第29話 フローナ女子学院とガゼルト男子学院の大戦勃発の回

 エファが連れ去られた頃、優雅に朝食を食べているはずの食堂でも異変が起きていた。


 九時少し前、ソフィア達、フローナ女子学院初等部の面々は朝食の為、食堂に集まっていた。だが、全員どこか落ち着かない感じで横にいる友達と、どうしたんだろう、と話していた。


 不思議なことは二つあった。


 一つは、フローナ女子学院の学生の内、十数人が食堂に来ていないこと。

 もう一つは、ガゼルト男子学院の学生が一人もいないことだ。星降る夜の舞踏会はガゼルト男子学院が主催なので誰もいないというのはおかしい。

 もしかして何かの余興が用意されているのかもしれないと思い、ソフィアは朝食が始まるまでじっと待っていた。しかし、九時になろうとしているのに余興が始まる気配はない。  


 バタン、と食堂の扉が乱暴に開かれた。ソフィア達女子学生が一斉に扉を見る。


 扉から二十人を越す男子学生が乱入して来た!


 全員、各々の戦闘衣を着ている。

 乱入して来た男子学生達は礼儀も紳士の嗜みもかなぐり捨てて、入り口に一番近いテーブルにいる女子学生に魔法や武器で攻撃をしかけてきた。ヴァルキリーシステムの不意打ち防止機能が働き、女子学生達も制服が戦闘衣に変換される。


「いきなり襲ってくるとは何事ですか」

 椅子を蹴るようにしてソフィアが立ちあがる。具現化した細身の剣を横に薙ぐ。剣から衝撃波が発せられ、乱入して来た男子学生を吹き飛ばす。しかし、男子学生はすぐに立ち上がり再び攻撃してくる。 

「皆さん、ソフィアさんに続いてください」

 ソフィアの隣で、魔法使い風の戦闘衣を着た副生徒会長のクリスティナが魔法を詠唱する。

 いきなりのことで動きの止まっていた女子学生達も男子学生との戦いに参戦する。


 女子学生の先頭に立ち細身の剣を振って戦っていたソフィアは一つの疑問を感じていた。

 ヴァルキリーシステム内でソフィア達が使っている通貨はフローナだ。現在、フローナの為替レートは男子学院の通貨であるガゼルトよりもかなり高い。

 ヴァルキリーシステムの戦いでは、両者が異なる通貨を使った場合、その時点の為替のレートが適用される。

 例えば、一フローナがニガゼルトという、フローナ高の場合、一フローナの攻撃に対抗するには二ガゼルトが必要になる。

 現在のフローナ高を考えれば、男子学生がガゼルトを使っているならばソフィア達が圧倒的に有利なはずだ。しかし、戦っている感覚からはそんな有利な状況には思えない。


 おそらく、男子学生達はガゼルトだけでなくフローナも用意していて今はフローナを使っているのだろう、とソフィアは推測する。奇襲をしかけてきたくらいだからそれくらいは準備しているだろう。

「準備のいいことね」

 忌々しげに独白しながらソフィアは細身の剣を振り、目の前にいた男子学生を屠る。


「あなたたちの目的は何ですか。こんなことをする理由を言いなさい」

 ソフィアが男子学生に向かって叫ぶ。しかし、返答は無い。男子学生は黙々と攻撃をしかけてくる。


 当初は拮抗していた戦いだったが、ある時点から異変が生じた。急速に、男子学生の攻撃力と防御力が増してきたのだ。ソフィアはその理由について一つの可能性に気づく。

 為替レートが変わるという可能性だ。

「クリスティナさん。フローナの対ガゼルトの為替レートを調べてください」

 ソフィアは隣で魔法を詠唱している副生徒会長のクリスティナに指示を出す。

「フローナの為替レートですか」

 支持の意味が分からず副生徒会長のクリスティナが聞き返す。

「そうです。お願いします」

「分かりました」

 ソフィアの怖い程真剣な顔つきを見て、クリスティナは頷いた。指示の意味は分からなくてもソフィアの表情から重要だと悟ったのだろう。


 クリスティナは後方に下がり多機能携帯魔機スマホでフローナの為替レートを調べる。

「ソフィアさん!? フローナの価格が急落しています。一フローナ、〇.九七ガゼルトまで落ちています。市場に大量のフローナの売りが出ている模様です」

 やはり、とソフィアは納得する。それ以外に男子学生の攻撃力と防御力が上がった説明は難しい。そして、このタイミングでフローナが下がるということは、ガゼルト男子学院初等部の誰かが首謀者となり、フローナを大量に売りさばいているということだ。


「生徒会費でフローナを買い支えてください」 

 クリスティナが多機能携帯魔機スマホを操作し、ソフィアの指示を実行する。

「駄目ですソフィアさん。フローナの売りが止まりません」

「続けてください。少しでも為替の変動を遅らせるんです」

 ソフィアは細身の剣を魔法の杖に変換し、詠唱を始める。

「暴虐なる炎の精霊よ、我、盟主として命じる、以下省略、ファイアードラゴン!」

 ソフィアがファイアードラゴンを召喚する。為替の変動が小さい今の内に決め技のファイアードラゴンで男子学生達に大きなダメージを与えるつもりだった。

 ファイアードラゴンは長躯くねらせ男子学生達を飲み込んでいく。しかし、男子学生達も黙っているわけではない。飲み込まれた者も、周りにいる者も反撃してくる。

 男子学生の反撃を受け、ファイアードラゴンは呆気なく消滅する。


「くっ…… 為替の変動が早すぎる」

 ソフィアが苦々しい表情で唇を噛む。周りの女子学生達も男子学生達に圧され苦戦していた。フローナの急落が、もろに女子学生の足かせになっていた。

「ソフィアさん!?」

 クリスティナが悲鳴じみた声で叫ぶ。

「女子学院のヴァルキリーシステムに敵対的買収がしかけられています」

「なんですって!?」


 ヴァルキリーシステムには、結界内の気温の設定や対戦者間のハンデの設定など色々な機能がある。それらの機能はヴァルキリーシステムの管理者が自由に使える。


 管理者として機能を活用すれば相手の口座を封鎖して即座に敗北に追い込むこともできる。戦う者の片方が自由にヴァルキリーシステムの機能を使っては公平な戦いが成り立たない。そこで一般的には、ヴァルキリーシステムを二台用意し、その二つをリンクすることで対戦者の双方が自分の分のヴァルキリーシステムの管理者権限を持つ、という形を取る。こうすることで、相手側のヴァルキリーシステムの機能は使えなくなるので、お互いに、ヴァルキリーシステムの機能の不正使用が防げる。


 星降る館にはあらかじめフローナ女子学院とガゼルト男子学院のヴァルキリーシステムが設置されている。今回は、それぞれの代表者として生徒会長のソフィアとフェリックスが管理者登録されている。

 ヴァルキリーシステムの管理者権限は株式を模して作られていて、単価があり、お金を出せば額に応じた割合を買収できる。つまり、相手の管理者権限を買収し、ヴァルキリーシステムを乗っ取ることもできる。

 これが、ガゼルト男子学院が行っている敵対的買収だ。

 

ただ、管理者権限の単価は初めから高く設定されており、よほど潤沢な資金がない限り買収は成功せず、一般的には非効率的な策とされている。それを承知で敵対的買収をしかけてきたのだから、ガゼルト男子学院には潤沢な資金の準備があるという証拠でもあった。


「生徒会費をヴァルキリーシステムの管理者権限の買収にも当ててください」

 ソフィアの指示は、買収された管理者権限をさらに高い額で買収し返すという、敵対的買収への基本的な対策だ。しかし、さらに高値で相手に買収される可能性もあるので成功するとは限らない。

「分かりました。しかし、すでに十パーセント買収されました。買収の勢いも、フローナ売りの圧力も強すぎます。残りの生徒会費でどこまで抵抗できるか……」

「厳しい状況なのは分かっています。ですが、全力を尽くしてください」

 ソフィアは先手を取られっぱなしの鬱憤を晴らすかのように豪快に細身の剣を振る。刀身から衝撃波が打ち出され、前方にいた男子学生を吹き飛ばす。吹き飛ばされた男子学生の戦闘衣が消滅する。普通なら下着姿で放り出されるのだが、消滅した戦闘衣の代わりに古風なロングスカートのメイド服が現れた。

 男子学生がメイド服を着ているのを見て、ソフィアの目が点になる。


「一体なんなの……」

 ソフィアは周りを見る。男女を問わず、戦闘衣が消滅した者はメイド服を着ている。


「買収された管理者権限でヴァルキリーシステムの機能が書き換えられています。戦闘衣が消滅するとメイド服に変換されるようになっています」

 多機能携帯魔機でヴァルキリーシステムの状態を確認していたクリスティナの報告が一応の答えを示していた。しかし、なぜメイド服なのか? という謎は未解決なままだった。

「クリスティナさん、一時後退します。皆を先導してください」

 ソフィアは食堂の奥を指さす。食堂の奥は調理場で、そこには外に出る裏口がある。

 為替レートがかなり不利な現状では敗北は濃厚だとソフィアは冷静に分析する。


「皆さん、一時撤退です。クリスティナさんに続いてください」

 ソフィアは男子学生と戦っているクラスメイトに指示を出す。ソフィアの指示を受けた女子学生達は、クリスティナを先頭に食堂の奥に向かって一斉に撤退を始める。

 ここぞとばかりに男子学生達は嵩にかかって追撃を始める。


「邪を払う至高なる女神の盾よ、我、盟主として命じる、普く厄災を退ける慈悲なる光芒となりて我を守りたまえ、具現せよ、カナンの盾」 

 ソフィアがカナン家に伝わる防御魔法を発動する。ソフィアの周囲に無数の光球が現れる。光球が全方位に飛び、追撃しいてくる男子学生を攻撃していく。

 ソフィアは一人で、撤退するクラスメイトを男子学生の攻撃から守るつもりだった。そして、カンナの盾の能力とソフィアの資金力はそれを実現するに足るものだった。


 女子学生全員が退いたのを確認してソフィアも調理場に後退する。その際、カナンの盾の魔法を一分間自動で発動するように設定する。

 ソフィアを追って男子学生達も調理場に向かうが、自動発動したカナンの盾の光球に迎撃される。男子学生達は、カナンの盾の自動発動が切れる一分間、完全に足止めされた。

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