに呟いた。


「逃げ切るとは、なかなかやるではないか」

 映像魔機テレビに映っているのは、男子学生が食堂に押し入った時、同時に食堂に入った移動型小型監視カメラが撮ったものだ。監視カメラには羽がついていて、俯瞰した構図で戦いの一部始終を、フェリックスが見ている映像魔機テレビに送っていた。


「さすがはソフィア カナン、といったところか」

 フェリックスの隣で参謀のように控えているクリストフがソフィアを評価する。

「ああ。だがこれくらいの手ごたえが無くては拍子抜けだがな」

 フェリックスはテーブルに置かれているもう一つの映像魔機テレビの画面を見る。そこにはエファ、コリュウ、そして十人のフローナ女子学院の学生達と、ゲオルグが映っていた。


 ゲオルグも含めエファ達は淡い光を放っている半透明の壁で囲まれた空間に閉じ込められていた。それは監禁用魔機が作った魔法の牢屋だ。

 エファを覗く十人の女子学生達はフェリックスの名を騙ったラブレターでおびき出され、待ち合わせ場所に隠されていた転送魔機で魔法の牢屋に瞬間移動させられたのだ。   


 この罠を構想したのはフェリックスとクリストフだった。

 エファだけはラブレターの罠にはかからなかったが、ゲオルグの捨て身の策にはまり、結局魔法の牢屋に転送されてしまった。

エファを捕まえる為、自分も牢屋に囚われる羽目になったゲオルグは女子学生に取り囲まれ、口々に詰問され責めたてられていた。

「ゲオルグには災難だったが、おかげで作戦通りできるな」

 フェリックスが呟く。ゲオルグが捨て身の行動でエファを牢屋に転送したことは一緒に隠れていた二人の男子学生から報告を受けていた。


「フローナ安、ガゼルト高の大勢は固まった。女子学院生徒会のフローナ買いの抵抗はあるが、今日に向けて準備をしてきた俺達とは資金が違う。逆転の心配は無かろう。あとは買いためておいたフローナを自動プログラムで定期的に売りに出せばいい」

 多機能型携帯魔機スマホを操作していたクリストフがフェリックスに報告する。

「そうか、ではそろそろ俺達も出よう。俺達の名を歴史に刻みにな」

 フェリックスがソファから立ち上がる。


「誰も成し遂げたことない、両学院の制覇。それと……」

 クリストフも立ち上がり、意味ありげにフェリックスを見る。

 フェリックスは照れ隠しの含み笑いを浮かべたが、何も語らなかった。クリストフも特に返答は期待していなかったのか、それ以上何も言わなかった。


 フェリックスとクリストフの二人が部屋を出た後、ガゼルト男子学院の初老の執事が部屋に入ってくる。初老の執事はフェリックス達が飲んでいたコーヒーを片し始める。

「その映像魔機テレビに映っている場所はどこだ」

「これは三日月の離れの地下でございます。フェリック……ス……様?」

 後ろからフェリックスの声がしたので執事は振り返ったが、後ろには誰もいなかった。

 空耳かな、と首をひねり初老の執事は片づけを再開した。


 初老の執事が聞いた声は空耳ではなかった。姿を消してこの部屋に忍び込んでいたチョーさんがフェリックスの声真似をしたのだ。

 まんまとエファ達が囚われている場所を聞き出したチョーさんは、開いた窓から外に出ると、一目散にユーディットが待つエファの部屋に戻っていった。


 エファの部屋ではユーディットがぐるぐると部屋の中を歩き回っていた。のんびりした性格のユーディットでも、何が起きているのか分からない現状に気をもみ、焦っていた。


「ただ今戻ったぜ、ユーディット」

 窓から入ってきたチョーさんがユーディットに見えるように姿を現す。

「チョーちゃん!」

 ユーディットが期待を込めてチョーさんを見る。チョーさんがリズムを取り話し出す。


「俺を見つめる熱い視線、潜り抜けた幾多の死線、夏の日の歌集を私選。声真似得意の俺っちでしょ、囚われているのは三日月の離れでしょ、助けに行くでしょ。ヘイ、ユー、そんときゃなんて言う、俺っち英雄」

「三日月の離れにエファちゃんたちが囚われてるのね。助けに行かなくちゃ」

 何故ラップ調で報告するのか意味不明だが、ユーディットはチョーさんの報告を完璧に理解した。ユーディットの隠れた才能が発揮された瞬間だった。


 ユーディットとチョーさんはすぐに部屋から出た。

 男子学生達は食堂から逃げ出したソフィア達を追っていたので、廊下は無人だった。ユーディットとチョーさんは誰にも会うことなく庭に出る。

 庭にも誰もいない。二人は走って庭のはずれにある三日月の離れに向かう。


 移動の間にチョーさんはユーディットに、食堂でソフィア達がガゼルト男子学院の学生に襲われたことを話した。また、高みの見物を決め込んでいたフェリックスとクリストフが部屋を出て行ったので、これから最終決戦が始まるであろうことも話した。 


 三日月の離れに着いた二人は入り口の横にある階段で地下に降りる。地下室の中央に魔法の牢屋があり、そこにエファ達が囚われていた。

「エファちゃん」

 ユーディットが魔法の牢屋に駆け寄る。

「ユーディット! あんた、よくここが分かったわね」

「チョーちゃんが調べてくれたんだよ」

 ここぞとばかりにチョーさんがエファ達の頭上でくるくるとスピン飛行を見せつける。

「そういうことさベイベー。ダークファントムシャイニング幽霊のチョーさんがいる限り悪が栄えたためし無し。幽霊に足は無し」


「ユーディットそこにある魔機を止めて」

 エファはチョーさんの発言を無視して、地下室の壁際に設置された魔機を指さす。

 ユーディットが魔機の電源を切る。エファ達を閉じ込めていた魔法の牢屋が消える。囚われていた女子学生達が歓声をげてユーディットに駆けより、口々にお礼を言う。

「あんたにしてはよくやったわ、ユーディット。ありがとう」

 エファもお礼を言う。ユーディットは嬉しそう笑う。


「それで、今、外はどうなってるの」

 ユーディットはチョーさんから聞いた、ソフィア達がガゼルト男子学院の襲撃を受けたこと、フェリックス、クリストフも参戦し、決戦が始まるであろうことを話した。


「なるほどね。そんなことになってたわけ」

 エファは多機能携帯魔機スマホを取り出し、画面をタップして操作する。魔法の牢屋が消えたので電波の受信が可能になったのだ。

「フェリックスが映像魔機テレビを見ていたのよね。ということは監視カメラがあるはず……」

 多機能携帯魔機スマホを操作していたエファが、よし、と小さくガッツポーズする。

「フェリックスの監視カメラの電波を傍受したわ」

 エファの多機能携帯魔機スマホには金に飽かせて作らせたスパイ用アプリがインストールされている。そのスパイアプリを使って、フェリックスが放った監視カメラの電波を傍受したのだ。


 エファの多機能携帯魔機スマホの画面には星降る館の広大な庭の一角がうつっていた。

 そこで、フェリックス達とソフィア達が対峙していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る